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プラチナバンドでのサービスがこの夏に開始するほか、地下鉄トンネル対策など、さらなるサービスエリアの拡充とネットワーク容量の拡大を行うソフトバンクモバイル。それを支えるエンジニアたちはどのように仕事を経験し、成長しているのかを取材した。
(取材・文/広重隆樹 総研スタッフ/宮みゆき 撮影/佐藤聡)作成日:12.07.20
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モバイルネットワーク本部
ネットワーク建設統括部 エリア品質管理部 企画課 石島 祥有氏 |
2012年3月、ソフトバンクモバイルは総務省から、「プラチナバンド」と呼ばれる900MHz帯を使用する特定基地局の開設計画の認定を受けた。トラフィック急増への対応やカバーエリアの充実、災害に強い通信網を構築するためには欠かせない電波。ソフトバンクモバイルはこの900MHz帯を使用したモバイルネットワークを2012年7月のサービス開始に向けて構築している。 その実行計画を練り、基地局建設の進捗を管理するのが、モバイルネットワーク本部 石島祥有氏の仕事だ。2002年に旧J-フォン(現・ソフトバンクモバイル)に入社すると、東北支社に配属され、すぐに3Gネットワークの立ち上げに関わった。実際のエリアを担当して、屋内外の基地局を設計し、サービスをつくる仕事だ。いまは東京の本部から現場に指示をする立場に変わったが、現場での8年間は石島氏にとって欠くことのできない貴重な経験だった。 「本社がつくる基地局設置計画は、事業推進のために不可欠のもの。基地局をどこに設置すれば良いのか。鉄塔やコンクリート柱をどのぐらい打てばいいのか。それらを見極めながら、エリアの通信品質を確保できるようにシミュレーションし、計画を立案しています。とはいえ、現実には計画通りに進まない場合もあります。高い鉄塔を建てれば電波は広がりやすいですが、都市部にはそう高いものは建てられない。ビルや土地のオーナーさんや地域住民との折衝が難航する場合もあります。私にはそうした現場の苦労がよくわかる。現場に無理難題を押し付けて、結局は計画が達成できないということがないよう、いつも気を付けています」(石島氏) |
それでも、今回認定された特定基地局の開設計画である「2016年の全国基地局4.1万、人口カバー率99.9%」は必達が義務付けられている。
「かつてはお客さまからのエリアに対するご要望を分析する仕事をしていたこともあって、お客さまからのご要望こそが私たちエンジニアのモチベーションにつながるという経験をしました。目指すはエリアに対するご要望をいただくのをゼロにすること。お客さまが求める通信品質がエリア全域に行き渡り、いつかお客さまから称賛の声をいただく。そのイメージを現場と本社とが共有することが大切だと思います」
エンジニアとしての成長を促したのは、お客さまからの声だけではない。若い頃から課題にチャレンジし、失敗し、それを乗り越えてきた経験が、成長の芽を育んできた。
「入社3年目の時、初めて高層ビル内の屋内無線機設計を任されました。ところが途中で計算間違いに気付き、どうやっても出力レベルが満たせない。現場作業も進む中、慌てて一からやり直し、危機をなんとか乗り越えたことがありました。重要な仕事を若手に任せ、現場を数多く踏ませて成長を促す。その社風は昔からのものですね」
ここでも生きる「現場力」。その積み重ねがあるからこそ、現在の企画職が務まるのだ。
エンジニアが仕事を通して成長するとはどういうことか。どのような経験がエンジニアの飛躍を促すのか。いまソフトバンクモバイルを担う中堅ネットワーク技術者を例に、そのプロセスをたどってみることにしよう。
モバイルネットワーク本部 ネットワーク建設統括部 エリア品質管理部 企画課
石島 祥有氏
1978年生まれ。大学院国際情報通信研究科修了。2002年入社、旧J-フォン入社。東北技術部で3Gシステム立ち上げに参画。3G基地局建設からPDCサービスの終了業務まで幅広く担当。2010年3月より現職勤務。
石島 祥有氏
中島幹夫氏の職場は、技術企画部設備計画課。会社のモバイルネットワーク事業の中長期計画を推進する「旗振り役」を自認している。いくらお御輿が完成しても、それを担ぐ人がいなければ祭りは始まらない。それ以上に、御輿の上で掛け声をかける旗振りがいなければ、御輿は前に進まない。旗振り役とはそういう役目だ。 計画達成に必要な課題の洗い出し、スケジュール管理が中心業務だ。現場の声を聞くため、毎週部署をまたいだ定例会議を進めるのも中島氏の担当。ホワイトボードを活用し、資料にその場でメモを書き入れ、会議が終わる頃には議事録の大方ができているようにする。そうやって、課題の「見える化」を図りながら、課題遂行のためのモチベーションを高めるのだ。 困難な課題については、本部長クラスの経営層へフィードバックして、方針の微修正を促すこともある。トップの意志決定をサポートしながら、組織内の情報循環をスムーズに保つリエゾン・オフィサー(連絡将校)的な役割も期待されているようだ。
彼もまたネットワーク設計の現場の経験が長い。仕事のノウハウのコア部分を養ったのは、大阪での勤務時代。3Gネットワーク立ち上げの時期で、伝送路の設計に精魂を傾けた。 |
モバイルネットワーク本部
ネットワーク企画統括部 技術企画部 設計企画課 中島 幹夫氏 |
この時、先輩や上司に言われた言葉でいまでも肝に銘じているのが、「仕事を前に進めたいのなら、文句ではなく意見を言え」「ビジネスパーソンにとって“忙しい”は禁句だ」。そして、「仕事はスマートにやれ」という言葉。時間をかければ誰でもできる。短い時間で成果を挙げるからこそ、その人は優秀と見なされる──それはいま中島氏が部下に伝えるビジネス成功の秘訣でもある。
現場にいたころから中島氏は、企業経営に関心があったという。いずれは地域貢献型の小さなビジネスを起業したいという夢がある。経営課題から見たとき、いまやらなければならないことは何なのか。現場にいても経営を意識しながら、自分の中のモチベーションを維持・向上させてきた。現在の技術企画部の仕事では、まさにその経営センスが試されている。
こうした経営指向のエンジニアを育てる社内環境については、後ほど触れてみたい。
モバイルネットワーク本部 ネットワーク企画統括部 技術企画部 設計企画課
中島 幹夫氏
1976年生まれ。大学理工学部卒。旧J-フォン入社。今年で12年目。入社2年目の関西技術統括部での伝送路設計やその後の非音声系サーバー開発を通してスキルを磨く。より経営に近い仕事を希望し、2011年4月に現職に異動。
中島 幹夫氏
ネットワーク本部
ネットワーク開発統括部 ネットワーク開発部 技術開発課 金森 崇氏 |
ネットワークエンジニアとしての専門知識と厳しい現場経験を糧に、それぞれいま新しい課題に挑戦する30代の社員たちを紹介してきた。「失敗を恐れず、仕事を若手に任せ、小さな成功体験の積み重ねで成長を促す」──石島、中島両氏が経験してきたソフトバンクモバイル流の育成方針は、いまの20代社員にも貫かれている。 金森崇氏は2007年入社、今年で6年目の社員だ。入社後早々は研究所でメッセージング・ネットワークの研究に触れた。大学院時代のテーマは知能ロボットで、ネットワークは詳しくなかったが、所内で開催される勉強会や先輩の話を聞きながら、知識を積み上げていく。若いうちは事業部門を経験したほうがよいという上司の判断で、3年目からはネットワーク本部に異動。IPv6の法人顧客向けコンサルティングサービスなどを担当した。
2011年5月からはバックボーンの設計を担当することになるが、いきなり任されたのが、「SoftBank 4G」(AXGP)のバックホール網設計だ。「SoftBank 4G」は、2.5GHz帯を使用する広帯域移動無線アクセスシステム「XGP」を高度化させた「AXGP」を利用した次世代の通信サービス。次世代通信規格への挑戦ということで、業界の内外から注目を集めている。 当時の金森氏は技術的なスキル以前に、「スケジュールの立て方」「人のアサインの仕方」「レビュー会議に提出する資料の作り方」が、いずれも「ボロボロ」状態。任せたとは言ったものの、上司は不安を隠さず、「やっぱり別の人にしようか」とまで言いだす。 |
「いや、大丈夫です。やらせて欲しい」と頼み込み、死にものぐるいでノウハウのキャッチアップに努めた。2カ月後、「何とか一人で進められるような状態」に。11月には社長がサービス概要を記者発表。翌2012年2月にはサービスインというスケジュールが公表された。大げさではなく事業の将来がかかっている。一歩も後には引けないのである。
この半年は、金森氏にとって入社以来最大のピンチかつ、最大の成長の期間になった。なんとかオンスケジュールでサービス開始にこぎつけると、上司はこう彼を評価した。
「最初はどうなるかと思ったけれど、ミスを一つひとつつぶして、チーム内にフィードバックを重ねることで、バックボーン設計のノウハウを自ら習得していった」
いわば最初の失敗は想定内だったのだろう。上司が背後で見守る中で、金森氏は失敗の要因をきちんと整理し、コツコツと部分の改善を重ねることで、設計プロセスを前に進めることができたのだ。小さなつまずきの石が、全体の工程に響いて、構築が遅れ、サービスインできないという最悪の事態は避けられた。エンジニアらしい冷静な対処の方法を、彼は格闘の中でつかみ取ったのだ。
自分にはとても無理そうに思える、とてつもなく大きな課題も、愚直に問題を解いていく中で、いつか必ず達成できる。自信のようなものが、自分のうちに宿るのを感じるようになった。
失敗から学ぶ若手技術者。これは新卒採用社員だけでなく中途採用社員にも同じことが言えるだろう。意志決定のスピードが速ければ速いほど、若手のチャレンジの機会も増え、失敗から立ち直るスピードも速くなる。ソフトバンクモバイルの成長環境を物語るエピソードの一つである。
ネットワーク本部 ネットワーク開発統括部 ネットワーク開発部 技術開発課
金森 崇氏
大学院修士課程では知能ロボットを研究。2007年ソフトバンクテレコム入社。ソフトバンクテレコムの研究所で「メッセージング・ネットワーク」を研究。入社3年目からソフトバンクモバイル ネットワーク本部へ。IPv6サービスの立ち上げに関わり、企業向けコンサルティングを担当。現在はバックボーンの設計。
金森 崇氏
最後は、10年間の現場体験をベースに、いま経営を指向する一人のエンジニアの話で締めくくろう。
「エンジニアとしての自分にとっての強みは何か。人に負けない技術スキルはもちろんですが、優れた技術者は社内に大勢いて、それだけでは競争力になりません。差別化を図る、人と違うノウハウを加えたい……。私はそのプラスアルファを、ビジネススキルだと考えました」 ソフトバンクグループでは以前からビジネススキルの研修が充実している。現在は、「e!Campus」と呼ばれる、パソコン、iPhone、iPadから受講できるeラーニングが主体だ。勤務を終えた後の短い時間や自宅にいても受講できる。コースメニューが非常に豊富で、プレゼンテーション、ロジカルシンキング、マネジメントゲームなどビジネススキルのものも多く用意されている。 加藤氏も20代からこの研修を積極的に受講し、5年間で20以上のコースを修了した。ただ、そこで学んだことをビジネスの現場で活用しなければ血肉にはならない。「プレゼンの研修で学んだ手法を使って、次の会議には活用してみる」というような実践を、加藤氏は徹底して繰り返してきた。いまやそのスキルは、社内の研修機関「ソフトバンクユニバーシティ」で認定講師として、プレゼンテーションの研修の講師を務めるまでになっている。研修満足度も97%を記録するなど圧倒的だ。 |
移行促進本部
移行企画統括部 移行管理部 計画管理課 課長 加藤 欽一氏 |
研修でマネジメントを学ぶうちに、加藤氏にはより経営に近いところで仕事をしたいという思いがだんだん強くなってきた。
「ひと口で言えば、自分の仕事の影響力を最大化したいということです。ネットワーク技術の管理系の部署にいたときも、最初は東京地区だけだったのが、その後全国を担当するようになりました。事業計画を練る業務では、事業計画の策定や経営会議向けの資料作りなども担当し、技術というコアスキルに予算管理のスキルが加わった感じがします。こうして自分のスキルをマルチ化し、影響範囲を拡げていく。これはエンジニアにとっても面白いことですよ。
私は、『テクノロジー+リーダーシップ+ファイナンス』の3つが、これからの経営者が備えるべきミニマムな条件だと考えています。それを意識しながら、キャリアを形成してきました。自分はまだ30代半ば。それぞれのスキルはまだまだ伸びしろがあるし、なにより自分の心の奥底には事業に対する飽くなき情熱があります」
エンジニアとしての利点を活かして経営を志向する自分を、この言葉で見事にプレゼンしている。専門技術やビジネススキルが飛行機の翼だとすれば、経営への情熱は飛行機を前に進める推進エンジンだ。いま加藤氏はエンジン全開で、さらに空の高みを目指そうとしている。
ソフトバンクグループには、2010年に孫社長の後継者育成を目的に開校した「ソフトバンクアカデミア」もある。熱意と努力さえあれば、グループ全体で2万人超の会社の経営課題に挑戦する場ができる。そんなチャンスが転がっている会社は、そう多くはないはずだ。
移行促進本部 移行企画統括部 移行管理部 計画管理課 課長
加藤 欽一氏
1997年、旧東京デジタルホン(現・ソフトバンクモバイル)入社。これまでは、無線基地局の設計・建設、ネットワーク技術管理、地下鉄トンネル内3G網の企画開発・導入など、社外との難しい折衝を含む仕事が長かった。現在の移行促進本部でも、プラチナバンドのサービス提供を促進すべく、従来の900MHz帯の利用事業者からの移行を促進する業務を中心で担っている。
加藤 欽一氏
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