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キヤノンがいよいよミラーレス一眼カメラに参入。EOSシリーズの流れを汲む「EOS M」は、同社ならではの繊細なこだわりが詰まった作品となった。「EOS M」の設計チーフを担当した菊池裕氏が、エンジニアとしての思いを語る。 | |||||
EOS Mの大きな課題は「小型化」でした。これには各社さんそれぞれに強い思いがあると思いますが、ただ小さければよいというわけでもない。私たちは「EOSアイデンティティ」と呼んでいるのですが、守るべきところは守り、新しくすべきところは変えるという設計思想がありました。 では、何を守るのか。特に譲れなかったのが「高画質」です。撮像素子には大型のAPS-C型CMOSセンサー(有効1800万画素)を使いました。センサーチップは「EOS Kiss X6i」と同じものですが、パッケージサイズを小さく変え、画像処理回路やレンズなどもEOS Mの「高画質」に適する仕様に開発しました。多くの部分においてゼロベースからの作品と思ってください。 また、従来の一眼レフカメラと同様に、三脚ネジ穴やアクセサリーシューをレンズの光軸(レンズの中心を通る線)に揃えて配置しました。液晶モニターもカメラのほぼ中心にも合わせてあり、できるだけモニターで見た被写体を違和感なく撮影できるようにしました。 レリーズボタンの周囲をえぐり取ったような形にしているのも、EOSデザインの継承です。この斜めの角度は何度も設計し直したもので、人差し指を乗せると無理なくボタンが押せる構造になっています。剛性に対する考え方も同様です。ボディを小型化すれば各部品も小さくなるので、どうしても剛性が落ちるのですが、部品の強度と構造のバランス設計を繰り返して解決しました。 画質、部品の光軸との相関配置、デザイン、剛性などへのこだわりは、小型化への「足かせ」にもなり得ますが、キヤノンとして譲れなかったのです。 |
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一方で、小型化のために思い切った挑戦をしました。ひとつはフランジバック(マウント面からセンサーまでの距離)を極端に短くしたこと。もうひとつはマウント径を小径にしたことです(一眼レフEOSのマウント外径65mmに対して、58mmに小径化)。これらの最適解を出すのが本当に大変でした。 マウントを変えるとこれまでのレンズをそのままの状態では使えなくなりますから、一眼レフカメラメーカーとしては大きな決断でしたね。 |
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ただ、EFレンズが装着できるマウントアダプターを用意しましたので60種類以上のEFレンズを使えます。従来からのEFレンズを使えるカメラにすることは、開発当初から決めていました。そのためか、売り出してみると、プロやハイレベルなアマチュアの方からの評判がいいようです。一眼レフのEOS 5Dシリーズなどをお持ちの方が、サブカメラとして購入されているようです。 例えば、EOS 5DマークVとはセンサーのサイズが違うので同じレンズでも画角が変わり、レンズの焦点距離を変えたのと同じ効果が得られるため、絵のバリエーションが増えます。このように、「交換レンズ」でなく「交換ボディ」のような使い方のできることがひとつの理由のようです。 ボディが小さいので手軽にバッグに収納でき、レンズに合わせてさっと取り付けられます。想像した以上に幅広い層に受け入れられているのは、エンジニアとして大変うれしく思います。 |
一眼レフカメラは大きくて、重くて、操作が難しく、そして黒いでしょう(笑)。ユーザー比率としては40代以上の男性が多かったのですが、EOS Mでは20〜30代の女性ユーザーを意識しました。そのためにカラーバリエーションを4色用意しましたが、ここにもこだわりがあります。 ブラックはあえて光沢感ではなくザラザラ感を出すために、耐久性が高くて、粗い粒度の塗料を使いました。シルバーは金属の素材感を出すため、アルマイト染色を施しました。レッドはアルマイト処理の後でクリア塗装をして、光沢と深みのある色を出しました。色ごとに素材や塗装手法を変えたのです。 中でもホワイトは難しかったですね。白は耐候性(屋外での太陽光、温度、湿度などによる変色や劣化に対する耐性)の確保が難しいため、長く使っても色落ちしないように特に気を使った塗装を施しました。 また、EOS Mのレンズには、単焦点の「EF-M22o F2」と標準ズームの「EF-M18-55o F3.5-5.6 IS」がありますが、その性能はもちろん色にも注力しました。素材はアルミで、外装はボディのどの色とも異なるメタリックグレー。4色のどれに付けてもしっくりくるように考えた結果です。 |
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モニターのタッチパネルボタンの配置にも頭を使いました。「3辺置き」と呼んでいるのですが、モニターの両脇と下部にボタンを並べて、両手で操作しやすいようにしたのです。初めて一眼カメラを手にする方は、カメラよりもスマートフォンの操作になじんでいることが多いかなと考えたからです。 また、両側にあるストラップを取り付ける部分の構成が、今までのEOSとは違います。この部分を我々は「耳環」と呼んでいましたが、EOS Mでは従来のような耳の形はしていません。簡単にストラップを脱着できる構造にして、かつしっかりロックが掛けられるようにしました。 最近は料理をひとつの作品として撮影する方が増えましたが、首から掛けたままですとストラップが料理に触れてしまう場合もあるので、撮影時にすぐに外せるようにしたわけです。 |
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これらは地味な工夫かもしれませんが、ちょっと味がありますでしょ(笑)。ですから私たちエンジニアの願いは、まずは店頭で手にしていただくことです。そして、ご購入後はどこにでも気軽に持ち出してほしい。撮影そのものが趣味なのではなく「趣味を撮る」という方も増えましたが、こうした方々にも是非カメラの楽しさを伝えたいです。 そんな弊社のカメラ開発のエンジニアには、ミーハーな人が多いかもしれません(笑)。エンジニアというと「真面目な職人肌」と思われがちですが、コンシューマー製品を扱うためか、流行りものに敏感な明るいキャラが多いんです。学生時代にカメラ雑誌に写真を投稿して受賞していたような、徹底的なカメラオタクもおりますが(笑)。 弊社のカメラは世界シェアが高く、お客様の要求もハイレベル。プレッシャーは感じますが、なかなか味わえない気持ちであるのも確か。そこに向かっていくことは何より楽しいですよ。 |
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1979年に発売された超小型の一眼レフカメラ「Auto110」(オートワンテン)。ほぼ四半世紀前の製品だが、極小サイズのデザインは今見ても斬新だ。Auto110を愛するエンジニアたちの熱い思いが「PENTAX Q」を生み、「Q10」へ育てたと、マーケティング統括部の若代滋氏は語る。 | |||
私はPENTAX Q(2011年9月発売)から開発プロジェクトに参加していますが、実現までの道のりは長かったのです。PENTAX Qの原型は一眼レフフィルムカメラの「Auto110」。そのデジタル版をつくりたいという思いが、弊社のエンジニアにずっと強くありましたが、「提案しては却下され」が続きました。10年以上前、現在の開発部長がAuto110を分解してCCDを取り付け、配線を基板につなげて画像をPCで見ていたのを覚えています。試作機を作っていたのです。 その後、カメラのデジタル化が進み、ミラーレス一眼カメラが登場して、いわば「小型化競争」が始まるわけですが、弊社のエンジニアはこう思っていました。「われわれはもっと小さいカメラを知ってるぞ」(笑)。時代の追い風もあり、2009年にようやく開発のゴーサインが出ました。 |
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私たちの目的はシステムとしての小型化でした。そのための最初の課題となったのはセンサーのサイズです。一般的にセンサーを大きくすれば画質は上がりますが、それではボディはある程度小型化できてもマウント径が大きくなる。するとレンズ、特に望遠レンズが大型化するのです。 ただ、フィルムと違ってデジタルなら、小さいセンサーでも用途によっては十分な画質が得られますし、折よく裏面照射型CMOSイメージセンサーが登場していました。この高感度かつ低ノイズのセンサーを採用して、1/2.3型で有効約1240万画素の高精細画像を得られました。 マウント径については議論が続いたのですが、外形を50mmとしました。そして、専用のQマウントレンズは当初は標準の単焦点とズームだけでしたが、現在では6種類に増えています。また、専用アダプターを装着すれば、Kマウントレンズのほとんどが使用できるようになりました。 |
液晶モニターのサイズも課題でした。被写体を映し出すモニターはできるだけ大きくしたかったからです。それでも開発者の中には、「ボディをAuto110と同じサイズにしてモニターのサイズを考えるべき」という者もいました。PENTAX Qが当時は「Auto110 Digital」と呼ばれていたほど、エンジニアのAuto110への気持ちは強かったのです。 いくつかのモックアップを作って検討しました。画面のサイズは2.5や3インチ、アスペクト比は3:2や4:3など候補が出て、技術的なアイデアも話されたのですが、最終的にはバランスを考えた3インチでのアスペクト比3:2になりました。 |
開発当初のイメージモック(左、中央)、右が実際のAuto110 |
この段階では内蔵ストロボの議論は始まっていなかったと思いますが、仮にAuto110と同サイズにしていたら実装は無理だったでしょう。PENTAX Qのサイズでも内蔵ストロボを組み入れるのは至難の業でしたから。 PENTAX Qはストロボとレンズの距離がかなり近くなるので、普通に付けると「けられ」(フラッシュの光の中にレンズが入って、レンズの影が被写体に写る)が生じてしまいます。単焦点では発生しなくても望遠レンズでは「けられ」が懸念されました。 この問題を解決したのがポップアップ型ストロボです。エンジニアの努力の結果ですし、今ではPENTAX Qの特徴のひとつとなっていますが、飛び出す姿を最初に見たときは笑ってしまいました。 また、ミラーレス一眼では「大きい」「重たい」「難しそう」が嫌われると思いますが、私たちは「とことん簡単に」は目指しませんでした。自分で多彩な設定ができる機能性を大事にしたかったのです。そのため、ボディの上部にダイヤルを2つ付けたのですが、配置方法に苦労しました。ダイヤルひとつ分のスペースしかなかったからです。 そこで、前にあるモードダイヤルはグリップの、後ろの電子ダイヤルは親指を置くふくらみの上部に置き、スペースを少しでも確保して配置しました。 |
センサーが決まった後は、ひとつひとつを走りながら解決していったPENTAX Qですが、2年弱の開発期間を経て昨年9月に発売されました。本当にうれしかったのですが、PENTAX Qもその後のPENTAX Q10も、サイズではAuto110に負けているんです(笑)。 (※ Auto110:幅99mm×高さ56mm×厚み32mm、PENTAX Q:幅102mm×高さ58mm×厚み33.5mm、PENTAX Q 10:幅98mm×高さ57.5mm×厚み31mm【どれもレンズなしのおよそのサイズ】) |
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左からPENTAX Q、PENTAX Q10、Auto110 | |||
サイズはともかく、PENTAX Qで多少なりとも妥協した部分は画質の解像感でした。そこで、PENTAX Q10では新しい裏面照射型CMOSセンサーを採用し、アルゴリズムを改良して、基本性能を高めました。解像感はよくなり、バッテリーの持ちも10%程度向上したと思います。 また、オートフォーカス(AF)のスピードも上げました。PENTAX Q10の発売と同時期に望遠レンズをラインナップに加えたので、PENTAX Qの性能では反応が遅くなってしまうからです。背面のボタンが押しにくいなどの声から、その位置を微妙に変えるなどもしています。 |
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そもそもPENTAX Qでは「数(出荷量)を追わない」と考えており、発売後のユーザーの意見などを集約して改良を加え、新しい機種を低価格で発売すると決めていました。 また、PENTAX Qでターゲットしたユーザーはフィルムの一眼レフは触ったことがなく、コンパクトデジカメを使っているような、比較的若い世代。しかし、PENTAX Q10ではもっと広げて、フィルム一眼レフを使ったことがあり、持ち運びなど苦労していたが、交換レンズがそろったPENTAX Q10を見てよろんでくれるような方も対象にしています。 |
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ボディの外装をPENTAX QのマグネシウムからPENTAX Q10では樹脂に変えたのは、低価格化のためでもありますが、色を増やすという狙いもありました。そして、カラーバリエーションを100種類(ボディ20色×グリップ5色)としました。若い人だけでなく、年配の方が好みそうな色も用意するためです。ただ、20色になると似たような色が出てくるので、「緑系が多いぞ」などの声が社内から出てきましたけど(笑)。 ペンタックスの信条には「他社の模倣をせず」があり、エンジニアにも「他社とは違うことをしよう」という意識が根付いています。競合他社の研究などはしますが、「他社がこうしているから、うちも同じようにしよう」という意見は嫌われますし、周囲からバッシングを受けます。 そんな頑固なエンジニアたちがつくったカメラです。ぜひいろいろな方に興味を示してもらい、使っていただければと思います。 |
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