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発見!日本を刺激する成長業界8 EV時代のインフラ革命―ワイヤレス給電が始動!
世界で注目を浴びているEV(電気自動車)。そのEVが決まった場所に停止するだけで電力をチャージできるのが、ワイヤレス給電だ。EVのネックであるバッテリー搭載量の削減につながるだけでなく、家電製品への利用や携帯電話の充電用としても将来性が豊かである。
(取材・文/井元康一郎 総研スタッフ/高橋マサシ)作成日:10.04.09
ワイヤレス市場急成長の一翼を担うワイヤレス給電システム
 ユビキタス志向が強まる21世紀においては、ワイヤレス関連市場が急成長を遂げると予想されている。家電の電源コードや屋内のネットワークケーブルなど、利便性や実用性を考えればないほうがいいに決まっているからだ。実際、社会のコードレス化の投資は既に世界の多くの国で活発に行われている。電波を管轄する総務省は、2008年には25.3兆円だったワイヤレス関連市場は、15年には55.5兆円、20年には80.4兆円に達すると試算している。
 EVを非接触で充電するワイヤレス給電も、実はこのワイヤレス関連市場に属する技術だ。この技術が普及すれば、EVが高額になる一因のバッテリー搭載量を削減することも可能とあって、世界中で膨大なインフラ投資が期待できる有望技術なのだ。
ワイヤレス関連市場の将来市場規模試算結果
昭和飛行機工業/電磁誘導方式でEVバスでの実用化に成功
 充電スポットに停止するだけでEVに充電できるワイヤレス給電。日本ではその非接触給電でバスを運行させるなど、多くの実証実験が行われている。そのシステムを開発したのは、タンクローリー、EV、果てはパラボラアンテナまで、多様な商品を手がける昭和飛行機工業株式会社だ。
ワイヤレス給電方式のEVバスが古都、奈良を走る
地上に設置するコイル「IPS 30K」(30kW型)と実証実験で使われたEVバス
地上に設置するコイル「IPS 30K」(30kW型)と実証実験で使われたEVバス
 今年、2010年は、日本に初めての本格的な都である平城京が、現在の奈良県に誕生してからちょうど1300年になる。東大寺などの世界遺産を含む旧跡が集まる奈良公園周辺を、エンジン音を立てることもなく静かに走り回ったのが、最新のワイヤレス給電方式による電動マイクロバスだ。昨年の11月に実証実験が行われ、今年も予定されている。
 このEVバスの電力は、電源プラグを必要とせず、充電スポットに停止するだけでバッテリーに自動的に充電される、「IPS(インダクティブ・パワー・サプライ)」によって供給されている。システムを開発したのは、かつて国産旅客機YS-11の製造にも関わっていた昭和飛行機工業だ。電動バスは循環線で1周約5km余り。その走行に必要な電力は、充電スポットに計7分停止するだけでまかなえてしまう。

 「弊社は超小型EV向けの100V/1kWタイプから、LRT(路面電車)向けの600V/150kWまで、大小さまざまなIPSを実用化してきました。EVバス向けのシステムは300V/30kW。実は当社は2006年にもEVを売り出したのですが、当時は充電インフラが整っていなかったこともあって惨敗しました。そのインフラで、未来を開く技術を作り上げられたことはとても喜ばしい」
 ワイヤレス給電システムの開発、行政や他社とのコラボレーションのまとめ役など、事業全般を指揮してきたEVP事業室の橋俊輔技師長は、EVの次世代インフラとして期待されているワイヤレス給電が早くも実用段階に入ったことについて、感慨深げに語る。
 もともとワイヤレス給電は、アメリカやドイツなどがリードしていた技術。橋氏がワイヤレス給電と出会ったのは、前職の造船会社技師時代。そのときはドイツのワンフラー社の製品を導入し、深海潜水艇などの水中ロボット、船舶開発の実験設備、港湾設備などに使っていた。2004年に役職定年を迎えて退職するとき、昭和飛行機工業がEV向けのワイヤレス給電システムを作ろうとしていることを知り、同社に入社したのだ。

 当初はワンフラー社の非接触給電装置「IPT(インダクティブ・パワー・トランスファー)」を使ってEV給電システムをつくり、洞爺湖サミットや羽田空港の構内でEVバスを運用していた。だが、その後ワンフラー社が他社に買収されたことをきっかけに、ワイヤレス給電の国産化を目指すことにしたのだ。
「ワイヤレス給電はシンプルな技術。それだけに、高品質の製品を開発するのは意外に難しくもある。その研究開発を短期間で行うことができた大きな理由として、大学との産学協同があります」
 ワイヤレス給電には同社で用いている「電磁誘導方式」、「磁界共鳴方式」などがあるが、電磁誘導方式は2つのコイルの間の磁場を利用して送電を行う方法。橋氏は非接触給電を国産化するとき、単に同じようなものをつくるだけでは飽き足らず、地上に設置する給電の一次コイルをできるだけ薄型のものにしたいと考えた。海外メーカーの一次コイルはいかにも巨大でコストが高く、設置性もよくなかったからだ。
特殊車両総括部 EVP事業室
技師長

橋俊輔氏
電磁気学の専門家のみならず、幅広い人材が開発に参画
「IPS 10K」(10kW型)の断面図。コイルの巻線が見える
「IPS 10K」(10kW型)の断面図。コイルの巻線が見える
EVバスはバックでコイルに近づく
EVバスはバックでコイルに近づく
 橋氏は造船技師時代から、電磁界解析の分野で高い技術を持つ早稲田大学と協力を深めていた。だが、薄型化のために一次コイルの巻線方法を垂直方向から水平方向に変えようとしたとき、シミュレーションだけでは対応できなくなった。
 「そこでコイル技術に優れた専門家を探したところ、東北大学に素晴らしい技術があるのを発見しました。人工心臓に電力を非接触で供給するという医工学の分野でした。そこで、早稲田大学と東北大学の2つの大学と、産学協同で開発することにしたのです」
 産学協同を行う場合、大学側は単独で参画するというのが一般的。複数の大学が入ると微妙な力学が働くなどして、失敗することも少なくないからだ。だが、このワイヤレス給電システムの場合、同社が主導することで2大学との連携が非常にうまくいったという。

 こうして完成した薄型の平面コア丸型方式一次コイルは、30kWという高出力でありながら厚みがわずか5ミリと、分厚いアタッシュケースのような海外製とは比べ物にならないほどの超薄型に仕上がった。また、従来は停止位置が少しずれると給電効率が大幅にダウンしたのに対し、昭和飛行機工業のコイルは中心から離れても電力を送ることが可能。こうして、国産の高性能ワイヤレス給電システムは完成したのだった。
 「それまでにないタイプの新しいコイル開発は本当に大変でした。良好なチームワークがあってのことです」
 そのコイルの設計、電磁界解析、試作、評価など、開発実務を担当したのが、技術開発部長の小峰孝也氏だ。工業化学の出身で、入社後は航空機用のハニカム構造の開発を手がけており、電磁気学については門外漢だった。基幹技術の開発をこう振り返る。
「いきなりワイヤレス給電と言われてびっくりしましたよ。知的財産の管理をしていて、弊社がそういうものに手を出しているということは知っていましたが、技術の詳細は全然わかりませんでしたからね」
 開発チーム自体にも電磁気学の専門家は一部だという。もちろん電磁気学を知らなくていいというわけではなく、仕事の合間に電磁気学のエキスパートであるベテランエンジニアが「講義」を開き、皆で勉強を続けていたという。

「電気を知らないエンジニアは、まずは性能評価などで慣れて、しだいに専門知識をつけていくことになります。今後は弊社以外のメーカーも実用化に成功してくるでしょうし、電磁誘導方式だけでなく、磁界共鳴やマイクロ波など、他方式のシステムも出てくるでしょう。その中では、やはり大学レベルの電磁気学を知っている人材がほしいところですね」
 昭和飛行機工業は今後、路面給電や壁面給電など、ワイヤレス給電をさらにアップグレードしていくという。
「今年はプロジェクトが目白押し。新しい挑戦にはトラブルもいろいろ出てきますが、道路交通の電気化で石油エネルギーへの依存度を減らし、環境負荷を下げるニーズは必ずあるはずです。事業にどう結びつけていくか、よいアイデアも出していきたいですね」(橋氏)
 将来、それらのインフラが整ってくれば、架線のないトロリーバスが路上を走り回る時代がくるかもしれない。

小峰孝也氏
技術開発部 技術開発グループ
技術開発部長兼技術開発グループリーダー

小峰孝也氏
道路インフラのトレンドになり、生活家電への普及も始まる
スマートグリッドと結合してネクストEVの動力源に
 電源プラグを介することなくクルマに電力を供給できるワイヤレス給電は、きわめて有望な将来技術である。EVは高価格が普及へのハードルとなっているが、その原因は大量のバッテリーを搭載しているから。
 ワイヤレス給電が普及し、こまめに充電できるようになれば、何百キロも走れるほどの電力を一度に蓄える必要がなくなり、電池の搭載量を大幅に減らすことができる。バッテリーだけで1000万円を軽くオーバーしてしまう、EVバスなどの大型車には特に向いている。また、電源プラグを使用しなくてすむため、雨天の屋外で充電する際の危険性もなくなる。

 このワイヤレス給電は、日欧米などで計画されている次世代送電網、スマートグリッドとの組み合わせると、有効性はさらに高まる。現時点ではどのクルマがどこでどれだけ充電したか検出するのも一苦労だが、スマートグリッドの一環であるセンシング技術の高度化によってEVへの給電情報が簡単に得られるようになれば、EVのマイカーへの課金問題も解決されよう。
 もちろん、ワイヤレス給電網を全国の主要道路にくまなく設置するのには長い年月がかかる。当初は決まった路線を走る路線バスなどのフリートユーザー向けの投資が行われ、その後に一般道路への設置が進むという過程を経ると思われる。欧米や中国、インドなどでは特に膨大な投資が期待できる。ワイヤレス給電がビジネスとしても将来を嘱望されるゆえんだ。

 家電製品への応用も進む。ソニーは昨年10月、60Wの電力を50cm離れたテレビに送る、ワイヤレス給電システムを発表した。マサチューセッツ工科大学が出身母体の米WiTricity社は、電力を数十cmから数メートル伝送するシステムを開発したとして、国内外の携帯電話や家電のメーカーに出荷する予定があるという。
 市場として立ち上がるのはまだ先だろうが、数年先の一般実用化が夢ではなくなっているのだ。
電磁気学のセンスは要求されるが、スキルのニーズは多様
 さて、そのワイヤレス給電の開発におけるエンジニアの人材ニーズだが、トップランナーである昭和飛行機工業のみならず、多くの企業がワイヤレス給電の試作やシステム提案、あるいは参入表明を行っていることから、確実に高まっているとみていい。
 エンジニアに求められるのは、何といっても電磁気学のセンスだ。センスと書いたのは、狭い専門領域に執着するタイプより、広範囲にわたって見識を持ち、物事を多角的に見ることができる人材のほうが、この分野には向いているからだ。工学部的な視点ばかりでなく、理学部的な視点で電磁気学を理解している人材が求められていると言える。

 中途採用の場合、キャリアとしてはパワーエレクトロニクス、家電系全般が強く、超伝導トランスや電池など、電気化学系も適合性が高い。システム自体がスマートグリッドなどを介して系統電源に接続されるため、将来的には送電技術者、ネットワークエンジニアなどのニーズも出てくるだろう。
 ただ、電気に詳しくないエンジニアもあきらめるには及ばない。基礎的な電磁気学は、専攻がまるっきり違っても自習で十分に習得できる。エネルギー供給と情報供給が統合されるであろう次世代道路交通網のプラン、EVビジネス、あるいはコンシューマーへの活用方法について、独創的な発想を持てるような人材にも、活躍の場が与えられるだろう。
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高橋マサシ(総研スタッフ)からのメッセージ 高橋マサシ(総研スタッフ)からのメッセージ
 電気のコードが不要になる。ただそれだけのこと(?)が、私たちの生活や社会をガラリと変える可能性を秘めているわけです。誰かが発想して、エンジニアが現実にして、それを幹にした葉が世の中にどんどん広がっていく。やっぱり技術は面白い。

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