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今や月間で訪れるユーザーが800万人を超えるという日本最大の料理サイト「クックパッド」を創業した佐野陽光氏。Rubyをいち早く採用するなど、先進の技術を積極的に活用しているテクノロジーカンパニーを率いている人物だ。
(取材・文/上阪徹 総研スタッフ/宮みゆき 撮影/栗原克己)作成日:10.01.13
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クックパッド株式会社
代表執行役社長
佐野 陽光氏
書籍『600万人の女性に支持される「クックパッド」というビジネス』が刊行されたのは、2009年5月のこと。だが、刊行から1年を待たずして“600万人”はすでに“800万人”を超えるスケールになっているという。女性には圧倒的な知名度を誇る超巨大サイト、クックパッド。料理レシピを投稿したり、検索したりできるサイトだ。2009年夏には東証マザーズに上場も果たした。この会社を1997年に創業したのが、佐野氏。
慶應義塾大学SFCに学び、卒業後に起業した。何よりユーザーは普通の主婦。食事の準備や子育ての合間に見る。そんな忙しい主婦がこれほどの支持をするのが、このサイト。驚くほど早いレスポンス、求めていたレシピと出会える確率が高い検索機能、楽しんでできるレシピ投稿システム、ユーザーがまた投稿したくなる仕組み……。佐野氏の事業哲学へのこだわりと、先進的なテクノロジーが可能にしているビジネスなのである。
女性が料理をするとき、いろんな道具を使いますよね。ガス台やレンジ、冷蔵庫や炊飯器。まず考えなければいけないと思ったのは、そうしたキッチンで使う“道具”と同じでなければいけない、ということでした。例えば、クックパッドで料理レシピを検索する。インターネットだから表示に時間がかかる、ですましたらダメなんです。そんな理屈は“道具”とすれば、まったく通用しない。その瞬間にもう使ってもらえません。 クックパッドが最も利用される時間帯は16時。これは主婦が最も忙しい時間帯です。ユーザーは片手に子どもを抱えながらネットを検索したり、お迎えの時間の隙間を縫って見てくれている人も多い。そんなときに、なかなか画面が出てこない、では話にはならない。レスポンスタイムの短縮は、常に取り組んできたことでした。去年の目標は、1リクエストにつき、200ミリセック以下。0.2秒。1秒間に1000リクエスト以上に応えたいと考えていました。上場後、2度のサーバー増設をしていますから、体感的にはさらに早くなっていると思います。 レスポンスタイムを早めるには、検索システムの自社開発は当然の流れでした。どんな検索キーワードがあるか、どんな傾向があるのかがわかれば、下処理をしておける。それをたくさんしておくことで、レスポンスタイムを早められるんです。検索キーワードが検索窓に入れられたとき、全体から探しに行くのではなく、下処理をした塊を探しに行けばいい。しかも数十万人が一度にアクセスしたときの高速処理が必要です。 どう処理を分散させるか、たくさん試行錯誤をしました。例えばディスクアクセスも、書き込みに比べて読み込みのほうが何倍に多いのです。なので、まずは読み込み先を複数用意することで負荷を分散する。しかも、ディスクアクセスはシステムの中でも特に遅い箇所なので、ディスクとメモリをうまく使い分けて、なるべくディスクにアクセスできないようにしました。 |
検索結果を見せるとき、最初に1ページ目だけ高速で表示させるという方法が実はあるんです。しかもこれは、技術的にそれほど難しいわけではない。ユーザーはスピード感も実感できます。でも、クックパッドの場合は、ユーザーは検索結果の1ページ目だけを見るケースは少ないんですね。多くのユーザーが予想以上に複数のページを見る。となれば、2ページ以降も高速で表示させないといけません。サービスを作っていく過程で気づいたことは、サービスの送り手側は、知らず知らずのうちにユーザーに甘えてしまうことです。“このくらいはできて当たり前だろう”と、言語化されないレベルで思ってしまう。でも、それはユーザーには、とんでもない傲慢に映るんです。実は自分たちが思っている以上に、サービスの送り手が傲慢だし、ユーザーに甘えているのが現実だと思ったのです。 例えば、トップページに検索窓を置く。ここなら誰でもわかるだろうと予想する。ところが、実際に僕たちはユーザーに何度もテストをしてもらった経験があるのですが、そこに検索窓があることすら気づかない人だっています。これでもうアウト。サイトはユーザーの信頼を失う。 広告効果を上げたいと、バナー広告が最も目立つ場所に配置されているサイトもありますが、考えられません。ユーザーは広告を見に来たわけではないのです。なのに、いきなり広告を見せつけられる。リアル店舗で考えてみてください。自動ドアが開いたら、なんの前触れもなく、いきなり目の前に他社の広告の巨大なパネルが出現して道をふさがれるようなものです。 そもそもたくさんのことをユーザーに求めるべきではない。機能は多いほうがいい、という意見もありますが、ユーザーはそんなにたくさんメッセージは受け止められません。あれもできます、これもできます、ではユーザーには一杯一杯。まずは一つひとつのメッセージで少しずつ信頼関係を築くしかない。だから、クックパッドは4年前のリニューアルでびっくりするほど機能を減らしました。おかげで、ユーザー数はむしろ大きく伸びました。 僕の好きな言葉に、優れたドアノブは押せばいいか引けばいいかがすぐにわかる、があります。優れたモノは無言語なんです。説明が必要なサービスはレベルが低い。何も説明なしで機能が果たせる。それを目指さなければいけないと思っています。 |
ユーザーへのインタビュー、ログの解析、ユーザーテスト、クレームやご意見の分析は、それこそ徹底的にやりました。ユーザーに支持をしてもらうには、普通のことをしていてもダメです。ではどうするのかといえば、想像を超えるアウトプットを作ることです。しかも、それを繰り返す。何かに触れると想像以上のレスポンスがあって、期待を持って次に進むと、その期待を上回る何かが出てくる。それこそ1ページ1ページ信頼を高めて、最後には“どうして私が探そうと思ったものが出てくるの”という驚きで次に進める。そんなサイトづくりを目指してきたし、それはできると思っています。ユーザーに感動してもらってこそ、価値が提供できるのです。 そのためにはユーザーを徹底的に知らなければなりません。また、何がゴールなのかを設定して前に進まなければなりません。例えば僕たちはユーザーの匿名性は完全に守った上で、アクセスログを徹底的に解析しました。ユーザーがどのような経路でクックパッド内を“歩いて”いったかがわかる再現プログラムも作りました。すると、予想した動線とはまったく違う動きをする、予想も付かないような動線を残していくユーザーが少なくないことがわかったんです。それを数十万件、数百万件のレベルで見ました。ユーザーの動線を可視化したことで、たくさんのことがわかった。そこからサービスや動線を発想していったんです。 |
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大学卒業後、就職しなかったのは、お金の保証がなくなる怖さという自分の“弱い部分”を、会社に預けてしまうと辞められなくなる、と考えたからだったという。だが、どんな事業で起業をするかは、かなり頭を悩ませた。そして辿り着いたのが、「毎日の料理を楽しみにすることで、心からの笑顔を増やす」という理念だった。驚くべきは今なお、この理念を事業運営に、経営に、組織に徹底的に浸透させていることだ。それこそ、サービスも技術も広告戦略も、その理念に合致しているかどうかが、すべての判断基準となっている。
事業だけでは食べられず、システムの受託開発をして食べていた時期から、である。創業期は、サーバーを増設する費用がなく新規ユーザーをいかに増やさないかに苦心した。それでも、ベンチャーキャピタルからの出資の申し出は断った。事業モデルが確立しないのに出資を受けたら赤字が増えるだけだ、と。創業以来、サイトの宣伝広告を一度も打ったことがないそうである。
子どもの頃からモノへの関心は高かったと思います。父親自身が好きで、いろんなものを買い与えてくれたのも大きかったですね。コンピュータは小学校のときにMSXを買ってもらって、FM77AVは父親の転勤でアメリカに行くときにも持って行きました。ロサンゼルスで高校時代を過ごしたことも自分の中では大きかったと思います。 「えっ、こんなことも知らないの?」と常識のようなものを問われない替わりに、好きなものを持っていないとカッコ悪いんですよ、アメリカは。コンピュータや機械好きはここでも生きて、頭脳明晰な連中とソーラーカー作りに挑んでいた時期もありました。自分たちでお金から集めて。面白かったのは、目的はソーラーカーを作ることで、文系も理系もなかったことです。自分の得意なことをやるわけですね。持っている知識や技術は、目的を達成するための道具に過ぎない。そういう感覚なんですよ。 日本の大学に入ってからも機械はいじっていましたね。古いスバル360をバラバラにするとか、古いスクーターを電動にしてみるとか。自分で組み立て直して乗ってみたかった。実際、できると思っていましたし。そういう感覚はアメリカでは普通です。分解してみると、こんなに単純な構造なのか、とわかるんです。 そして僕が大学に入学したのは93年。インターネットの商用化は94年ですが、村井純さんみたいなインターネットを作り上げている立場の人たちが教授陣にいて。アメリカの高校では、PCの基礎の基礎から学んでいました。それこそ歴史から、メモリがどうやってできているか、まで。基盤が机の上に転がっていたりして。CPUだってパソコン通信だってモデムだって、現物を見ながら物理的な現象から原理まで本当に基礎から学んだ。そして大学に入ると、今度はインターネットを基礎の基礎から学ぶわけです。パケットには無限ループ問題があって、寿命が埋め込まれている、とか。インターネットの技術というのは、たくさんの人が実験しながら作られていくものだ、とか。 |
大事なことは基礎を理解していることなんです。ネットなんてしょせん数十年の歴史の浅い技術。だからこそ、正しい理解が必要です。例えばサーバーは創業期と今とでは値段が全然違う。基礎がわかっていれば、高いか安いかがわかります。足りなければ、処理を減らせばいいということもわかる。同じ効果を得られるようにすればいいわけです。今は動画サービスが注目されて、乗り遅れるな、という雰囲気になっていますが、技術的な実装のために何が必要か、本当に理解していないと適正な時期は見えません。基礎からちゃんと理解した意志決定がすごく大事ですね。 僕に限らずクックパッドのエンジニアはブラックボックスを嫌います。わからないことがイヤなんですよ。モノづくりって、人間の英知が詰まっているんです。ペン1本にしても、なぜこの形なのか、キャップの機能、素材など、あらゆるところに試行錯誤した努力がある。でも、普通の人がそれを知るのは限度があります。ところがプログラムはオープンソースなら公開されています。たくさん発見が詰まっているのが見られる。興味さえあれば、とんでもなく面白い。基礎があれば、それができるのです。 ただ、技術はやはりあくまでツールです。目的は何をするか、です。僕たちの場合なら、料理を楽しくするのに役立つか、ということ。その意味では、技術そのものにこだわりはありません。道具ですから。Rubyを採用したのも、自分たちに使いやすかったから。技術にはトレンドがありますから、今最適なものを採用すればいい。最初から何かに凝り固まることはしません。でも、エンジニアは新しいもの好きですから、いろんな取り組みをしていますけどね。 |
どうすれば、ユーザーの生活をより豊かなものにできるのか。毎日そのことだけに挑んでいるクックパッドのエンジニアが現在採用し始めているのがテスト・ドリブンです。 たしかに解決すべき課題と方法がはっきりしているなら、ウォーターフォール型など従来型の開発がいい。でも今は、開発の途中で課題や方法が変わっていく時代です。 テスト・ドリブンな開発を行うと、書いたコードを複数の人間で長期間にわたってリファクタリングしやすくなるため、新しい機能を追加したり、動作速度を上げたりといった改善を行いやすいというメリットがあります。また、間違ったコードを書くとその場でエラーとして指摘されるので、コードをいじるのが、怖くなくなる。すると、ちょっと時間のあるときに、誰でもリファクタリングができるようになる。こうした積み重ねによって、ユーザーの声を聞きながらサービスを作るサイクルを速く長く回せるのです。 一見面倒な作業ですが、テスト・ドリブンによってユーザーに価値を与えられる──このインパクトは大きく、テストの重要性を理解したエンジニアのマインドは一気に変わりました。 僕は、今この時代の日本に生まれたことを、本当に感謝しているんです。餓死する人なんてほとんどいないでしょう。だから起業するときに思ったのは、こんな豊かな国に生まれたのに、その幸運を使わない手はない、ということです。自分が失敗して最悪の状況になる、例えば会社を辞めるというのは、どういうことなのか、一度、シミュレーションしてみたらいいと思います。実はたいしたことがなかったりするんです。だから、チャレンジしてみる。失敗を怖がらずに、成功に挑んでみるべきです。それこそインターネットなんて、まだ本当に始まったばかりです。実現されていない価値やサービスは山のようにある。星の数ほどある。基礎を知っていれば、それがわかります。何もない平野にポツンと置かれている。今はそんな状況だと僕は思っています。 |
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佐野 陽光 クックパッド株式会社 代表執行役社長
1973年、東京都生まれ。父親の転勤で中学、高校をシンガポール、アメリカで過ごす。帰国後、慶應義塾大学環境情報学部入学。97年、クックパッドの前身となる有限会社コインを設立。当初はユーザーからの課金モデルでスタートしたが、ビジネスモデルを変更。広告モデルに変える。事業として成立までにはかなりの苦労があったが、創業当初からユーザーから高い支持を得ていた。2009年7月、東証マザーズ上場。エンジニア採用も積極的に行っている。
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