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No tech No life 企業博物館に行ってみた 〔番外〕三菱重工業篇
日本の航空技術史をつくった名機が翼を休める場所
戦前から、日本を代表する航空機メーカーだった三菱重工業。その航空機開発の中心、名古屋航空宇宙システム製作所には、「日本の飛行機」の歴史をたどることができる、貴重な資料が収められている。〔タイトル写真:「秋水」(左)や「零戦」(右)の復元実機も収められた史料室〕
(文/川畑英毅 総研スタッフ/根村かやの 撮影/早川俊昭) 作成日:08.09.17
「空中で“ゼロ”に会ったら逃げてよい」

 戦後60年以上たった今でも、日本人で「ゼロセン」の名前を知らない人は少ないに違いない。当時の三菱重工業が開発した、第二次世界大戦中の日本海軍の主力戦闘機で(*1)、制式名称は「零式(れいしき)艦上戦闘機」(*2)。皇紀2600年(1940年)に制式採用になったことから、その末尾の数字を取って名付けられた。
 大戦初期、零戦は、熟練パイロットの技量と相まって、空中で圧倒的な強さを誇った。日米開戦からしばらくの間、アメリカ軍の航空隊では、「行く手に雷雲があるか、零戦がいた場合には待避してよい」という訓令が出されていたほどという。
「速度は圧倒的とは言わないまでも当時の一流レベル。無類の運動性能。そして、他国の戦闘機にはない長大な航続距離が、零戦の特長でした。大戦初期、フィリピンでの航空戦には、台湾の飛行場から零戦が飛んでいった。米軍では、近くに日本の空母がいるに違いないと思い込み、後々までも、まさかそんな遠くから飛んでくるとは信じなかったと言います」(史料室長、岡野允俊氏)

 日本が本格的に航空機開発に乗り出したのは、1920年代のことである。当然、当初は日本で独自に設計する技術もなく、海外から技術を学びながらであった。
「三菱が開発した最初の航空機は、1921年から開発を始めた一〇式艦戦、一〇式艦偵(*3)ほか。これらは、イギリスのソッピース社から招いた技師が設計した機でした。
 初めて“純・三菱製”として量産されたのが、1936年制式採用の九六式艦上戦闘機。設計したのは堀越二郎技師、東大の航空工学科を出た気鋭の若手技術者で、三菱だけでなく、他社でもこの年代の技術者たちが日本の航空機技術を大きく開花させたのです。そして、同じ堀越技師が九六艦戦の経験を生かし、さらに洗練してつくり上げたのが零戦でした」

写真1
▲写真1
写真2 零戦の操縦席。計器板の上左右に見える黒い部分は、機首の機関銃の尾部。
▲写真2 零戦の操縦席。計器板の上左右に見える黒い部分は、機首の機関銃の尾部。

写真3 復元された零戦のエンジン。中島飛行機(現・富士重工業)が開発した「栄21型」、空冷星型1010馬力。
▲写真3 復元された零戦のエンジン。中島飛行機(現・富士重工業)が開発した「栄21型」、空冷星型1010馬力。

写真4 零戦の脚部。零戦は、日本海軍の戦闘機として初の引き込み式の脚を備えていた。
▲写真4 零戦の脚部。零戦は、日本海軍の戦闘機として初の引き込み式の脚を備えていた。
写真5
▲写真5

 史料室に展示されている零戦は、52型甲と呼ばれる大戦後半に量産されたタイプで、三菱重工業の大江工場製〔写真1〕。ミクロネシアのヤップ島で放置されていた数機分の残骸をもとに、三菱重工業の社員の手で復元された。機の傍らには、復元に使用されなかった部品が並べられている〔写真5〕が、プロペラには今もなお弾痕が残る。

 開戦時には無敵を誇った零戦も、米軍が次々に新型機を大量に投入し、また熟練パイロットが減っていくと、防弾装備の欠如もあり、苦しい戦いを強いられることになった。後継機開発は遅れ、またエンジンに合わせて絞り込んだ設計だった零戦は、エンジン換装で大幅な性能向上を図ることも望めなかった。とはいえ、それは当時の日本の国力の問題であって、一時期であれ、世界を凌駕した零戦の設計は称賛に値する。

*1:当時の日本には(アメリカも)「空軍」はなく、陸軍、海軍それぞれが航空隊を持っていた。
*2:艦上戦闘機とは、空母での運用を前提に着艦用の装備なども備えた戦闘機。略して艦戦。
*3:艦偵=艦上偵察機。空母からの運用を前提に開発された偵察機。

高度1万mまで約3分、ロケット戦闘機計画

 史料室には、零戦のほかにも、歴史をつくったさまざまな機体の資料や部品、模型が展示されている。

 戦前、航空機の性能の一大デモンストレーションとなったのが、新聞社各社による記録飛行だった。ファクシミリもない当時のこと、特に報道写真をいち早く送るには飛行機に頼るしかなく、そこで大新聞社はこぞって新鋭機を調達し、それを部数競争のための宣伝としても活用したからである。
 そんな記録飛行の中でも特に有名なのが、朝日新聞社が1937年4月に行ったアジア−ヨーロッパ連絡飛行である。「神風号」と名付けられた機体は、当時、三菱重工業で開発されたばかりの陸軍九七式司令部偵察機(*4)の試作2号機だった。世界が注目したこの飛行は、立川飛行場を出発点に、東南アジア、インド、中東、アテネやパリを経由して、51時間19分23秒でロンドンに到着。記録もさることながら、それを達成したのが航空後進国と思われていた日本の純国産機であったことが、世界を驚かせた。史料室には、この同型機のプロペラも保存されている〔写真6〕

岡野允俊氏
岡野允俊
三菱重工業株式会社
名古屋航空宇宙システム製作所
史料室長

「神風号の飛行は、何しろ当時の最新鋭機だけに、秘密がばれる、墜ちたらなお大変としぶる陸軍を、朝日新聞社が何とか説得して実現させたもの。これに対抗し、ライバルの毎日新聞社が1939年に成功させたのが『ニッポン号』の世界一周飛行。この機は海軍の九六式陸上攻撃機をもとにしたもので、毎日新聞社では神風号が陸軍機ならこちらは海軍機でと、山本五十六提督を説得しに行ったとか。これもまた三菱製の機体でした」

 零戦とともに、機体全体が復元されて展示されているのが、第二次大戦末期に陸海軍共同で開発され、三菱重工業で試作された局地戦闘機「秋水」である〔写真7〕。これは、世界で“最初で最後”の実用ロケット戦闘機として知られるドイツのメッサーシュミットMe163を国産化したもの。局地戦闘機とは航続距離の短い防空専門の戦闘機のことだが、「秋水」は中でも特別で、航続時間が数分しかないロケットエンジンで高空に駆け上がり、B-29爆撃機に一撃をかけて、あとは滑空して帰ってくるという計画だった。
 しかしドイツからの資料を積んだ潜水艦がシンガポール出航直後に沈められてしまったため、届いたのは空路に積み替えた一部の参考図面だけ。そのため、機体もロケットエンジン〔写真8〕も、少ない資料から、試行錯誤を重ねて開発しなければならなかった。1945年7月7日、初めて動力飛行テストが行われたが、離陸直後にエンジンが停止、機体は不時着大破。開発は終戦まで続けられたが、ついに再び飛ぶことはなく終わった。
 ただ、そのロケットは液体燃料そのものが非常に危険で、ドイツのMe163も活躍以前に事故で失われた機体のほうが多く、実用化されなかったのはむしろ幸いだったかもしれない。日本の航空機開発史上の「あだ花」とも言える機体である。

*4:陸軍の司令部偵察機(司偵)は、現在の戦略偵察機に通じる機種で、速度重視で設計され、敵地奥への偵察飛行に使われた。

写真6
▲写真6
写真7
▲写真7
写真8
▲写真8

「世界」への再挑戦を開始した日本の航空機開発

「世界に追いつけ・追い越せ」と進めてきた日本の航空機開発は、敗戦によって禁じられ、一時、完全に途切れることになる。
 しかしその後、主にアメリカ製の機体のノックダウン生産やライセンス生産で細々とながら復活し、1960年代初頭には三菱重工業、富士重工業、川崎重工業など各社が協力して、戦後初の国産旅客機YS-11の開発も果たした。YS-11の開発には、零戦を生んだ三菱重工業の堀越二郎技師はじめ、各社のベテラン設計者が参加している。

 その後も三菱重工業では、いくつかの独自設計の機体を生み出してきた。YS-11にわずかに遅れて開発されたターボプロップのビジネス機MU-2は、ドルショックやオイルショックなどの逆風の中、世界で700機以上が売れたベストセラーとなった。後継機のMU-300もビジネス的には困難に突き当たり、設計ごと米企業に売られたが、皮肉なことに以後、アメリカ製航空機として数百機が生産されている。1971年に初飛行した、航空自衛隊の練習機T-2は、日本が開発した初めての超音速機である。
 また共同開発においても、特に近年、三菱重工業はその存在感を増している。1995年に初飛行した航空自衛隊の支援戦闘機F-2は、アメリカのF-16戦闘機をもとにしながら、独自の技術が多く盛られている。特に主翼に使われた炭素系複合材(カーボンコンポジット)は防衛庁(当時)技術研究本部の指導の下、三菱重工業が開発したもの〔写真9左端〕。新鋭旅客機ボーイング787でも、この実績が評価され、三菱重工は海外企業として初めて主翼の設計担当を勝ち取っている。


写真9 三菱重工業が戦後手がけてきた航空機の模型。左からT-2、F-2原型、T-2 CCV(高機動試験機)、YS-11、MU-2、MU-300。
▲写真9 三菱重工業が戦後手がけてきた航空機の模型。左からT-2、F-2原型、T-2 CCV(高機動試験機)、YS-11、MU-2、MU-300。

 そして現在、三菱重工が中心となって開発が進められているのが、MRJ(三菱リージョナルジェット)である。MRJは「リージョナル(regional=地域的)」の名が示すように、世界各地の短距離路線を結ぶことを目的にした小型旅客機で、三菱重工業がこれまでに培った複合材技術で軽量・高性能化を図り、省エネ・低騒音の先端の機体として、世界市場での売り込みを目指す。これが実現すれば、YS-11以来、40年以上ぶりの日本独自開発の旅客機ということになる。
「日本でわざわざ飛行機をつくらなくてもいいじゃないか、海外から買えばすむじゃないか、という声も確かにあるでしょう。
 しかし航空機開発は、先端技術を実用のものとして高め、まとめるのに最適なテーマなんです。日本が戦後、世界に誇る新幹線をつくって走らせることができたのも、零戦をはじめとする優れた航空機をつくり上げた技術が底流として残っていたからなんですよ。
 三菱だけじゃない、日本の航空界、ひいては産業界全体の夢として、ぜひ成功させたいですね」


見学情報

三菱重工業 名古屋航空宇宙システム製作所 史料室
公開・非公開の別 公開(要予約)
公開時間 月・木 9:00〜15:00
利用できない日 上記以外の曜日、工場休日
利用料 無料
所在地 〒480-0293 愛知県西春日井郡豊山町大字豊場1
電話番号 0568-28-1112
HPアドレス http://www.mhi.co.jp/company/exhibition/nagoya.html
最寄駅 名鉄犬山線 西春駅

取材協力

三菱重工業株式会社

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根村かやの(総研スタッフ)からのメッセージ 根村かやの(総研スタッフ)からのメッセージ
いま航空機開発に求められているのは「速度よりも、軽量化などの技術によって燃費を改善し、経済性を高めること」だといいます。速度よりも無類の運動性能と航続距離、それらのバランスで名機と呼ばれた零戦との共通点を感じます。単に「ほかの国がみんなやっているから」ではなく、日本ならではの航空機をつくる……それこそが技術者らしい夢ではないでしょうか。

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