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肉眼では見えないような暗い星や星雲を観測する天体望遠鏡、バードウオッチングをはじめ自然観察で活躍する双眼鏡、デジカメと組み合わせて手軽に高倍率撮影を実現するフィールドスコープ――人間に見ることの楽しさを提供するテレスコープは、日本企業が圧倒的な強さを見せている分野だ。 これらの製品は少子高齢化の深刻化やレジャー分野の衰退に伴い、販売市場の縮小を余儀なくされてきた。だが、 団塊世代の大量退職によるホビー市場の活性化という流れの中で、新規需要に大きな期待が高まっている。以前とは比較にならない技術進化により、驚くほどの低価格で入門機、およびハイエンド機が購入できるからだ。無論、若い世代をとりこにするだけの魅力も秘めている。 |
高性能フローライトやEDレンズなどの最先端光学と、だれでも簡単に星が探せる自動導入機能を組み合わせ、天文をより親しみやすいものにしたビクセン。天体望遠鏡ならではの開発の面白さと苦労とを聞いた。 |
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今の天体望遠鏡はひと昔前の天文台用モデル並み 天体望遠鏡は今も昔も、理科室のヒーローだ。白い鏡筒、金属製のマウント、頑丈な三脚という外観に、だれもが幼少時に、一度は心をときめかせた経験をもっていることだろう。その天体望遠鏡が、本格的に一般ユーザーに売れ始めたのは1970年代だ。 ただ、そのころの製品と現在の最新モデルを比較すると、姿形こそ大きく変わっていないが、中身はもはや別物と呼べるほどの進化を遂げた。ひと昔前の小規模天文台向けモデルと同等のスペックの製品が、いとも簡単に手に入るようになっているのだ。 「当社が天体望遠鏡を作り始めて40年あまりがたちましたが、昔と今とでは天体望遠鏡は一変しました。屈折望遠鏡のレンズや反射望遠鏡の主鏡のスペック、マウントの精度、さらには星の自動追尾システムと、性能、機能ともに格段の進化を遂げています」 埼玉県所沢市にある天体望遠鏡大手の1社、ビクセンの研究開発室長を務める藤本典正氏は、天体望遠鏡の進歩についてこう語る。 ビクセンは1984年、エンドユーザー向け望遠鏡では世界初となる、天体の自動導入システム「スカイセンサー」を実用化したメーカー。自動導入システムとは、望遠鏡のマウント部にモーターを仕込み、位置情報が登録されている天体を自動的に望遠鏡の視野に入れてくれるという機構。現在は「STAR BOOK」という商品に進化し、1万7635個の恒星、5000個以上の星雲・星団の自動導入に対応。操作は携帯型ゲーム機のようなカラー液晶付きコントローラーで、直観的に行うことができる。 「望遠鏡はほかの工業製品と比べても特殊性が強い商品。それだけに、自分たちの手で開発しなければならないことが多いんです。レンズや主鏡の設計はもちろん、マウントの機構設計、星を追いかけるための電動部回りの設計、自動導入システムの端末や組み込みソフトの開発も自社で行っています」 光学機器は一般に精密機械に区分されるが、天体望遠鏡に要求される精度には独特のものがある。例えば、レンズ・主鏡設計では、星の像がきれいなピンポイントになるように作ることが要求される。点を点として映るようにするのは、レンズ設計では実は極めて高度な技術なのだ。 光学系から機構まで、想像を超えた精度が要求される 「モノにもよりますが、一眼レフカメラ用のレンズと比較して10倍ないし20倍程度の精度を追求する必要があります。また、各種の収差(像のゆがみや色のにじみなど)を極小に抑えるため、フローライト(蛍石)やED(異常低分散)ガラスを使用し、理論とノウハウの両方を駆使して非球面設計を行います。ただ、設計がうまくいっても組み立ての精度が少しでも悪いと、星は点に映らずに像が流れてしまうんです」 マウント部も鏡筒に劣らず精密。ビクセンの赤道儀(架台の回転軸を地球の極軸と平行に設置することで、星の運動を追尾可能にするマウント部)には、歯数180のギアが使われている。星の追尾を行う場合に24時間で1回転するため、1時間当たりだとわずか歯数7.5個分という超スローモーションだ。 「星の観測を正確に行うため、弊社ではその動きの誤差を、角度にして0.5秒以下に抑えています。一方で、鏡筒を星に向けるときは早く動かさなければならないので、ギアの回転のダイナミックレンジは約1000倍。そのような動きに耐えるギアを製作したり、モーターを調達するのは簡単ではありません」 天体望遠鏡の開発職に就く機会は、決して多いとはいえない。が、自身も転職組である藤本氏は、天体への情熱があれば決して不可能ではないと語る。 「天体望遠鏡は特殊な技術の固まりですから、転職希望者の技術スキルはさほど問われません。光学、機構設計、電気といった知識があれば役には立ちますが、それ以上に必要なのは天文への情熱と、開発の際のトライアンドエラーに決してへこたれない探求心ですね。人材需要は多くはないですが、門戸をたたけばチャンスはある。弊社でも募集のない時期でも、仕事をしたいという人が来たら面接はしますしね」 エンジニアにとって、自分の夢と現実の仕事が一致することは大いなる喜び。市場規模は小さいながら、カメラをもはるかに凌駕する光学技術や、高度なロボット技術などを駆使するのが天体望遠鏡の開発だ。天文ファンだったエンジニアにとっては、まさに格好のフィールドだ。 |
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天体望遠鏡、双眼鏡、フィールドスコープなどの民生光学機器の市場規模はそれほど大きくないが、趣味性の高い製品が多いために需要は根強い。人材需要は少ないものの、積極的に光学機器メーカーの門戸をたたけばチャンスも生まれてくる。リクナビNEXTでは「望遠鏡」「双眼鏡」「フィールドスコープ」などのキーワードで検索するとよい。天体望遠鏡を手がけている企業が限られているため、直接コンタクトを取るのも手だ。 天体望遠鏡は独自技術が多いため、絶対に何らかのスキルがないと入社できないということはない。天体望遠鏡業界で中途採用のエンジニアは珍しくないが、その多くは未経験で業界に飛び込むという。 もちろん、天体望遠鏡に使われる要素技術を身につけていれば、転職に有利なのも事実。対物レンズ、主鏡、接眼レンズなどの光学系ではカメラ、あるいは光ディスクのピックアップ部といった他分野の光学設計経験があると、入社後のスキル習得が容易になるだろう。また、硝材や樹脂など材料系の知識も役立つ。 赤道儀などの機構設計では、機械系ではCAD/CAMを使った精密加工、機構設計、強度計算など、機械設計全般の経験を生かすことができる。自動追尾を行うための電動機構設計では回路設計、組み込みソフトウェア、ロータリーエンコーダーなどのセンサーを使ったロボット設計の経験が有用だ。 また、双眼鏡やフィールドスコープには天体望遠鏡ほどの特殊性はないが、その分だけ企業側の即戦力志向も強い。特に対物レンズ、接眼レンズ、プリズムなどの光学設計を独自に行うハイエンド機開発では、カメラや顕微鏡などでも使われる、アナログ光学系全般の知識が要求される。 宇宙や星空に憧れた天文少年がエンジニアになって天体望遠鏡を作る。そんな夢のような事例が数多く生まれることに期待したい。 |
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