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世界4カ国での先端iBurst技術、中国9000万人への進化型PHS 京セラが仕掛ける海外キャリア・
無線ネットワーク戦略
世界各国で導入が進む無線ネットワークインフラ。特に無線ブロードバンド規格は標準化策定の過渡期にあり、各社・各国が推進するシステムがほぼ固まってきた。京セラは周波数帯を有効利用できるiBurstで海外展開を仕掛ける一方、基盤技術であるPHSでは中国に大きなマーケットシェアを確保。勢いはますます加速している。
(取材・文/総研スタッフ 高橋マサシ)作成日:06.05.31
Part1 世界4カ国の海外キャリアに導入したiBurstシステム
 京セラと米アレイコム社とで共同開発した「iBurst」。ANSI(米国規格協会)の標準規格として公式認定され、現在ではIEEE(米国電気電子技術者協会)802.20で標準化作業中の、無線ブロードバンドシステムだ。特徴は低コストで効率的な無線ブロードバンドを実現できること。京セラはこの事業で、2007年度に売り上げ300億円を目指す。
有線施設のない地域でも使える無線インフラが世界中に普及
 培ったPHS技術を元に開発されたiBurstを世界展開する京セラ。海外キャリアの厳しい選定を勝ち抜いて、2004年3月のオーストラリアに始まり、南アフリカ共和国、アゼルバイジャン共和国、今年2月のケニア共和国まで、2年間で4カ国に基地局と端末を提供する。
「現在でもアジア各国やロシアなどから引き合いがありますが、IEEE802.20での標準化が決まれば、米国や中国などからの要請も期待できます。そうなれば、まずは端末と基地局用のIC開発が本格化するでしょう。これらデジタル系ASICと高周波用のICに加えて、IPネットワークやサーバー、アプリケーションといったシステム全体の開発も始まり、かなりの数のエンジニアが必要になります」

 こう語るのは横浜R&Dセンターの責任者である日高秀樹氏。DDIポケット(現ウィルコム)の規格と装置(端末・基地局)開発に携わり、2000年からiBurstを担当している。
「納入したキャリアさんからの反応は上々です。特にデータレートの高さ、通信の安定性、VoIP機能で、同業他社より強みがあるということです。今後の要望としては、データレートの一層の向上と専用携帯端末の開発が多いですね。現在はVoIPでの固定電話とインターネットが主な利用法で、移動体端末はないんです。もちろん開発中ですし、データレートも上げていきます」
日高秀樹氏
機器研究開発本部
横浜R&Dセンター
第3研究部 責任者
日高秀樹氏
限られた周波数資源を最大限に活用できる高速・安定システム
 iBurstはわずか5MHzの周波数帯域で、1基地局の下りトータルスループットを最大約24Mbpsに高めている。最大の要因は、電波の状態がよければ高い変調方式で高速データレートを保ち、状態が悪ければ低い変調方式を選んで接続性を優先させる、「リンク・アダプテーション」だ。この通信システムを支えているのが、基地局で利用されるアダプティブ・アレイ・アンテナ(AAA:写真右)である。
「通常なら無線は周囲に均等に広がりますが、このアンテナは端末との間の位相と振幅をコントロールして、特定のユーザー(端末)に向けて電波を飛ばします。一方、妨害波があるときは、位相と振幅を最小化させて干渉を避けます」

 こうして安定した通信を維持するのだが、ひとつの基地局に多数のユーザーが接続すると、どうしても速度が落ちてしまう。そこでiBurstでは、AAAを利用した空間多重技術を用いている。各アンテナと端末間で位相と振幅を調整し、ある端末には別の端末への信号が届かないようにしているのだ。
  この結果、3つの端末が同じ周波数を使用できることになり、5MHzの帯域ではキャリア数が8チャンネルなので、8×3で基地局当たりのユーザーは最大で24人、最大で約24Mbps(下り)なので1人当たりのデータレートは最大約1Mbpsとなる。
「このようにiBurstは、少ない周波数資源を有効活用できる技術です。日本で周波数は無料ですが、海外では通信キャリアが入札するのが一般的。つまり、周波数の取得にお金がかかる。このコストを節約できればユーザーにも安価なサービスを提供できます。また、IPベースなので既存のシステムをそのまま活用でき、初期投資が少なくてすみます」
横浜事業所の屋上にあるiBurstのアンテナと基地局
データレート2Mbpsの開発に成功。17Mbpsへの開発は既にスタート
 日本の3G携帯電話のデータレートが最大384Kbps(下り)だから、iBurstの1Mbpsは約2.5倍。確かに高速だが、ほかの無線ブロードバンド規格と比べると少々遅い気もする。
  この点について日高氏は、「1Mbpsは端末(写真のデスクトップ型やカード型)や消費電力による制約であり、最大で約17Mbpsまで向上できる。また、現在申請中のIEEE802.20では24Mbpsまで向上可能」と語る。
「2Mbps用の端末開発に成功しました。これを商用化するか、4Mbpsなどより高い通信速度へ開発を進めるかは未定です。iBurstは『先達者がだれもいない』技術なので生みの苦しみはありますが、だからこそやりがいも大きいですね。現在の開発部隊は100人を超えますが、チャレンジ精神をもった人にどんどん来てほしいです」
  総務省は今年から、2.5GHz帯で導入する無線ブロードバンドシステムの性能の検討を始めた。その候補は「WiMAX」「フラッシュOFDM」「次世代PHS」、そして「iBurst」だ。固定電話並みの料金で高速無線インフラを利用できるiBurstは、今後も世界で普及が続きそうだ。
iBurstのカード型端末(ノートパソコン用)
京セラがiBurst開発でほしいエンジニア

iBurstのデスクトップ型端末(据え置き用)
「実務経験5年以上」と言いたいところですが、高い技術力はあっても伸びない人は伸びないし、好きでやっているうちに伸びる人もいますから、新しもの好きな、積極性のある人がいいですね。空間多重技術なども学べますし、年に2回あるiBurstフォーラムにも参加できます。
 今年は3月に南アフリカで開催されましたが、キャリアや各種メーカーなどが150人ほど集まって情報交換をします。担当になればぜひ参加してください。うちは乱暴な会社なので、仕事は何でも任せてしまいますよ(笑)。
Part2 利用者1億人が見込まれる中国PHSの進化
 中国ではPHSが最も普及しており、加入者は約9000万人、今年の年末には1億人に達すると予測されている。サービスは主に音声通話とSMS(ショート・メッセージ・サービス)だが、京セラはパケット通信へと機能を拡大させ、本年中にはメールやブラウザ機能などの搭載を目指す。
市民権を得ているのは「コードレス電話」のPHS
 京セラのPHS技術は中国でも既に一般的だ。2005年11月現在で、提供する基地局数は約26.6万台、端末数で約1812万機にも上る。今年末にはユーザー数が1億人になると目されている中国は、世界最大級のPHS市場なのだ。ただし、日本とはかなり事情が異なる。
「中国ではPHSと携帯電話は、政策として区別されています。PHSでの移動体通信は認められておらず、『家庭用コードレス電話』という位置づけです。そのため、通話は市内など特定の地域に限られ、別の地域とのローミングはできません。ただ、PIMカード方式なので、上海で購入したPHS端末でも北京でPIMカードを買って差し込めば、北京でも使用できます」
  趣味がアマチュア無線で、無線資格の最高峰である第1級陸上無線技術士をもつ水流添猛氏はこう語る。水流添氏はDDIポケット(現ウィルコム)のPHSサービス開始時から基地局の開発に従事しているが、この立ち上げ期が京セラ通信事業の基礎体力を築いたという。

 現在の中国は3G携帯電話の導入に向けて進んでいるが、PHSの優位性はまだまだ続きそうだ。なぜなら、価格に大きな差があるからだ。
「機能に制約があるPHSが普及しているのは、端末と使用料金の安さです。使用する地域や時間により差が出るので一概には比較できませんが、1カ月平均でPHSの通話料は携帯電話のおよそ半額で、固定電話の料金とあまり変わりません。また、PHSでは無料ですが、携帯電話では着信に料金がかかります。端末の料金も約半額となっています」
  こうした事情から、ある程度の年収のある都市部のビジネスマンは携帯電話を利用しても、一般市民はPHSを選ぶというのが現実のようだ。
基礎となる国内向け基地局を20Mbpsにして中国、世界へ
 中国のPHSサービスは主に音声通話とSMS。しかし、日本がそうであったように、ユーザーのニーズは通信速度の高速化と機能の高度化に向かう。
「まずはパケット通信にして、その後は現在の日本と同様にメールやWebブラウザ機能を搭載し、ゲームなどのソフトやGPSによる位置情報サービスなどを提供していく計画です。今年中の実現を予定しています」
  こうした通信事業の拡大には端末はもちろん、基地局の開発が必須となる。その基礎となるのが国内向け基地局だが、京セラでは高度化PHS基地局から次世代PHS基地局へと開発フェーズが移っている。

 高度化PHS基地局は昨年開発され、既に置き換えが始まっている。ウィルコムのデータレート向上に合わせたもので、初代からほぼ10年ぶりとなる。さらなる次世代PHS基地局は、データレート20〜30Mbpsの高速無線ブロードバンド用で、現在開発中である。
「スロット構成を同じにするなどして現行のPHSと共用させる予定です。ただ、高速適用変調とIP化が課題で、今後は開発エンジニアを募集することになると思います。次世代PHS基地局の生産目標は2〜3年後であり、もう間近に迫っていますから」
  中国向けPHS端末はLSIを自社生産して輸出し、端末本体は中国企業が現地生産している。一方の基地局は日本国内での開発だ。京セラのエンジニアたちが世界マーケットを支えている。
水流添 猛氏
通信システム機器事業本部
国内パーソナル通信事業部
国内CS技術部 部責任者
水流添 猛氏
中国で使われているPHS端末
京セラが次世代PHS基地局開発でほしいエンジニア

中国での展示会風景
(PT/EXPO COM CHINA 2005 北京)
 特に変復調の信号処理と、通信プロトコルがわかるエンジニアですね。デジタル系ではFPGAの回路設計者です。具体的には「仕事の結果が出せる人」ですが、結果は考え方と熱意と能力の掛け算だと思いますから、技術力や経験が足りなくてもほかの部分でカバーできれば大丈夫。
 私の部署でも半分くらいが転職者で、さまざまなバックグラウンドのエンジニアが伸び伸びと仕事をしていますよ。経歴の異なる同士の知識が集まって、相乗効果が出ているようです。
Part3 次世代PHS基地局に挑戦する高周波経験10年の転職エンジニア
 京セラに転職してきた無線系エンジニアは、入社して初めて基地局開発に携わった。当初は海外向け基地局、そして今年の4月からは次世代PHS基地局の開発担当だ。初めは戸惑いもあったが、「無線は無線、基本は同じなんです」と振り返る。
無線エンジニアを続けたいと京セラに転職
 玉手秀一氏はPart2に登場した水流添氏の部下に当たり、現在は次世代PHS基地局の開発を行っている。工業高等専門学校を卒業後、大手電機メーカー系の電波応用機器メーカーに入社。2003年に京セラに転職した。
「実力を試す意味で30歳での転職を考えていたのですが、家族もいるので踏ん切りがつきませんでした。しかし、会社が無線事業から撤退することになって決心しました。入社以来の仕事である無線機器の開発設計を、今後も続けたいと思ったのです」
  まずはエンジニアとしての自分の価値が知りたいと、リクナビNEXTスカウトに登録。京セラからオファーが届いて、2003年3月に説明会に参加。業務の詳細を確認して面接へと進み、同年7月に入社した。最初の仕事は、主に中国の主要都市向け基地局のハードウェア設計だった。
「基地局の開発は全くの未経験でしたし、競合会社が参入して価格競争が始まっていた時期でもあり、何が何だかわからない状態でした。しかし、しばらくして感じたのは『無線部分には基本的な技術差はない』ということでした。高周波というベースは同じですし」
  玉手氏いわく、「RF(高周波)は10年やって一人前」とのこと。彼が30歳での転職を考えたのも、経験10年という節目があったからだった。
玉手秀一氏
通信システム機器事業本部
国内パーソナル通信事業部
国内CS技術部
第2技術課2係 係責任者
玉手秀一氏
技術ベースが無線ならどんな機器でもチャレンジ可能
 この4月から次世代PHS基地局の開発を担当。中国仕様に比べてハイレベルな開発に思えるが、玉手氏は「技術的には圧倒的な差があっても、ベースは同じなので大丈夫」と自信をのぞかせる。開発部隊は50人ほどで、彼のような他部署からのエンジニアが「ごっそりと入ってきた」というから、次世代PHS基地局にかける京セラの意気込みが伝わってくる。
「私は前社と京セラの2社しか知りませんが、企業によってエンジニアの考え方や取り組み方が、これほど違うとは思いませんでした。前社がどうではなく、京セラの開発メンバーは皆が完璧を求めていて責任感が強い。そして、『お客様に売れるもの』を開発者レベルで考えている。私の考え方にも合っていると感じます」
  基地局の提供先は通信キャリアだが、実際に使うのはエンドユーザー。直接には会えないユーザーの、「これは便利だ」「使いやすいね」といった声が聞きたいという。
「いくら技術水準が高くても、お客様に受け入れてもらえなければ、技術屋の独りよがりに終わってしまう。それはエンジニアの仕事ではありません。お客様に喜ばれる仕事がいちばんうれしい」
  次世代PHS基地局は、実験システムを今年10月に評価する予定。玉手氏たち基地局開発エンジニアの腕前が始めて試される。
京セラの通信システム機器事業の経緯
京セラの通信システム機器事業の経緯
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