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エンタープライズビジネス市場制覇の人材戦略とは?
マイクロソフト2006年450人キャリア採用計画の裏側
エンタープライズとコンシュマー領域の双方におけるビジネスの地殻変動を見越し、強力なエンジニア集団の組織化を目指すマイクロソフト。同社がこの1年にわたって続ける450人という大量のキャリア採用の背景とは何か? また、そこで求めるエンジニア像を探る。
(取材・文/広重隆樹 総研スタッフ/宮みゆき)作成日:06.04.05
Part1:変わりゆくビジネスモデル。それに対応できる自立型エンジニアの必要性
OSベンダー、ソフトウェア会社と一般には目されるマイクロソフトだが、巨視的にみればそのビジネスモデルは多様化している。既にそのプロダクトが動く領域はPCやサーバーにとどまらず、ユビキタスの至るところに広がりつつある。同時に、企業システムの分野でも、マイクロソフトの存在感はきわめて重要になっている。絶えざる変化の中にあるマイクロソフト。その変化を促すのが、中途採用のエンジニアたちの存在だ。
ユビキタスとエンタープライズで、ブランド価値を高める
 ここ数年のマイクロソフトはコンシュマーとエンタープライズの二つの領域で、新しいビジネスモデルの構築に真剣に取り組んでいる。コンシュマー領域ではゲーム機がわかりやすいが、それ以外にもデジタル家電、携帯電話、PDAなどのモバイル、カーナビなどの車載機器……等々、PC以外へのマイクロソフトの製品と技術の浸透を図ることが命題とされた。いわばユビキタス時代への対応である。

 もうひとつのエンタープライズ領域におけるプレゼンスの発揮も目覚しいものがある。80年代までは主にパートナー企業の後方支援に徹していた同社のサポート部門が、ユーザー企業のIT部門と直接のサポート契約に乗り出すようになったのはこの10年のこと。

 また、この5、6年ではマイクロソフト製品を軸にしたシステムソリューションや、.NET や ActiveDirectory などマイクロソフト独自の技術について、パートナー企業とともに動く、強力なコンサルタント部隊を組織している。「法人顧客に対するリーチをより深く」という動きだ。

上田泰久氏
人事本部
副本部長
   絶えざる競争と価格破壊の中で、マイクロソフトが生き残るためには、コンシュマーとエンタープライズの二つの領域で、これまで以上のブランド価値、顧客満足度、顧客密着度を高めなければならない。そのためには、ビジネスモデルの転換をも含む長期的な企業戦略とともに、そこで働く人の創造性の向上も求められている。

創造性・生産性・自立性の高い多様な人材を年間500人規模採用
 創造性、生産性、自立性の高い人材が、次のマイクロソフトをつくる。なかでも中途採用の経験者は、単に即戦力というだけでなく、異なる経験と知識をマイクロソフトにもたらしてくれるという意味で、つねに貴重な存在だった。

 PC以外の分野へのコミットメントを拡大する一方で、企業システムの中軸を担うプロダクト開発やそのサポートのために、マイクロソフトは大量の人材採用を続けている。2005年度(2005年7月〜2006年6月)の中途採用だけでも目標は450人。2006年度も500人規模と予想される。

「“大量採用”という言葉は個人的には嫌いなんです。私たちの採用方針の根幹にあるのは、量が大きいことではなく、質が多様であること。さまざまな業界、さまざまな経験、さまざまな技術が求められており、それらがマイクロソフトのキャンパスでコンフリクト(衝突)を起こすことで、新しい経験が生まれる。そのダイバーシティ(多様性)をこれからも保証していきたい」と、上田氏は語るのである。

Part2:マイクロソフトの「ボランチ」役。「TAM」にみるエンタープライズサポートの実力
マイクロソフトの多様でアクティブな採用活動の中でも、最近最も注目されるのが、エンタープライズビジネス分野、なかでもユーザー企業やパートナー企業向けのサポートビジネスにかかわる人材だ。ここでは「TAM」と呼ばれるテニクカル・サポート・サービスの専門部隊が着々と組織されつつある。
エンタプライズサポートの歴史
「マイクロソフトの企業向けサポートは、「プレミアサポート」という名称のサポートプログラムで知られており、既に10年の実績をもつ。プレミアサポートの契約企業は約300社以上。うち約200社が大企業の情報システム部などIT部門との直接契約で、残りの契約対象が、ソリューションプロバイダーやソフトベンダーなど、いわゆるパートナー企業になる。

 80年代までは主にパートナー企業の後方支援に徹していた同社のサポート部門が、90年代からユーザー企業のIT部門と直接のサポート契約に乗り出すようになったのは、Officeや Exchange など、マイクロソフト製品が企業で広く利用されるようになったことと密接な関係がある。

 とりわけ Windows2000以降はそこに実装された ActiveDirectory によって、企業内のハードウェア資源やそれらを使用するユーザーのアクセス権などを一元管理できるようになったため、企業システム全体のコアとして、マイクロソフトの製品と技術が位置づけられるようになった。それに伴ってエンタープライズサポートの重要性も高まってきた。


森永裕氏
エンタープライズサポート部
統括部長
  「マルチベンダー環境でシステムを構築する最近の企業にとっては、障害が発生したとき、どこにクレームを持ち込めばよいのか、その切り分けが難しい。ネットワークやアプリケーションが動く共通のプラットフォームがマイクロソフト製品である場合が多く、まずはマイクロソフトのサポートに相談したいというニーズが高まってきました」
 と、ユーザー企業へのダイレクトなサポートが進んできた背景を語るのは、エンタープライズサポート部の森永裕統括部長だ。

■マイクロソフトのエンタープライズサービス体制
出展:マイクロソフト社提供資料をもとに編集部が作成 
 こうしたエンタープライズサポートの要に位置するのが、TAM(タム:テクニカル・アカウント・マネージャの略)と呼ばれる職種である。複数のソフトウェア製品を組み合わせた企業の大規模システム運用に関し、障害対応・障害対策だけでなく、システム運用全般などもカバーするテクニカルサービスを提供する仕事だ。

 現在、東京、大阪に約100人のTAMがいる。東京地区は金融、製造業、流通・通信の産業別にグループを形成、1人のTAMが1社から4社程度までの担当企業を受け持っている。また大阪エリアを対象に日々顧客企業のシステムをサポートしている。

会社を代表して障害対策を陣頭指揮
 企業顧客を対象にしたアカウントチームは、通常、営業、コンサルタント、プリセールスSE、サポートで構成されるが、TAMはその中でも重要な位置にいる。障害が発生したとき、まず顧客が真っ先に相談を持ちかけるのがTAMであることが多い。マイクロソフトにはグローバルな規模で集積された障害データベースがあり、それらを参照しながらまず問題を切り分けるのがTAMの仕事だ。もし障害がマイクロソフト製品に起因していることがわかれば、それをバックにいる技術部門にフィードバックし、製品開発やソリューション担当のエンジニアとともに障害の復旧にあたる。

 顧客からの問合わせを受けてから、問題発生を担当部署に伝え、それへの対応を急がせることを、マイクロソフトでは「エスカレーション」と呼ぶが、TAMは問題解決をリードするエスカレーション・マネージャの役割も担っている。

   たとえマイクロソフト製品とは別のところで問題が発生していた場合でも、他のベンダーが対策しやすいように資料を提供したり、その障害に対するマイクロソフト製品側の一時的な対応方法を顧客にサジェッションするのもTAMの役割。重大障害の場合は、TAMもまた客先に常駐し、マイクロソフト社を代表して対策会議に参加し、対応レポートを報告する。発生した障害へのこうした対応は「リアクティブ」なアクションと呼ばれる。

 それとは別に、将来にわたって障害が発生しないように日々のヘルスチェックをするのが「プロアクティブ」な活動だ。障害の発生にはユーザー側のスキルも関係しているため、セミナーやワークショップを開催して製品を正しく使うための技術を伝授し、顧客のスキルアップのサポートをすることも、プロアクティブでは重要な仕事になる。
■マイクロソフトのエンタープライズサービス位置付け
出展:マイクロソフト社提供資料をもとに編集部が作成

製品技術を横串でとらえる広範な知識
 TAMの仕事はリアクティブ、プロアクティブの両面にわたるが、共通して欠かせないのが客とのコミュニケーション能力だ。「客の意思決定の背景まで理解できるだけの、深い関係構築が求められます」と森永氏。

 技術的には、マイクロソフトの各製品にまたがった包括的な知識が必要だ。「マイクロソフトのエンジニアは、製品やソリューション別に専門特化していることが多いので、それらを横串で見ながら、問題の所在を見極められるだけの技術力」が鍵になる。

 こうした技術力を担保する資格として、マイクロソフト認定資格プログラムのうちMCSEは必須に近いもの。現在のTAMのうち8割が既に取得済みだ。さらに、同部では ITIL (Information Technology Infrastructure Library)のファウンデーション資格の取得を奨励している。テクニカルサポートは経験がモノをいう部分も少なくないため、中途採用者の前職はやはり、SIerのSE、サポート職、開発エンジニア、情報システム部門などの経験者が多い。

 こう書くと、TAMになるのはかなりの経験とスキルが必要な印象があるが、最初からすべてを身につけている人は少ない。
「TAMの養成にはじっくり時間をかけています。最初はシニアTAMにつきながら、OJTで仕事を覚えます。客先ではまずシステム分析やエンタープライズサポートの活用法を紹介することから始めますが、そのためのツールや資料も豊富に用意しており、誰もが戸惑うことなく導入プレゼンができるようになっています。もともと、サポートは組織力で行うものであり、グローバルなナレッジデータベースの活用など、組織的なバックアップ体制があって初めて活躍できる仕事なのです」(森永氏)

サポートは「障害の尻ぬぐい」か?
 システム開発の志向性の高いエンジニアのなかには、サポートの仕事というと「障害の尻ぬぐい」というネガティブなイメージでとらえる人が少なくない。だが、果してそうなのだろうか。

「新規にプログラムを開発する人と、その運用をサポートする人とでは、資質が違うのはたしかで、サポートの仕事に合う人とそうでない人がいるのも事実」と前置きしながら、森永氏はTAMの仕事の醍醐味をこう語る。
「障害が発生すると、新聞記事になるような大企業のシステム運用に携わっていますから、それを間一髪で未然に防いだとなると、お客様からものすごく感謝されることになります。努力しただけ反応があるというのは、むしろ開発系エンジニアよりも頻度が高いのではないでしょうか。

 また、サポートは収益を生み出すビジネスでありますから、サポート実績を積み重ねてより大きな契約につなげることは、TAMのモチベーションにもなります。さらに、顧客のクレームを次の製品バージョンアップにつなげていくことで、マイクロソフト製品の開発にも寄与できます」

 TAMは社内各部署と顧客の間に立ちながら、アカウントチームを引っ張っていくかじ取り役。サッカーでいえば、中盤の底にいてボールを自在に配球し、試合を組み立てる“ボランチ”の役目ともいえる。
 社内異動が自由意思で頻繁に行われるマイクロソフトでは、サポートからプロダクト・マネジメントやマーケティングへ、あるいはプリセールスへと職種間を異動することはよくある。マーケットと技術の結節点に位置する仕事だけに、その後のキャリアの伸ばし方も多彩なのだ。

「もちろん、英語のスキルとグローバルな志向性が高ければ、ワールドワイドでプレミアサポートを契約されているお客様の担当になったり、米国法人のTAMに異動したりと、TAMTとしてのキャリアを深堀りすることも十分可能です。マイクロソフトのエンジニアとして一度経験していて、けっして損のないキャリアパスだと思いますよ」
 と森永氏はこの仕事の面白さに太鼓判を押すのである。

Part3:TAMが語るエンタープライズサポート最前線
サポートの仕事は、ITエンジニアにどのようなエクスぺリエンスとサプライズをもたらすのか。システム開発系の仕事から転職した2人のエンジニアに話を聞いた。
TAMのコーディネート力が発揮されるとき
松木香代子氏
エンタープライズサポート本部
パートナーサポート部 シニアTAM
これまでのキャリア
大卒 証券会社一般職(3年)
コンピュータ専門学校(1年) ソフト会社・プログラマ(4年)
社内SE(4年) 2000年マイクロソフト入社
2004年からシニアTAM    
 現在、ISVおよびSIer数社のパートナー企業をシニアTAMとして担当しています。TAMもパートナー企業も、目指すのはエンドのお客様企業のシステムの安定稼働。そのために私たちは自社製品についてはもちろんのこと、パートナー企業のビジネスをよく理解し、互いに「WIN・WIN」の関係をつくることが大切だと考えています。

 製品がリリースされる前に、そのβ版を体験していただき、フィードバックをもらい、直すべきところはフィックスして、パートナー企業が製品のリリースと同時にエンドユーザーにソリューションを提供できるようにもっていく。あるいは、ISVやSIerが顧客システムに技術的に間違ったインプリメントを行おうとしているときは、それを軌道修正することも必要になります。こうしたプロアクティブな対応が最近は特に重視されています。

 実際、WindowsXP SP2 のリリースのときは私のお客様のβテスト段階で重大な問題が発見され、それに対して、米国本社を含む全社体制で対応し、なんとか修整がリリースに間に合ったということがありました。

 TAMにはこうした問題を解決するときの、コーディネート役が求められています。社内のコンサル、開発、マーケティング、営業との連携を緊密に保ちながら、マイクロソフトのサポート力をお客様に存分に使っていただくよう働きかけを行う必要があります。プロジェクト・マネジメントのスキルはおのずから磨かれることになります。私たち自身も年に2回のシアトルでの研修を含めて、絶えず勉強を重ねています。

顧客と相対するサポート現場で経験と視野を広げる
木村 敦氏
エンタープライズサポート本部
エンタープライズサポート部 TAM
これまでのキャリア
大卒
独立系ソフト会社で、受託開発を6年。なかでも保険会社に常駐してのシステム構築・運用の経験が長かった
2005年4月、マイクロソフト入社
   前職では保険会社への常駐SEとしての経験が長かったのですが、同じ業種の同様なシステムばかりの開発だとエンジニアとしての経験の幅が狭くなるという危機感がありました。現職に移ってまだ1年ですが、テレビ局、商社、鉄道、通信とさまざまな業種をTAMとしてサポートすることで、自分の視野がずいぶん広がった気がします。

 ネットワーク、OS、Active Directory などインフラ系の技術が弱かったので、それを社内研修と客先での実践で補いながらの1年でした。まだ十分とはいえませんが、サポートはエンジニアとしての経験と視野を広げるうえではなかなか面白い仕事だとあらためて思います。

 ふだんの仕事は、まず主担当の顧客企業では各ベンダーが同席する定例会議が毎週あり、それへの出席が私の義務になります。そこでは私がマイクロソフトを代表して、MS製品で報告されている問題や、開発・改修状況などを報告する立場です。セキュリティパッチの運用についても、相談を求められることがあります。顧客にとってはパッチ後のテスト稼働にどれぐらい時間とコストをかければいいのかは、大きな関心事だからです。

 また、SQL Server や IIS など、顧客のビジネスに密接に関係するプロダクトについては、実機を使ったデモやワークショップを私が主催して行うこともあります。こうしてユーザーのスキルアップのお手伝いをすることが、最終的にはサポートの質を高めることにつながります。

 かつてはMS製品を使う立場で、システムの不具合をMS製品のバグに転嫁して逃げていたこともありました。今は立場が180度変わりました。もうどこにも逃げ場がない(笑)。その責任感は強く感じますし、それだけ仕事のやりがいも深くなりました。
[コラム]失敗してもいい、プロセスが正しければ─マイクロソフトの人事サポート
 マイクロソフトは人を育てる企業でもある。一見、信賞必罰の成果主義が浸透するドライな職場を思い浮かべがちだが、人事部門のキャリア開発にかかわる施策や実際のエンジニアの証言はそれを覆す。“ぬるま湯的”という意味の温情主義はそこにはないが、自らのキャリアを自分でつくりたいと考える人にとっては、かゆいところに手が届かんばかりの施策が用意されているのだ。

「今の仕事で一定のキャリアが蓄積できたと思えたら、さらなるステップアップを目指して職場を異動することは、原則的に自由。実際、年間10%、5年で50%の人が部署を異動します。5年以上も同じポジション部署にとどまっている人については、人事部から上長にその理由をただすアラームを出すほど。いわば“社内転職”でキャリアアップを図れる構造が浸透しているのです」(人事本部・上田泰久副本部長)

「One on One」と呼ばれるマネージャーとの1対1のキャリアミーティングは2週間に一度。半年に1回は、キャリアの方向性を巡るディスカッションの機会が設けられ、「キャリア月間」にはキャリアセミナーのような全社的なイベントも開催される。
 目標達成度に応じた評価システムは成果主義的ではあるが、評価期間のレンジは1年間で、他の外資系のように四半期に一度見直すというような短期的なものではない。しかも結果至上主義ではなく、たとえ結果として失敗しても、そこに至るプロセスに間違いがなければそれはプラスに評価される。

「WindowsOSが世の中で広く使われ出したのはバージョン3.1から。常に製品を改善し、技術革新をめざして努力してきた結果、3.1から広く世の中に認識していただけるようになった。たまには失敗もあるが、それをいちいち咎めていてはさらなる飛躍の芽も摘まれてしまう。もし失敗を認めない会社だったら、今のWindowsOSも、ExcelもIEも存在しなかった」(上田氏)

 背景にあるのは、技術的楽天主義ともいえるプラグマティックな風土。失敗を認め、再チャレンジを奨励するエンジニア集団ならではの気風だ。「ここには、他社では考えられないほどの開発環境やテスト環境がある。なにより世界をリードする技術にソースコードを含めダイレクトに触れられるというのは、ITエンジニアにとっては最大の魅力の一つ」。そう語るエンジニアもいる。

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宮みゆき(総研スタッフ)からのメッセージ 宮みゆき(総研スタッフ)からのメッセージ
企業のイメージは外から見ているだけではわからないもの。企業理念や、ビジネス戦略を理解した上で、実際に転職して現場で活躍している人の話を聞いて、初めて見えてくることも多いはず。私も今回の取材を通して、マイクロソフト社のイメージが変わりました。マイクロソフト社の新たなビジネス戦略に興味を抱いたエンジニアの方は、ぜひこの機会にチャレンジしてみてはいかがでしょうか?

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