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ほぼ月イチ連載・第8回 〜止まらない 技術者人性の法則〜 「不完全なハイテク」に心が躍る法則 ほぼ月イチ連載・第8回 〜止まらない 技術者人性の法則〜 「不完全なハイテク」に心が躍る法則
ほぼ月イチ連載・第8回 〜止まらない 技術者人性の法則〜 「不完全なハイテク」に心が躍る法則

(イラスト/工藤六助)
ほぼ月イチ連載・第8回 〜止まらない 技術者人性の法則〜 「不完全なハイテク」に心が躍る法則

お金よりもエンジニアの心を動かす力を持つ、マジックワードがある。それは「ハイテク」だ。
最先端の技術に携わることの魅力は、エンジニアなら誰もが認めるだろう。
しかしそれは果たして「ハイレベル」の魅力なのだろうか。
(文/出川通 総研スタッフ/根村かやの) 作成日:03.12.24
ハイテクはハイレベルにあらず

 一般に「ハイテク」は「ハイレベルのテクノロジー」のことと思われています。最先端の“高度な”技術、完成度の“高い”技術、うまく使えば“ハイリターン”、などのイメージもあります。
 しかし、これはあくまでも言葉の作るイメージ。エンジニアとして冷静に評価してみれば、「ハイテク」は「まだ使えない、幼稚な技術」にすぎないことがしばしばあります。完成度や信頼性という面で見れば、ローテクといわれるもののほうがずっと優れています。長い時間をかけ、多くのエンジニアが携わってきたぶん、“高度に”洗練された“ハイレベルな”ローテクも、決して珍しくありません。

 にもかかわらず、エンジニアが魅力を感じるのは、ローテクではなくハイテクです。「ハイレベルの技術だから」という理由でないとすれば、ハイテクの何がエンジニアの心を動かすのでしょうか。

 それは、ハイテクの持つ「不完全さ」と「ダイナミズム」なのです。よくできた「完全な」技術だからではなく、不完全だからこそ、ハイテクはエンジニアの心を躍らせるのです。

 エンジニアの目で古いローテクを見て「いま見ても素晴らしい技術だな」と感心することはあっても、いまひとつ心躍らないのは、それが成熟し完成した技術であり、ダイナミズムに欠けているからです。ダイナミズムとは、不完全さを埋めて完成度を上げようと試行錯誤する動き、改良やイノベーションのチャンスと言い換えることもできるでしょう。
ふわふわと動くハイテク

 図1で、上のほうにふわふわと浮いている塊がハイテクです。どこに行くかわからない不安定さはありますが、自由度が大きく、動きは速く軽やかで、環境の変化にもすばやく順応します。この「不安定」だけれども「自由に動く感じ」を、エンジニアは快適だと感じるものでしょう。

 一方、ローテクといわれるもののイメージは、下の地面にべったりと張り付いている塊です。まさに地に足が着いていて、安定していますが、変化に乏しく、自由に動くことはできません。

図1.ローテクとハイテクのイメージ(技術者と経営者)


ハイテク

ハイリスクハイリターン
環境の動きが激しいときでも、フォローが可能
完成度よりもスピード対応
方向と対応が間違う可能性もあり
 
技術者にとっては自由度があり、面白い。危険は内在

ローテク

ローリスクローリターン
環境が動いても対応が遅い
スピードよりも完成度
方向と対応は確実
 
技術者にとっては自由度は少ないが着実
 さて、現場のエンジニアはこのハイテクまたはローテクの塊の中にいます。しかし実は、企業の経営者はこの中に一緒に入ってはいないのです。外側からこの塊を動かしていくのがマネジメントであり、塊に乗って(入って)いる人のことなどあまり考えていないのは事実でしょう。これはハイテクでもローテクでも同じです。

 ハイテクのマネジメントの場合、経営者はふわふわ浮かぶ塊につながったひもを操作しながら、エンジニアには手の届きにくい地上に儲けを蓄えています。
 しかし、なにしろハイテクは不完全で不安定なので、環境に適応しなかったり競合にかなわなかったりして、思うように儲けが出ないこともあります。そんなときでも、プロジェクトを中止するなり、部門ごとリストラするなりと、ひもを切ってしまえば、地上の自分は無傷ですみます。
 すなわち、経営サイドは「ノーリスク・ハイリターン」です。塊の中にいるエンジニアのリスクだけが現実化し、どこへともなく漂うか、やがて墜落するか、ということになるわけです。「ハイリスク・ハイリターン」のうち、ハイリスクはエンジニアが、ハイリターンは経営者が担当しているわけで、まったくもって不当な話です。

 これと比べてローテクはどうかというと、エンジニアも経営者と同じく地上にいるので、儲けにも手が届きます。しかし、ローテクは一般的に「ローリスク・ローリターン」なので、全体の儲けは小さいものです。それよりなにより、エンジニアとしては、地面にべったり張り付いたまま動きがとれないのが面白くありません。
技術の連続性

 図1では「ハイテク」「ローテク」を別々の塊としてイメージ化しましたが、「そう簡単に2つに分けられるのか?」と疑問を持った人もいるかもしれません。そのとおり、ハイテクはローテクの上に連続するものと考えたほうがよさそうです。

 私はローテク分野(金属・冶金)の技術者としてキャリアを始め、後にいわゆるハイテク分野(半導体プロセス)に本格的に足を踏み入れたのですが、そのとき、重工長大産業の中で培われてきた各種ローテクの技術・思考は、ハイテク製品の開発・製造でもけっこう役に立つということに気づきました。例えば、古典的な機械設計技術や制御技術、材料選択の考え方などです。
 さらにいうと、ハイテクの代表例といわれる半導体プロセス技術でさえ、使われている技術の基本は、私が(大昔に)大学で習った教科書とノートの範囲で十分理解できるものでした。違うのは、可視的なサイズから原子サイズへとスケールが変わったことや、デジタル技術の適用で計測や制御の精度が格段に向上したことなどだけと思えました(表1)。

表1.ハイテクとローテクの対応

  ハイテクのカテゴリー
(半導体プロセス工程)
ローテクのアナロジー
(旧来成熟技術)
主な違い
半導体
プロセス
技術
 リソグラフ  写真製版  ・サイズ(数桁)
 ・不純物のコントロール
 ・位置合わせ精度(数桁)
 ・低温化
 各種薄膜の成膜  メッキ、プレーティング、
 塗装
 酸化・拡散(イオン注入)  拡散焼きなまし
 エッチング  腐食、孔版
 CMP(化学機械研磨)  レンズ研磨、電気メッキ
 陽極接合  溶接、ロウ接、はんだ
 ダイシング  ノコ切断
 これはハード系技術での例で、ソフト系情報技術の場合は、このような明確な対応は見えにくいかもしれません。しかし、メインフレームからワークステーションやパソコンへという電子計算機技術の歴史を思えば、似たようなことはあるのではないかと思います。
 「ハイ」と「ロー」の意味

「ハイテク=ハイレベル」とも「ローテク=ローレベル」とも限らない。ハイテクの基本はローテクの中にあることが多い。これらを踏まえて、ここでは「ハイテク=ハイリスク・ハイリターン技術」「ローテク=ローリスク・ローリターン技術」と定義しなおしたいと思います。当然、リスクがないところにリターンはありません。一方、リスクが最大のところでリターンも最大となります(図2)。
図2.リスクとリターンのバランスを考える
図2.リスクとリターンのバランスを考える
 実際のビジネスにおいては、この2つを適度に配分することが必要です。どんな配分を選んでどんなビジネス展開をするかについては、技術の内容やトレンドを見通せなければ判断が難しいので、そこにもエンジニアの存在価値があるといえます。これが最近MOT(Management of Technology、技術経営)の重要性がいわれていることにもつながります。技術者も経済学・経営学を学んで、一定の技術投資からより大きなリターンを得る戦略を立てようというものです。

 とはいえ、これは企業にとってのリターンであり、MOTを実施したからといってエンジニア個人がハイリターンを得られるわけではありません。しかも、最適解を得ようとすれば、心躍るハイテクから多少なりとも離れなければいけないことが明らかです。
ハイリターンな技術者になる

「ハイテクとローテクとはつながっている」ことを前提に、図1を発展させ、ハイリターンな技術者のイメージを描いたのが図3です。
図3.「ローリスク・ハイリターン」の技術者イメージ
図3.「ローリスク・ハイリターン」の技術者イメージ
 図1と同じく、エンジニアの乗ったハイテクの塊は宙に浮かんでいて、水色で示した範囲を自由に動いています。この範囲内を自分の意思で動き回り、境界線付近でも大胆に仕事をし、さらに外側へ境界線を広げようと挑戦する。このやり方で、100パーセントのハイテク(すなわち最大のリスク)をとらなくても、ハイテクのダイナミズムを存分に楽しむことができると私は考えています。
 また、ローテクとしっかりつながることによって、リスク(例えば、経営者の都合で技術の本質とは異なる方向に引っ張られたり、「漂流者」にされたりする危険)を軽減することができます。ローテクと「しっかりつながる」と、自由度が損なわれるような気がするかもしれませんが、そうではありません。逆に、ただふわふわと浮かんでいるだけのときより、自信をもって動ける範囲が広がっていくのです。

 具体的には、ハイテク分野の技術者であれば、ハイテクだけに特化するのではなく、ローテク側に視野を広げることです。過去の技術(ローテク)と現在の技術(ハイテク)とを見通せる人材には希少価値があるので、一般的なリターンという面からいっても、損にはならないでしょう。そして、ローテクとハイテクとをつなげ、流れを作っていくことも、エンジニアの特権であり、心躍ることです。

「うまくいかなかったら昇給なし・左遷・リストラ」というハイリスクを負いながら、「よく稼ぐ(会社の業績に貢献する)」というハイリターンを目指す。エンジニアにとっての「ハイテク」が、そんなものでしかないなんて、たまったものではありません。
「不完全」というハイリスクをとりながら「ダイナミズム」というハイリターンを享受する、という本来のあり方を追求し、「ハイテク」を楽しんでいきましょう。そのうえ技術者人性では「不完全」こそ楽しいのですから、なんともお得な気分ではありませんか。
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根村かやの(総研スタッフ)からのメッセージ
「ハイテク」と聞いたときにどんなものを思い浮かべるか。電子部品、高機能ソフト、新素材などなど、人によってさまざまありそうです。でも、ハイテクに出合って心が躍り、そして今度は誰かの心を躍らせたくなる、そんな思いは、分野・専門を問わずエンジニアに共通するものではないでしょうか。
 みなさんの採点、そしてご意見・ご感想をお待ちしています。

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