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カーエレクトロニクスの進化を牽引するデンソーが次に目指すもの
デンソーのデバイス技術トップが明かす次世代事業戦略
カーエレクトロニクスの進化を牽引するデンソーは、車載用半導体をプロセス開発から自前で行っていることでも知られる。同社の技術を根幹から支えるデバイス事業部の技術革新や半導体エンジニアの採用などについて、加藤之啓常務に聞いた。
(取材・文/広重隆樹 編集/宮みゆき 撮影/早川俊昭)作成日:12.04.11
半導体を使いこなせないと、いいクルマはできない
加藤 之啓氏
常務役員
デバイス事業部 担当
加藤 之啓氏

「今、自動車技術は大きな変革期にあります。車と地球社会の共存のために、CO2など温室効果ガスを削減するための技術開発が急ピッチで進んでいます。最初のキーワードがハイブリッド車、電気自動車などクルマの『電動化』です。デンソーは、1970年代から電気自動車用部品に関する研究をスタートし、1997年発売のトヨタプリウス以降、インバーター、DC/DCコンバーター、電動エアコンなどの製品を量産化してきました。カーエレクトロニクスはデンソーのお家芸とはいえ、クルマの電動化の進歩は日進月歩。それをリードするための技術開発力が問われています」
と語るのは、デンソーでデバイス事業を統括する加藤之啓常務だ。変革期にある自動車技術とデンソーの立ち位置について、さらに氏は続ける。

「もう一つ重要なのは、『エンジンそのものの進化』です。例えば、デンソーが開発したガソリン直噴エンジン用のインジェクターや高圧ポンプは、日本、欧米の大手カーメーカーに採用され、クルマの燃費向上と出力向上に貢献しています。さらに、燃料電池など先進的な要素技術開発にも取り組んでいます。省エネにつながる技術ならば、それらを全方位でやっていこうというのが会社としての方針です」
 こうした全社方針の中で、デバイス事業部はどのような位置を占めているのか──というのが今回のインタビューのテーマである。

「我々のデバイス事業部は半導体の開発、設計、製造を行っていますが、デンソーにおけるポジショニングは年々高くなっています。それはカーエレクトロニクスを支えるコア技術が半導体だからです。今やハイブリッド高級車では、部品代の半分がカーエレクトロニクス部品に割かれているという話もあるほど。半導体を使いこなせないと、これからの良いクルマはつくれない、といっても決して言いすぎではありません」

デンソー流「垂直統合」──すり合わせの技術で先駆ける

 デンソーの半導体開発において強みを発揮するのは、「垂直統合型」の技術開発スタイルだ。垂直統合とは、自社製品の付加価値の源泉を企業グループ内に保持し、それらを連携させることで、ものづくりの上流から下流までを統合し、自社の競争力を高める戦略だ。中でも自動車技術は異なる技術や細かい部品を「すり合わせる」ことが肝要だとされている。

 その一例として加藤氏が挙げるのが、「パワーカード」だ。HVのパワーコントロールユニット(PCU)に用いられるキーデバイス。PCUを構成する一つひとつのパワー半導体を、両面から熱を逃がす構造とすることで温度上昇を抑制し、これまでの2倍の電力供給を可能にした。IGBT(絶縁ゲートバイポーラトランジスタ)素子を銅のリードフレームにはんだ接合し、水冷技術で冷却するところにポイントがあるが、特に新材料を用いたわけではない。社内に保有されている材料技術や加工技術をすり合わせることで完成した。

両面放熱パワーカード

「片面より両面で冷やした方がいい。チップサイズも小さくできる。それは分かっていたが、それを実装するのは簡単ではありません。ウエハプロセス、回路設計、実装といった個々の半導体技術に加え、システム開発から加工技術までも全て社内に揃っているからこそそれが可能になったのです。他の事業部にあるノウハウを融合できるというのも私たちの利点です。パワーカードでは、熱機器事業部にある冷却技術を活用している。これを私たちは“機電一体”の技術と呼んでいますが、これがデンソーならではの強み。部署間を超えて様々なアイデアを出し、それらをすり合わせることで最大限の性能を引き出すことができます」
 と、加藤氏は言う。

 すり合わせの技術開発においては、愛知県日進市にあるデンソー基礎研究所との連携も重要なポイントだ。基礎研は半導体分野では次世代型IGBTの開発や、SiC(炭化シリコン)パワー素子の開発など先端技術のシーズを深化させる役割を持っている。基礎技術研究では、豊田中央研究所との連携も進んでいる。

汎用部品は外販マーケットで勝負する

 すり合わせによって完成した技術は、モジュール化し、汎用部品として大量に生産され、時には外販されることもある。半導体センサはその典型例だろう。デンソーは車載向けの半導体センサを他社に先駆けて1981年から量産してきた。当時はまだそれぞれの車種用に、いわば“一車一様”で開発するカスタムメイド製品だった。ところが、いまはすっかり汎用部品化している。カーメーカーは一から半導体センサを開発する必要はなく、市場で調達すればよくなった。ただ、サプライヤーとしてはそのマーケットで優位性を発揮する必要がある。

 汎用部品市場で圧倒的なシェアを確保することも事業としては重要な使命なのだ。特に、新興国向けのマーケットでは部品の汎用化を進めることでクルマ全体のコストダウンを図る必要がある。そうした需要にも応えていかなければならない。現在デンソーは、吸気圧センサ、回転角センサなどでほぼ世界一のシェアをもつ。

 外販市場で勝負することは、技術の強みにもなる。社内需要だけに応えていればよいという“甘え”を払拭できるからだ。デンソー自体が車載半導体の需要家であるだけに、社内のデバイス事業部はデンソーの他の事業部が「お客様」であることをともすると忘れがちなのだ。これを加藤氏は「垂直統合のワナ」と指摘する。その罠に陥ることなく、垂直統合の良さ、すり合わせ技術の利点だけを引き出すことが重要になる。

世界市場をリードするための“アーリー&クィック”戦法

 もちろん、「すり合わせ」イコール「全て自前主義」というわけではない。
「今後は他社との協業も深めていきます。我々の中だけではどうしてもできない部分は、他の企業と協業する。技術開発におけるスピードを速めるためには、こうしたコラボレーションが重要な課題になります」

 加藤氏の視野の隅には、車載半導体分野における中国・韓国企業の追い上げがちらちらと映っている。その一方で、欧州系サプライヤーの技術開発は、常にベンチマークの対象だ。
「中韓企業は、技術をコピーしてそれを速やかに市場投入するのが得意。いわば“コピー&クィック”戦略。かつての日本もそうでした。それに対して、先進技術のアイデアはやはり欧州企業から出てくることが多い。たとえ市場化に時間がかかっても、アイデアだけは早いんです。つまり“アーリー”ということ。とすれば、デンソーとしては先進的な技術を真っ先に市場化する、いわば“アーリー&クィック”の戦法でいくしかありません。そのためには他社との協業も厭わない。これこそが日本企業の生きる道だと考えています」

“アーリー&クィック”のためには、やはり海外市場の調査・研究が鍵になるだろう。
「これまで、デバイス事業部は海外展開が少し弱かったのですが、最近は積極的に海外に人を出すようにしています。各国に展開しているテクニカルセンター(技術開発拠点)への出向はもちろん、今後の市場を予測するための先端的な研究を肌身で感じる必要もあります。例えば、車載半導体の今後について欧州の技術者が何を考えているか。欧州の自動車産業に影響力のあるドイツ自動車工業会の標準仕様は今後どうなるのか。あるいは、フラウンホーファー研究機構など欧州の研究所ではどんな研究がされているのか。そういうところにも目を配る必要があります」

 これまでグローバルなデファクトスタンダードへの参加で、日本の製造業は遅れを取ってきたという負の歴史がある。
「差別化と標準化のバランスは難しい。差別化を続けると、差別化の罠にはまることもある。つまり、技術がガラパゴス化してしまって、世界に通用しなくなるのです。とはいえすべて標準化で行けるわけでもない。世界標準の動向を常にウォッチしながら、どこを差別化していくのか、それを考えなければなりません」

自分のアイデアをたった一人で欧州企業に売り込んだ

 加藤氏はもともと半導体センサの開発に従事していたエンジニアだ。
「デンソーはエンジニアがやりたいことが実現しやすい会社だと思います。これは私の経験からも言えること」と、センサ開発時代のことを振り返る。
「私が開発していたのは、圧力センサ。その当時、2案あり、技術ハードルは高いがコストポテンシャルのあるA案を選びました。しかし、B案の中にある圧力センサモジュールだけを取り出せば商品になるとひらめきました。つまり組み込み型の圧力センサですね。ドイツに4年間駐在していましたが、そのニーズはあるなと肌で感じていました。日本に戻って開発していたとき、そのことを思い出しました。で、そのサンプルをもって欧州に渡りました。そして大手サプライヤーへの売り込みに成功しました。ほとんど私一人でやったこと。自分のアイデアを使って自ら動きたいという強い意志さえあれば、それを抑え込む人なんていない。そういう会社なのです」

 売り込みというと、どうしても営業サイドの話と思ってしまうが、加藤氏に言わせれば、「設計開発者が自ら顧客の所に行って、仕様を決め、売り込んでくる経験は、エンジニアを大きく成長させる」という。客先の優秀なエンジニアとの対話が、エンジニアを鍛え上げてくれるのだ。

プロセス開発に取り組んでいればこそ、調達の目利きも効く

 エンジニアの中途採用面接にも立ち会うことが多いという加藤氏は、「最近はやはりクルマの省エネ技術や安全技術への関心が高まっている」と言う。かつてのように、走りのよいクルマとか、快適なドライビング性能といった方向への関心は少し薄くなっているそうだが、それも時代の表れだろう。
「半導体技術者の中には、近年は開発そのものができなくなってきたので、転職したいという人が多いですね。これは、日本の半導体技術全体のことを考えると由々しき問題ですが、逆にデンソーが自前で半導体をつくっていることを大きな転職理由として挙げてくれるのです」

 パワーエレクトロニクスでいえば、先にも述べたようにデンソーはIGBTやMOSFET(電界効果トランジスタ)はプロセス開発からすべて内製している。SiCについてもウエハの結晶技術から取り組んでいる。ゲート酸化膜の成長方法でも、独自のノウハウを持つ。
「プロセスからやるとコストがかかって大変ですが、大手の半導体メーカに負けないものができる」と加藤氏。そこがプロセスエンジニアには魅力に映るようだ。

 むろん、プロセスからは開発していない素子は外部から調達ということになるが、半導体を自前でつくっていることで、調達の際の“目利き”ができるようになる。
「製品の品質を見るためには、やはり供給元の製造工場を見ないといけません。果たして安定供給できるかどうか。価格的にもリーズナブルかどうか。それは、自分たちで半導体を製造しているからこそ分かるという面があります。デバイス事業部はデバイスを内製するだけでなく、外部からの調達品質を高めるという点でも社内的に大きな役割を担っています」

SiCウエハ
SiCウエハ

 転職希望者の声の中には、「自分が開発したデバイス技術を世に出したいときに、デンソーはアプリケーションが社内にあるからうらやましいという人も多いですね」と、加藤氏。つまり、素子をつくって顧客に渡すだけでなく、社内の部品に組み込めるからいいというわけだ。デンソーなら、自分たちのつくったICでクルマの走行性がどう変わるかということも、すぐに実験できる。

 単に顧客からの要求仕様に合わせるだけでなく、社内の各部署のエンジニアと話ながら、こうしたらもっとよくなると要求仕様自体をさらにハイレベルなものに高めるチャンスがデンソーにはあるのだ。これも垂直統合の魅力の一つと言える。

「率先して学び、手足を動かし、常に金メダルを目指す」

 欲しい人材は、プロセス開発、回路設計、実装技術と幅広い。領域としてはパワエレに重点を置くが、これまで汎用メモリ開発などに従事してきたエンジニアも、半導体の基礎知識があるという面では歓迎だ。

「我々は、常に世界一のもの、世界初のものをつくろうとしています。二番手、三番手には甘んじたくない。常に金メダリストを狙いたいという志の人に来て欲しい」
と、加藤氏。
「世界一への志向性をもつためには、自分で勉強する姿勢は欠かせない。もちろん、社内に『パワエレ道場』のような実験・試作が自由にできる環境も整えています。自分の目で見て手を動かして勉強するという、エンジニア本来のスタイルが重要だと思っているからです」

 最後に、生産拠点のグローバル再編について聞いた。
「国内雇用の問題があるのでできれば日本国内にはこだわりたい。しかし、最近の円高は製造業にとって厳しいものがあります。汎用的なものから徐々に海外に出て行くことは避けられません。現状は半導体センサを少量、テネシー工場でつくっているだけですが、今後はパワエレの欧州生産も始まります。東南アジアにも生産拠点を確保していきます。できるだけ日本を愛しつつも、国際競争力を確保するために、日本を飛び出す覚悟が必要です」

 その意味で、これからのエンジニアは海外で働くことが当たり前になる。エンジニアの採用要件の一つとして加藤氏が一定の英語力を挙げるのも、時代の趨勢を考えれば当然のことと言える。

常務役員 デバイス事業部 担当 加藤 之啓氏

1984年入社。1989年から1991年まで、デンソードイツ出向。2005年にIC技術2部部長、2010年デバイス事業部部長、常務役員就任。現在に至る。

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