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成層圏にエアロゾルを注入、海洋に鉄を散布、バイオマスCCS…

SFじゃない!温暖化対策で
       地球を冷やす「気候工学」

遅々として進まない地球温暖化対策。その特効薬とも呼べるのが「ジオエンジニアリング」(気候工学)だ。しかし、副作用の問題も多く、「気候を制御してよいのか」という反対意見も根強い。気候は制御できるのか?

(取材・文・人物撮影 総研スタッフ/高橋マサシ) 作成日:12.09.10

成層圏に硫酸のエアロゾルを散布して、地球を冷やす

電力中央研究所

一般財団法人電力中央研究所
社会経済研究所
主任研究員
杉山昌広氏
1978年生まれ。東京大学理学部地球惑星物理学科卒業。米国マサチューセッツ工科大学で気候工学の博士号と技術と政策の修士号を取得。2009年に電力中央研究所に入所。専門は地球温暖化対策のモデル分析。

エアロゾル

人は昔から「気候を変えたい」という願望を持っていた。顕著な例が雨を降らせる「雨乞い」であり、現在でも人工降雨の研究や実験は世界各国で行われている。だが、近年注目されている「ジオエンジニアリング」(気候工学)は、「地球温暖化対策」であることが特徴だ。
簡単に説明すれば、太陽から地球に入るエネルギーと地球から出ていくエネルギーが同量であれば、地球の温度は変わらない。二酸化炭素や水蒸気などの温室効果ガスが地球から放出されるエネルギーを遮っているので、気温が徐々に上がっているのだ。

そこで、気候工学は主に2つのアプローチを持つ。入るエネルギーを減らすか、出ていくエネルギーを増やすかである。
前者が、太陽光を反射させて入射するエネルギーを減少させ、地球の温度を低下させる「太陽放射管理」(Solar Radiation Management:SRM)。後者が、二酸化炭素を吸収して大気中の二酸化炭素濃度を下げ、放射エネルギーを増やす「二酸化炭素除去」(Carbon. Dioxide Removal:CDR)である。

SRMで最も研究が盛んなのが、成層圏へのエアロゾルの注入だ。気候工学のウオッチを続ける、電力中央研究所社会経済研究所の主任研究員、杉山昌広氏はこう語る、
「上空20km以上の成層圏に、半径が0.数ミクロン単位の硫酸の薄いミストのようなエアロゾルを撒く方法です。成層圏には東西によく流れる東西風があり、南北方向には熱帯域から南極と北極へとゆっくり流れる風があるので、赤道の上空辺りで散布するとこれらの風に乗って、エアロゾルが地球全体に広がります」

一般的なジェット旅客機の高度は上空10km程度。その倍以上の場所に専用の飛行機を飛ばして、機体後部などから散布するのが現実的な方法だという。ただ、こうした実験はまだ行われておらず、浮遊物質のサイズや散布の方法などの研究がようやく始まったばかり。
散布量にしても、硫黄換算で1000万トンを使えば二酸化炭素の倍増が抑制できるという試算はあるものの、確定的ではないそうだ。

特殊船で海水を吹き上げ、低層雲の反射率を高める

成層圏エアロゾル注入のベースとなっているのは、1991年にフィリピンで起きたピナツボ火山の噴火である。20世紀で2番目に大きいこの噴火で、大量の火山灰やガスが噴出し、火山灰の雲は上空35kmにまで達した。このときに二酸化硫黄や硫化水素などのガスが大気中に残り、数週間を掛けて酸化され、約3000万トンもの硫酸エアロゾルに変化したという。
この硫酸エアロゾルが地球全体に薄く広がり、全球の温度を最大で0.5度下げたとわかった。この自然現象を人工的に再現するわけだ。

「ピナツボ火山の噴火は地球の気温を下げただけでなく、降雨の変化、降雨量の減少、オゾン層の破壊なども起こしました。こうした解明は参考になるのですが、成層圏エアロゾル注入の際も同様の『副作用』が起こると予想されます。決して『魔法の技術』ではないということです」
SRMにはほかにもいくつか方法があるが、そのひとつは低層雲の反射率増加である。雲には太陽光を反射させる冷却効果と、温室効果の双方があるが、低い雲ほど反射率が高い。南米の西海岸沿いなど海洋には低層雲が広がっているので、これらの雲の反射率を高めて地球を冷却させるというものだ。

その方法は特殊な船を製造して、海水を汲み上げ、上空に吹き上げるというもの。すると、海水は乾燥して塩分に変わり、その一部が乱気流で持ち上げられ、雲凝結核(雲の種)になる。これによりもともとある雲の反射率が高まるという。
「カリフォルニア沖やペルー沖で雲の反射率を高めるシミュレーションが行われていますが、一部の海域だけで冷却効果が起こるため、大気の変化が地域的に起こることが考えられます。また、『雲』にはまだ解明されていない部分が多い。この予測できない雲を変えることは、個人的には抵抗感がありますね」

火山

フィリピンのピナツボ火山の噴火
(写真:U.S. Geological Survey)

南米

鉄を散布して海を肥沃化、バイオマスとCCSを組み合わせる

海
バイオマス

一方のCDRにおいては、鉄散布による海洋肥沃化がある。広い範囲の海に鉄の粒子を散布し、海洋プランクトンを成長させ、光合成を促進させるという方法だ。小規模な範囲での実験は成功しているものの、近年では効果が限定的だとわかってきたという。
「南極海などの広範囲に大量の鉄を撒くなど大掛かりなものになるので、生態系への影響が危惧されます。また、気候工学では投入量が少なくて大きな効果が期待できる方法が重視されますので、最近は研究者からの熱心な声が聞かれません」

ちなみに、コストパフォーマンスがよいのが成層圏エアロゾル注入だという。実際に行うには人工衛星を使ったモニタリングなども必要になるだろうが、飛行機を飛ばして硫酸エアロゾルを撒くだけであれば、二酸化炭素の濃度が750ppmになったときにこの温室効果を打ち消すための費用は、10億米ドル程度という。アメリカの大富豪なら私費で調達できる金額である。

同じくCDRには、バイオマス発電とCCS(二酸化炭素回収・貯留)を組み合わせた、バイオマスCCSもある。植物を燃やすバイオマス発電は二酸化炭素を発生させるが、植物からの炭素が元に戻る仕組みなので、正味の排出量はゼロになる。ここに二酸化炭素を回収して隔離・貯留する装置を加えれば、排出量を削減できることになる。

「IPCC(気候変動に関する政府間パネル)でもバイオマスCCSは議論され、大量導入が想定されています。SRMに比べて反対意見は出にくい方法ですが、植林するにはある程度の肥沃な土地が相当の面積で必要になります。穀物生産などの食糧問題と拮抗しますし、生物多様性への影響も考えられます」

気候工学は、地球温暖化による危機が迫ったときの「最終手段」

これまで見てきたように気候工学の方法には一長一短があり、膨大な資金と大規模な計画が必要で、何より「副作用」の問題が懸念される。そのため、気候工学の研究は以前からなされていたが、安易な温暖化の解決は二酸化炭素を削減しない「言い訳」になるという危機感もあり、研究への前向きな議論はタブー視されてきたという。
その潮目を変えたのが2006年の、ノーベル化学賞受賞者であるクルッツェン博士の論文だ。彼はインドや中国などの新興国の大気汚染が改善されることによる、地球温暖化の加速を述べた。なぜ大気汚染がなくなると温暖化が進むのか。

「大気汚染の主な原因のひとつは先の硫酸エアロゾルです。この物質は人体に有害であると同時に、上述のように太陽光を反射させる冷却効果を生みます。大気汚染がなくなれば、この冷却効果が弱まるので、地球温暖化が進むというわけです」
そして博士は、「ならば、人工的な成層圏エアロゾル注入も検討されるべき」と説いたのだ。この論文発表の後、地球温暖化が喫緊の課題として認識されてきたこともあり、気候工学に関連する研究論文が徐々に発表されていくのである。

ただ、現在でも気候工学に反対する研究者は少なくない。気候を勝手に制御することへの不信感や倫理観、その結果として地球が変化することへの危機感を持つのは当然だろうし、各国のアンケート調査では市民も同じ感想を持っているようだ。『研究者がまじめに研究を進めることには賛成するが、実際の使用はやめてほしい』という意見が多いという。
「もっともなことですし、私も積極的に推進していくべきだとは思えません。地球温暖化は人類に多大な悪影響を与える可能性もあるので、その将来に備えた研究なのです。最悪のシナリオになり、地球温暖化による被害が明らかで、その解決が緊急な課題だと社会が納得したときの、最終手段だと思います」

大気汚染
アンケート

地球はひとつだから、「いつか」を想定して気候工学を追う

地球
地球

近年の気候工学の特徴は、各国の研究プロジェクトや国際的なガバナンスに向けた取り組みが増えつつあることだ。例えば、2011年から始まったGeoMIPという研究プロジェクトでは、日本を含む世界10以上の研究チームが参加(参加予定含む)し、成層圏エアロゾル注入を想定した気候工学モデルのシミュレーションを行っている。
また、2010年3月に米国で開催された、国際的な気候工学会議であるアシロマ会議では、国際的な研究活動のあり方について声明文が発表された。

「最近ではシミュレーションの研究がきちんと行われるようになり、反対者は『科学的な論証を上げないと反論できない』という風潮になってきました。気候工学が研究対象として認識されてきたのだと思います。今後は少しずつ、小規模な実験も行われてくると思います」
現在、気候工学の研究が活発なのは欧米、特にアメリカ、イギリス、EUであり、日本では研究が必要という意見は増えてきたものの、研究はスタートラインについたばかりだという。

ただ、人工的な地球への介入は一国だけの問題ではない。地球はひとつしかないのだ。何らかの方法を実施する場合は国連や国際会議での承認が必要になるだろうし、逆に推進国に勝手に先走られては困る。
「気候工学は地球温暖化に対する外科手術のようなもの。内服薬で治癒できるなら必要ないですし、手術をするのでも切開する部分は小さいほうがいい。ただ、欧米が研究を進めており、いざ『そのとき』が来るとすれば、日本が国際的な場で発言・議論できる知識は必要です。好むと好まざるとに関わらず、気候工学を追い続けなければならないのです」

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