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ギークエンジニアたちの哲学 vol.3
位置情報技術で生活を豊かに/ジオリパブリック関治之
東日本大震災時、情報収集プラットフォームとして現地情報を集約しつつ位置情報をマッチングさせることで、大きな役割を果たした「sinsai.info」。その責任者を務めた関治之氏のエンジニアスピリットとは?
(取材・文/上阪徹 総研スタッフ/宮みゆき 撮影/栗原克己)作成日:12.06.22
データ入力のアルバイトから、プログラマへ
関 治之氏
合同会社ジオリパブリック
代表社員
関 治之氏

 コンピュータとの出会いは小学校4年のときでした。当時ファミコンが流行っていて、親に欲しいとお願いしたら、父親がパソコンを買ってきたんです。BASICで動くMSXでした。一緒にプログラムの雑誌も買ってきてくれて、これでゲームをつくってみたらと。やってみたら、面白かった。文字を打ち込んだら、絵になったり、ゲームになったりする。楽しくていろんなゲームをつくって、友達にも遊ばせたりしていました。

 ただ、中学、高校のときはほとんどさわることはありませんでした。その後、大学に入ってから一般教養でBASICを使ったプログラミングの授業があったんです。これで久々に再開したら、簡単にできた。これが、データ入力のアルバイトを始めるきっかけになりました。しかも、たまたまゲームでタイピングソフトを作っていて、自分で遊んでいたのでタイピングがものすごく速かった。それを見た社員の人から、「プログラマをやってみないか」と声をかけられました。

 学生時代は、音楽活動に力を入れていました。オルタナティヴ・ロックバンドのドラマーでした。音楽の道に進みたくて結局、大学は中退してしまったんです。だから、プログラマの仕事はあくまでアルバイトでした。ところが、「社員にならないか」と誘われて。何より音楽が第一でしたから、給料が高くて、やるべきことをやっていれば休みも自由に取れる仕事は好都合でした。それでエンジニアの世界に入るのですが、やがてプログラミングの仕事が忙しくなっていくんです。

会社に入っても、なるべく会社に依存しないようにしていた

 アルバイトから社員になった大手ソフトハウスでは、大手通信会社などに派遣されて、いろんなシステムに携わっていました。あるとき、一緒に働いていた先輩から、「新しくオンライン証券会社を立ち上げる話があるけど、一緒に来ないか」と。ここから、インターネット業界に入ることになります。当時はまだエンジニアが少なかったから活躍の場も多く、ラッキーでした。

 初めてネットの世界にしっかりふれて、これは面白いと思いました。すぐに世界中の人とつながれる。情報はいくらでも調べられる。当時はオンライン証券のはしりでしたから、「こんなことができるようになるのか」のオンパレードでした。新しいことが好きな僕には、これは本当に楽しかった。

 わからないこともたくさんありましたが、わかる人に聞きにいけばいいと思っていました。素直に聞けば、教えてもらえる。また、勉強会にも積極的に顔を出しました。この頃はまだ音楽が第一だったこともあって、あまり会社に依存しないようにしていたんです。それも結果的には良かった。

「会社が何もしてくれない」というような考えはもったことはありませんでした。ビジネス的なことはもちろん理解しますが、待遇がどうとか、もっとこうしてほしいとか、そういうことは考えなかった。これは後もずっとそうでした。おかげで上司ともいい関係が築けたし、会社以外の世界をちゃんと持つことができたのです。

「いかに面白い経験ができるか」が仕事をする基準

 オンライン証券の立ち上げは2年で撤退が決まってしまいました。そのため、その会社が出資していたスポーツのポータルサイトの立ち上げに加わることになって。技術者は4人。まったく違う業種ですが、やることは同じでした。サーバーを立てて、コンテンツをデジタルに変換して、ディレクターやデザイナーに対して技術的アプローチを提供していく。新しい技術をどんどん勉強して、「こう使えばこういう見せ方ができますよ」と説明していく。

 雰囲気がよりカジュアルになっていくのが、面白かったですね。ところが、この会社が2年でヤフーに買収されてしまうのです。2002年当時のヤフーは、本国のサーバーを使ってのカスタマイズやローカライズが基本の仕事でした。使えるライブラリも限られたし、PHPしか使えなかった。人数も多いし、やることが決まっていて、これはちょっと自分には合わないな、と思いました。当時から、いかに面白い経験ができるか、が仕事をする基準でした。何よりも面白い経験をしたかった。

トライアンドエラーは苦にならなかった

 25歳になっていました。このとき、初めて普通に就職活動をしたんです。ネットサービスで会社を探しました。このころにはすっかりエンジニアの仕事が忙しくなっていて、すでに音楽活動はフェイドアウトしていましたが、たまたま見つけたのが、音楽のポータルサイトでした。かつて音楽チャンネルをやっていた会社で、社名を知っていたことが大きかった。着メロサービスを始めるので、エンジニアを募集していたんです。

 ここで、モバイルに出合うことになります。ちょうど業態の転換期。着メロが一気に伸びていく時期でした。身に付けるものでネットにつながる、というのは、やっぱり衝撃でした。手元でアクセスできたらこんなこともできる、と。次々に新しい技術が出てきて、それを覚えなければいけない日々。モバイルには先駆者がいませんでしたから、自分で調べるしかない。「英語が必要になるな」と思ったのもこのころからでした。

 何も文献がなくて、トライアンドエラーを繰り返していたこともありましたね。なかなか前に進めない。でも、できたときが楽しいんです。だから、苦に思わなかった。パズルをやるなら、難しいパズルのほうが面白いじゃないですか。

 そこに無茶なスケジューリングが来ると本当に苦しくなるのですが、それはあまりなかった。上司ときちんとコミュニケーションをしていましたから。本当に無理なときは無理だと言ったし、代替案も出した。いろんな交渉をするようにしていましたね。

新しいことをやろうとしていた会社との出会い

 ただ、着メロ市場が急拡大していって、着うた市場に変わってからは、状況が一変しました。MIDI音源を使って着メロを技術的に提供する仕組みづくりは面白かった。でも、着うたになると、自分たちにできることはほとんどなくなってしまったんです。しかも、ビジネスとしての利益率も低くなってしまって。

 それでも、モバイルサービスが今後、大きく伸びていくことは明らかだと思いました。中でも興味を持ったのが、GPSです。これが劇的に何か世の中を変える起爆剤になると思いました。そんな中で出合ったのが、位置情報連動型の配信サービスを始めようとしていたシリウステクノロジーズだったのです。

 まだ設立一年目の会社。ある人の誕生パーティでシリウステクノロジーズの社長と会って、受託発注をするようになりました。飲みに行ったりして、「位置情報とモバイルは熱いよね」なんて話をしているうちに来ないかと誘ってもらって。社長の人柄が面白かった。年下なのですが、ものすごくしっかりしていて。自分の中に何かの直感が走ったんですよね(笑)。何よりリスクを恐れず新しいことをやろうとしていた。それは自分の中では重要なキーワードでしたから。

2度目のヤフーによる買収。そして、東日本大震災

 シリウステクノロジーズでは、研究所の所長として、位置情報を使った広告サービスの開発に取り組んでいました。位置情報コンテンツに関心のある媒体を支援したり、ジオメディアサミットという勉強会を開いたり、一方で技術的なリサーチを続けたり。スマートフォンの時代になれば、それまでの測位方法よりもはるかに速くなる。大きな可能性が秘められていると思っていました。

 しかし、理想的なビジネスのサイクルに進むまでには、やはり時間がかかります。結局、その理想を求めている途中で、買収されることになった。しかも、僕にとっては2度目のヤフーによる買収でした。2010年7月のことです。でも、このときのヤフーはかつてのヤフーとは大きく変わっていました。新しいこと、面白いことをどんどんやろうとしていた。技術的にも自由にやれる環境ができあがりつつありました。今度は、そのままヤフーにお世話になることにしたのです。

 そして入社から半年後に日本を襲ったのが、東日本大震災でした。あの日、地震が起きた直後、ヤフーの入っていたミッドタウンではビルの外に出るように指示が出ました。電話が使えなくなっていた中で、頼りになるのはワンセグとインターネットしかありませんでした。ネットのチャットやメールで情報を得ていました。帰宅指示が出て、夕方、自宅に歩いて帰る途中、自分も加わっていたOpenStreetMap Foundation Japanの代表理事からメールが届いたんです。何かができないか、と。

 ハイチの地震のとき、オンラインの地図上で情報の検索・発見を容易にさせるオープンソースソフトウェア「Ushahidi(ウシャヒディ)」の利用事例があることを思い出しました。ハイチで使われたのなら、日本でも同じことをやってみようと思ったんです。

あっという間に数十名のエンジニアが支援してくれた「sinsai.info」
sinsai.info
sinsai.info
http://sinsai.info
ボランティアによる世界的な地図作成プロジェクト「OpenStreetMap」による地図情報。被災地からの救援要請、救援作業者に対する情報、安否確認情報などを積極的に掲載している。

 震災4時間後に自宅で「震災情報プラットフォームsinsai.info(現在は復興支援プラットフォーム)」をオープンさせて、あとはパソコンに張り付くことになりました。わかっていたことは、自分の力では手に負えないということです。いろんな人に手伝ってもらわなければいけないと思いました。その人たちが動きやすいようにすること、そして現地でどう役に立てるか、ということしか考えませんでした。

 ありがたいと思ったのは、Twitterなどであっという間に数十名のエンジニアが手を挙げてくれたこと。知っている人もいましたが、知らない人もたくさんいました。ものすごく優秀な人たちが集まってくれたんです。驚きでした。普通の会社では絶対に無理というレベルの、クオリティの高い仕事をみなさんがボランティアでしてくれていた。すごいと思いました。

 一方で会社組織ではないプロジェクトならではの難しさもありました。これを責任者として取りまとめたことは、大きな勉強になりました。みんなが意見を出しやすいような空気をつくる。自発的に動いてくれる人を見つけて、その人に権限を渡し、お願いしていく。そうでなければ、とても一人では回せなかったと思います。

 また、ボランティア活動というのが、いかに持続させることが難しいか、ということも痛感しました。人が少なくなっても、システムを止めるわけにはいかない。かといって、強制はできない。そういう可能性を考慮したシステムにしないといけない。もとより自己犠牲のようなものは、信用してはいけないんです。僕自身もそんなつもりもなかった。ウェットな感覚を持ったらダメ。コトの発端ではいいかもしれないけれど、実際の作業に入ったらドライにならないといけないんです。

※参考レポート
   ITで復興を支援!ボランティア・エンジニアが動いた
   コードでつなぐ想い──Hack for Japanが目指したもの

2週間、会社には行かなかった。よく許してくれた

 ほとんど寝られない日々が続きました。でも、もっと大変な人たちがいる、と思っていました。自分がやると言って始めたことですし、やるしかない。そして、ありがたいと思ったことは、会社がこれを許してくれたことです。

 僕がしたのは、シリウステクノロジーズの元社長に1本電話を入れただけ。こんなことをやっている、と言うと、「会社のほうはなんとかするから」と言ってくれて。もともと僕たちには、位置情報で人のために役に立つ、というコンセプトがあったのです。それにしても、この後、僕は2週間、会社に行くことができなかった。それを許してくれた元社長と、そしてヤフーにも、感謝しなければいけないと思っています。

 想像をはるかに超えて、業界内でも大きく注目してもらえたことも、うれしいことでした。ただ、課題も残ったと思っています。被災サポートの限界です。例えば、復興フェイズに入ったら、直接的なサポートはできなくなる。どんなサポートが向いているのか、改めて検証して、次に生かしていかなければいけないと思いました。そして何よりうれしかったのは、被災地から「役に立ちました」という声を実際に使った人からもらえたことです。これは、本当にうれしい瞬間でした。

位置情報を使って現実の生活を豊かにしたい

 2011年12月から、ヤフーを離れてジオリパブリックという自分の会社に専念しています。実はこの会社は2009年に、勤務していたシリウステクノロジーズの仕事とは別で設立していました。未踏IT人材育成プロジェクトで採択された事業があり、一緒に進めていた人が、「会社を辞めてこちらをやってみたい」「じゃ、会社をつくろう」ということで始めました。そこでつくったのがオンデマンドバスというサービスのためのシステムです。タクシーとバスの中間のような乗り物を実現させる運航管理システムをつくっています。すでに6地域で稼働していて忙しくなり、二足のわらじは難しいと判断しました。

 今は、オンデマンドバス事業を柱に、位置情報のアプリケーション開発を手がけています。すでに位置情報のシステムは様々に使われていますが、もっともっと便利なものになっていくはずです。測位精度がどんどん細かくなれば、アプリケーションが自動的に配布されるようなサービスも出てくるかもしれない。今みたいにいちいち選択して立ち上げるアプリではなく、もっと自然に出てくる。そもそもポケットから出すのではなく、新しいデバイスが出てくるかもしれない。位置情報を使って現実の生活を豊かにするプロダクトに携わっていきたいと考えています。

オンデマンドバス運用のためのオープンソースプラットフォーム
「会社に縛られない」その意識が広がりを生む

 エンジニアに大事なことは、知的好奇心を失わないことだと思っています。基本的に楽しむということ。そしてこんな時代だからこそ、会社に縛られないことです。オープンに、いろんな仲間を作っていく。例えば、いろんな勉強会に参加する。無料の勉強会はたくさんあるんですね。そういうところに、どんどん行ってみる。そうすれば、自分の気に入る技術や、気になる技術に出合えるかもしれない。

 やるのが楽しくて、寝るのも忘れる、そんな技術。詳しくなってみたら、それが思わぬ誰かの役に立つかもしれない。いざというときに、相談できる仲間も増える。愚痴も聞いてもらえる。会社とは別にそういう存在があるだけで、精神衛生上とてもいい。別のコミュニティに参加するのでもいい。外の世界とつながっておくことです。

 もうひとつ、ここが得意というコアなものを一つつくることですね。僕も今は、位置情報にフォーカスさせていて、このドメインから外れるものは基本的に携わらないことにしています。そういう意識を持っていれば、考え方も深くなっていく。エンジニアには、こだわりが必要なのではないでしょうか。

 ちなみに、今の会社には、ドイツ人とフィリピン人が一緒に仕事をしています。国境だって、簡単に飛び越えてしまえるのがエンジニア。まだまだ、たくさんの可能性が潜んでいると思っています。

PROFILE
合同会社ジオリパブリック 代表社員 関 治之氏

1975年、東京都生まれ。東京学芸大学中退。大手ソフトウェアハウスを経て、1998年頃からWeb業界へ。スポーツや音楽のコンテンツプロバイダでさまざまなメディア立ち上げのプロジェクトマネジメントを行う。06年、シリウステクノロジー社に入社。主にラボ主体のサービス企画やサービス設計を行う。2009年下期未踏IT人材発掘・育成事業開拓クリエイター。11年から自身の会社、ジオリパブリック社に専念。

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