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ギークエンジニアたちの哲学 vol.1
AWSエバンジェリスト玉川憲氏を成長させた挫折と転機
熱い活躍を続けるギークエンジニアを仕事へと駆り立てているのは、どんな想いなのか。新連載第1回は、クラウドサービスで注目を浴びるAWSの技術統括部長兼エバンジェリストの玉川憲氏。意外な経歴からクラウドへの想いまでを語る。
(取材・文/上阪徹 総研スタッフ/宮みゆき 撮影/栗原克己)作成日:12.04.17
家中の時計をすべて分解したことがあった
玉川 憲氏
アマゾン データ サービス ジャパン株式会社
技術統括部長 / エバンジェリスト
玉川 憲氏

 大学の専攻は機械情報工学。失敗学で有名な畑村洋太郎先生の研究室で全体的な設計をするシステムエンジニアリングの研究をしていました。修士は、バーチャル・リアリティ(VR)の研究です。VRの権威だった廣瀬通孝先生の研究室に属していました。イリノイ大学とネットワークをつないで、複数のカメラで人間を撮影し、そこから立体的な人間の像を作って、送り合って通信するビデオアバターを開発して論文を書いたりしていました。

 機械系の学科を選んだのは、モノを作るのが好きだったから。しかも、一部ではなく全体設計がしたかった。そこから、ソフトウェア的なVRに興味を持つようになって。映画『スターウォーズ』に出てくるようなビデオアバターを作ってみたかったんです。

 母親に言わせると、小学校低学年から、機械を分解するのが好きだったようです。家中の時計をすべて分解したこともあったそうで(笑)。その後は、宮大工に憧れるようになりました。長くもつモノを作りたいと思っていたようです。さらに兄がPCオタクで、X68000でゲームをやっていたのは、小学校4年生くらいでした。

ハードの神様のもとで、ハンダ付けから

 修士を終えて就職したのは、IBMの基礎研究所でした。当時の夢は、自分で研究して、特許を取って製品を作って、独立をすること。いろいろやらないといけないことがあるわけですが、ほかの職種は後からでもなれるけれど、研究員には今しかなれないだろうと思ったんです。

 担当したのは、超小型時計型コンピュータ。これが刺激的でした。開発チームは5人。しかも、スーパースターがそろっていて。リーダーはバタフライキーボードやウルトラマンPCを手掛けたハードの神様。東京大学のロボット工学出身で、ハードもエレキもソフトウェアも全部わかる人など、先輩もすごい人がズラリ。私はまず、いきなりハンダごてを渡されてハンダ付けを100枚くらいやらされました。「匂いを嗅ぎなさい。それができないと、どれが壊れているか、わからないんだ」、と。さらに当時、サーバーにしか使われていなかったLinuxを時計にポーティングしたり。ハード、エレキ、メカ、ソフト、一通り経験できた。しかも、時計メーカーと製品企画をするところまで行き着きました。

 ところが、急に研究予算が縮小となった。あとでわかったのは、レノボとのM&Aで、パーソナルコンピューティングはやらない方向に決まっていたこと。とにかく面白くて仕方がなかった毎日がいきなり終わりました。入社4年目。大きな挫折でした。

研究員から、ソフトウェア事業担当常務の補佐への転身

 大きなショックを受けて、上司が見るに見かねたのでしょう。一つチャンスをくれて。ソフトウェア事業担当の常務が補佐を求めている、と。マーケットやビジネスについても、もっと理解しないといけない、と思っていたところでしたから、すぐに飛びつきました。ここで、重要なミーティングに出させてもらったり、外向けのプレゼンに同行したり、と貴重な経験を得ました。

 すべての情報があるわけではなく、今ある情報の中から仮説を立てて判断する。エンドユーザー、エコシステムのパートナーなど、メッセージを発する対象ごとにプレゼンを変える。その大切さも学んだ。常務のために作ったプレゼン用資料も、何度もボツにされましたね。

 半年間でしたが、この経験は大きかった。これがなければ今の自分はない気がします。常務に聞いて今も覚えている言葉があります。「技術とだけ付き合っていく人もいるが、人とも付き合っていく人もいる。君は技術だけでなく、人とも付き合っていったほうがいい。」なるほどそういう考え方もあるんだ。以後、この言葉を常に意識するようになりました。

買収した会社に、現場の一員として行く

 この後は、IBMが買収したRational Software の統合作業に参加しました。一人の現場の一員として、です。まわりには止められました。研究所に戻って、次の新規研究をやればいいじゃないか、と。でも、私は現場で生まれている価値がどんなものなのか、見てみたかった。ソフト開発のコンサルティングでは世界的に知られていた企業。いかにお客さまに価値を提供できるのか、自分でやってみたいと思いました。頭で理解するのではなく、身体で理解したかった。肩書ではなくて、とにかくそれがやってみたかったのです。

 実際には、甘くありませんでした。1年間は特に苦労しました。相当な勉強が必要でした。職場も、勤続年数の多い社員も少なくなかったIBMと比べると、猛者のプロ集団でした。コンサルティングにしても、技術営業にしても、職業観の芯がある。もちろんワークハード。鍛えられました。今思えば、一から経験するには、とてもいい機会でした。技術営業、コンサルティング、ポストセールス、エバンジェリスト、中間管理職も経験しました。

 この会社の途中、2006年から08年までの2年半、アメリカに留学して、MBAとソフトウェアエンジニアリングの修士を両方取りました。留学もいつか行きたいと思っていて、30歳まで絶対行くと決めました。これも厳しかった。寝る間も惜しんで勉強しました。英語力と異文化理解能力、人脈が大きな財産になったと思っています。

マーケティングコストをかけず、どうやって広めていくか

 AWSについて最初に知ったのは、留学中の08年でした。衝撃でしたね。私は父が大阪で会社をやっていて、サーバー管理の大変さをよく知っていたんです。お盆と正月に帰省すると、家族との食事もそっちのけにサーバールームにこもっていたのが、私でした。AWSのクラウドには驚きました。こんなに便利なのか、これは業界構造が変わるぞと思いました。AWSが日本進出を決め、エバンジェリストとして入社したのは2010年。当時はまだマーケティングマネージャー一人でした。私には、ゼロからの事業立ち上げを経験できることも大きな魅力でした。

 ただ、当時は本当に何もなかった。2人しかいないし、予算もない。お客さま中心主義を貫くAWSは、徹底的な倹約主義を取っているのです。より多くのお客さまを獲得し、運用コストにほんのわずかに上乗せされた小さな利益を積み重ねる発想。IBM時代のような、広報予算を使って行っていたエバンジェリスト活動はできない。最初はどうしようかと思いました。「お金はないけど、話させてほしい」、とお願いするのも恥ずかしかった。でも、しだいに慣れていきました。何より、開発者にクラウドを知ってほしい、と本気で思っていたからです。

理解をしてもらうだけでは、人は動かない

 まだFacebookが日本で大きくなっていなかったころ。ソーシャルマーケティングとしてはTwitterを活用しました。草の根的にユーザーグループを立ち上げて、コミュニティを活用したPRも進めました。今では全国17カ所に広がっています。それこそ、伝道師みたいに身体一つであっちこっち飛び回り、2011年で160回講演しています。人前でしゃべるときに意識しているのは、自分の感情をストーリーとして伝えることです。話をするのではなく、物語を話す。あとはやっぱり、気持ちを強く持つことです。

 おかげさまで著名なワークショップなどにも、お声をかけていただけるようになりました。なんだか熱く語る面白いヤツがいる、と面白がってくださった方も少なくなかったようです。すでにアメリカではサービスが始まっていましたから、アンテナが高い人が最初に大勢、集まってくださって。やっぱり、実際に見てもらって、触ってもらうことが大事なんです。すぐさま立ち上がるスピード感。好きなときに始められ、やめることもできる柔軟性。何でも好きなコンピュータリソースがすぐに手に入る時代が来たんです。

 ただ、難しいのは、理解してもらうだけではダメだということ。うまい説明ができても、アクションに結びつくとは限らない。思いを伝えて、感動してもらって、共感してもらえないと人って、動けないんです。だから、いろんな工夫をしました。結果的としては、予想していた以上の成果を生み出すことができたと思っています。

業界構造が変わる中、クラウド技術は武器になる
Amazon Web Services ブログ

 転機の1つは、2011年3月に東京にデータセンターができたこと。やはり日本のお客さまには、大きな安心感につながったようです。それともう1つ、センターができたのが3月3日。8日後、東日本大震災が起きました。自分たちにも何かできることはないか、と考えていた時、情報発信しないといけない人たちが困っていることを知りました。

 例えば、日本赤十字はサイトが落ちてしまっていて。これをクラウドで無償支援できたのです。また、ユーザーコミュニティが、急激なアクセスがあっても耐えられるようサイトの設計を改善するなど、ボランタリーで数多くのサポートを行ったことも広く知られるようになりました。

 改めて、全国に広がるコミュニティの重要性を実感しました。クラウドについて知りたい人は、地方にも多かったんです。実際、行ってみると、皆さん本当に熱心で。地方経済には閉塞感がやっぱりある。でも、クラウドは距離が関係なくなります。全国どこにいても同じように触れられる。今はまさに、業界構造が変わろうとしています。

 私は、社会構造を変えられないか、とずっと考えていました。努力して、上に上がりたい人が上がれる世の中になる。一生懸命頑張っている人が、ちゃんと報われるようになる。そのために、クラウドは武器にできると思っています。個人レベルでも、安価に使える。たくさん触って使いこなして、チャンスを得る。そういうお手伝いをしたい。

死ぬときに、耳元でどんなふうに言われたいか

 こんなふうになりたい、とキャリアを積んできたわけではありません。取り組んでいた研究が打ち切られて挫折感を味わったり、現場で苦しい思いもしてきました。ただ、ずっと持ってきたのは、好きなこと、得意なこと、世の中に貢献できることの3つが重なったところで仕事をやりたいという気持ちでした。そして今は、3つが重なったど真ん中で仕事ができるようになった。過去のすべての仕事が生かせる仕事に就くことができた。これには本当に感謝しています。幸運だとも思います。

 思えば、何かの選択を迫られたとき、結局、直感で決めていた気がします。もっといえば、選ぶ前に自分の中で決めていた。理由付けは、あとでしていたような気がします。やっぱり、やりたいこと、楽しいこと、周りを楽しませられることを優先していたいと思う。それが一番、大事なことなのではないでしょうか。

 私は、フランクリン・コーヴィーの『7つの習慣』という本が好きなのですが、そこに書かれていることが、まさにいいエンジニアの要素になると思っています。例えば、死ぬときに、まわりからどんなふうに言われて死にたいか。それを意識して生きていくだけでも、やっぱり仕事も変わっていくと思っています。

フランクリン・コーヴィーの『7つの習慣』
制約がたくさんあると日本人は思い込んでいる

 最近、クラウドデザインパターンを作りました。クラウドの設計ノウハウを暗黙知から形式値にする取組み。IT業界で日本発はあまりありません。日本発のアピールとして世界にも発信していくつもりです。アメリカでは、クラウドはかなり広まっています。このままでは、日本と生産能力で大きな差が出てしまう可能性もある。クラウドが国のIT力に差をつけてしまうかもしれないんです。AWSを日本で責任を持って広げないといけない。これが自分たちの使命だと思っています。失敗は許されません。死ぬ気でやらないといけない。

 日本のような豊かな成熟した国にいると、逆に人生の選択肢は少ないかのように思えてしまうようです。でも、実際には選択肢はたくさんあります。ないと思い込んでしまっているんです。就職にしても、会社を替わっていくことは、世界的に見ても、日本でも、もう当たり前になっている。今、必要なことは、自分の中に抱え込んでいる制約を早く取っ払ってしまうことだと思います。そうすることが、生きている喜びを大きくしてくれる。

 その意味では、大震災がきっかけを生んでくれた、と語る人も多いですね。自分にとって本当に何が大切なのか、制約を取り払って考えることができた。あるいは、そういう感覚を研ぎ澄ますことができた、と。それこそ私のまわりの尊敬する友人たちは、アグレッシブな生き方が、さらに加速してしまっているようですけど(笑)。

PROFILE
アマゾン データ サービス ジャパン株式会社 技術統括部長 / エバンジェリスト 玉川 憲氏

1976年、大阪府生まれ。東京大学大学院工学研究科修士課程修了。米国カーネギー・メロン大学MBA。同大学MSE(Master of Software Engineering)。IBM東京基礎研究所でWatch Padの研究開発、IBM Rationalでコンサルティング、技術営業、エバンジェリストなどを経て、2010年、アマゾン データ サービス ジャパン入社、技術統括部長兼エバンジェリストクラウドデザインパターンの取りまとめ役。『Amazon Web Servicesガイドブック』、『アジャイル開発の本質とスケールアップ』他、監訳著作多数。

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