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『ソフトウェアの世界でキャリアを築く』インタビュー【後編】

転職後のキャッチアップのコツ
ジンガジャパン松原氏

ジンガジャパン株式会社・代表取締役社長CEOである松原健二氏にロングインタビュー。自身のキャリアを振り返りながら、日本人がソフトウェアの世界でキャリアを築くために重要な要素を語ってもらう。

(取材・文 吉平健治/構成 Tech総研編集部) 作成日:12.07.23

「ワークライフバランス」を大切にしつつ、プロフェッショナルとして成功するには?

〜松原健二氏インタビュー前編はこちら

―多くの企業経営社幹部にとって難題である時間管理や「仕事とプライベートとの両方のバランス(ワークライフバランス)を適切に保つ」ことについて、松原さんから何かアドバイスをいただけませんか? 人生のすべてを仕事に捧げることなくプロフェッショナルとしても成功する方法、というのはあるでしょうか?

松原氏: そうですね、その問題については、自分の時間に優先順位をつけて管理するしか方法はないと思います。私についていえば、バランスを取るような努力は必要だとわかってはいても、50歳になった今でも、仕事の優先度はかなり高いです。約束した自分の責任はきっちりとやり遂げなくてはいけないので、自然と仕事のために多くの時間が割り当てられてしまうのは仕方がないと思っています。ほかには一般にいわれているように、優秀な人材を見つけて仕事を委任することも一つの手段だと考えています。

もちろん、家族と良い関係でいることは大変重要です。私の場合、若いころ日立で働いていましたが、長時間残業が当たり前のような環境でした。ですので、今では私がどれだけ働いていても、家族はそれに慣れてしまっているのかもしれませんね。

留学のベネフィットは語学だけではない――「人脈づくり」「習慣や文化」

―ソフトウェアの業界で成功するために、学歴は重要でしょうか? 業界では、大学院や博士号の取得は役に立つものでしょうか?

松原氏:
 学歴はあるに越したことはありませんが、学歴があれば十分というわけでもありません。大学院の現実的な利点として、学歴という肩書きを取得する以前に、良い学校に行けば、やはり良い教育を受けられることがあります。独学に比べて、教育機関で学ぶ場合の素晴らしいところは、教育内容がカリキュラムとしてしっかり体系付けられていることでしょう。自分だけで学習すると、虫食い状態のように知識が不完全になってしまうことがあります。

また、大学で作る人脈・ネットワークはとても大切になります。業界内の仕事だけではなく、転職などの個人のキャリア構築の際にも大きな助けとなります。こういった点で、留学は非常に有効で、特に世界中から優秀な人材が集まるアメリカの大学を卒業すると、世界的なネットワークを構築できると思います。

―アカデミックで培った人脈がビジネスで実際に活きた、という経験はありますか?

松原氏: 経営者としてグローバルに仕事をするようになって、この価値を本当に実感するようになりました。例えばコーエーで開発拠点をシンガポールにオープンするときに、現地政府の長官がMITの先輩だったので、最初にお会いした際にスムーズに話を進められました。
 
今後、グローバルな仕事をするのであれば、海外の教育経験を積むことは必須になるかもしれません。英語だけでなく習慣や文化をある程度身につけるために、数年かけて留学する価値は十分にあると思います。

エンジニアとしてのキャリアのために「どんな人間でありたいかを考え続ける」

―10〜15年先を考えたご自身のキャリアについて、将来のビジョンを教えてください。

松原氏: 部下との面談や、学生相手の就職説明会で伝えていることですが、一番大切なのは、自分がどういう人間でありたいかを考え続けることにあると思います。
 
私自身が若いころから長期的な視点があったわけではありません。学生時代はとにかく面白い技術を開発したいという思いでいっぱいでした。具体的な将来のビジョンは持っていませんでしたが、日立のような日本の大企業に入れば、きっとチャレンジングな仕事があるだろうと、とにかく技術を開発してモノづくりができる環境に入ることだけを目標にしていました。
 
そして留学から帰ってきたときには、今度は身につけた知識を伸ばせる仕事、英語を使う仕事をしたいと思い、転職をしました。つまり、きっかけごとに自分の目指すビジョンをつくり直してきたといえますね。いずれにせよ、夢や目標を持ち続けるのは、技術者だけでなくあらゆるビジネスマンに必要なことだと思います。
 
今、ジンガジャパンの社長になり目指しているビジョンというのは、人と人を結びつける技術やコンテンツを提供することです。ゲームもそのコンテンツの一つだと思います。Zyngaのビジョンがまさに“Connecting the world through games”とあるように、インターネットなどの環境を利用して、世界中の人々をつなげるような価値ある仕事をしたいと思っています。

スピード感と、焦らないマインドと 「仕事をしながら、走りながら身につける」

―研究開発からビジネスまで、あらゆるソフトウェア業界の仕事で成功を目指している人にアドバイスをください。

松原氏: はい、ソフトウェア業界は、変化のスピードが非常に速い世界です。やはりソフトウェアそのものの特性で、同じIT業界でもハードウェアとは全く違います。新しいアイデアの実現に時間をかけずに柔軟に挑戦できるのです。その特性のおかげで、ソフトウェア技術はどんどん進み、変化は常に起こり続けます。
 
新しいパラダイムを個人が吸収し続けるのは本当に難しいことです。これは他の業界、例えば建設業界などにある100年先を考えた設計とは、考えるレンジが全く異なるのです。このソフトウェア業界にしかないスピード感を意識し続けることが、この業界でいい仕事をしていくためには重要です。
 
あとは、他の業界にも当てはまりますが、地道に働くことが大切です。今の学生さんは、頭も良くて素晴らしいのですが、その反面、わからないという状態をよしとしない、すぐに結果が出ないと当惑するような傾向があるように感じます。本当に役に立つ知識や知恵というのは、仕事をしながら、走りながら身につけるところが大きいと思います。わからない状況でも、「えいや!」という気持ちで現場に飛び込んでしまうことも時には重要なのです。仕事を通して学ぶことがあるのを忘れないほうがいいでしょう。わからないからといって、すぐに回答が得られなくても焦らないマインドセットが大切です。
 
―なるほど、スピード感とともに、答えがみえなくても焦らない心構えが重要なんですね。
 
松原氏: はい。しかし、これ(すぐに回答が得られなくても焦らないマインドセット)は昔の終身雇用制度のような長期的な視野を考慮した労働環境があったから実現できたのかもしれませんね。
 
最近では会社側も人事に関する視点が短期的になってきています。ですので、そういった状況に対応するために、若い人も短期的な目標ばかりを考えざるを得ないのかもしれません。そうはいっても、私が知る限り、青い鳥を探し回っている人たち、つまりなかなか成果には現れないが長期的に大切な素養を身につけようとせず、短期的な成果を求めることを繰り返す人が、成功するとは思えません

新しい会社に移ったとき――企業文化にすばやくキャッチアップするコツは?

―松原さんはハードウェアとソフトウェアの2つの世界、また大企業とベンチャー企業という2つの世界を経験されてきています。さらには、日米の両方の会社で勤めた経験をお持ちです。一般的に企業は、採用や業績評価、ポジション(仕事の役割)、昇進など人事面で、それぞれ独自の企業文化を持っていると思いますが、企業文化の違いにどのように対応していったらいいでしょうか?

松原氏: 今働いている会社は4社目ですし、日本の企業とアメリカの企業の両方を経験しています。その経験からいえるのは、企業文化は本当にいろいろあるということです。そして、それぞれの文化に慣れるにはどうしても時間がかかります。コーエーに入社したとき、どうやって仕事に馴染んでいったかというと、まず朝から晩までゲームをやり込んだのを覚えています。また、自分の部下全員と一対一の面談を時間をかけて行いました。
 
企業独特の文化を学ぶには、入社して間もない期間に、できるだけ多くを吸収するといいと思います。なぜかというと、入社したては誰もが素人なので、周囲の人も大目に見てくれるところがあるからです。
 
管理職として転職した場合でも、マネージャ・経営者としての重要な判断を短期間に下さなければいけないのですが、当然、部下から上がってくる提案は専門的で深い内容なので、理解するのにも時間がかかってしまいます。その分野の専門家が何時間もかけてつくった提案なわけです。そういった難しい条件に置かれていても、経営者として的確な判断ができるかどうかは、素人と思われて許されている間にどれだけ勉強し、吸収できるかにかかっているといえます。その会社において必要なことすべてを、早いうちに学ぶことが大切です。

これから海外を目指すソフトウェアエンジニアへのメッセージ

―最後に、海外を目指す若手のソフトウェア技術者にアドバイスをいただけませんか。

松原氏: 若さの特権はチャレンジだと思います。たとえ一時はうまくいかなくても、将来の成功と自分の力を信じてひたむきに努力してほしいと思います。日本人はとても優秀なのですから。しかし残念なことに、海外に出ることについてはまだ消極的な人がいるように感じます。ソフトウェアは今やグローバルなビジネスなので、海外に目を向けずに話を進めることはできません。世界の中で良い仕事をするには懸命に働くことが必要ですが、その先には本当に楽しいことがあるのです。
 
とはいっても、私自身がそれほど勇気を持ってすべてにチャレンジしてきたわけではありません。私の本性は怠け者だと思っています。では、こういった自分にどうやって仕事をさせればいいかと考えたのですが、それは自分に刺激を与えるしかないと思いました。その刺激は少し高いバー、つまりより高い目標を敢えて設定することです。チャレンジしがいのある、かつ実現可能なバーをうまく設定してきたと思います。
 
私にとって、海外を目指すという点においてMBA留学はまさにそのバーになりました。当時は、やはり英語はそれほど得意ではなかったので、こういった留学という高いバーを意識的に設定することで、何とかそれを超えられるように努力したのです。私のような怠け者を働かせるには最適な方法だと思います。学生のときは85点でも褒められましたが、会社では85点を取っても、残りの15点を取る工夫が常に求められます。自分が挑戦できるバーをうまく設定することが、100点への近道だと思います。
 
―どうもありがとうございました。
 

書籍『ソフトウェアの世界でキャリアを築く』


*このインタビューは書籍『ソフトウェアの世界でキャリアを築く』(Sam Lightstone著・吉平健治訳・オーム社刊)に収録されている吉平氏によるインタビューを、Tech総研編集部が再構成したものです。
 
若手から中堅まで、ソフトウェアのプロフェッショナルを目指すすべての方におすすめできる、『ソフトウェアの世界でキャリアを築く』の詳細はこちらです。
http://ssl.ohmsha.co.jp/cgi-bin/menu.cgi?ISBN=978-4-274-06881-2

松原健二氏プロフィール

1962年2月16日生まれ
 
現職 ジンガジャパン株式会社代表取締役社長CEO
経歴 1986年、東京大学大学院情報工学修士を修了し、(株)日立製作所に入社、メインフレームおよびスーパーコンピュータのCPU開発に参画し、パイプライン処理、キャッシュ制御を担当した。この間、HP社と共同でマイクロプロセッサを開発し、シリコンバレーの雰囲気に接する。
1997年日本オラクル(株)に入社後、米国本社と連携しながらRDBおよびDBツールの開発に関わった。この間、2000年問題担当など営業支援活動も担当した。
2001年(株)コーエーに入社、国内黎明期にあったオンラインゲームおよびモバイルゲーム事業を育てた。2007年に代表取締役社長に就任。2009年にテクモ株式会社との経営統合により発足したコーエーテクモホールディングス(株)および(株)コーエーテクモゲームスの代表取締役社長を務め、2010年11月に退任。
2011年3月ジンガジャパン(株)入社、5月代表取締役社長CEO就任。
その他、CEDEC(日本最大のゲーム開発者カンファレンス)運営委員長、現フェロー
趣味 週1、2回の水泳(ゆっくり1km)、ゲーム(ソーシャルゲーム:CityVille、アクションアドベンチャー:ゼルダの伝説、Unchartedがお気に入り)

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