超こだわりの“一筋メーカー”探訪記 この分野なら任せなさい! |
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ホイッスル一筋44年!
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戦火を乗り越えて工場を再建、ハーモニカからホイッスルへ
大正8年創業、ハーモニカから出発した「鶴の声」
左から時計回りにサッカー用、サッカー用、バレーボール用、ラグビー用のホイッスル
「野田に渡したらつくるだろう。やってくれるだろう。相手がそう思っているから注文が来る。それならいいものをつくらなきゃね。特に私は、何にでも凝ってしまうタチなんです(笑)」
こう語るのは世界に知られたホイッスルメーカー、野田鶴声社の代表取締役である野田員弘氏だ。同社が設立されたのは大正8(1919)年。その事業は思わぬきっかけから始まった。第一次世界大戦である。
「それまでアメリカはドイツからハーモニカを買っていたようなのですが、第一次大戦でドイツが負けて生産できなくなった。他国でハーモニカを生産している会社を探したところ、日本の荒川区にある鶯声社(おうせいしゃ)を見つけたのです」
同社で工場長をしていたのが野田氏の父、先代社長の野田義定氏。アメリカのバイヤーは初めに社長にハーモニカの輸出を依頼したが、社長は頑として断った。すると義定氏に話が回ってきた。
「父親の元にアメリカ人と横浜の商社の社員がやってきて、ハーモニカをつくってくれというんです。しかし、父は製造工程は知っていても自分で作業していたわけではなく、もちろん機械や道具もありません。そうしたらお金は出すというんですね」
その資金を元に機械や材料を購入し、人を雇った。こうして大正8年に輸出専門の音響玩具メーカーとして誕生したのが「野田鶴声社(のだかくせいしゃ)」だ。
しかし、4年後の1923年に関東大震災が起こって工場は焼失。再び資金を出してもらって工場は再開したが、今度は第二次大戦が勃発した。昭和20年3月6日に空襲を受けて工場が焼け、4月1日に工場と倉庫がある木工所に引っ越したが、4月13日の空襲で焼け……と2カ月半の間に4回の空襲に遭い、「最後に」工場を移転した先が、現在の東京都葛飾区亀有である。
ホイッスルの輸出を開始、市場はアメリカからヨーロッパへ
株式会社野田鶴声社
代表取締役
野田員弘氏
第二次大戦が終わり、知り合いのアメリカ人バイヤーがGHQの経済顧問として訪ねてきた。もうすぐ貿易が再開するのでハーモニカを再びつくってほしいとのこと。再び生産が始まり、後に大学を卒業した野田氏が家業を継いだ。そして今度は、バイヤーがイギリス製の笛を持ってきた。これをサンプルにしてホイッスルをつくってくれというのだ。
当時、野田鶴声社はガスライターも製造していたが、発注元が倒産して困っていた。ガスライターの研磨し、はんだ付けを行い、メッキ処理をするといった作業がホイッスル製造と重なることから、野田氏は注文を快諾する。
「最初から輸出しか頭にありませんでした。だからよいモノをつくろうと思いましたが、日本製の笛は言っちゃ悪いけど研究対象にならない。外国製もお手本にならなかった。手探りで、自分の特色を出していくしかなかったですね」
試行錯誤を繰り返して1968年からホイッスルの製造をスタート。目標だったイギリス製品に代わって受注に成功し、全米の学校などへ念願の輸出が始まった。1年間に約35万個を6年間輸出したという。
しかし、ベトナム戦争が深刻化してアメリカの財政が悪化、為替は変動相場制になり円高が始まった。アメリカのバイヤーはしだいに、香港や台湾でつくり始めていた安価なホイッスルを購入するようになった。
野田氏はヨーロッパに活路を求めて渡欧。6カ国ほどを回る中で、1973年に旧西ドイツ、ケルンでの国際スポーツ用品見本市に出展する機会を得た。すると、「周りはどれもこれもがひどい笛」だったそうだ。
「フランス人のバイヤーにうちの笛を見せると驚かれて、その場で2000ダースの注文が入りました。日本に帰って輸出が始まり、その後は十数年の取引が続きました」
この商談をきっかけに、同社は世界45カ国に、累計で1500万個以上ものホイッスルを輸出するようになるのである。
ワールドカップで正式採用、野田製ホイッスルの独自技術
サッカー・ワールドカップが認めた日本製ホイッスル
なでしこジャパンの刻印モデル
ワールドカップ日韓大会の刻印モデル
口が開いているホイッスル(左)と「ストレート」との差
野田製ホイッスルを日本で一躍有名にしたのはサッカーだ。1992年にJリーグが発足し、日本でサッカーが人気になると、「逆輸入」の形で紹介された。同社のサッカー用ホイッスルはすでにワールドカップで知られた存在だったのだ。
1978年には旧西ドイツのブンデスリーガ審判連盟で推奨。1982年のワールドカップ、スペイン大会で初めて公式採用され、次のメキシコ大会でも続いて公式採用となった。
「フランスで使われていた実績から、スペインで使ってもらったことが公式採用のきっかけでした。メキシコ大会では11万5000人収容できるスタジアムで試合があるので、ブブゼラを吹かれても聞こえる笛にしてくれと言われましたね」
こうした経緯から本格的に国内販売を開始、1993年に日本サッカー審判協会(RAJ)の推奨品に認定されると、同社のホイッスルは日本に広がっていった。1998年ワールドカップのフランス大会では、唯一の日本人審判員である岡田正義氏が使用し、知名度はますます高まった。
「1996年に朝日新聞さんがうちの笛を記事にしてくれて、それを読んだ岡田さんが訪ねてきてくれました。笛を吹いて、『これまでのものとは比較にならないくらいだ』と言ってくれたんです」
岡田氏はフランス大会の審判員たちに、同社のクロームと金メッキのホイッスルをセットにしてプレゼントしたという。
その後も同社では、ワールドカップや特別な試合の折にRAJにホイッスルを送っている。ただ、それを試合で使うかどうかは審判に任されているという。だから、実際に試合で使われているかはわからないのだが、「金メッキのホイッスルはほかにないと思うので、見かけたらうちの笛ですよ」とのこと。
同社ではサッカーの大きな大会ごとに刻印を入れた記念モデルを販売しており、全国から注文がくるという。こうした製品をよく見ると、ホイッスルの口先が外に開いているのがわかる。通常のサッカーのホイッスルにはひもを付けてあるので、吹いている途中で地面に落とすことはまずない。しかしそれでも、手で保持せずとも口だけでホイッスルを固定できるように、こうした工夫がしてあるのだ。
コルク、仕上げ、絞り……野田製ホイッスルのヒミツ
ラグビー用のホイッスル
バレーボール用のホイッスル
水泳用のホイッスル
同社ではサッカー用以外にもスポーツ用のホイッスルを生産している。しかし、サッカー用が高音なのに対して、ラグビー用は中低音だという。そのため、「タイコ」と呼ばれる側面の丸い部分を大きくして空洞を大きくしてある。
「コルクの大きさも違うんですよ。サッカー用は直径8ミリと小さめですが、ラグビー用は12ミリです。ちなみにバレーボール用はサッカー用とほぼ同じで、水泳用の『単管笛』は水につかることもあるのでコルクは入れません」
野田氏のホイッスルの他社製品との違い。ひとつはこのコルクだ。野田氏が審判員に聞いたところ、ほかのホイッスルでは吹くとコルクが飛び出してしまうことがあるのだそうだ。
「うちのコルクはポルトガル製で、向こうで精密加工させています。通常のコルクは多くの穴が空いていて、ここに水分が染込んでひび割れが起こるのですが、うちではこの穴を埋めて防水加工しています。なぜ飛び出さないかは……わかりません(笑)」
また、ホイッスルの製造工程は上部と下部の型を取り、この2つをプレスして合わせるのだが、同社の特徴は丁寧な手作業による完全コーティング。隙間のないように組み上げると同時に、はんだ付けやメッキ加工を慎重に施している。
しんちゅうをベースにその上にメッキを3層、銅、ニッケル、金/クロームと載せた4層構造にしている。そのため同社のホイッスルは、クロームメッキの銀色か純金メッキの金色をしている。
大切なのは空気を送り込んだ先の「絞り」の部分だという。
「吹き込んだ息は半分が上から出て、半分がコルクを回すことで抑揚が付くようになっています。そのためにこの絞りが大切で、絞り方が強すぎても弱くてもいけない。また、息が100%の音にならなければ、遠くまで届く大きな音にはなりません。そのためにも手作業にこだわり、4層としています」
いいものをつくると高くなる、でも、わかってくれる人はいる
輸出企業ゆえの悩み、三社祭やだんじり祭りでも
直径8ミリのコルク
販売しているホイッスルの数々
今、日本の大手メーカーは超が付くほどの円高と、新興国企業の価格競争力に苦しんでいる。野田鶴声社も同様で、昔は輸出が100%だったのに対して現在は10〜20%ほどになっているという。
「一生懸命によい物をつくっても、『鳴ればよい』という人もいる。コストがかかるうちの笛は価格が高いので、そんな人は安い製品を購入する。どうにもならないことだと思います。ただ、東京浅草の三社祭や大阪岸和田のだんじり祭りでは何年も使ってもらっていたり、ファンの方はおられるんですよ」
10年ほど前、フランス人が来社してホイッスルを購入し、それをサンプルに台湾で同じようなものをつくらせたのだそうだ。そして、それをフランスのサッカー協会に持っていったとのこと。
「うちの製品は高いから利益が出ないと思い、ほかでつくらせたのでしょう。しかし、サッカー協会の反応は『何だこれ?』だったそうです。わかってくれる人は、わかってくれる」
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超こだわりの「一筋メーカー」探訪記
一筋、一筋、○○一筋××年! ひとつの製品・分野を究め続けるマニアックなメーカーを訪ね歩き、その筋の「こだわり話」を聞き出します。
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