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高温オイル中に搭載可能な、小型、高耐熱の電子デバイス開発
デンソーが実現した機電一体ATモジュール技術革新とは
従来の常識に囚われず、新たな開発手法を生み出すデンソー。同社のオートマティック・トランスミッション(=自動変速機)制御モジュール(以下ATモジュール)は、140℃オイル中で変速制御を行い、MT(マニュアル・トランスミッション)のようなダイレクト感と、大きな燃費向上を実現した新世代ATの成立に貢献した。この技術は、いかにして生まれたのだろうか。
(取材・文/広重隆樹 編集/宮みゆき 撮影/早川俊昭)作成日:12.03.02
マニュアルのようなドライブ感と、燃費向上に貢献したATモジュール

 かつては高級車の一部にしか使われていなかったECUやパワーエレクトロニクス技術も、すでに大衆車に広く行き渡っている。そして、現在は、高い環境性能や、運転性能を実現するための制御の高度化に対応するために、モーターやソレノイドなどのアクチュエータにECUを実装する「機電一体化」技術が求められている。しかし、機電一体化を実現するためには、アクチュエータに搭載できるECUの小型化や、アクチュエータの発熱に耐える高耐熱化が必要だ。

田中 泰充氏
IC技術3部
第1設計室設計2課
課長
田中 泰充氏
杉立 英ニ氏
IC技術3部
第1設計室設計2課
担当係長
杉立 英二氏

 その機電一体化をコア技術の一つに掲げ、全社的に推進しているのがデンソーだ。今回は、ATモジュールを例に、機電一体化に向けた取り組みを紹介しよう。

「近年、スムーズな加速と燃費性能向上のために、ATの多段化が進んでいます。かつてATは4速ギアが常識だったが、現在は5速、6速がポピュラー。車種によっては9速も搭載されています。AT多段化のメリットを活かすためには、加速が終了するまでにTOPギアへの、素早い変速=ギアの切替が必要です。しかし、素早い変速は、変速ショックに結びつき、スムーズな加速とは相反します。これを両立させるのが、ATモジュールによる非常に精度の高い制御の実現でした」
 と語るのは、デンソーIC技術3部課長の田中泰充氏だ。

 ECUとアクチュエータをただ単に組み合わせるだけでは、それぞれのばらつきが加算されるだけで、高い精度は実現できない。そこで、各部品を組み合わせた後で、モジュールとしての出力を合わせ込むことで精度を高めることができる。
 また、一体化には他のメリットもある。
「部品を直結することで、電線(ワイヤーハーネス)が不要になります。電線量が減ることで、車両全体の重量も減らすことができます。さらに、電気的な接点が減ることで故障も少なくなる。車両組み立て時の作業工数が減ることも重要なポイント。セットメーカーはモジュールを購入し、それを組み付けるだけで済むのですから」
 と、柏崎篤志氏が補足する。

 さらに、ATモジュールの燃費向上に果たす役割を述べるのは、杉立英二氏だ。
「エンジンの回転をトランスミッションのギアに伝えるのがトルクコンバーター(トルコン)です。オイルで力を伝えるために滑りが生じ、どうしても力の伝達過程でロスが生じます。これを改善するために、ATでは従来から駆動ロスの少ないロックアップ制御が採用されています。新世代ATでは、燃費性能をさらに向上するために、このロックアップ領域を大幅に拡大しました。しかし、ロックアップ制御はトルコンを介さないことから、変速ショックが大きくなってしまうという欠点があるため、領域の拡大が困難でした。ATモジュールでは、この課題に対しても、高い制御精度の実現により、ATメーカーの要求に応えました」

 デンソー製のATモジュールを搭載した車が、MTのようなダイレクト感のあるシフトフィールを持ち、低燃費でもあると評されるのはそのためだ。

 IC技術3部のエンジニア3人が、口々に自慢する機電一体ATモジュール。変速機下部に内蔵されるコントローラ部のさらにその一部にはめ込まれる50mm角ほどの小さなECUだが、それが車の走りや操作性にまで影響を与える。ただ、その小さな部品を高精度で作り上げるためには並々ならぬ苦労があった。

小型化、高密度化、高放熱化のためのハーフモールド構造。課題は剥離問題。

 プロジェクトがスタートしたのは2003年のこと。トランスミッション制御、プレッシャーレギュレータ、ソレノイド、センサなどがひとつのコンポーネントの中に組み込まれているモジュールは、すでに別の構造のものが欧州のサプライヤーによって量産されていた。

 開発に当たっては、5年以上の遅れを挽回するため、ATモジュールをより小型化、高密度化、高耐熱化、そして低コスト化することで、市場参入を目指した。

 構造が決まり評価作業に入ったのは2004年。同時にメーカーへの売り込みを促進し、2008年に受注が決定。試作・量産を経て、搭載車の発売は2011年6月だ。田中氏は、エンジン直載ECUの経験が長く、このプロジェクトにも最初から関わっている。柏崎氏は家電メーカーからの転職者で、2005年から構造設計担当としてプロジェクトに参画。前職では携帯電話用カメラモジュールの開発経験があり、小型化・高密度実装については一家言を持っていた。杉立氏は2003年の入社。大学院では原子を操作できる非接触原子間力顕微鏡(NC-AFM)を研究していた。プロジェクトでの担当は回路設計だ。

 それぞれの経験をベースにATモジュールに取り組むが、最初にぶつかった壁は構造だ。ATモジュールをオイルの中で使用するためには、製品内にオイルを浸入させない気密性が求められるが、ケースと蓋で構成される従来構造ではどうしても高くなってしまう。そこで、マイコン、駆動ICなどをセラミック基板に実装した上で、樹脂モールドでそれを固めてしまうという発想が生まれた。さらに放熱を担うヒートシンクを露出させたハーフモールド構造を採用した。

「しかし、この樹脂がどうやっても剥離してしまうんですよ」と、柏崎氏。
 剥離の理由は、モールド樹脂とセラミック基板とヒートシンクの線膨張係数が揃っていないからだ。セラミックの係数は変えられないから、他の素材を合わせるしかない。ヒートシンクは銅から鉄に変え、さらに高熱伝導低膨張複合材も試みた。樹脂の係数を下げるために、エポキシ樹脂中のシリカ充填量を増やしてみた。

 しかし、それだけでは剥離は止まらない。解決の決め手になったのは、応力緩衝材の導入だ。従来は密着補強材として使われているものを、より粘度を高め、基板の周囲に塗布してみた。これでようやく剥離を防ぐことができた。
「素材を変え、粘度を変え、厚みを変え、それぞれ解析を繰り返す。息の長い作業でした」と柏崎氏は振り返る。

柏崎 篤志氏
IC技術3部
第1設計室設計2課
担当係長
柏崎 篤志氏
製品構造
構造と回路──相反する技術テーマをいかに合致させるか

 回路設計担当の杉立氏もノイズ対策に知恵を絞った。
「回路設計で最も困るのは、マイコンから発生する内部ノイズ。コンデンサを増やせばノイズは抑えられるが、小型化が目標とされているので、部品を増やすことはできない。コンデンサをいかにチューニングするかが重要になります。さらに、外部ノイズからの耐性を高めることも重要。耐性を高めるために、ICチップの設計をしているチームに掛け合って対応してもらいました」

 その意味では、デンソーが自前で車載ICを設計しているというのは強みだ。
「設計している側と使う側がいわば隣同士で仕事ができる。構造、回路、IC設計のそれぞれの担当者と顔をつきあわせて話ができる」と杉立氏は、デンソーのものづくりの良さを語る。

 そもそもECUの設計では構造設計と回路設計は時には対立する立場にある。構造設計者にとってモジュールが大きいのは悪。できるだけ部品を少なくし、小さくしたい。しかし、それを言われると回路設計者は困る。回路を動かすために絶対に欠かせない部品というものがあるのだ。この二律背反をいかに摺り合わせて乗り越えていくのか。

 相反する技術課題を背負った技術者たちが、角を突き合わせるような局面がたびたび起こるとすれば、これをまとめるマネージャーの苦労はいかばかりか。
「でも、そんなには苦労しなかったですよ。各自目の前にある課題は異なっても、最終的な目的は同じですから。議論を詰めれば必ず解決法が見えてきます。これがデンソーの良さではないかと思っているんです」と、田中氏は課長らしく、話をまとめてくれた。

機電一体──専門の異なるエンジニアが高度にコラボレーションする場

 家電メーカーからデンソーに移ってきた柏崎氏には、最初驚いたことがある。自動車部品に求められる品質要件の厳しさと、それを満たす実装技術の高さだ。
「カメラモジュールを作っていたときは、設計から要素開発から、生産技術の改善まで自分一人でやっていました。それが可能なんです。そのノウハウを自動化すれば、中国でもインドでも作れる。ところが、自動車部品は一筋縄ではいかない。スーパーエンジニアが一人いただけでは、とても作れない。そういうエンジニアが何人もいて、かつチームワークで仕事をしないと、求められる品質は達成できないんです」

 そこまでの品質を積み上げながらも、なかなかメーカーへの売り込みは成功しなかった。最大のネックは「量産実績がない」こと。ハーフモールドという実装技術にも、メーカー担当者は不安を隠さなかった。しかし、実績がないのならデータを積み上げ、信頼性を確保するしかない。技術者たちも営業と一緒にメーカー本社に通い詰めた。最終的にメーカー担当者に納得してもらえたのは、彼らの執念だったのかもしれない。

 もちろん性能には自信があった。容積では従来のECUの20分の1。制御精度的にも、動作温度-30℃から140℃の全温度範囲で誤差は±0.5%以内。自他ともに認める世界最高クラスのスペックだ。

 2011年、デンソー製ATモジュールを初搭載した車が発売されると、チームのメンバーはこぞってディーラーに出かけ、試乗した。「ここにお父さんがつくったコンピュータが入っているんだぞ」──柏崎氏にとっては自動車部品サプライヤーに移って初めての本格的な、杉立氏にとっては社会人として初めてのプロジェクト。2人とも同じように自分の子どもに自慢した。

「機電一体のプロジェクトでは、これまで以上に、専門の異なるエンジニアによる高いレベルでの協業が求められます。異なる技術を重ね合わせるためのコミュニケーションは不可欠。ナアナアで馴れ合っていたのでは、いい製品は生まれない。時には頑固なまでの自己主張や激しい議論も必要。視野を広くもち、さまざまなアイデアを出し合い、それを一つにまとめていく過程をぜひ楽しんで欲しい」と田中氏は言う。

 メカ、エレ、素材、半導体など、異種の技術が高度にコラボレーションするプロジェクトへの誘いだ。

IC技術3部 第1設計室設計2課 担当係長 杉立 英二氏
IC技術3部 第1設計室設計2課 担当係長 柏崎 篤志氏
IC技術3部 第1設計室設計2課 課長 田中 泰充氏

2003年大学院卒でデンソーに入社。最初の配属でこのプロジェクトに参加。主にATモジュールの回路設計を担当。

2002年大手家電メーカーからデンソーへ転職。05年から同プロジェクトに参加。主にATモジュールの構造設計を担当。

1989年デンソー入社。エンジンECUなどを担当後、03年よりATモジュール・プロジェクトに参加。全体のマネジメントと、主にエンジンECU開発を担当。

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