超こだわりの“一筋メーカー”探訪記 この分野なら任せなさい! |
|
ライフルスコープ一筋53年!
|
転職したエンジニアが語る「ライフルスコープの魅力」
ライフルスコープは発射時の1000Gにも耐える精密機器
ライフルスコープを覗いた様子
「このライフルスコープに何枚のレンズが入っていると思いますか? 両側の対物レンズと接眼レンズ、その間にある正立レンズを合わせて、合計11枚です。多いものでは15枚のレンズが使用されています。単に大きく見せるだけならもっと少ない枚数でもできますが、しかしそれでは『見え味』が違うんです」
対物レンズから入射した光は対物レンズの焦点面で虚像(逆さまの倒立像)となる。その虚像を内部の正立レンズ郡の焦点面で正立像として戻し、接眼レンズで像を拡大している。よりシンプルな構造、少ないレンズでも像を大きくはできるのだが、それでは「収差」が出て、像がぼやける、色が変化するなどの問題が起こる。
「収差を最小限にする、はっきりとコントラストを出す、解像力を高める。これらがライフルスコープで重要になります。そうしないとモノは認識できても、像の忠実な情報は伝わりません」
外から光を取り入れる対物レンズと、射手が覗く接眼レンズ。「4-12×44」という製品なら、この間の内部に9枚の正立レンズが並んでいる。しかも、「物理的」ではなく「光学的」に、全部のレンズの中心に「芯」を通すように配置しなければならない。
何枚も並べた小さな丸レンズの中心を、細い光がまっすぐに差し込むような精緻さであり、こうできなければ射手は失中してしまう。加えて、ほかの光学機器にはないライフルスコープの特殊性が、弾丸を発射した時の強烈な衝撃だ。
「発射時の瞬間的な加速度は重力の千倍、1000Gにもなります。この衝撃で正立レンズが0.01ミリずれれば射手は像が見えなくなります。何千回、何万回と撃っても照準がずれてはいけないのです」
電気系エンジニアからの転職、光学の知識は「ゼロ」だった
株式会社ライト光機製作所
技術部 課長
濱 和浩氏
ライト光機製作所はライフルスコープをOEMで開発・生産している。国内で約7割、米国では約2割というシェアを誇り、輸出先は米国が約9割とそのほとんどを占め、残りは欧州が中心だ。同社のライフルスコープはハイレベルの高級品が多く、米国のライフル競技の上位入賞者の多くは、同社の製品の愛用者という。
そんな「一筋メーカー」に濱和浩氏が入社したのは2009年4月、37歳のときだった。畑違いの電子機器メーカーからの転職。前社では電子部品の生産管理を7〜8年、その後は香港や中国の海外工場の運営に6年ほど従事しており、会社の業績は上り調子だったという。
「前の会社に不満はありませんでしたが、新天地で腕を振るいたいと考えて決心しました。今では2倍の人生が送れていると思っています」
とはいえ、当時の光学の知識は「ゼロ」。入社後の設計実務に加えて、帰宅後も毎日本を読むなどして、光学の基礎や光学設計ソフトを習得していった。「最初の1年半は2倍の努力をした」と振り返る。
光学設計では、レンズ自体とレンズの配置の両方を設計する。その目的をひと口で言えば「よく見えるようにする」こと。設計後はシミュレーションソフトで確認・評価をして、職人が手作業で組み上げていく。この3つがリンクして初めて結果が出るのだが、設計者が一人前になるには15〜20年の経験が必要と言われるそうだ。
「今の私は設計の評価ができるレベルですので、評価や進捗管理が主な仕事です。電子機器と違ってレンズ設計にはアナログも幾何学も入ってくるので奥が深く、未知数の部分がとても多い。最適はあってもパーフェクトはないのです」
「無茶な製品」を生み出す、エンジニアの技術と職人の腕
ライフルスコープの仕組み、設計にはアイデアが生かせる
ライフルスコープは上記のように「4-12×44」などと表される。倍率が「4〜12」倍で、対物レンズの有効径(実質的なレンズの内径)が「44」ミリという意味だ。 こうしたことを前提に設計するわけだが、同社の製品開発は大きく2つに分かれる。ひとつはメーカーからの仕様に合わせて作る。もうひとつは新製品の開発依頼で、ここには同社からの提案も含まれる。ただ、前者でも詳細な図面があるケースはまれで、ざっくりとしたデザインや求める性能だけの場合がほとんどだ。 |
ライフルスコープ「4-12×44」 「4-12×44」を対物レンズから見た様子 |
精緻かつ堅牢なライフルスコープを組み上げる職人たち
少し大型の「4.5-22.5×50」
少し小型の「1-6×24」、左側が接眼レンズ
ライフルスコープは主にハンティングとシューティング競技で使われるが、高倍率のものは競技での使用が多い。1000ヤード(約900メートル)の距離から直径15センチ内の標的を狙う競技もあり、極めて高い精度が求められる。冒頭で述べたように、1000Gという衝撃に何万回も耐えなくてはいけない。
「エンジニアの私が言うのも何ですが、光学機器にこれほどの衝撃を与えるのが、そもそも無茶な話です(笑)。しかも、ライフルスコープは筺体とレンズだけで構成されるわけではなく、部品数は80個以上、多いもので140個以上を使用しています」
まさに精密機器であり、耐衝撃性を高めるためにはライフルの自重、銃弾の火薬量、スコープの重量などを考慮し、レンズやメカ部分の設計はもちろん、レンズの硬度や部品の素材なども変えていくという。
「大切なのは『レンズが動かない』ことです。そのための方法は各社のトップシークレットで、弊社でも同様です。あえて言えば『場所により工夫の仕方が違う』ことですが、完成までには職人さんたちが欠かせません」
精緻さと堅牢さの相反する特性を併せ持つライフルスコープは、その生産過程も一般的な製造業とは異なる。同社では熟練の職人が一つひとつの部品を加工し、最終的な組み上げ作業も行う。どれだけ注意しても部品にはわずかな物性の差が出てしまうが、職人たちはその差を加味してライフルスコープを完成させているという。
「設計エンジニアへの条件も厳しいですが、職人さんはそれ以上でしょう。弊社では設計と生産が密に連携しており、最終的な判断は現場に任せていますが、これが最大の武器。例えば、職人さんに『あそこがこうだったな』と言われ、特製の計測器で調べて初めてそれが確認できるという具合です。入社したころは信じられませんでした」
改善点を求めて、今日もライフルスコープの照準を合わせる
3年がたち、エンジニアとしての知識や経験を還元
職人から設計者に「作り直し」の要望が来ることもあるが、調べてみるとそれが「理にかなっている」のだそうだ。そんな環境だから濱氏も真剣にならざるを得ない。例えば、ライフルスコープで社内から看板や山などを眺め、レビューを続けている。「眼を肥やす」ためだ。 「最初は『新米が何言ってんだ』もあったと思いますよ(笑)。ただ、例えばLEDなど電子制御の話を繰り返すと、違う角度で興味を示してもらえます。光学ソフトの計算で議論した後に、『確かにこうしたほうが早かったよ』と言ってもらったこともあります」 |
3つのライフルスコープ ライフルスコープの生産現場 |
このレポートの連載バックナンバー
超こだわりの「一筋メーカー」探訪記
一筋、一筋、○○一筋××年! ひとつの製品・分野を究め続けるマニアックなメーカーを訪ね歩き、その筋の「こだわり話」を聞き出します。
このレポートを読んだあなたにオススメします
SE兼マンガ家よしたにの「理系の人々」
優先順位不問!楽しい作業にやる気は集中/理系の人々
黙々と作業するのはお好きですか? 作業の好みは人それぞれ。毎度おなじみ「理系の人々」第18回目は、理系の手作業についてご紹介しま…
コードは一晩寝かせろ、考えるのは人間だ…300人の声から厳選
これぞエンジニア魂!僕らの座右の銘&ポリシー30選
エンジニア300人が、仕事をしていく上で大事にしている「座右の銘」や「格言」「ポリシー」などの大事な言葉を一挙紹介!エンジニアだ…
厳選★転職の穴場業界 デジタル映像機器
高精細デジタル技術の源をプラネタリウムで発見
映像のデジタル化は今後本格化が予想されるが、将来需要を見越した技術開発と人材採用がいよいよ動き出してきた。市場拡大が確実視される…
週刊 やっぱりR&D 求人トレンド解析室
デジタル一眼レフカメラ/ハイエンドモデル成長中!
デジカメ業界で注目を浴びているのが、デジタル一眼レフカメラ。小型のレンジファインダー型に比べ、一段階上の画像が撮影可能…
週刊 やっぱりR&D 求人トレンド解析室
レーザー機器/業界を横断する光学スキルを手に入れろ
レーザー機器業界がにわかに活気づいている。次世代光ディスクBlu-Rayをはじめ、波長の短さを利用した半導体やナノテク…
スキルや経験はよさそうなのに…(涙)
人事が激白!悩んだ挙句、オファーを出さなかった理由
オファーが来る人、来ない人の差って何だろう?過去にスカウトを利用したことがある企業の採用担当者55人の声をもとに、「惜しいレジュメ」の特徴を…
あなたのメッセージがTech総研に載るかも