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超こだわりの“一筋メーカー”探訪記 この分野なら任せなさい!

鰹節一筋313年!
 にんべんの鰹節を科学で変えた男

「一筋メーカー」の第4回目は、鰹節で有名なにんべんさんです。創業は何と元禄12(1699)年! 3年後の元禄15年は赤穂浪士の討ち入りがあったという江戸中期です。これほどの歴史の中で「本枯節」の元になるカビは自然任せでしたが、それを変えたのが荻野目望氏でした。

(取材・文・撮影 総研スタッフ/高橋マサシ) 作成日:12.02.21

安定した鰹節をつくりたいと、孤軍奮闘したエンジニア

人間と同じようにして生まれる「世界で最も硬い食品」

にんべん

本枯節の鰹節、削り節は「かつおぶし フレッシュパック ソフト」のもの

「カビは甘やかすとダメ。例えば、糖分を加えると生育はよくなるのですが、それが鰹節本体につながらない。楽をさせるといい結果は出ない。ですが、条件を厳しくしすぎてもいい鰹節にならない。人間と同じですね(笑)」
ここでいうカビとは「本枯節」(ほんかれぶし)をつくる際に使われる菌だ。鰹節の製造工程を簡単に説明すると、1「生切り」(解凍したカツオを3枚に卸す)、2「籠立て」(煮熟用に煮籠に並べる)、3「煮熟」(湯で煮る)、4「骨抜き」(冷まして骨を抜く)、5「水抜き焙乾」(薪を燃やして燻して乾かす)、6「修繕」(損傷した部分を修繕する)、7「間歇焙乾」(焙乾を繰り返す)。ここで出来上がるのが「荒節」(あらぶし)という鰹節で、8「削り」(表面の燻煙成分と脂肪分を削る)を終えると「裸節」となる。次の9「カビつけ」で使うのが冒頭のカビである。

「裸節にカビ菌をつけて、温度と湿度を調整した室(むろ)に入れます。1番カビが生えたら日で干して(日乾)、カビを少し払い、カビの根っこの部分を残して室に戻す。するとカビは生き残るために水分を吸収して、節が乾燥していくのです。同じ作業で2番カビ、日乾、3番カビ、日乾と続けますが、徐々に室内の温度や湿度を低くして、条件を厳しくしていきます」
2番カビまでつけたものが「枯節」(かれぶし)、4番カビ以上をつけたものが「本枯節」。本枯節は鰹節の最高級品であり、完成までに4〜6カ月がかかるという。また、生のカツオと比べて重さは約6分の1、水分は約15%となり、「世界で最も硬い食品」と言われる。

カビを調査し、同定し、数少ない研究者へと通う毎日

にんべん

株式会社にんべん
研究開発部 部長
執行役員
荻野目 望氏

荻野目氏は大学卒業後の1974年ににんべんに入社、研究開発部に配属された。食品衛生のための細菌検査などを行う中、独自に鰹節用のカビの研究を始める。その後、「カビ菌の研究がしたい」と役員に頼み込んで、1977年から業務としての研究となった。
「鰹節を高品質で安定的な商品にしたかったのです。当時までカビつけに使うカビは自然に任せており、最適なカビを選抜し、純粋培養した菌は使われていませんでした」
同じ日本の伝統食品でも、醤油や味噌では菌の研究や利用が早くから進み、各メーカーには専門の研究部隊もある。しかし、鰹節のカビは室に入れれば自然につくという理由からか、自然に任せていた。そのため、業務になっても社内で聞ける人はおらず、大学の研究者を探すが、この数も少なかった。学問として醸造学や発酵学は発展しても、水産系で範囲の狭い、鰹節のカビの専門家はほとんどいなかったのだ。

そこで荻野目氏は関連する論文を読むことから始め、数少ない研究者を探した。一方では菌の特許を調査した。全国各地の節業者を探して、許可を得て、その詳細を顕微鏡で調べるためだ。鰹節のおもな産地は静岡の伊豆や焼津、鹿児島の枕崎なので、これらの地域から100本以上の本枯節を集めたという。

本枯節からカビをふき取って、培地に移して、分離する。朝から晩まで顕微鏡を覗き込んで、山ほどあるカビの形状を見極める。この結果を基に本で調べて菌を同定し、研究者に確かめに行くという方法だった。
「どの先生に何を聞くのか、実験方法をどうしたらよいか。その準備にはカビを徹底的に観察して、同定するしかありませんでした。当時は論文も少なかったのです。いや、今だって論文も研究者も少ないです。鰹節は私に仕事を教えてくれた恩人ですね(笑)」
 

念願の特許取得、手探りの大量培養化、魚質へのこだわり

日本酒や醤油を例に大量培養化、職人に聞いて条件を設定

ただ、同じ菌種でも性質は違ってくる。生えるスピードは速くても色がよくない、スピードは遅くても香りがよいなど、さまざまな特性が出てくるという。スピードが速く、色がよく、香りがよく、「ビロード状」に緻密に生える菌株がベストというが、もちろん簡単には見つからない。
しかし、実験を繰り返して1989年に9種類の菌株で特許を取得。優秀な菌を寄託して、これらの特許を会社として無償で公開するのである。

この菌から工場で大量生産を始めるわけだが、これも簡単ではなかった。菌を大きめのシャーレで培養し、次にルー瓶で大量培養していくのだが、鰹節のカビは大量に向いていないという。
特許の取得後、荻野目氏は大量培養の方法を考えた。大学の研究者などを探すがここでも人材は豊富でない。胞子が取れたらそれをどうつけ、どう保存していくかなどを手探りで研究。日本酒や醤油の例を参考にしながら、米、小麦、ふすま、玄米などに菌を植えながら様子を見て、つぶしていったという。

評価の基準は育成のスピード、緻密なビロード状、安全性などだが、何といっても「香り」。そのため、裸節に培養した胞子をつけて、本枯節をつくり、それを削って香りを嗅ぐのだが、3番カビつけまでに3〜4カ月がかかるという長期戦だ。
「カビ1種類で今は10kg、昔は20kgの裸節を用意しました。これを室に入れて、大量生産のカビつけと同じ温度や湿度にするのですが、実験自体が初めてなので様子がわかりません。現場の職人さんに聞いて、記録を取って、徐々に大量試作していきました」

菌

鰹節優良カビの菌の拡大写真(左上)
[写真提供:にんべん]

菌

鰹節優良カビの元になる菌(斜面培地の中に保存用の菌株がある)

原材料はカツオ100%、だから「魚質」のぶれをなくしたい

カツオ

節の日乾工程
[写真提供:にんべん]

鰹節

カツオと本枯鰹節の差
[写真提供:にんべん]

先の9種類の菌は焼津、高知、枕崎など産地が分かれるのだが、各土地で気候が異なるため、それぞれに室の設定を調整した。また、同じ条件にしても夏と冬では生え方が違う、室内の場所により温度や湿度で差が出るなど、苦労は絶えなかったという。
こうしたトラブルを乗り越えて1988年から、にんべんの鰹節は品質を安定させ、大量生産ができるようになったのである。
「鰹節の原材料はカツオ100%。つまり、1種類の素材で1種類の食品をつくるのが鰹節です。だから奥が深いですし、カツオの品質の差を少なくしたいと思っています」
つまり、カツオの「魚質」の段階から選別するということだ。漁場で違うのはもちろん、漁船によって「この船のカツオなら大丈夫」という差もあり、釣り方によって魚質も変わるという。

昔のカツオ漁は一本釣りだったが、徐々に巻網漁が増えてきた。魚網で魚群を取り巻く巻網漁では一度に多くが獲れるが、その後の凍結や解凍に時間がかかるため鮮度が落ちやすい。一本釣りではすぐに凍結室に入れるため、魚の細胞が密にしまっているという。荻野目氏や同社の研究開発部は、解凍条件などを大学と共同研究しており、菌の品質維持にも取り組んでいる。
「温暖化のためか最近は菌の生えがよくないですね。純粋に分離した菌がだんだん弱くなっていくのですが、日本酒でも醤油でも同じことが起きています。ですので、今はいかに菌を持たせるか、変化を最小でとどめるかの研究をしています。微生物を扱う仕事なら同じだと思いますが、『品質を維持する』は古いけど新しいテーマです」

鰹節の看板は本枯節、家族のために週末にまとめて削る

やはり鰹節が好き、刃の加減で削り節の厚みを調整できる

鰹節

鰹節を削った跡

にんべん

3月1日発売予定の「わが家のだし」「うどんつゆ」「うどんだし」(左から)

荻野目氏は2002年から「鰹節とだし」について講演会を実施している。対象は幼稚園児、小学生から栄養士、社会人までさまざまだが、そんな食育の場で「本当に鰹節が好きなんですね」と子供や栄養士に言われるそうだ。もちろん、その通りである。
「カツオの油は生臭いですが、カビを培地につけると甘い香りになります。裸節にカビをつけてもそうですし、何といっても、鰹節の看板である本枯節を削った香りはたまりませんね」

その鰹節、以前は各家庭で削っていたものだが、現在では窒素ガス置換包装したパックの削り節が主流だ。液体「だし」の市場も拡大しているという。もちろん荻野目氏は、自分で鰹節を削る。

「週末の朝にまとめて削ります。女房と子供が二人いるので、20〜30gですね。香りづけやトッピングによく使います。削るときは刃先を自分に向けて、紙一枚入るくらいに刃を出します。尾の部分を先にして、頭を自分に向けて、こうです。慣れてくると力の入れ方で削り節の厚みを調整できます。刃の出具合が体でわかるようになりますから」

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