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中村拓志×永山祐子…気鋭の若手建築家の仕事論【後編】

建築家・永山祐子が語る
    「瞬間の戸惑い」「あいまい」

前回の『建築家・中村拓志が語る「野生の巣」「主従の逆転」』に続く、若手建築家特集の後編。永山祐子氏を取材した。建物以外にもショップのインテリアなどを幅広く設計する彼女は、技巧を駆使して人を戸惑わせるマジシャンだ。建築への思いと作品を語ってもらった。

(取材・文 総研スタッフ/高橋正志 撮影/平山諭) 作成日:11.12.28

“偏光の魔術”で縦格子を作った「ルイ・ヴィトン京都大丸店」

「戸惑い」実現のきっかけは、実家で見た子供用教材

永山祐子

建築家
永山祐子
有限会社永山祐子建築設計

「建築で考えているのは『一瞬では把握できないもの』です。全部がわかってしまうと人は興味がなくしてしまいますが、わからないことには興味が湧きます。『何だろう?』という疑問が起こって、知りたくなります。そんなふうに思わせる、瞬間に戸惑うようなものを作ろうとしています」

 JCD(日本商環境設計家協会)デザイン賞2005奨励賞、イギリスのAR Awards Highly Commended賞などの受賞歴を持つ永山祐子氏は、建物だけでなくショップのインテリアなども手掛ける建築家。

 彼女が作る「戸惑い」の作品は多いが、「ルイ・ヴィトン京都大丸店」はまさに魔術だ。京都という土地柄からイメージした縦格子。ウィンドウを飾るシャープな黒の縦ストライプは、現実のものではなく偏光板による「幻影」だ。

「前例のない建材」を猛勉強、自ら実験計画……「3層構造」へ

 しかし、偏光板を建築建材で使った例は見つからない。建材には多くの規制があり、施工業者も保証のないもの、前例のないものを使いたがらない。説得した結果、厳しい耐久テストを行うこととなった。ガラス面に偏光板を張り、水、紫外線、熱などの耐久性を試した。

「散々な結果でした。特に水に弱くて、複層なので偏光板が剥がれてしまうのです。段ボールを水に浸したようにペラペラになってしまって」
 偏光板を張るのはガラスの内側(店舗側)なので、直接雨などが当たることはまずないのだが、その様子を見た関係者は腰を引いてしまった。そもそも前例がないから考察して解を出せる人がいない。そこで永山氏は自分で実験計画を立て、「偏光板とは何か」から猛勉強を始めた。

 そして、車載用の高耐久な素材を選ぶなどで問題を解決していくが、複層という構成上やはり課題は水。雨には濡れなくても、ガラスの内側に張ると結露が起こる。この水による影響が懸念されたのだ。
「そこでガラスを3枚構成にしました。一番外側に内外を遮断する高透過ガラス、その内側にインテリア部材として2枚の高透過ガラスを立て、これら2枚の内側に偏光板を張りました。外側のガラスで結露が起こっても、湿度と温度は同じなので、内側の2枚に結露が起こることはないはず。偏光板に水をたまらせない仕組みです」


ルイ・ヴィトン京都大丸店
(C 阿野太一 すべての作品の写真)

ガラスとフィルム、エンジニアの努力が彼女を支えた



 しかし、施工は待ってくれない。いかに工期を短縮して開店を早めるかが店舗建築の宿命であるから、完成期日は厳守だ。そんな彼女に強力な協力者が現れる。1社は特殊なガラス工事を請け負う施工会社。彼女が組んだ実験スケジュールに合わせて、関連会社の研究所の実験設備を「特別に」提供してくれた。

「研究所の予定は埋まっていたのですが、担当の方がここの元研究者で、頼み込んで『隙間の時間』に使わせてもらったんです。そのおかげで、約1カ月でテストを終えました」
 もう1社は偏光板のフィルムメーカー。建築では建材の保証が必要になるが、前例のないものに保証はつけにくい。ただ、知人のつてをたどっていくと、あるフィルムメーカーに当たった。そこは彼女が希望していた、高耐久素材で世界シェアの高いメーカーだった。

「実験が終わった段階で急きょ連絡を取る必要があったのですが、窓口からでは乗り気になってもらえません。つてを頼って社長に直で話すと、社長と話を聞いたエンジニアの方が面白がってくれました。了解してくれただけでなく、張り合わせる接着剤や製品へのアドバイスもいただけたのです」
 「ルイ・ヴィトン京都大丸店」はJCDデザイン賞2005奨励賞を受賞した。店舗は既に完成しているので、ぜひ自分の目でこの魔術を体験してもらいたい。ちなみに永山氏はこの仕組みで特許を取得した。父親の強い勧めによるものだそうだが、建築設計での特許取得は珍しいそうだ。

来客や訪問者を惑わせる、裏通りの「URBANPREM南青山」

したたかな意味を持つ、膨らんだ壁、サイズの違う窓


URBANPREM南青山
(スケルトンで灯りを点けた状態)

 青山通りに面したビルの裏手に建つ「URBANPREM南青山」も彼女の設計だ。
「この辺は都市のスケールのギャップがすごくある場所。高いビルが建ち並ぶ青山通りから一歩入ると、住宅街が続いています。そこで、どちらのスケールにも属さないあいまいなビルのたたずまいを考えました。ビルの外壁を曲線にしたのは、下から見上げるとどこまで続いているかわからなくするため。てっぺんが見えずに無限に伸びているように見える角度を考えました」

 窓の大きさも変えた。写真のように一様でなく、細いところで約10センチという壁厚より薄いサイズ。大通りの裏手なので景色としての魅力を生かすより、「細切れ」のようなデザインにすることで、光の入り方にいくつものパターンをつけた。建物の曲線により光がグラデーションになるという。

立地の個性を生かして与える「把握できないあいまいさ」


 ただ、賃貸ビルなのでレンタブル比(貸付面積の割合)は極限まで上げた。共用部を少なくして90%以上という効率のよさを実現。ビルを湾曲させたのもその理由のひとつであり、道路斜線による制限をクリアする目的もあった。

「技術的な手法も使いますが、発想の基にあったのは、テナントビルなので色々な人がオフィスや店舗に訪ねてくる。最初にどんな印象を持たせたらいいだろう、都市の中でどんなビルだったらいいだろうと考えた、敷地独特のギャップからの『把握できないあいまいさ』でした」

「新しい解釈での反応」に興味、今後は美術館や葬儀場の設計も

商品の配置なども提案した「ANTEPRIMA六本木店」のインテリア



ANTEPRIMA六本木店

 女性の鋭敏な感性を買われて、ブランドショップのインテリアを依頼されることも多い。「ANTEPRIMA六本木店」では光をテーマにした。入口から奥に向かって、商品を置く棚の色を徐々に明るくグラデーションにした。言われないと気づかないほどの微妙な配色だ。

 ただ、主役は商品。その並びで印象が変わってくるので、展示の際の粗密なども提案した。ブランドショップなどの内装では、この2つのバランスを考えていくという。ここでの商品は百色もの種類があるバッグだ。

「壁や棚に合わせて並べることで、見える絵がキャラクターになるようにしました。天井からバッグを吊り下げているのは、光を受けるときらめくように特殊に編まれたひもです。下には『いけす』のような台を置きました。このスペースを大きく取ったのは、ここに人は立たせず、入口からの目線を正面に落とさせるためです」

祝祭の場所、特に葬儀場の設計をしてみたい


 この六本木店が好評で、彼女はANTEPRIMAの他の店舗も手掛けるようになる。シンガポール店では鏡を使った。この店にはバッグと服のラインがあるのだが、この2つのイメージを鏡でオーバーラップさせた。ハーフミラーを使い、鏡に映るバッグの陳列の先が少し透けて、現実に見える服の陳列が続いて見えるようにした。
「30分の1スケールの模型を作り、鏡の位置、照明の反射、商品の陳列などを十分に検証しました。棚の高さや光の入り方を実感するために、実寸のサイズで作るものもあります」

 現在は10件ほどの案件を持つ永山氏。依頼された仕事に対して新しい解釈で反応することに興味があるので、「これがやりたい」という希望は特にないという。ただ、美術館や公共施設を手掛けたいという思いがある。
「以前に葬儀場の仕事があったのですが、事情があって中断してしまいました。祝祭の場所、特に葬儀の場所は設計してみたいですね」

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