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東日本大震災からの復興に向けて、いまITエンジニアができること
コードでつなぐ想い──Hack for Japanが目指したもの
東日本大震災の発生から半年が過ぎた。被災地の復旧はまだ険しい道のりだ。しかし、「コードでつなぐ。想いと想い」をキャッチフレーズに、ITの技術と発想を活かしながら被災地支援を進めるエンジニアたちがいる。その動きを追った。
(取材・文/広重隆樹 総研スタッフ/宮みゆき 撮影/佐藤聡)作成日:11.09.21
「何かできないだろうか」が「きっとできる」という確信に変わった
及川 卓也氏
グーグル株式会社
シニアエンジニアリングマネージャー
及川 卓也氏
関 治之氏
ジオリパブリック代表社員
シリウステクノロジーズ・シリウスラボ所長
関 治之氏

 3月11日、東北地方太平洋沿岸部をM9.2の大地震と津波が襲い、東京でも震度5強の強い揺れを感じたとき、グーグルのシニアエンジニアリングマネージャー及川卓也氏は、六本木ヒルズの26階で会議中だった。その日は仕事にならず、なんとか徒歩と電車を乗り継いで自宅に帰り着いたのは朝方だった。「これから日本はどうなってしまうんだろう」──漠然とした不安が胸中に広がっていた。自分だけ安全な場所にいて、遠い被災地に思いを馳せるだけでよいのか、一種の「罪悪感」「無力感」にも悩まされていた。
「何かできないのだろうか、という強い思いがありました。そのうち、Google Person Finderで探していた人が見つかったという話や、多くのエンジニアが、自治体サーバーをミラーリングして復旧に役立っているというニュースが伝わってきました。ネットとITの力が今こそ必要だと思ったのです」

 その頃、GIS(地理空間情報)分野のITソリューションを提供するジオリパブリック社の関治之氏は、震災情報を収集し整理するサイト「sinsai.info」を立ち上げていた。立ち上げは地震発生からわずか4時間後。
「その晩はTwitterやメールでさまざまな情報が入ってきて、それをまとめるのに必死。テレビを見る時間もなかったですね」と、関氏は語る。サイト作成には、チリ、ハイチの地震でも活躍した「Ushahidi」というオープンソースのWebアプリケーションが活用された。サーバーリソースはAmazonから提供を受けた。Twitterで呼びかけると、サイト作成のためのボランティアが内外からまたたく間に集まった。

 こうした動きをネット上で見ながら、及川氏の気持ちは次第に「何かしたい」から「きっと何かできる」という確信に変わっていった。
 ITができることはたくさんある。次の震災に備えたインフラ整備や、現在の被災地にPCや無線機器を送ることもそうだ。例えば被災地支援に役立つアプリケーションの開発も重要だ。所属企業、団体、組織の垣根を越えて、技術者が合宿形式で一堂に集まる『ハッカソン』のようなイベントを開催すれば、すぐにでも何かが生まれるのではないか。

 そんな呼びかけに応えるエンジニアがたくさんいた。リクルートのメディアテロジーラボ(MTL)の川崎有亮氏もその一人。もともとMTL主催のMashUp Awardsなどで、及川氏、関氏らとは旧知の間柄。会社に掛け合い、スタッフミーティングのオフライン会議の場所を提供することもあった。震災翌週の3連休には、公共交通機関が混乱する東京をあえて避け、京都、福岡、岡山、徳島の4会場で最初のハッカソン開催にこぎつけた。これが「Hack for Japan」の最初のイベントになった。

被災地のニーズと心に寄り添う、アプリケーションが誕生した
川崎 有亮氏
株式会社リクルート
メディアテクノロジーラボ
チーフアーキテクト
川崎 有亮氏
白石 俊平氏
「フォトサルベージの輪」開発者
オープンウェブ・テクノロジー
白石 俊平氏
伊藤 誠氏
「フォトサルベージの輪」開発者
オープンウェブ・テクノロジー
伊藤 誠氏

 テレビのニュースでは瓦礫と化した被災地の様子や、電気も風呂もない避難所の暮らしが伝えられる。しかし一般の人にはそこに行く手立てがなく、何かしようにも情報が足りない。何が求められているかもわからない。そのもどかしい思いは震災初期に多くの日本人が味わったものだ。こうした「被災地のITニーズを把握することの重要性」は、「Hack for Japan」のメンバーの間でも早い段階から共有されていた。
「より被災地に近づいて、そのニーズを肌身で感じようと、4月からメンバーの何人かが現地に足を運びました。同じ東北でも沿岸部と内陸部では被害が異なる。ITに取り組める拠点をどこに作るかも重要なテーマでした。7月には仙台、会津若松、岩手県遠野市でアイデアソンやハッカソンを開きました。現地のデベロッパー・コミュニティや大学関係者とのコンタクトもこのとき生まれています」(及川氏)

 現在、「Hack for Japan」では40以上のプロジェクトが進行中だが、被災地のニーズならではと思わせるものに、「風@福島原発」や「Hack for Geiger」「フォトサルベージの輪」などがある。「風@福島原発」は、スマートフォンのもつGPSや地図の機能を活用し、放射線量や風向き、避難所などの情報をマップ上に可視化するアプリケーションだ。自治体から提供されているPDFデータや、市民が計測したガイガーカウンターのデータを共有するWebサービス「Pachube」のAPIを活用している。会津若松と全国のエンジニアによる協業プロジェクト「Hack for Geiger」では、自作ガイガーカウンターとAndroid端末とを連携させるキットを開発。プロジェクトはオープンソースで進められている。

 何もエンジニアだけが「Hack for Japan」の主役ではない。「フォトサルベージの輪」ではデジタル写真や印刷に詳しい人たちとシステム開発者が協業した。彼らが取り組んだのは、津波によって家族の想い出さえ奪われた被災者のサポートだ。瓦礫の山からなんとか探し出した家族の写真アルバムは、泥をかぶり破損している。それを預かり、泥を落とし、スキャナで入力し、フォトレタッチ技術で修復する。デジタルデータ化された写真の修復には、全国のPhotoshop職人たちがレタッチサポーターとして参加、また被災地で写真を預かるセンシティブな作業にも、ケアサポーターと呼ばれる人たちが加わっている。

 写真をサーバーにアップロードするシステム開発に名乗りを挙げたのが、オープンウェブ・テクノロジーの白石俊平氏。AmazonEC2のマイクロインスタンス上に、JaveEEとPosgreSQLで実装したシステムを3日間で完成させた。白石氏は、8月に都内で開催された「Japan Innovation Leaders Summit(JILS)」で「これまでシステム開発の受託の仕事はあまり好きではなかったが、こういう受託なら燃える。自分の実力以上に力が発揮できた」と語っていた。

現地に入って被災者、支援者の具体的ニーズを聞く

 これら 「Hack for Japan」のプロジェクトの面々は、JILSの基調講演者であるマサチューセッツ工科大学メディアラボ(MIT)の石井裕教授によって、「技術を即立ち上げて、直感的に飛び込んだヒーローたち」と称賛された。まさに自らのHackerとしての高いテクニックを、復旧支援のために惜しみなく注ぎ込んだ技術者たちがいたのだ。

 ほかにも各地のハッカソンでは、全国の断層の写真をクラウド化して共有し、次の地震に備えようという狙いのアプリ、避難所で隣の人のいびきがうるさくて眠れないというニーズから生まれた、音とバイブレーションで周囲がうるさがっていることを通知するユニークなアプリなども誕生している。

 及川氏によれば、現在のプロジェクトは、1)被災地の人、2)被災地周辺の人、3)支援する側、の3つのカテゴリーで必要とされる、アプリケーションやシステム開発が中心だという。ボランタリーな立場での開発なので、すべてのプロジェクトが活性化しているわけではなく、途中で沙汰止みになったプロジェクトもある。それらを整理しながら、震災1周年の来年3月までには「何らかの成果」を出したいと及川氏は言う。「本当に人々の役に立ったという形で成果が見えるようになれば、プロジェクトは継続していくはずです」

 実際にアプリを使う人たちのフィードバックを集める必要性を痛感しているのは、7月の遠野市におけるハッカソン・イベントに関わった関氏も同じだ。
「今回は地元のボランティアセンターを会場にハッカソンを開催できたため、ボランティア作業経験者や、被災地の支援活動を行っている方などにも参加していただき、ニーズを直に聞き取ることができました。ネットでつながることの大切さは、仮設住宅に移った人たちも同じように感じている。そうした人々が少しでも快適に暮らせるように、仮設住宅に“ネットカフェ”を作るというプロジェクトをいま進めています。現地のボランティアセンターから資金提供を受け、機材を提供してくれるサポート企業を募り、現地の人々が中心になって導入を図り、それを僕らが支援していくというモデルが生まれつつあります」

 こうしたITサポートの現地化は、自立した災害復興のためには欠かせない道程でもある。一方で、開発者のモチベーションを長期間維持するためには、やはり利用者の生の声が寄せられることが望ましい。例えそれが難しい場合でも、エンジニアコミュニティの中でその努力を評価する機会はあってもよい。今年12月に予定されている MashUp Awardsでは「PowerAppsJAPAN賞」というものを設け、被災地支援に役だったサービスを表彰する動きもある。

佐々木 陽氏
「Hack for Geiger」開発者
株式会社GClue 代表取締役
佐々木 陽氏
Hack for Geiger
Hack for Geiger
個人の力を集めて、社会を変える。もう一つのオープンソース・プロジェクトのように
石野 正剛氏
「風@福島原発」開発者
石野 正剛氏
笹島 学氏
「風@福島原発」開発者
笹島 学氏

 先にハッカソンの性格について触れたとき、「所属企業、団体、組織の垣根を超える」という言葉を使った。確かに日頃からオープンソースの活用に慣れているネット系のエンジニアは、社外のエンジニアとのコミュニケーションが得意だ。「『Hack for Japan』自体がオープンソース・プロジェクトの縮図のようなもの」(及川氏)だからだ。ただ、今回参加したエンジニアはそういう人たちばかりではない。なかには、ふだんは社外エンジニアとの交流がほとんどない人たちも含まれる。

「そういう人たちにとっては、個人の立場で社外交流を経験するよい機会にもなったと思います。その経験はきっと自分の仕事にも役立つはず。ITエンジニアだけではない。デザイナーでもコピーライターでも、どんなスキルでも、どこからでも、いつからでも参加できるのが、『Hack for Japan』の良さ。オフラインのミーティングをUstreamで生中継するという、クレイジーな試みもやっています(笑)。ぜひ一度覗いて自由に意見を言ってほしい。支援の方法については、誰かが正解を持っているわけではない。みんなが試行錯誤するなかから、新しいスタンダードが生まれてくるのです」
 と、及川氏は語る。

 こうしたコラボレーション活動は、徐々に世界的にも知られつつある。今年8月にラトビアの首都リガで開かれた、Perl言語の技術カンファレンス「YAPC:Europe2011」に参加した川崎氏は、講演の中で「Hack for Japan」の活動に触れたところ、大きな反響を受けた。とりわけ、普段は個人の顔が見えにくいとされる日本社会で、企業の枠を超えた個人の連携が成果を挙げつつあることに驚きの声が挙がったという。「Hack for Japan」自体、これまでの世界の災害復興支援プロジェクトの資産を活用している。今度は、「Hack for Japan」で試されたIT支援のスキームを、海外に提供していく番でもある。

グーグル株式会社 シニアエンジニアリングマネージャー 及川 卓也氏

大学を卒業後、外資系コンピュータメーカを経て、マイクロソフトにてWindowsの開発を担当。Windows Vistaの日本語版および韓国語版の開発を統括した後、Googleに転職。ウェブ検索やGoogleニュースをプロダクトマネージャとして担当後、2009年10月よりエンジニアリングに異動。現在、Google ChromeやGoogle日本語入力などのクライアント製品の開発を担当。

ジオリパブリック代表社員  シリウステクノロジーズ・シリウスラボ所長 関 治之氏

東京学芸大学中退後、大手ソフトハウスを経て、1998年頃からweb業界へ。スポーツや音楽などのコンテンツプロバイダで様々なメディア立ち上げのプロジェクトマネジメントを行う。2009年下期未踏IT人材発掘・育成事業採択クリエイター。2006年、シリウステクノロジーズに入社。 主にラボ全体のサービス企画やサービス設計を行う。2009年に自身の会社、ジオリパブリック社を設立。オープンソースソフトウェアを活用した位置情報システムの開発を行う。

株式会社リクルート  メディアテクノロジーラボ チーフアーキテクト 川崎 有亮氏

学生時代にベンチャーを起業。AjaxやマッシュアップなどのWeb技術に取り組み、Shibuya.js 設立に参画。2006年リクルート中途入社。技術評論社「Ajax/実装のための基礎テクニック』(共著)など、書籍・雑誌記事の執筆も多数。近著に『ソーシャルストリーム・ビジネス』(インプレスジャパン刊・MTL編)。

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