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ワークスアプリケーションズで、日本企業のERP改革を目指す
元SAPジャパン社長八剱氏が明かす日本発ERPの優位性
国内トップシェアを誇るERPパッケージを開発するワークスアプリケーションズ。なぜ、日本の大手企業は、 海外製ではなく、同社のERPパッケージを採用するのか。同社最高顧問の八剱洋一郎氏(元SAPジャパン社長)にERP業界の業界展望を聞いた。
(取材・文/広重隆樹 総研スタッフ/宮みゆき 撮影/佐藤聡)作成日:11.08.03
「一品一様」のシステム開発を好む日本企業の中で
八剱 洋一郎氏
ワークスアプリケーションズ
最高顧問

八剱 洋一郎氏

 八剱洋一郎氏と言えば、80年代以降の日本のIT・通信、今風に言えばICT業界を支えてきた企業経営者の一人。通信自由化以降の流れの中で複数の新電電企業(※)を率いたかと思えば、2007年からはERP業界大手SAPの日本法人で陣頭指揮をとり、エンタープライズ市場におけるパッケージ・ソフトウェア活用の意義を熱心に説いてきた人物である。

 SAPジャパン社長退任後の動向が業界内でも注目されていたが、彼が着目したのはワークスアプリケーションズだった。「COMPANY」シリーズで知られる大手企業向けERPパッケージの開発企業だ。ERP業界という意味では一貫しているものの、外資から一転して国内企業。そこに2010年2月から最高顧問という職を得ている。そこにいたるにはどういう思惑があったのだろうか。

 戦略コンサルタントの経験が長い八剱氏が、ERPに関心を寄せるようになったのは、2003年副社長に就任した日本テレコム時代のこと。
「これまではIBMやAT&Tなど外資系にいたこともあり、基幹システムにパッケージソフトを導入するかどうか、導入するとすれば何を使うかについてはあまり関心がなかった。というより、それは親会社が決めるもの、自分は関与できないし、きちんと動いてくれればそれで問題ないという感じでした。ところが、日本テレコムではそうはいかない。自分たちでシステム導入をしなければならなくなりました。私はパッケージ導入を提案したのですが、これが現場サイドから猛烈な反対を受けた。次のウィルコム時代にも、同様の抵抗にあったことがあります。
 そこで改めて、日本企業には欧米企業にはないパッケージ導入の難しさがあることに気づいたのです。日本は、社内エンドユーザーの意見が強い。それはけっして悪いことではないのですが、日本のエンドユーザーは変化を嫌う特性をもっていることがわかったのです」

 エンドユーザーの声をそのまま全部反映するとなると、基幹システムは、コンピュータ・ベンダーやSIerの支援を受けて、スクラッチから書き起こす、自社開発のものにならざるをえない。それぞれの企業の事業形態や商習慣、場合によっては企業文化を反映した独自のシステム。いわゆる「一社一様」とか「一品一様」と呼ばれるものにならざるをえないのだ。 「これには膨大なコストがかかります。そのうえ、ユーザーの言うなりに作ったはいいが、機能を詰め込みすぎて肥大化し、必ずしも使い勝手のいいものにはならないことも多い。ちょっとした手直しにも大変な手間とコストがかかります」

※1985年の通信自由化を受けて新規参入した、旧第一種電気通信事業者の総称

企業の生産性向上、ITエンジニアの労働環境改善のためにもERPは必要だ

 導入コストや期間で言えば、パッケージのほうが安くて簡単であることは誰の目にも明らかだ。なのに、日本企業の経営者や情報システム部門、さらにエンドユーザーは、パッケージ導入に抵抗を示す。あたかも、パッケージを導入し、仕事のフローをそれに合わせて標準化してしまうと、企業の特性が失われるかのようにさえ感じるのだという。

 その内に、八剱氏はシステム開発の自前主義が、欧米企業に比べて、日本企業の生産性が低いことの一因になっていると考えるようになった。また、この一品一様のシステム開発が、システム・エンジニアやプログラマなどITエンジニアに大きな労働負荷を与えていると感じるようになった。
「欧米ではシステムを一から設計する自前開発よりも、パッケージのほうがコスト的に高いということはありえません。ところが、日本ではパッケージの単価よりも、はるかに安い価格でシステム開発を受注するベンダーがたくさんいる。廉価な受注のしわ寄せはITエンジニアの労働に向かう。彼らは顧客からのたびたびの仕様変更にも文句を言わず、安い給料で土日もなく働いている。結局のところ、システムの自前主義は、IT業界が3K職種と呼ばれる原因を作っているのです」

 日本企業の生産性向上のためにも、また日本のITエンジニアの労働効率向上のためにも、ERPの普及を急がなければならない。そう思いつめていた矢先に、SAPジャパンからの社長就任のオファーがあったのだ。

日本発のERPが持つ優位性。ワークスアプリケーションズとの出会い

 SAPジャパンでの経験は、改めてERPの可能性について、八剱氏に多くの知見を与えてくれた。八剱氏の持論に、「コンピュータ技術はつねに汎用化の歴史をたどる」というものがある。最初のコンピュータは、ミサイルの弾道計算のために、あるいは暗号解読のために、それぞれ専用の演算機械として製作されたものだ。ハードもソフトも渾然一体となっていた。それが、OSが誕生し、ソフトが分離され、それらが標準化され、ツールやミドルウェアの誕生へと進んできた。

 業務用アプリケーションも、かつてはそれぞれの企業が自社の仕事に合うように一から開発してきた。それを統合化・標準化しようとしたのがERPだというのだ。
「会計、物流、販売、人事などは業種や企業が違っても、汎用的に使える部分が多い。それをパッケージとして提供することで、IT投資とビジネスの効率を高めようというのが、ERPの基本思想です。ERPは汎用化、そしてそれによる低価格化というコンピュータの歴史のベクトルに沿うものなのです」

 言い替えれば、一社一様の自前システムにこだわり続けるということは、コンピュータの歴史の必然性に逆らうものなのだ。むろんどういうERPを作るかは、ソフト会社によってさまざまなアプローチがありうるだろう。大きく分ければ、一つはインターナショナルな標準仕様の一本化で突き進む道だ。もしもそのERPに合わない業務があるとすれば、その会社の業務のほうがおかしいという、ソフトに業務を合わせる考え方である。

 もう一つは、日本企業の商習慣に合わせたカスタム仕様というべき戦略である。
「私は、日本企業が顧客である限り、彼らが求める機能はできるだけ標準仕様の中に取り込むべきだと考えていました。たとえ少数の企業の特殊な要求であっても、それをパッケージの中に標準化することで、その後の追加的な開発は少なくてすみます。それを繰り返していく内に、日本企業ならどんな企業でも、その要求をすべて満たすERPができあがるはずだと考えました」

 業務にソフトを合わせるのが基本だが、しかし一社一様システムのようになんでもゴテゴテに詰め込むのではなく、汎用的な機能として他の会社も利用できるように統合化を進めるというアプローチである。
「SAPジャパンの中でERPをそういう方向に変えていこうと思いましたが、それが十分果たせたとは思いません。結論的にいえば、そうしたアプローチを早くから進め、すでに実践していたのが、ワークスアプリケーションズだったわけです」

 SAPジャパン時代にワークスの方向性を改めて知ることになった八剱氏は、SAPとワークスの連携も模索するようになった。SAPジャパンとワークスでは細かいところで違いはあるものの、ERP導入によって、日本企業と従業員のパワーを引き出すという理念には共通のものがあったからだ。

 SAPジャパン退任にあたって、あらためてワークスの牧野正幸社長に挨拶に行ったところ、ワークスの最高顧問就任を打診された。「できるだけ客観的な視点でワークスのこれからを見て欲しい」という牧野氏のオファーを断る理由はなかった。八剱氏のERP普及への思いは瞬時も冷めることはなかったからだ。すべての日本企業がERPを通して改革していく。それに向けた八剱氏の戦略は、こうして第二のフェイズを迎えることになる。

「気の利く」エンジニアがERPを進化させる

 ERP開発において求められる人材は、一口でいえば「気の利く人」だと、八剱氏は言う。どういうことか。
「ERP開発では、なぜその顧客はそういう要求をするのか、その背景にあるものを捉えることが重要です。その背景を知ることで、一見特殊に思えた仕様も、標準化できるきっかけが生まれる。ERPの根幹にある思想は、より一般的な多くの人々をサポートするソフトウェアを作るということ。そのためには、背後にあるより大きなニーズを引き出すアンテナが不可欠なのです」

「気が利く」ことは、専門技術や業界経験以上に、ERP開発者のベーススキルとして重要だというのだ。

 IT業界で働くエンジニアのほとんどが、SIerやソフトハウスで、限られた顧客を対象に、業務システムなどを受託開発型で開発している。顧客が具体的に見えるという利点はあるものの、仕様決定の権限を握るのはあくまで顧客であり、エンジニアはそれに従って納期までに成果物を納めることが、第一の任務になる。より大きな視点で顧客の思いの背後にある真のニーズを汲み取りながら、それを満たすために、独創性をもってシステムをエンハンスすることまでは、求められていないのが現状だ。

「最近はWebやソーシャルアプリ業界などがエンジニアの人気を集めていると聞きました。たしかに面白そうな業界ではあるけれど、この業界で最も重要なのは、アイデアの独創性ではないだろうか。そしてそのオリジナリティーを支え、昇華させていくために、周囲の人間がサポートする。リーダーはあくまで強力な独創性を発現できる人間ではないだろうか。

 ERP業界では、受託開発型よりもクリエイティブな志向性は変わらないが、求められるのはアイデアの独創性だけではない。人の話に率直に耳を傾け、コミュニケーションしながら、その背後にある思いを引き出すという、オリジナリティーというよりは想像力や、世の中の仕組みに対する洞察力、ユーザーの観点から考える使い勝手の理解、そういう能力が鍵となる。転職を考えている方は、ぜひ、自分のスキルセットを分析してみていただきたい。果たして自分はどんなフィールドに向いているか、じっくり考えることをお薦めしますね」

より技術合理性を追求したいのなら、ERPは魅力的なフィールドだ

 技術者は本来、サイエンスやテクノロジーの論理性・合理性に魅せられた人々である。顧客の勝手な都合や、社内の事情で、自分の開発が前に進まないことに苛立ちを感じる度合いは、他の職種の人よりも高い。その論理性・合理性を大切にするという点でもERP開発は、他のITに比べ、独特のものを持っている。

 さらにERPを開発することで、エンジニアは企業組織の仕組みについて熟知することができるようになる。例えば、企業の人事システムがどういうフローで流れ、必要な法務・税務知識は何なのか。これからの人事戦略について、大企業担当者が抱える課題は何なのか。
「これらを知ることは、たとえワークスから他の会社に移ることがあったとしても、エンジニアにとって大きな財産になると思いますね」

 最後に八剱氏はこう付け加える。 「ERPには社会的影響力があると、私は思っています。ERPを通して、企業の生産性が向上し、サービスやプロダクトの価格が安くなれば、より多くの人がそのメリットを享受できます。つまり社会がより本質的なところでグローバルに変わっていく、その瞬間に立ち会える。エンタープライズ市場で仕事をするということは、そういう醍醐味があるということなんです」
 世界のICT業界を長年にわたって見てきた、ベテラン経営者の言葉だからこそ、説得力はあるのだ。

ワークスアプリケーションズ  最高顧問 八剱 洋一郎氏(やつるぎ・よういちろう)

1978年、東京工業大学理学部卒業後、日本IBMに入社。入社後は営業畑を歩み、IBM米国本社にて国際ビジネス戦略コンサルタント、日本IBMネットワークサービス事業部長などを経て、1998年にAT&Tグローバル・サービス代表取締役社長に就任。2003年より日本テレコム(現・ソフトバンクテレコム)で取締役執行役副社長などを務めた後、DDIポケット(現・ウィルコム)に転職。2005年に同社の代表取締役社長に就任する。2007年4月にSAPジャパンへ移り、同年9月に同社代表取締役社長へ就任。退任後、2010年2月からワークスアプリケーションズ最高顧問を務める。

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