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「水質改善」と「省エネ」の両立で高まるニーズとは?
東京都が“未来を創造する”電気技術者の採用を強化
約16万5千人の職員を擁する巨大事業所=東京都。いま技術職の中途採用に熱心に取り組んでいる。その一例として、下水道局における電気系エンジニアの仕事の可能性について取材した。
(取材・文/広重隆樹 総研スタッフ/宮みゆき 撮影/栗原克己)作成日:11.06.01
東京都の下水道管は東京─シドニーを往復する
井上 潔氏
東京都下水道局計画調整部
技術開発課 課長

井上 潔氏
90年、電気職として東京都入都。財務局、総務局の後、98年下水道局。その後、交通局などを経て06年より再度下水道局へ。

 毎日飲む水道水については、その安全性と美味しさを求めて敏感になる人が多い。とりわけ3月に浄水場から放射性物質が検出された問題は、あらためて水の安全の重要性を認識させた。ところが、下水道となると、案外人々は無関心だ。むろん生活排水は最終的には川や海に流れ込むので、環境への意識から、食用油や洗剤を流してはいけないと認識している人も増えてはいる。だが、そうした問題意識を持続できる人は少数だ。文字通り水に流してしまえば、後はどうなってしまうか、想像がなかなかおよばない。

「電気も水も、使う時は意識しますけれど、使った後のことはそうでもないんですよね」
 と、語るのは東京都下水道局で技術開発を担当する井上潔氏だ。同局はいま「東京から下水道の未来を創造する」をテーマに、震災対策から地球温暖化対策まで様々な技術開発を進めており、各分野の専門技術者を必要としている。今回はその話を聞きに来たのだが、その前に、意外と知られていない東京の下水道にまつわる数字をいくつか挙げてみよう。

 下水道局の仕事はまず、家庭やオフィス、工場等から排出される水を下水道管に導き、これらを水再生センターに集めて処理、最終的には川や海に放流することだ。この下水道管の全長が1万6千km。これは東京とシドニー(オーストラリア)の往復距離に匹敵するというから驚きだ。水再生センターは都内に20箇所、また途中で下水を汲み上げるポンプ所が86箇所ある。これらが処理する下水の総量は一日560万トン。最大規模は大田区にある森ヶ崎水再生センターで、1日120万トンを処理する。

 森ヶ崎水再生センターでは、内径28m、深さ19.5mの巨大な消化槽4つで下水の汚泥を処理しているが、消化槽で発生するメタンガスを発電設備の燃料としても活用している。いわゆるバイオマス発電だ。また、沈殿池と東京湾への放流口との落差を利用した小規模の水力発電も行っている。

 バイオマス発電設備の設置・運営では、下水道事業としては国内初となるPFI(公共事業に民間の資金、技術力、経営能力を取り入れる手法)を導入して事業費を節減。また、電力貯蔵用のNaS(ナトリウム・硫黄)電池を設置し、夜間に充電した電力を昼間に活用することで電力料金を削減するなど、最先端の運営手法と技術の導入を図っている。意外と知られていない事実である。

森ヶ崎水再生センター
森ヶ崎水再生センター

 もう一つ下水道局の仕事に雨水の排除がある。
「かつては東京に降る雨の半分が地中に浸みこんでいましたが、今は8割が浸みこまずにそのまま下水道管に流れてきます。特に近年頻発する局所的集中豪雨への対応が急がれています」(井上氏)

 道路や宅地に降った雨を速やかに排除して、浸水から街を守るのも、下水道局の重要な仕事だ。レーダー雨量計で東京に降る雨をほぼリアルタイムに計測し、最小250m×250mのメッシュで表示してくれる「東京アメッシュ」も東京都下水道局が運営している。気象庁の天気予報よりも精密に雨量を表示するこのサイトに、お世話になっている人も多いのではないだろうか。

※画像クリックで拡大表示
下水道のしくみ
処理水質の向上と温室効果ガス削減との両立を目指して

 東京の下水は水処理技術の向上で、年々きれいになっている。前述の森ヶ崎水再生センター内にはビオトープやホタルの里と呼ばれる環境施設もある。隅田川も数十年前は橋の上からでさえ臭ったものだが、今は屋形船を浮かべて遊べる川になった。処理水がそれだけきれいに再生されていることの証明でもある。ただ、高度な水処理技術であればあるほど、電力使用量が増えることが悩みの種だった。

 例えば、下水処理は以前から微生物を使って行われているが、反応槽内のバクテリアを活性化させるためには、絶えず送風機と散気装置で水中に酸素を送りこむ必要がある。送風のための電力は大きく、送風機1台あたり家庭用エアコン1000台分の電力を消費している。送風だけで下水処理工程全体の電力使用量の約4割を占めているのだ。電気を大量に使用すれば、それだけCO2などの温室効果ガスが増えることになる。

 これを削減するため、下水道局では既存の施設に、これまでの散気装置に比べ小さな気泡を発生することができる微細気泡散気装置を導入しつつある。気泡を小さくすることで水中に酸素が溶けやすくなるため、送風機が少なくてすむのだ。

 下水汚泥の処理過程も温室効果ガスの発生源になる。現在は汚泥を濃縮・脱水したあと焼却処分している。焼却処理後の汚泥量は、もとの汚泥の約400分の1になるが、それでも1日120トンに達するという。ただ、濃縮・脱水にも大量の電気を食うし、焼却炉からは直接温室効果ガスが発生する。そのために、これまでも省エネ型の濃縮機や脱水機を導入してきたが、今後はより一層、下水汚泥の水分を減らし、燃えやすくすることで省エネを図り、さらに、電気や熱エネルギーをも創り出す自立型の焼却システムや下水汚泥の資源化率を高めるための技術開発に取り組むという。

 下水汚泥から炭化物を製造し、石炭火力発電所の燃料に使用する汚泥炭化事業は2007年から実用化されている。下水汚泥を蒸し焼きにして可燃性のガスを生成し、施設内で熱源や発電用の燃料として有効利用する下水汚泥ガス化炉も、2010年から清瀬水再生センターで稼働している。

 こうした下水道事業における省エネ、地球温暖化対策の徹底で、2020年度には2000年度比で25%以上の温室効果ガス削減を達成することが目標とされている。CO2換算で99.1万トンを74.3万トンまで減らそうというわけだ。 「そうした目標達成をより加速化させるためにも、処理水質の向上と温室効果ガス削減との両立をめざした技術開発がいま強く求められています。民間企業のプラント建設などで培ったエンジニアの発想や開発力を、ぜひ東京都で活かしてほしい」 と、井上氏は切望している。

「技術開発推進計画2010」を策定。新技術テーマが目白押し

 例えば電気系のエンジニアが都に採用され、下水道局に配属された場合、どのようなキャリアを歩むことになるのだろうか。
「まずは、各地の水再生センターなど現場に配属されることになります。そこで下水処理の流れを大まかに勉強してもらいます。センターにはベルトコンベアから発電機・変圧器、監視制御システム、さらには太陽光発電装置など様々な電気・機械設備がありますが、その運営やメンテナンスに習熟してもらうことが第一歩になります」(井上氏)

 その後のキャリアは人によって様々だが、現場勤務を数年経て、本庁に配属されるのが一般的。本庁にも様々な部署があるが、例えば井上氏の計画調整部では、下水道事業の今後を見通しながら、新規プラントのプランニングなどを行う。水処理、汚泥処理、温暖化対策などの新しい技術開発に取り組むことも可能だ。同局の「技術開発推進計画2010」では、今後下水道局が取り組むべき技術開発テーマとして、これまで挙げたもの以外にも、老朽化した下水管の再構築技術、浸水対策、震災対策、合流式下水道の改善、資源の有効利用技術などが挙げられている。

 資源有効利用では、焼却炉の低温廃熱を利用したバイナリー発電や、太陽熱などの自然エネルギーを利用した吸収式ヒートポンプなど、未利用エネルギーの利活用技術開発なども項目に含まれている。これなどは、電気系エンジニアの面目躍如の分野だろう。
「東京都の下水道技術は国内ではトップクラスで、日本の下水道事業全体をリードしているという自負が私たちにはあります。これからは、都が蓄積したノウハウや技術を海外へも積極的に展開し、各国が直面する水や衛生にかかわる問題の解決に役だてられればと願っています」(井上氏)

地球温暖化対策、汚泥処理技術
映画づくりのように、創造性豊かなコーディネイト能力が求められる

 前職が民間企業のエンジニアの場合、地方公務員の技術職に転職することに、一種の戸惑いがあるかもしれない。「お役所仕事では自主性や創造性がなくなるのではないか」という不安を持つ人も少なくないのではないか。しかし、「最近の地方公務員は違いますよ」と井上氏は即座にその思い込みを否定する。
「私たちが一番求めるのはチャレンジ精神。仕事では自分で率先して発想し、行動し、確かめることが不可欠です。これまで民間企業から移られてきた人が大勢いますが、多くの人が『そこの部分は民間と変わらないですね』と感想をもらしています。逆に、公務員だから安泰だと思って、のんびり仕事をしてもらっては困ります」

 もちろん専門技術を生かして特定技術に特化した仕事もできるが、それ以上に重要なのは、「全体をまとめる役割だ」と井上氏は言う。
「下水道技術はあらゆる技術の集大成です。ここには、土木、建築、機械、電気、化学分野の環境検査など様々な分野の技術者が集まっています。それらの人とコミュニケーションしながら、技術をまとめ、開発や導入計画を立案していく。あるいは、民間のメーカーや大学研究室などと連携しながら新しい技術を生み出していく。実際の導入にあたっては、自らが設計を行い、進行管理や施工業者の監督を行っていく。そういう役割が求められています。あえていえば映画製作のような仕事に近いかもしれません。クリエーターでありプレーヤーでもある。ときにはコーディネーター、ディレクターの役回りを果たす必要もあります」

 中でも下水道局には、ポンプ所や水再生センターという、自らオペレーションする“現場”があるという特色がある。現場で絶えず発生する課題が技術者の能力を磨いていく。施設に停電が発生したり、台風・集中豪雨などで浸水の恐れがあれば緊急動員がかかることもあるだろう。都民のライフラインを担うという緊張感と使命感は、他の仕事ではなかなか得られないものだ。もし、東京都の技術職は新宿の都庁で書類ばかり書いている人というイメージがあるとすれば、それは、おそらくよい意味で裏切られるはずだ。

「私自身、もともと電気系のエンジニアでしたが、都庁に入ってから5つの部局を回りました。財務局で防災行政無線の整備計画や、交通局で都営地下鉄の電気設備設計を担当していたこともあります。このように、入都後の局間異動は決してまれなことではありません。異動にあたっては自己申告制度があって、上司との面談を重ねる中で、本人希望を最大限尊重しながら、キャリアアップに最適な配置を見い出していきます」と、技術職のキャリアプランを語る井上氏。

 たしかに都庁を一つの企業としてとらえれば、ユーザー数約1300万人、職員数約16万5千人を擁する巨大事業所だ。そこにはありとあらゆる仕事がある。エンジニアの経験や能力を活かす仕事も無限大に広がっているのである。

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