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「サイボーグ型ロボットスーツ」で新産業を興した研究者に取材!

HAL・山海嘉之氏が語る
      「エンジニアよ突出せよ!」

最先端サイバニクスを駆使して開発された世界初のサイボーグ型ロボット「ロボットスーツHAL(R)」。その研究開発者である筑波大学大学院の山海嘉之教授は、HAL(R)の実用化に成功したベンチャー企業のCEOでもある。新産業創出のパイオニアが、日本のエンジニアにメッセージを送る。

(取材・文 総研スタッフ/高橋正志) 作成日:12.03.21

市場のない未開拓分野で市場調査はできない

「サイボーグ型ロボット」の生みの親、山海氏

山海嘉之

筑波大学
サイバニクス研究センター
センター長/教授
CYBERDYNE株式会社 CEO
山海嘉之氏

どんな仕事でもそうだが、理想と現実の壁がある。エンジニアであれば、考え抜いた新製品や新機能を実現したくても、「コスト計算はしたのか」「どこが魅力的なのか」「市場調査はしたんだろうな」…と上司にダメを出され、最初の一歩が踏み出せない人も多い。しかし、この人はこう語る。

「採算に合わないなら、コストを減らす方法を考えるべき。例えば2割でなく8割減らすなら、違った機構や素材や方法などを発想すべきですし、そもそも部署内で『行けそうだ』という直感的な判断がないと実現は難しい。最低限、自画自賛できないと他人は説得できないものです。最後の市場調査については、どうでしょうか」

そう、この人は起業に当たって市場調査をしなかった。いや、できなかったのだ。なぜなら、生活自立支援ロボットという市場がそれまでなかったからである。
ご存知の方も多いと思うが、この人、筑波大学大学院の山海嘉之教授が開発した「ロボットスーツHAL(R)」(Hybrid Assistive Limb[R])は、身体に装着してその機能を拡張・増幅できる世界発のサイボーグ型ロボットだ。

人間が体を動かそうとすると、脳から非常に微細な電気信号が流れ、これを受けた筋肉が動く。HAL(R)はその際に出る微弱な生体電気信号を、皮膚表面に貼ったセンサーで検出し、パワーユニットを制御して動作をアシストするのである。
これにより、筋肉の衰えや脊髄損傷など身体機能に障害がある人への運動支援や、重労働者やレスキュー活動への作業支援などが可能となる。

世界的な事業展開が期待される、医療機器としてのHAL(R)

ロボットスーツHAL(R)福祉用

ロボットスーツHAL(R)福祉用

HAL(R)は実用化されているタイプと研究されているタイプがある。前者には下肢の歩行支援などに使われる「HAL(R)福祉用」がある。2010の春から本格的なレンタルがスタートし、120以上の病院や福祉施設で270体ほどが導入されている。

後者の最新型は2011年の上海万博に出展された全身用の「HAL-6」。万博以降もバージョンアップを重ねており、従来に比べて全体の強度や電子制御系の機能が向上し、材料やネジにいたるまで多くの点で改良がなされているという。
「医療機器としてのHAL(R)も開発していて、来年度以降治験の運用に入る予定です。欧州向けでは昨年はドイツ、今年はスウェーデンから医師と研究者が来日して、インストラクションを受けていただきました。今後は現地での臨床試験が始まる予定です」

確かに市場調査は製品開発に欠かせないが、逆に言えばすでに市場はあるということ。新分野を開拓しようとすれば、そのような調査ができるはずもない。ロボットスーツ(R)で新分野を開拓する山海氏はこう語る。
「iPhoneやiPadがよい例で、企業とは本来、市場がない領域を狙うパイオニアであるべき。突破していけば道はできるのに、誰かが突破した後に参入してくる。だから日本企業の世界への発信力が弱くなっている」

会社設立、雇用、資金調達、契約…やればできる

生んだものは大切に育てる、使命感から起業へ

ロボットスーツHAL(R)福祉用

山海氏は事業化を目的に研究開発を続けてきたが、自ら起業するつもりはなかった。提携したメーカーに任せる予定だったのである。実際に何社もの大手企業の経営陣と話すと、彼らは諸手を上げてHAL(R)の事業化を了解し、後にスタッフがやってきたという。

 そして、そのほぼ全員が研究所から来ていた。何度も通ってくれるのだが、何年たっても実用化については進展がなく、「事業化はいつになりますか?」と尋ねると一様に、「私は研究者なのでわかりません」。
「こうしたことが繰り返されましたが、目の前に困っている人がいるのです。社会的な使命感を感じて、自分で動くしかないと思いました。しかし、全くの素人。一般的なエンジニアの方より、経営に関する知識や経験はなかったと思います(笑)」

定款の意味からわからないので、会社法の本を読み始めた。内部統制やコンプライアンスが社会で注目されれば、その都度調べて覚えた。
一方で、仕事を回そうと思えば人材が必要になり、雇用のために資金がいる。貯蓄に加えて銀行から融資を受けた。銀行員はこう語って承諾したという。
「大学を退職されるまでの給与を担保にお貸ししましょう」

2004年にCYBERDYNE株式会社を設立。2005年の愛知万博にHAL-5を出展。2006年2月から本格的に雇用を始めた。いっそうの資金調達が必要になったが、これまでの経験から山海氏にはひとつの危惧があった。

契約書の甲乙丙をXYZに置き換え、フローチャートに

ロボットスーツHAL(R)福祉用

ロボットスーツHAL(R)福祉用を装着した様子

特にベンチャー企業の場合、投資側の意見が強くなると、本来進むべき道でない方向でまず収益を上げようとする。収益ありきではなく、社会に必要な新産業の創出を模索していた山海氏には受け入れられない。そこで2006年9月、日本で初めて無議決権株式のみで第三者割当を実施し、3億7000万円の増資に成功するのである。
「無議決権の株式を誰が買うでしょうか。つまり、私の理念に賛同した出資者の方々が集まってくれたのです。事業者自らでなく投資者たちに舵取りを任せると、理念は通せません」

資金調達やコスト計算が得意なエンジニアは少ないだろうが、研究者であればなおさらだろう。同様に、契約書などの文書の扱いも苦手なはず。山海氏も同じだった。
「契約書はしっかりと読みました。甲乙丙は難しいのでXYZに置き換えて、内容をフローチャートにして各条項を考えていくと、よくわかるんです。そこで引っかかるところが出てくると相手に尋ねます。一度問いただしたら、『では、これでいかがでしょう』と別の契約書が出てきた。さすがに違和感を覚えましたね(笑)」

エンジニアの悩みは解決できる、何かに突出してほしい

機械、電気、ソフト、技術に「役割分担」などない

ロボットスーツHAL-5

ロボットスーツHAL-5

HAL(R)のプロジェクトは1991年から動き出したが、事業化までの構想は出来上がっていた。1987年に博士号を取得して筑波大学の助手、講師となり、ようやく研究者の卵となった山海氏は、教授陣に「すべての学会から退会したい」と申し出る。
若いころに論文を書かないのは学者として命取りと山海氏は振り返るが、そうまでして研究を中断したのは、HALのビジョンを組み上げるためだった。

「28〜30歳の2年半をかけてビジョンを確立し、その実現のために必要なものを考えていきました。目的は福祉、医療、重作業支援、エンターテインメントなど、人が生きていく社会の中での多面的な支援。『サイバニクス』という新しい学術領域を提唱したのもその実現のためです。現在までおよそロードマップ通りに進んでいますが、苦労はあっても苦痛はありませんでした。苦労は人を育てますが、苦痛は人を育てません」

サイバニクスを駆使したHAL(R)の開発スタッフも独創的だ。「HAL(R)福祉用」の開発に約40人、サイバニクス技術を中心とした大学での基礎研究に50〜60人が参加、合計で約100人という大企業でも珍しいほどの研究開発体制。その特徴は「自分の領域」という発想がなく、すべてがひとつの塊としてつながっていて、複合的だという。

特に学生に対して山海氏は、機械も電気もソフトもできるように教えており、彼らもそれが当然だと思っている。しかし、企業からの転職者はそうでなく、まだ役割分担にこだわる傾向があるという。
「医師を例に取りましょう。彼らは自分の専門は当然として、それに合致しないケースも常に頭に描いています。外科医であっても、外科的なアプローチよりも内科的なほうがよいと判断する場合がまさにそうです。エンジニアの方も技術単位、部署単位で閉じず、ほかの分野をぜひ勉強してください」

私はとことんやり抜く、エンジニアにも期待


冒頭の話に戻るが、山海氏にはエンジニアの悩みがわからないという。コストの問題、周囲の理解、市場調査…給与や待遇にしても解決の方法があるからだ。
「何事もやり甲斐が大切です。話を聞いてくれないやる気を失わせるような上司なら、別の部署に話を持ち込めばいい。口説くのは大変でも、わかってくれる人はどこかにいるはずです。私はエンジニアは強いと思う。その人がいないといい製品ができないのだから、会社は手放したくないはず。もしそんな人材でなければ、技量を磨けということです」

今後も研究者と事業者であり続けるという山海氏。「どちらに軸足を置くか」と尋ねると、「それこそが役割分担の固定観念です」と言われてしまった。研究の推進には、実社会で使用された情報のフィードバックが不可欠で、このスパイラルが生まれることで進化が続いていくという。
「研究も技術も人の役に立ってこそ価値がある。確かに事業化を人に任せたらという人もいますが、このスパイラルを定着させて、次を担う人を育てるまで、私はとことんやり抜く。エンジニアの方も何かに突出してください。私は皆さんに期待しています」

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