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発見!日本を刺激する成長業界13 技術力を生かして“電子書籍”をやってみよう!
電子書籍が急激な盛り上がりを見せている。端末、アプリ、コンテンツなどの発表が相次ぎ、有望市場をみすえた企業提携も拡大中だ。タッチパネル式のUI、高精細な画像、サービスの多様さなどがそろって、ようやくエンドユーザーに受け入れられた電子書籍。今年が元年だ。
(取材・文/総研スタッフ 高橋マサシ 撮影/関本陽介)作成日:10.10.25
この5年で爆発的に拡大する電子書籍市場
 電子書籍の市場拡大は目前だ。インプレスR&Dは2009年度の国内の電子書籍市場を574億円、前年度比23.7%増と推計。その89%はコミックを中心とした携帯電話向けコンテンツだが、2010年度以降は「新たなプラットフォーム」向け市場が急速に立ち上がると見る。これはスマートフォン、電子書籍端末、タブレットPC、ゲーム機などで、これらがけん引役となって2014年度は2009年度の約2.3倍、1300億円規模に拡大するという。
  電子書籍市場の対象はアプリやコンテンツだけではない。別の調査会社によれば、2009年度の電子書籍端末の市場は推計9000万円。それが2015年度には5倍以上の約500億円になると予測。ディスプレイ、フィルム、電子機器、通信機器などの部品市場も当然ふくらむので、この5年で巨大な市場が形成されることはまず間違いない。
電子書籍の市場規模推移(2010年度以降は予測)
paperboy&co./市場拡大に一石を投じる電子書籍サービス「パブー」
 紙媒体で言えば書籍や雑誌が電子書籍のコンテンツ。発信者は作家などの「プロ」が想定されるが、株式会社paperboy&co.では電子書籍の作成・販売を一般開放する「パブー」を開発した。誰もが作品を発表できるプラットフォームの実現は、市場拡大への試金石となるか。
読み手と書き手をつなげる電子書籍に、今後はコラボ機能も
パブーで表示した作品(端末はiPad)
パブーで表示した作品(端末はiPad)
「パブー」は誰もがネット上で電子書籍を発表できるプラットフォームだ。ユーザー登録をしてログイン後、本のタイトル、カテゴリー、概要などを入力して「管理画面」をつくる。そこに文章や画像をアップして、ページの作成や編集を進めていく。完成したら「公開・非公開」、「無料・有料」などの設定をすると、パブーのサイトにアップされる仕組みだ。販売価格はユーザーが設定(販売手数料30%)でき、全体の約2割が有料だという。

「6月22日にリリースして約3カ月が経ち(取材時)、作品の総数は4000、著者数は1500人ほどです。サービスが認知されればPCに不慣れな人も増えると考えていましたから、当初から簡単な操作とわかりやすいインタフェースを心がけました。レイアウトの機能は限られても、複雑な機能を付けて見た目の重圧感を与えたくなかったのです。そのためか65歳、75歳の著者さんもいるんですよ」

 こう語るのは副社長であり、パブーの企画とプロデュースを担当した吉田健吾氏だ。吉田氏はWeb上に個人の本棚をつくるサービス「ブクログ」の事業部長を務めるが、ここは「読み手」が集まる場。一方、近年ではブログが書籍化されるケースが増えており、「JUGEM」などブログのサービスも手掛けている同社は、「書き手」を知る立場にもある。
  そこで吉田氏が感じていたのは、「ニッチな分野ではブログの内容がよくても書籍化されない」という現実だった。紙媒体では印刷、製本、流通などのコストがかかるため、販売部数が期待できないと出版は難しいのだ。そこで、電子書籍なら書き手と読み手をつなげられると考えた。
「年初から開発を始めて、1カ月ほどでモックアップ版が完成しました。当時はPCと専用端末に向けたプラットフォームがまだ国内になかったので、仕様書のない手探りの開発。社内の意見を反映させて修正を重ねましたが、大まかなスタイルは当初と同じです」
 吉田氏はパブーを「インディーズの領域」と呼ぶ。そのためか、事業化は考えていても、まず目指すのはユーザー同士での売買が盛んになって、著者に少しでもお金が渡ることだという。
「多い人なら累計のダウンロード数は数千あり、Webでの閲覧数はその10倍と見ています。売れるのはブログでファン層を持っている方や、自分でプロモーションができる方の作品ですね。プロの作家さんもいるのですが、こうした方がTwitterなどで発表すると売れる傾向があります」

  ユーザーからの反響も大きく、PDFでの設定、ブログパーツの追加、画面の表示設定、決算手段への導線などの要望に対しては、週1回のペースで機能改修を行っているという。今後はランキング表示で埋もれてしまう作品のためのレビュー機能や、複数の作り手をつなげるコラボレーション機能を持たせたいと言う。
「絵本がよい例ですが、通常は作画と物語の著者は異なりますし、こうした役割分担は書籍や雑誌の世界では当たり前のこと。『小説は書けるので、誰か表紙を描いてください』とTwitterで探している著者さんもいます。今後はこうした『相手探し』をサポートできるシステムをつくるつもりです。また、企画から入って著者さんをサポートできる、編集者が参加できるようにもしたいですね」
  吉田氏が語る電子書籍の難点は、不用意に寝転がって読めないこと。ウトウトして顔面に端末を落としたことが何度かあるそうだ。
吉田健吾氏
取締役副社長
経営企画室長
ブクログ事業部長

吉田健吾氏
Webサービスの開発経験があれば新規参入は可能
作品の表紙
作品の表紙
パブーの月間セールスランキング画面
パブーの月間セールスランキング画面
 パブーの開発は吉田氏のほか、企画兼ユーザー担当者1人、エンジニア2人、デザイナー1人の計5人で行われた。エンジニアはPHPでのインタフェース開発者と、ファイル生成やサーバー側の担当者。開発にはブログサービスの実績とともに、写真の共有・保存サービス「30days Album」の技術が、画像のストレージやリサイズなどに役立ったという。技術責任者の宮下剛輔氏は語る。
「30days Albumはほかのサービスで使うことを想定して始めたもので、スムースにつながったと思います。苦労したのは画像変換やフォーマット変換ですね。特に、『ePub』での表示は大きな課題でした」
  ePubとは米国で電子書籍フォーマットの標準になりつつある、XMLベースのオープン規格。パブーの電子書籍はPDFとePubでダウンロードできるが、ePubはオープンなために不安定な部分が多く、このファイルの取り扱いが一苦労だったと語る。また、既にKindleはあったもののiPadの日本発売は5月下旬。端末での実機テストを経て、リリースは6月となった。

  宮下氏は、一般的なWebサービスやブログサービスの開発エンジニアであれば、電子書籍のプラットフォーム開発に高い壁はないと語る。上記のサービス開発の経験が3年ほどあれば、十分に参入できるとのことだ。
「技術的な特徴で言えば、データの容量が大きくなるとページのレスポンスが遅くなるので、Perlのミドルウェアを使って非同期処理を行ったくらい。いわば一般的な技術の組み合わせですので、決してハイレベルなものではないと思います」

 具体的なスキルとしては、開発言語ならpaperboy&co.の主流でもあるPHPやPerl、JavaScriptの知識はすぐに役立つ。大容量のデータを扱うケースもあるので、動画系のサービスを扱った経験なども生かせる。iPhoneなどスマートフォンでのアプリ開発経験はかなり有効だ。
  ただ、電子書籍ならではの特徴に「組版」があるという。ページ内での文字のフォントや大きさ、文章の行数など「本の顔」を決める作業で、紙媒体では編集者やブックデザイナーが担当する。Webであればブラウザが吸収してくれる分野なので、慣れていないエンジニアは多いはずだ。

「つまり、『日本語をどう取り扱うか』というフォーマットの問題です。将来は端末側で整備されるのかもしれませんが、PDFはともかくePubでは必要ですね。また、スマートフォンやiPadのような最新の端末が好きな人。変化の激しい分野なので、仕事で仕方なくてというより、趣味で追いかけてしまうような人に向いているでしょう」

  電子書籍のプラットフォームは各社各様で、電子書籍を読むアプリ側も同様だ。エンジニアにとっては、企画段階からアイデアを出せる余地が十分にあり、むしろそういう人材が求められる。paperboy&co.でも専門の企画担当者はおらず、デザイナー、マーケッター、プログラマなどが一緒にサービスを考えるという。
「弊社はレンタルサーバーでもブログサービスでも、ごく普通の人に使っていただくことを前提にしています。パブーも同様で、学生や女性、高齢者の方にやさしいプラットフォームを常に考えています」
  宮下氏の電子書籍の活用術はエンジニアらしく技術書。分厚い技術書を裁断して1ページずつスキャンし、Kindleに入れて読んでいるそうだ。
「重い技術書を持ち歩かなくてすむので楽ですよ(笑)」
宮下剛輔氏
経営企画室
技術責任者

宮下剛輔氏
エンジニアにとっての「入口」が多い電子書籍の多様性
 電子書籍の市場成長は世界的に確実視されており、これまで蓄積された膨大なコンテンツの再利用はもちろん、新しいサービスや収益モデルの構築が模索されている。各業界での多彩なエンジニアニーズが考えられるが、職種もハード、ソフト、材料系とほぼすべての分野で発生すると見られる。
  まずは電子書籍端末。iPadやKindleに対抗して、大手電機メーカーが相次いで新製品を発表している激戦区だ。日本でも以前から電子書籍の端末は開発されていたが、ビューワーとしての機能が中心で、タッチパネルや通信機能が付いた現在の多機能型ではない。そもそも開発経験者は非常に少ないので、今は自社のエンジニアが担当していても、市場の成長に伴って外部に門戸を開く企業も出るだろう。職種としては機構設計などのメカ系、回路設計などのエレ系、アプリを動かすミドルウェア開発、組込みソフト開発などで、仕事の内容はスマートフォン開発を考えると想像しやすい。

  サプライヤーからの需要も大いに期待できそうだ。右肩上がりで伸びているタッチパネル式インタフェースでは、液晶や有機ELのディスプレイ、より薄型で屈曲のできる電子ペーパー、コーティング用フィルムなどがあり、材料系職種を中心にエンジニアニーズが高まりそう。ここでは電気系のほか、製造工程でのプロセスエンジニアや生産技術エンジニアなどにも波及しそうだ。
  端末内部の電子機器や通信機器といった、電子デバイス関連のニーズもある。ディスプレイ分野もそうだが、自社製品が電子書籍端末に採用されるか否かは、社運を左右する場合すらある。価格帯の安い中国、韓国、台湾のサプライヤーに勝るには、技術力を早急に高める必要に迫られるのだ。

  ソフトウェアではハードルがいっそう低くなるだろう。ハードウェアが大手・中堅メーカーの主戦場だとすれば、こちらはpaperboy&co.のような技術特化型ベンチャーの参入余地も大きいからだ。「パブー」のような電子書籍用サービスは少数派としても、既に数多くのベンチャー企業が電子書籍に関連したアプリケーションを発表している。宮下氏が語ったように、「決してハイレベルな技術ではない」のだ。
  ここではWebサービスやWebアプリの開発エンジニア、トラフィックを支えるインフラエンジニアなどが求められるだろうが、参入障壁が低いので強みを出さないと埋もれてしまう。iPhoneアプリの市場で多くの個人開発者が作品を公開しているように、電子書籍のアプリも個人レベルでの開発ができる分野だからだ。

  むしろ今後は、文字や画像で表現する本の再現というより、動画、音声、位置情報などと組み合わせたり、ソーシャルやエンタメなどのWebサービスと連携させるなど、新しい形のコンテンツを提案・実現できるエンジニアが求められるはずだ。少なくとも企画者のアイデアに対して、技術的な解決方法を言えるくらいの知識や発想力は必要だ。
  グーテンベルグの活版印刷を起点とすれば、出版事業は550年以上の歴史を持つ。蓄積された天文学的な資産があり、それに「技術」という新しいツールが整った。新しい世界を創っていくのはエンジニアだ。
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高橋マサシ(総研スタッフ)からのメッセージ 高橋マサシ(総研スタッフ)からのメッセージ
私は出版社の出身で、もともとは書籍や雑誌の編集をしていました。今でも「紙」への思い入れは強いのですが、その分だけ電子書籍の可能性に期待大です。大きなパラダイムシフトの中に身を置けるのがうれしくもあります。ぜひ何かを始めたいですね。

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