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情報は流水。クラウドを高速循環する水流が、社会情報環境を加速
石井裕MIT教授が語るソーシャルテクノロジーの近未来
MIT(マサチューセッツ工科大学)メディアラボで「タンジブル・ビット」など革新的な研究を続ける石井裕教授。今夏の来日をとらえ、クラウドコンピューティング、ソーシャルメディアがもたらす未来、エンジニアが果たすべき役割についてインタビューした。
(取材・文/広重隆樹 編集/宮みゆき 撮影/栗原克己)作成日:10.09.17
クラウドの中を流れる高速の水流を、どのようにコントロールするのか

──石井裕教授の情報科学における世界最高峰の舞台での絶えざる挑戦は、日本のエンジニアや研究者にも常に刺激を与えています。クラウドコンピューティングやソーシャルテクノロジーの進展が、ITビジネスだけでなく、世の中全体を変えようとしています。こうした動きをどうご覧になっていますか。

石原 和明氏
マサチューセッツ工科大学(MIT)
メディアラボ教授
石井 裕氏

 私が今使っているデジタルカメラのメモリは、ワイヤレスで画像をサーバーに自動アップロードできるEye-Fiです。カメラで撮影した瞬間にflickrやEvernoteに画像を送ることができる。それをPCやMac, iPhoneやiPadなどあらゆるデバイスー情報のファウセット(蛇口)を通して、取りだし、加工し、人々と共有することができる。あるいは、私が紙の情報をスキャンするとき重宝しているのが富士通の ScanSnap。これをEvernoteに放り込めば自動的に文字認識をし、それを後から何度でも再利用できます。

 かつて私たちがもつデジタル情報は、それぞれが持っているデバイスや、ローカルなメモリに蓄えられたままでした。ときにはその情報の一部を切り出して、人と共有すること、もできたが、そのスピードは遅く、いわばデバイスという池の中で、水が静止しているような状態だった。その水がいま急速に動き出している。情報がメモリの中から溢れ出し、流水のごとく高速でクラウドへと流れ出し、そして循環していきます。

 Evernoteはまさに未来のユビキタスファイル管理システムです。ファイルを自分のコンピュータに抱え込む必要がない。ファイルはどこにでもある。それをさまざまなファウセット(蛇口)から、引き出すことができます。情報が流水となって流れていく現代の状況をよく表しているのは、Twitterでしょう。Twitterで私たちは、何らかのテーマに見識を持つ人と出会うことができる。彼らから貴重な情報や面白い話を聞けるだけでなく、その人がフォローしている人へとネットワークを広げることで、世界をより深く理解できるようになります。そうした有益な情報は、リツィートを重ねることで、これまでの情報伝達では考えられなかった規模とスピードで世界の人々の間に伝播され、共有されていきます。

 情報やアイデアの高速な循環、再加工、再編集、再発信が始まっています。これは、現代のICT系を考える上できわめて重要なポイントです。そうした情報の流水を支えているのが、クラウドコンピューティング。多様で、インテリジェントで、ニュースバリューのある情報を無限に蓄える一方で、いたるところに情報のファウセットがついていて、いつでもどこでもどんなデバイスを使っても、それを引き出すことができる。こうした雲の中を流れる高速の水流を、どのようにコントロールしていくか。それがこれからのビジネスの鍵になるでしょう。

高機能競争には意味がない。価値のパラダイムシフトに対応できる企業にこそ夢がある

──単に高機能のデバイスを作るというだけでは、十分ではないということですね。

 これまではともすると、コンピュータのハードウェアスペック:CPUスピード、メモリ容量とか通信のバンド幅といったミクロなスペックに目が行きがちだった。しかし、これから大事なのは、マクロな視点からみたダイナミックな情報の流れをいかに押さえるかです。

 例えば Apple。iPhoneやiPadの画面の精細さや、その使いやすいインターフェイスに驚いていてはいけない。 Appleがすごいのは、音楽配信の仕組みを、iTunesという完璧に閉鎖的なアーキテクチャで構築し、支配的なビジネスモデルをあっという間に作り上げてしまったことです。彼らは情報の流れをコントロールしていて、音楽配信の分野では誰も容易に参入できなくなっています。

  Apple だけではありません。クラウドコンピューティングのそもそものパイオニアは、GoogleでありAmazonです。Amazonはクラウドベースでビジネスを展開するパワフルなインフラを持っています。それを使って多くの企業がクラウドベースのサービスを始めています。大事なのはデバイスをいくら作っても、いくらよいソフトを書いても、情報が流れるその仕組みをしっかり押さえておかない限り、単なるone of themにしかなれないということです。

 ドラマティックなまでに今、価値の重心の変動が世界中で起きています。そのパラダイムシフトを危機的にとらえ、なんとかそれを企業戦略に取りこもうとする会社には夢があるが、そうでないところにはもはや未来はない。例えばデジカメの画像をより高解像度にし、マシンを高速、高容量化する技術では、日本企業はどこにも負けていない。しかし、高解像度、高速、高容量という競争は実は楽なのだ。目指すべき明快な指標があって、その成果を数字で測ることができるからです。しかし、デジカメの画像を無限に高解像度にすることを、誰が望んでいるだろうか。

 それよりも、撮った瞬間に画像が伝送され、遠くの国にいる家族がそれを見て楽しめる、その画像にコメントをつけて、Twitterに引用してその興奮をみんなで共有できる。こうしたシームレスにつながったソーシャルサービスこそが、人々が求めているものではないのだろうか。

 重要なのは個々のデバイスのスペックではなく、ユーザーのエクスペリアンス(経験)をデザインするということです。個々の製品のプロダクトデザインだけに関心を狭めてはいけない。誰かがWebを検索して欲しいモノをオーダーし、届いた箱を開けて驚き、実際にそれを楽しみ、使い方がわからなかったらヘルプデスクに電話をしてすぐにサポートしてくれる。こうした一連の経験のプロセスにこそ価値があるのであって、モノを創る人はそこまでを考えて、製品をデザインしなければならない。

──そうしたシームレスなサービスや新しいビジネスモデルを提案するのはやはり欧米企業でした。日本から発信できなかったのは残念です。

 クラウドコンピューティングといっても、それはけっして新しい考え方ではない。高性能かつ大容量メモリーを持つセンターマシンに、リモートからアクセスし、タイムシェアリングするサービスは、コンピュータの歴史の初期からあったものだ。コンピューティングは常に集中と分散という波を繰り返しているのです。

 ただ、クラウドが広く受け入れられているのは、それを可能にする技術的要件、サーバーのスケールアップやネットのスピードが伴ってきたからだ。そうした流れに着目して、新しいビジョンを描き、サービスを思いついた人は日本にもたくさんいたでしょう。

 しかし、その思いつきを真っ先に実装してビジネスを展開したのは、例えば米国西海岸やシアトルの人間達だった。東京じゃなかった。なぜかと聞かれてもよくわからない。しかし事実は事実だ。悔しいけれど。

ソーシャルテクノロジーが価値あるコミュニティを生み出す

──日本でも現在ソーシャルゲームが急成長しています。なぜ今「ソーシャル」がもてはやされるのでしょうか。

 それは当たり前の話です。人間はソーシャルな動物であり、常に誰かと一緒にいたい、一緒に語りたい、人と協業したい、つまりコミュニティをつくりたがる動物なのだから。

 かつてダグラス・エンゲルバートは、コミュニティにより可能になる集合知に着目し、「コレクティブ・インテリジェンス」という概念を提唱した。それを可能にするインフラが生まれ、それを可能にするモデルが登場した。例えば Wikipediaです。多くの人の懐疑をよそに、Wikipediaはオープンで誰もが編集できる百科事典として、人々の集合知を結集する場になろうとしている。これは、コレクティブ・インテリジェンスの理想型を示すものなのです。

 FacebookにもmixiにもTwitterにも、もちろんダークサイドはあるでしょう。しかし、コミュニティのなかで情報を共有し、そこから新しい知を生み出したいというポジティブなニーズが、そうしたSNSのコミュニティを支えている。それは人間の根本にあるニーズに沿ったサービスです。

 ソーシャルゲームもまた、単に個人の暇つぶしの娯楽ではなくて、教育やコラボレーション機能をもつもの。ゲームは刹那的なエンターテインメントを超えた、より広い人類への貢献ができる可能性を持っている。ゲームを超えたbeyond gameという視点で考えたらいいと思う。鍵になるのはコミュニティを形成する機能だ。それこそが、これからのアプリケーションやサービスの中心的テーマであることは間違いありません。

 ただ、コミュニティをつくるというのは、単に売れるゲームをつくるということとは違います。コミュニティはある共通の価値観や問題意識を持つ人が出入りしながら、新しい価値観を生み出す場だ。ソーシャルサービスのビジネスが成功するかどうかは、優れた価値をもち、永続性のあるコミュニティを作れるかどうかにかかっています。

 そもそもコミュニティというのは、企業側が押しつけたり、ましてやエンジニアだけで作れるものではありません。お客さまが参加してそこでいろいろ会話をしながら、育てていただくもの。人間関係における「信頼」と同義のものだ、企業が「今参入すれば儲かる」という“四半期的な”ノリだけでやると、ビジネスとしてはいいかもしれないが、出てきては消える、単なる草の露になってしまうでしょう。

人間心理、社会心理まで極めたトータルなエンジニアの能力の必要性

──ソーシャルサービスの中でエンジニアが果たせる役割はどこにあると思いますか。

 単にコードが書けるという狭い意味でのエンジニアの役割は大きくはないでしょう。コミュニティを育てるのは、高機能デバイスを作ったり、デジタルカメラの解像度を高めるという、従来の意味でのテクノロジーではないからです。

 コミュニティが炎上したときにどう対処すればいいか。コミュニティが健康(ヘルス)を保ち、常に活性化するためには、どういう仕掛けをすればいいか。コミュニティ内のルールやモラールを維持するためには、どうすればいいか。そのためにはどういうデータをどう集めて、どういう手を打てばいいのか。ときには社会心理的な知見を踏まえながら、そうしたテーマに取り組むことが必要です。

 そこでは、エンジニアというよりは、むしろヒューマンリソースを扱うプロである人事部に似たセンスが必要かもしれない。そういうセンスをもっていて、なおかつアプリケーションやプラットフォームのデザインができ、なおかつテクニカルな実装もできる。ソーシャルサービスでは、そういうキャパシティの広いエンジニアが求められています。

 これはオープンソースの開発プロセスと、実はよく似ている。Linuxでもなんでも、みんなが勝手にコードを作って、勝手に結合しても、プログラムが動くわけはない。きちんと規格を管理して、それを検証し、認証する中央集権的な構造が不可欠なのです。コミュニティの階層的な構造を踏まえ、メンバーにどのように権限を与えていくのか。そういうことも含めてデザインできないといけません。

誰も分け入ったことのない原野を、一人で切り拓き、全力で疾走する決意

──今年夏の来日でも教授の講演には若い人が大勢詰めかけました。その感動を twitterで呟く人も大勢いました。エンジニアに限らず、日本の若い世代へのメッセージをあらためて。

 若い人たちと議論すると、私も学べることが多いし、自分の視野も広がる。いつも出会いを楽しみにしている。私からのメッセージはいつも決まっていて、「出る杭は打たれるが、出過ぎた杭は誰も打てない」ということです。

 突出しつづけるために必要なことは、自分への誇りであり、それを潰されたときの屈辱感であり、それをバネにして生まれる飢餓感です。飢餓感とは単なる胃袋の話ではない。インテレクチャルな世界、ビジネスのフィールドでいかに飢餓感を持ち続けるかが大切なのです。

 さらに優れた問いを問い続けることも欠かせない。Why?を何百回と繰り返せば最後は哲学のレベルにまでいく。哲学、オントロジー(存在論)の高さまで自分の問いを研ぎ澄ませ、結晶化させること。その訓練が大切です。

 私はよく「2200年」という未来を軸にしてモノを考える。2200年には、私はもちろん、今の若い世代もみな死に絶えている。しかし、未来は私たちの死を超えて無限に広がっています。2200年に生きている人類に、私たちは何を残すのか、どう思い出されたいのか。そこまで考えると、本質的なことをやらなければならないことに、誰もが気づくはず。一過性の、すぐに廃れてしまうようなものばかり作ってもしょうがないのです。

 私のTwitterでの呟きを多くの人がフォローしてくれています。100m競争をメタファーに、以下のツイートをしました。

100mトラックを人より速く走る事は、真の競創ではない。誰も分け入った事の無い原野を一人切り開き、まだ生まれていない道を、一人全力疾走すること、それが競創だ。そこには観客も審判もストップウォッチも存在しない』 @ishii_mit

 あらかじめレールが敷かれているところを、人より数秒速く走りきっても、それだけでは本当のクリエイティブとはいえないということです 。

 また最近、私は「なぜMITを選んだのか」という以下のメッセージを発信しました。

『95年、僕がMITを選んだ理由、それは頂が雲に隠れて見えない高い山だったから、そして頂へと続く道がなかったから。しかしそれが幻想だったことを後で思い知る。登頂すべき山なぞ初めから存在していなかった事を。その山を零から創りあげ5年以内に初登頂すること、それがMIT生き残りの条件。』 @ishii_mit

 テクノロジーの創造、それをベースにした本当のビジネスというのは、かくも厳しいもの。生半可の勝負ではない。自分が登るべきたった一つの山を思い描き、その山を自分の手で作り上げ、そしてその頂点を極めること。日本のエンジニアには、そのことを考え続けてほしいと思うのです。

マサチューセッツ工科大学(MIT) メディアラボ教授 石井 裕氏

1956年生まれ。北海道大学大学院修士課程修了。1980年電電公社(現NTT)入社。86年〜87年、西ドイツのGMD研究所客員研究員。88年よりNTTヒューマンインターフェース研究所で、CSCWグループウェアの研究に従事。92年工学博士。CSCW、CHIなどの国際会議の常連となる。93年から1年間、トロント大学客員教授。95年マサチューセッツ工科大学準教授。メディアラボ日本人初のファカルティ・メンバーとなる。2006年、国際学会のCHI(コンピュータ・ヒューマン・インターフェース)より、長年にわたる功績と研究の世界的な影響力が評価されCHIアカデミーを受賞。現在、MITメディアラボ副所長。

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宮みゆき(総研スタッフ)からのメッセージ 宮みゆき(総研スタッフ)からのメッセージ
石井先生が来日されるのを知り、Twitter上での取材依頼をしてみたところ、快諾を頂き今回の取材に至りました。面識があったとはいえ、情報、コミュニケーションのシームレス化が加速していることを実感せずにはいられませんでした。ぜひ皆さんも石井先生のTwitterをのぞいてみてください。

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