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技術者たち、ニッポンの未来をよろしく Vol.6 雨宮処凛 エンジニアよ、負けるな
雨宮処凛 エンジニアよ、負けるな
本年度の経済財政白書でも指摘された非正規雇用の格差と貧困。この問題に取り組む反貧困運動のジャンヌ・ダルク、雨宮処凛さんにお話をお聞きしました。技術の現場でも派遣社員や契約社員の存在が当たり前となっていますが、正社員も危機的な状況にあると雨宮さんは語ります。
(取材・文/総研スタッフ 高橋マサシ 撮影/三浦健司) 作成日:09.08.05
雨宮処凛 雨宮処凛
高校卒業後に上京。97年に右翼団体入会。98年にパンクバンド「維新赤誠塾」を結成。99年にドキュメンタリー映画「新しい神様」に主演。右翼団体脱会後の2000年に自伝『生き地獄天国』(現ちくま文庫)で作家デビュー。日本ジャーナリスト会議賞を受賞した『生きさせろ!難民化する若者たち』(太田出版)など著書多数。反貧困ネットワーク副代表、フリーター全般労働組合賛助会員。1975年生まれ。
非正規雇用の貧困は「あっち側」の問題ではない
見知らぬ土地で、お金も家もなく放り出される恐怖
 1990年代前半までは、学校を出たら企業に就職して、一から仕事を教えてもらって、10年もたてばひと通りの仕事を覚えて、職場で「必要な人間」と承認されることが普通でした。そうでなくても「後ろ指をさされない生き方」をして、結婚して、子供をつくって、30年ローンで一戸建てを買うことはできた。今ではこの門戸はかなり閉ざされ、その原因は正社員と非正社員の格差にあり、非正規雇用者の増加にあると言われています。

 非正規雇用者は労働者の4割弱にまで急増しました。そこには、製造業への労働者派遣解禁や就職氷河期によるフリーターの増加など、さまざまな理由がありますが、いずれにせよ日本の経済は非正規雇用者を使う仕組みで動き始め、拡大していきました。派遣社員やフリーターはその中で必要とされていたわけです。そんな人たちを、景気が急速に悪化したからとはいえ、いきなり馘首する。シンプルに考えて、おかしな話だと思いませんか?

 しかも、一時的に仕事がなくなったという単純な話ではなく、生死にかかわる問題に発展しています。そこに怒りを感じるんです。例えば、昨年末には多くのメーカーで「派遣切り」があり、何万人という派遣社員などの非正規雇用者が職を失いました。彼らの多くは働き場である大工場から遠く離れた場所、失業率が高くて最低賃金も低い、北海道、東北、九州、沖縄などから、人材派遣会社を通じて送り込まれました。体ひとつでやってくるので寮付き、契約期間は3カ月や半年、寮費や生活家具などのレンタル料を引かれて、給与は1カ月10万円台前半です。

 こうした人たちが突然解雇されると、寮からも追い出され、貯金もできませんから、見知らぬ土地でお金も仕事も住む場所もなくなるわけです。多くの派遣会社は帰りの交通費など出してくれません。すると、失業がそのままホームレス化へとつながってしまうのです。年末の「派遣村」に集まった何百人という人たちの姿です。
末端の人たちを支援するセーフティーネットが急務
 この問題に対して、「先手を打っておかなかった本人が悪い」「彼らの救済に税金は使いたくない」といったバッシングの声を聞きます。ですが、ある程度の余裕があればこんな言葉は出てきません。こう語る人たちの多くもギリギリの生活にしがみついていて、一歩足を踏み外すと自分も同じ立場になるかもしれないという、不安を感じているのだと思います。バッシングする側にも非常に厳しい現実を感じます。

 また、非正規雇用の貧困は当事者だけで終わりません。彼らを「働かない」「やる気がない」と非難するのは団塊世代が多いのですが、貧困層の若者は就職氷河期にまともに就職できなかったロストジェネレーション世代、つまり彼らの息子や娘である団塊ジュニアたちなのです。この世代の貧困層の共通項は親に頼れない、あるいは親も貧困層であること。親に生活を支えられている人もいますが、親が亡くなったらすぐに貧困層です。

 こうした就職氷河期世代の非正規雇用者が正社員になれず、十分な年金が確保できないと、老後の生活保護費は累計で18兆円前後になるという試算があります(2008年)。まさに社会全体で考えるべき問題ですし、社会保障費以外にも多くの悪影響が出てきます。例えば、親が要介護状態になったとき、ロスジェネ世代に面倒が見られるでしょうか。お金も仕事もなく、下手をすれば一家心中になりかねません。

 末端の人たちがひとり残らず、何らかの支援に引っかかる社会をつくることが急務です。そしてその社会は誰にとっても生きやすい世の中のはずですが、残念ながら今の傾向は逆です。「格差社会」という言葉が定着するにつれ、ここ数年で貧困層への視線がすごく冷たくなったと感じます。貧困層の存在に慣れさせられてきたのか、彼らを「あっち側の人」と扱い、自分の意識からスルーさせています。
 4割弱が非正規雇用者ですから、家族や親せき、友人の中には貧困層かその予備軍がいるはずです。その人を10年後のホームレスにしていいと思うでしょうか。既に「あっち側」の問題ではないのです。
エンジニアにも影響している社会の貧困
「モノをきちんと作り上げる仕事」だから注意が必要
 エンジニアの方が勤める会社は、メーカーやIT系の企業なのだと思います。正社員の方も、派遣社員や期間工の方もいらっしゃるでしょう。私は非正規雇用者だけでなく、正社員の働き方、働かせ方にも問題があると思っています。例えば、残業代なしで長時間働かされる「名ばかり管理職」は正社員ですし、何度も裁判の傍聴に行っている過労死や過労自殺は、正社員のほうが圧倒的に多いです。

 技術に携わる仕事が好きなのはわかります。ただ、それも程度の問題です。私が取材した過労自殺のケースで、責任の重さに耐えきれなくて自殺をした、大手メーカーのエンジニアがいます。パワハラもあったようですが、会社から無理難題を押し付けられて、うつ病になって死を選んでしまいました。その半年後に彼の同僚も自殺しました。コンピュータが動かないという顧客からの電話を受け、担当者だった彼は発作的に自殺したようです。後でわかったことですが、それは間違い電話で、コンピュータは問題なく稼働していました。

 また、技術職について私が聞いた例は、納期が非常に厳しいであるとか、顧客の要望を上司が何でも安請け合いして部下に振るなどで、特徴的に思ったのは「モノをきちんと作り上げる仕事」だということです。ほかの業種や職種だったら仕事を多少ごまかすことはできても、技術は、モノは、ごまかしようがない。その分、仕事の質としては最も過労になりやすいので、自分たちが「特殊な職場」にいることを自覚してほしいと思います。注意をしてほしいと思います。
人の未来を侵害してまで安い製品は欲しくない
 IT系のシステム開発やソフト開発では、請け負いの単価が下がり続けていると聞きました。末端の労働者にいくほど人件費が安くなり、以前の半分以下になったという人もいます。何でも安くすればよいのではなく、人件費の最低基準から換算して、業界全体で受注額の最低ラインを決めるなどはできないでしょうか。

 メーカーの非正規雇用にも同じ問題があると思います。派遣労働者が安い賃金で短期的に働くから、高品質で低価格な家電製品が買えるのだと語る人もいるからです。これは100円ショップと同じ構図です。私たちが安い安いと買う100円ショップのグッズは、中国の大工場で低賃金の労働者が作っています。それを喜んでいいのかというのがひとつ。加えて、100円ショップに代表される格安製品の購入者はやはり貧困層が中心なので、作り手も買い手も貧困層という、貧困マーケットでの貧困スパイラルが起こっています。

 ほかのケースも同じでしょう。低賃金で突然解雇される非正規雇用者、過労死や過労自殺、派遣社員の労災事故も3年で8倍になりました(2007年発表)。また、正社員はサービス残業で長時間労働を負わされ、非正社員は安い給与で雇用の調整弁に使われる両者のいびつさには、何か関連が見えます。非正社員は正社員を「楽な特権階級だ」と思い、逆に正社員は非正社員を「自由な時間があるから低賃金も仕方ない」と考える、そんな対立をあおられているような気もするのです。

 私はこうした人たちの未来を侵害してまで、安い製品を欲しいとは思いませんし、彼らの給与が上がるなら多少モノの値段が高くなっても構いません。景気や為替など複雑な問題があるので一概には言えませんが、価格が上がっても90年以前の日本に戻るくらいのレベルではないでしょうか。なぜなら、貧困層の望みは突飛なものではないからです。多くは「年収300万円の正社員になりたい」というのが夢なのです。
つまらない理由で人が「のたれ死ぬ」社会を変えたい
世界中で始まっている反貧困のプレカリアート運動
 日本には、学校を卒業したら正社員で就職するのが当然で、そのラインに乗らないと落ちこぼれという変な常識があります。北米やヨーロッパの人と話すと、10年くらいフラフラして30歳で正社員就職というのも普通で、雇う側もそこで差別などしないようです。そうでないのは日本と韓国くらいじゃないかという話になりました。
 だから日本では、35歳までフリーターを続けてきた人の受け皿がひとつもない。高校や大学を出た後でやりたいことがすぐに見つかるなどあり得ないですし、入社した会社に一生しがみつくしかないのも、人生の選択肢として狭い。ですから、こうした外国の働き方や雇い方には見習うべき点が多くあります。

 今の日本で、全員が正社員になれないのははっきりしています。だったら、非正規雇用で働いても普通に生活ができ、結婚もできる社会をつくるしかないと思うのですが、「この不景気に夢みたいなことを言うな」と経済成長の話にからめとられてしまいます。しかし、リーマンショック前まで戦後最長の経済成長と言われ、多くの企業が「史上最高益」を発表する中で、時給の下がった派遣社員も数多くいました。今だから、いつだからという問題ではないのです。

 現にロスジェネ世代も声を上げています。私も1975年生まれでその世代ですが、自分たちで労働組合をつくったり、全国でデモを行ったり、最近では海外との連携も始まりました。イタリアでは「1000ユーロ世代」(月収1000ユーロの若者層)、韓国では「88万ウォン世代」(月収88万ウォンの若者層)が社会問題化していて、プレカリアート(不安定な労働者階級)運動は世界的なものです。
 この言葉の発祥地であるイタリアでは、10年前に100人規模だったメーデーのデモが、今では10万人が集まるようになりました。韓国の若い世代の貧困は日本以上です。私も海外の運動にとても興味がありますし、日本でプレカリアート運動をしている非正規雇用の人たちも、外国の実情を知ることで知識が増えたり、安心したりする部分が多いと思います。

 諸外国の運動の特徴は、若い世代の問題はわれわれの問題だと、大人たちも参加していることです。日本でも経済が悪化し、「派遣村」が話題になるなどで、ようやく「貧困の原因は自己責任」というバッシングが減ってきました。社会のあり方を考える大人も増えてきたと思います。
「プライド」と「仕事の充実感」を察してあげてほしい
 エンジニアの方は日本の根幹を支える仕事をしていて、私たちも日常的に恩恵を受けていると思います。正社員も派遣などの非正社員もです。ただ、実際にどんな仕事をしているかが見えないせいか、私たちはあまり感謝をしていないと思います。もっと技術の仕事をする人の評価が高くてもよいと思います。

 そんな皆さんに考えてほしいことがあります。非正規雇用者の問題では低賃金や雇用の不安定さはもちろん、「プライド」も大きいのです。先ほど、非正社員も正社員も同様に苦しいと言いましたが、少なくとも「尊厳」という意味では正社員のほうがあります。派遣社員からよく聞くのは、「正社員から信用されない立場が苦しい」「非正社員であることを家族や親せきに話せない」などで、「正社員から仕事を教えてもらえないのがいちばんつらい」と語る人も多くいます。

 エンジニアの方は残業時間が多く、長時間働くのが当たり前のようになっているようです。そこには納期が短いとか開発スピードが速いなどの理由や、やらざるを得ないノルマなどもあるでしょうが、一方で新製品を作り出す喜びや、チームで考えて皆で実行する醍醐味もあり、好きな技術や仕事だから夢中になる人もたくさんいるはずです。程度の問題はあっても幸せなことだと感じます。しかし、それは正社員だからです。非正社員はどうしても単純労働が多く、こうしたモノづくりの楽しさは味わえないのが現状です。

 一方で、派遣社員でも同じ仕事を3〜4年も続けていればベテランです。もっと仕事をやりたい、仕事で充実感を得たいという気持ちがあるのに、その機会が失われています。そんな彼らに場を与えたいし、人材を生かせないのは企業にとってももったいない話です。雇用形態の差から規則で教えられないという事情もあるでしょうし、勝手にできないとはわかっていますが、彼らの気持ちを少しはわかってあげてほしいと思います。もし逆の立場でいたら、必ず同じことを希望すると思います。

 運が悪い時代に生まれた、人よりちょっと要領が悪い、そんな理由だけで人が「のたれ死ぬ」社会、病気やけがになったら「役立たず」と言われる社会、そんなセーフティーネットに穴が開いた社会は、私は嫌です。突然会社をクビになったり、事故や病気になったときに安心できる社会のほうが、はるかに住みやすいとは思いませんか?
雨宮処凛さんから
エンジニアなら 人の痛みがわかるはず。雨宮処凛
雨宮処凛さんの最新情報
『雨宮処凛の「生存革命」日記〜万国のプレカリアートよ、暴れろ!〜』(集英社) Webサイト「マガジン9条」での連載中の「雨宮処凛がゆく!」が単行本になった、『雨宮処凛の「生存革命」日記〜万国のプレカリアートよ、暴れろ!〜』(集英社)。

 2008年3月〜2009年3月に書かれたもので、まさに格差や貧困、これらに起因する犯罪が社会問題化した1年。時系列で読むと問題の根深さと拡大が理解できるし、「朝生」の裏話やデモでの不当逮捕などの話題も満載。基礎的な情報が得られるコラム「雨宮さんに質問!」も便利。
『ロスジェネはこう生きてきた』(平凡社新書) 雨宮さんの2冊目の自伝『ロスジェネはこう生きてきた』(平凡社新書)。いじめにあった少女時代、ビジュアル系バンドの追っかけ「バンギャ」時代、右翼団体に入会、パンクバンド時代にはイラクでライブ、映画出演から作家デビュー……。

 こう書くと順調にステップアップを続ける女性像も浮かぶが、決してそうではない。彼女の隣には常に死と貧困があり、現在の笑顔からは想像できない生き様があったとわかる一冊だ。ご一読を。
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高橋マサシ(総研スタッフ)からのメッセージ 高橋マサシ(総研スタッフ)からのメッセージ
年収100万円、200万円で生活をしたことがありますか? 私はありません。年収100万円、200万円での生活をリアルに想像できますか? 私はできません。しかし、数多く生まれてしまったそんな人たちを、私は他人事には思えません。同じ日本人じゃないですか

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