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技術者たち、ニッポンの未来をよろしく Vol.4 工藤公康/苦しいときこそ最初の一歩を踏み出す
工藤公康/苦しいときこそ最初の一歩を踏み出す
プロ野球の現役最年長投手であり、45歳の今も先発マウンドに立ち続ける工藤公康さん。西武、ダイエー、巨人で日本一を経験し、一昨年から横浜ベイスターズへ。悪いけど、こんなにすげえピッチャーはほかにいませんから。本拠地の横浜スタジアムで野球と技術のお話を聞きました。
(取材・文/総研スタッフ 高橋マサシ 撮影/武島 亨) 作成日:09.04.27
工藤公康 工藤公康
名古屋電気高等学校(当時)卒業後、1981年にドラフト6位で西武ライオンズに入団。1995年に福岡ダイエーホークス(当時)、1999年に読売ジャイアンツ、2007年に横浜ベイスターズに移籍。現役最多の222勝(4月20日現在)を挙げ、日本シリーズMVP、リーグMVP、最優秀防御率、最高勝率など数多くの受賞歴をもつ。1963年愛知県生まれ。
「もっといい方法があるはず」と探し求めてきた
常に不安で仕方ないから新しいことにチャレンジ
 これがストレートの握りです(写真)。撮影してもいいですよ。僕はストレートでもカーブでもシュートでも、何でも人に教えてしまいますから。慕ってくれるヤツもいるんですけど、教えるときは口うるさいですよ。小林(太志投手)なんかにもガンガン言ってますからね(笑)。

 言うことも言いますが、僕自身も練習しています。そして、新しいトレーニング方法などを積極的に取り組むようにしています。なぜかというと、「いつ打たれるんだろう」「いつケガをするんだろう」と常に不安だからです。それでも、自分が思うような結果が出ることもあれば、そうでないこともあって、たとえ自分のイメージどおりだったとしてもせいぜい数試合。1年を通して"完璧"など無理な話ですから、どんなに努力しても満足することはありません。いつも不安と闘いながら練習を考え、練習を続けています。

 試合と違って練習は孤独なものです。若手選手と海外に個人キャンプに行ったりもしますが、基本的に練習はひとりでやるものだと思っていますし、ひとりが好きです。ずっとそうしてきました。
知ると知らないの「境界線」から差が広がる
 股関節や体幹のトレーニングを始めたのは今から10年以上前のことです。筑波大学で身体理論を勉強したのがきっかけなのですが、当時の野球界ではまだ一般的ではありませんでした。

 人間の体は退化し続けていると言われていて、肩甲骨なんて指で強くはじくと割れてしまうくらい脆弱です。周囲に筋肉があるのでそんなことは起こりませんが、もっと肩甲骨が退化したらボールが投げられなくなってしまうかもしれない。また、人間の代表的な球関節は肩と股関節なので、ここがうまく働かないと投げたり走ったりの動きが、スポーツだけでなく日常生活でも支障が出てきます。特に股関節が大切です。例えば、ここが強いと脚も強くなるので、きちんと股関節のトレーニングをしてから走ると、同じ量のランニングでも付く筋肉の質力が上がるんです。僕の実体験からもわかります。

 こうした知識の有無から大きな差が開いてしまうのですが、同じような「境界線」が野球だけでなくすべてのスポーツにあります。だから僕は無知が怖いし、仮に知っていても、もっとよい方法があるのではないかと探しています。

 僕は今年で46歳になりますが、若いころとは体が全然違います。持久力も筋力も瞬発力も落ちていて、いちばん最初に衰えを感じたのは「筋肉の粘り」がなくなってきたことです。若いときと同じように粘ろうとすると、筋肉がプチンと切れるんです(笑)。そうした意味でもトレーニングが不可欠ですし、今は練習が楽しいですね。若いときは試合の30分前にグラウンドに行って軽く調整していたくらいですが、40歳を過ぎてからはあれこれ考えて練習をするのが楽しいし、体が勝手に動くんですよ。
プロの自覚と気持ちを表現する言葉を大切にしたい
他人に優しくするのは見返りの優しさが欲しいから
 プロ野球だけではないのかもしれないけれど、選手がケガをしたり、調子が悪いと言えば、「無理をするなよ」とか「休んでおけよ」と言葉を掛けてくれる仲間がいます。優しい気遣いのように見えますが、本当に相手を思ってのことなのでしょうか。厳しい見方かもしれませんが、自分が同じ立場になったときに同じ言葉を掛けてもらうための、下心があるように思います。

 プロの世界では結果がすべて。そんな自覚はなかったり、純粋な気持ちで接しているにせよ、そんな「なれ合い」からいい結果は生まれません。声を掛けた人にも、掛けられた人にも、そしてチームにとってもです。

 僕が育った環境もあるのでしょう。最初に入団した西武ライオンズではケガ程度で休む選手などいなかったし、西武時代にアメリカ1Aの教育リーグに留学したときにも、お互いにかばい合うような選手はいませんでした。1Aはマイナーリーグなので競争意識が激しく、同じチームでも選手が交わす言葉は「お疲れさん」くらい。打てなかったり、打たれたりしても、それに対して何も言いません。むしろ「その分だけ自分にチャンスが生まれる」と考えます。声を掛け合うのは日本人選手同士くらいでした。

 それが福岡ダイエーホークス(現・福岡ソフトバンクホークス)に移った当時は、「今日はしょうがないよ」とか「こんな日もあるさ」という声がよく聞こえてきました。これは違うなと思ったんです。元気で明るいのは大事だけれど、緊張感がないのは非常によくない。だから、自分が悪者になってもこの体質を変えていこうと、チームメイトにはかなりハッパを掛けました(移籍4年後の1999年にダイエーは初のリーグ優勝をし、工藤投手は11勝を挙げて最優秀防御率と最多奪三振を獲得)。

 根本にあるのはプロとしての意識だと思います。ほかの分野でも同じことが言えるのではないでしょうか。
プロなら軽々しく「チームのため」とは言わない
 「フォア・ザ・チーム」という言葉の使い方にも疑問があります。「フォア・ザ・チームの精神で頑張りました」などとプロスポーツの世界ではよく使われますが、声高に言うことではないと思っています。なぜなら、プロが集まれば自然と「フォア・ザ・チーム」になるからです。野球で言えば、野球を知っている人間ほど「自分のポジションで、今、何をすべきか」がわかるはずなんです。

 打球がどこに飛んで、ランナーがどこにいて、どうやってアウトにするか、間に合うのか間に合わないのか、誰がカバーに入るのか。時々の状況によって自分のすべきことは判断できます。打席に入っても、続く打順、相手チームの状況、試合の展開などを考えれば、自然とサインもわかってくるものです。

 ですから、「フォア・ザ・チーム」は選手個人の判断から当然なされるものであって、間違っても「チームのために自分を犠牲にした」といった言い訳には使ってほしくない。例えば、WBC(ワールド・ベースボール・クラシック)に選ばれるような選手なら、このくらいのことはわかっているはずです。そうでなければあの場に立てませんから。
嫌いな言葉は「人間が進化する」
 話は横道にそれましたけど、言いたいことは、「プロの自覚をもつ」と「言葉は大切に使う」です。例えば僕は、人間は成長するけれど、進化はしないと思っています。10年、20年くらいの間に、DNAレベルの成長を表す「進化」なんてしませんよ。上達したり、技術が身についたり、精神力が向上したりはありますが、進化などするわけがないです。自分で体やトレーニング法を勉強してきたこともあって、特別な変化を期待させるようなこの言葉が嫌いなんです。

 言葉には人に夢をもたせる効果もあるけれど、あまりに肥大した夢となるとどうでしょう。大げさな表現ではなく身近な言葉を使ったほうが、相手もきちんと理解してくれると思うんです。
日本の技術もプロ野球もまだまだ変えられる!
技術が停滞しているなら「人に会う」から始めては?
 技術者にはさまざまな職種があるからすべてはわかりませんが、総じて日本の技術力はすごく高いと思っています。それが今、不況の中で大変なことになっている。僕が言うのも何ですが、昔は一つひとつの技術がそれだけで輝いていたと思うんです。でも、今がそんな状況ではないとしたら、ひとつの技術に別の技術を組み合わせてみる、2つでうまくいかないなら3つを合わせる、3つでダメなら4つ、5つ……と考えてみてはどうでしょうか。こうした技術、あるいは技術者同士のコラボレーションから何かが見えてこないかと思います。

 野球ができなくなったとしたら、子供たちのためのスポーツアカデミーを開きたいと思っています。ただ、プロスポーツ選手を育てるというよりは、スポーツを通して体づくりをする総合施設を考えています。少しずつ準備は進めていますがひとりではできませんから、人を紹介してもらったり、あるいは誰かを頼ったりして人のつながりをつくっていきます。ひとりで考えているよりは可能性が大きく広がるからです。

 技術についても同じで、ほかの会社や技術者と出会いの場を設けてディスカッションをするとか、それでうまくいかなければ別の場所や相手を探すとか、方法はいろいろとあると思うんです。状況が悪いときにひとりでいると、どうしても落ち込んだり、マイナスな面ばかり考えてしまいます。僕だったら、そんなときは人に会います。自分に何ができて、何を必要としているのかをアピールして、ひとりより2人、2人より3人、そして5人、10人と話し合えれば、違う意見が出てきて生まれるものがあると思うからです。
考えているのはスポーツアカデミーと選手の年金
 僕は子供たちに対して、野球に限らず、スポーツを通して健全な体をつくってもらいたいと思っています。自分の子供にも野球をやれなどと言っていませんし、スポーツならサッカーだってテニスだっていい。野球をやってサッカーをやって、また野球に戻っても構わない。ただ、やるからには一生懸命に取り組んでほしい。そのための環境がスポーツアカデミーなんです。

 スポーツアカデミーは、引退後のプロスポーツ選手の受け皿にもなります。野球界なら、毎年100人が入れば100人が辞めていく中で、引退する誰もが考えるのは、野球に携わる仕事に就きたいということです。独立リーグに行く、指導者になるなどの道はあっても受け入れ先は十分ではないので、野球の仕事で生活ができるシステムを増やしたいのです。

 選手の引退後に関しては、別にやりたいこともあります。それは年金で、例えば10年の選手登録で、メジャーリーグの支給額に比べて日本プロ野球のそれは10分の1以下ですから、生活面での不安は大きいと思います。選手個人の権利を主張していくことも必要でしょうが、僕は個人よりも全体の権利、誰もがもらえる年金のような仕組みを改善させたいと思っています。

 スポーツアカデミーも年金制度も数年でできるような話ではありませんから、いろいろな人と協力をして、少しずつでも進めていきたいです。
夏の横浜スタジアムで新しいファンサービスを
 現在のプロ野球でもできることはたくさんあります。そして、実際に変わりつつあります。例えばファンサービスです。うちの大輔(三浦投手)が子供たちにグローブをプレゼントしたり、佐伯(貴弘選手)がバックネット裏席にファンを招待する「働く人シート」を作ったり、昔と比べると個性的なサービスが増えてきました。それは、子供たちにグローブを持って球場に来てもらいたいとか、普段は仕事で忙しい人たちに野球をゆっくり観戦してもらいたいとか、選手の気持ちが強く表に出るようになったからだと思います。

 それに今は、「見にきてくださいね」ですんでいた、野球人気の高かった時代とは違います。選手がお客さまを呼ぶために何ができるのかを考えて、一歩踏み出すようになったことも大きな理由でしょう。僕も実は、夏にここ(横浜スタジアム)でやりたいことがあるんですよ。まだ内緒ですけど(笑)、何とか実現させたいなあ。
エンジニアの皆さん、苦しいときにこそ自分を信じて
求められれば先発に限らず、どの場面でも投げる
 ピッチャーをやっていていちばんうれしいのは、やっぱり勝ったときです。最後までマウンドにいられればベストだけど、そうでなくても監督と握手をしたりチームの仲間とハイタッチをしたり、試合に勝つって最高なんですよ。だから、そのためなら何でもします。今まで話してきた練習もそうですし、実は先発にもこだわっていないんです。投げろと言われればどの場面でも投げます。

 もっと言えば球団にもこだわっていなくて、必要とされればどこへでも行きます。ただ、ここ(横浜ベイスターズ)は気に入っていますし、自分から出ることはないと思います。こればっかりは結果次第ですから、僕が決められることでもないんですけど(笑)。
最初の一歩を踏み出せば、何かがきっと変わるはず
 僕の信念は、反省をするために過去を振り返ることはあっても、自分を信じて常に前を向くということです。次にいい結果を出すためには何をすればよいかを、いつも考えています。ちょっとやったからって何が変わるのかと言われるかもしれないけど、自分に自信がなくなったり、自分のやっていることに意義を感じなくなってくると、人は表情にも行動にも活力がなくなってくるものです。

 僕も昔は、「俺って今、何やってんだろう」と思うことは何度もあったんです。そうなると、何もできなくなってしまいます。だから常に、「自分にはやれるんだ」「まだまだできるんだ」と言い聞かせています。うまくいかなかった、できなかったのには必ず理由があります。それが何なのかを突き止めて回復させる、今までの方法が使えないのなら新しいことに挑戦すればいいんです。

 エンジニアの皆さんも、苦しいときやつらいときには、自分を信じて最初の一歩を踏み出してください。難しいことかもしれないですが、そうすればきっと何かが変わります。
工藤公康さんから
もっといい方法があるはず。まだまだできる。工藤公康
工藤公康さんの最新情報
『現役力』(PHP新書) 3月15日に発売された工藤投手の『現役力』(PHP新書)が好評だ。

記事の中の「優しい言葉は自分への見返り」と「フォア・ザ・チーム」の話は、本書を読んで「なるほど!」と思ったので質問したこと。

プロ野球生活28年目のベテランピッチャーの視点は、野球やスポーツの話だけでなく、人生訓としても十分な読み応えがある。
横浜ベイスターズ公式Webサイト 横浜ベイスターズの公式Webサイト。

試合のスケジュール、チケットの購入、グッズのオンラインショップなどのほか、 工藤投手がファンからの質問に答える「僕の野球塾」もあり、 トレーニング方法やピッチャーとしての心得などを語っている。

http://www.baystars.co.jp/
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高橋マサシ(総研スタッフ)からのメッセージ 高橋マサシ(総研スタッフ)からのメッセージ
取材した日は負けた翌日だったのですが、とても気さくに、明るく接してくれました。笑顔の裏に、物事を前向きに考えて努力を続ける、プロの貫禄を見た思いがしました。自慢じゃないけど、私は大ファンですからね。絶対に工藤は勝つ! まだまだできる! あなたはヒーローだ! 応援しています!

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