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明日に向かってプログラめ!!PARTV vol.4/10 小久保英一郎@シミュレーション天文学は、千回以上潜ってる
「地球や月はどうして生まれたか」という心くすぐるテーマを研究し、宇宙や惑星のリアルなCG映像でも知られる小久保英一郎さん。テレビ番組「情熱大陸」でも紹介された彼は、柔らかなマスクと穏やかな語り口に比して、海へ山へと挑むごっつい探検家であり、HHKとFreeBSDにこだわる純粋なプログラマでした。
(取材・文/総研スタッフ 高橋マサシ 撮影/平山 聡)作成日:08.10.17
プログラミングとは、PCの中に宇宙を創り出す手法である
小久保英一郎さん
地球型惑星の形成過程。太陽の周りに多数の微惑星がある copyright(c)4D2U Project, NAO J
地球型惑星の形成過程。太陽の周りに多数の微惑星がある
copyright(c)4D2U Project, NAO J
約100万年後に火星程度の天体(原始惑星)が十数個残る copyright(c)4D2U Project, NAO J
約100万年後に火星程度の天体(原始惑星)が十数個残る
copyright(c)4D2U Project, NAO J
お前のプログラムを見ると目が腐る
小久保さんはシミュレーション天文学がご専門とお聞きしました。
天文学の基本は望遠鏡を使った観測天文学ですね。普通の物理や化学の分野では実験があっても、天文学ではスケールが大きすぎてできませんが、コンピュータの進化によりコンピュータの中での模擬実験ができるようになりました。それがシミュレーション天文学です。僕の研究はシミュレーションと理論を用いて、惑星が形成される過程を明らかにすることです。地球のような惑星や月のような衛星、あるいは土星がもつようなリングがどうやってできるのかを理解しようとしています。
国立天文台の4次元デジタル宇宙(4D2U)プロジェクトのメンバーでもいらっしゃいますが、描き出される高精細な宇宙や惑星のCGには驚きました。
4D2Uプロジェクトでは、シミュレーション結果をいかに可視化するかという問題に取り組んでいます。シミュレーションから理論を引き出すのが研究の本流で、あそこまでリアルな映像を作る必要は本当はないんです。でもやはり、ああして見るとさらに理解した気分になれます。それに皆さんに非常に受けたのでありがたく思っています。
 この画像(メインカットの横)は、私の地球型惑星形成シミュレーションの結果を武蔵野美術大学の三浦均さんが可視化したものです。
シミュレーションの計算には重力多体問題専用計算機「GRAPE」が使われていますが、このハードウェアも小久保さんがお作りになられたと。
僕ではなく、僕のいた大学の(杉本)研究室で始めたものです。GRAPEに興味があって、4年のときに研究室に入って、修士1年のときにハード作りに参加しました。CADで設計して、LSIチップを買い、2000〜3000本の配線を手でしました。GRAPEを動かすための制御プログラムも書きました。
小久保英一郎さん
プログラミングだけでなくGRAPEのようなスーパーコンピュータの設計・開発までする人は、エンジニアでも研究者でもなかなかいないと思います。
先生や先輩に恵まれました。ハードがどう動くかを理解できることは今の研究にとても役立っています。アナログ回路は難しいけれどデジタル回路なら1年間学べばわかるんです。プログラミングはもともとしていました。僕はブラックボックス的な道具が嫌いで、自分の携わっている範囲はなるべく理解したいと思っています。
小久保英一郎さん
プログラミングを始めたのはいつごろからですか?
中学生くらいですね。当時はPCを持っていなかったので、電気店さんに展示してあるMZ-80に打ち込んで、持参したテープに保存して、また組んだりを続けていました。簡単なゲームをBASICで書くくらいでしたけど。高校になると親がPC-98を買ってくれたので、グラフィックで模様を描いていたりしました。好きで続けていましたが、熱中していたわけではなく、高校でも大学でも外で遊んでいました(笑)。ただ、大学では計算機実習などもあり、GRAPEの開発にはすんなり入っていけました。
 学部時代に習ったのはFORTRANです。この業界では今でも根強く使われているのですが、GRAPEの開発にはCが必要なので一から覚えました。最初はFORTRAN的な使い方をしていて、特に問題ないと思っていたら、ハッカー的な先輩や先生から「そんな腐ったプログラムを書くな」とか「お前のプログラムを見ると目が腐る」などと言われたんですよ。あれ、どういうことかなと思うじゃないですか。それでオブジェクト指向よりのプログラムにしていって、今ではCが母国語です。
ご研究の惑星の形成で「地球はどうやってできたのか」がゴールとすれば、今は何合目くらいでしょうか。
全くわかりません。でも、ゴールは見えないほうががいいですよ。
スキューバダイビングが、大好き!
先ほど学校時代は「遊んでた」とお聞きしました。どんな遊びですか?
高校時代は山岳部で、主将だったんですよ。冬山も登れば、ロッククライミングも沢登りもやるというめちゃくちゃハードな部で、30kgの装備を担いで1週間縦走したり、真冬に蔵王にこもったり、今考えるとよくやったと思います。ただ、育ったのが山のほうなので海に憧れがあって、大学でスキューバダイビングのサークルに入りました。
 その中で「海の師匠」に出会いまして、いろいろなところに連れて行ってもらいました。水中撮影や水中調査の助手をしたり、ダイビングの教室で教えたりして仕事を手伝い、ダイビングのこと、海のことを学びました。潜るのは主に伊豆で、長い休みには沖縄や奄美諸島、伊豆諸島や小笠原諸島にも行きました。それからずっと続けていまして、海外ではオーストラリア、タヒチ、ハワイ、タイ、ボルネオなど、潜った場所は数えきれません。イースター島でも潜りました。
ハワイニラミハナダイ
水深の深い場所に生息するのでなかなか遭遇できないハワイニラミハナダイ(小久保さんがハワイで撮影)
イースター島にダイビングショップはあるんですか?
ないです。だから器材をもっていって、漁師さんに頼んで潜りました。日本人で潜ったのは2人くらいで、僕がそのひとりだそうです(笑)。海外に行くときは普通に器材(スーツ、BC、レギュレータなど)をもっていきますが、仕事がらみで難しい場合でも、3点セット(マスク、シュノーケル、フィン)は必ず持参します。
それがこちらですね(上の写真)。私も少しだけダイビングをするのですが、シュノーケルが小さいですね。
最もシンプルな形です。水を抜く弁がないので逆に砂などが詰まったりしませんし、プラスチックではなくゴム製なので割れません。ダイビングポイントで危険なことは少ないのですが、インストラクターになってからはリスク回避のために使っています。
 また、マスクは視界が広くて見やすく、フィット感がよいので、アジアの漁師さんたちにも認められているものです。フィンは個々の差が大きくて、これは「名器」と呼ばれている、たいていのインストラクターが履いているものです。ゴム製なのでしなやかで、形がよいので蹴っていて疲れないのに推進力があります。私もいろいろと試しましたが、圧倒的にこのタイプはいいですね。ちなみに色が白いのは皆を引率するときに水中で目立つからです。私はインストラクターとして、大学の後輩たちなどに教えていますから。
スキューバダイビングの面白さとは何ですか?
もともと僕は、トール・ヘイエルダールのような探検家になりたかったんです。ダイビングはそうした要素からも惹かれますし、海の生き物に会える素晴らしさもあります。場所によって全然様子が違いますしね。世界中の海に潜りたいと思っているんですよ。
今までに何本くらい潜っているんですか?
う〜ん、軽く1000本以上は潜っていますね。今年は少なくてまだ10本くらいですが、これからの季節は伊豆がいいんです。秋になると水が澄むし魚が増えるので、また行こうと思っています。
ティンカーズバタフライフィッシュ
同じく深い場所に棲むのでダイバー憧れのティンカーズ・バタフライフィッシュ(同)
多趣味なようですが、最近の趣味などはありますか?
もともと寺社や古墳などの古いものを見て歩くのが好きなのですが、最近はお祭りにハマっています。先週末は特別に開催された越中八尾(富山)の「月見のおわら」に行ってきました。優雅できれいな踊りなんですよ。ダイビングで沖縄に通ううちに現地の芸能やお祭りが好きになって、そこから内地の祭りへと興味が広がりました。
 お祭りは唄と踊りがいいですね。仙台出身なので東北地方の文化・芸能が好きなんです。最近では、秋田の西馬音内盆踊り、青森のねぷた祭、みちのく芸能まつりにも行きました。京都では祇園祭や葵祭、徳島は阿波おどりなどです。
ご自分でも踊ります?
できるところなら踊ります。沖縄の民謡酒場ではいつも踊っていますから。
僕の研究はすべてFreeBSDで閉じてます
ところで、お使いのキーボードはHHK(Happy Hacking Keyboard)では?
はい。これは初代機です。HHKは新しいモデルが出るたびに買っているのですが、初代機がいちばん手に合うので、まめに掃除などをして使い続けています。キーボードとディスプレイはPCと人間とのインタフェースですから、お金をかけてもいいものを使うべきだと思います。この液晶ディスプレイはナナオ(EIZO)ですが、バックライトがヘタってくるたびに買い換えています。
 また、UNIXユーザーの方ならわかると思うのですが、僕のマウスは最近見なくなった3つボタンマウスです。ホームポジションから手を離したくないので、本当はマウスも使いたくないのですけど。
小久保英一郎さんのキーボード
あ、だんだんプログラマっぽく見えてきました。
ちなみにFreeBSDですべての研究を行っています。WindowsもMacも使っていないので苦しい部分はありますし、人から「なぜそこまで」とは言われるのですが。「A」の隣が「Ctrl」でないとEmacs使いとしてはつらいわけです。UNIXで育っていますし、UNIXはOSの中身もわかるし手も入れられますから、ブラックボックスが嫌いな僕にはいいんです。
 ただ、ビジュアル的な部分は弱いので、プレゼンがちょっとつらいですね。パワーポイントなどを使うと僕のこれまでの人生を否定することになりますから、PDFとシェルスクリプトを組み合わせるなどで対応しています。
あの……オタク、です、よね?
このモニターをよく見てもらえればわかりますが(最後の写真)、ウィンドウマネジャーはtwmを発展させたctwmです。とてもプリミティブなウィンドウで、たまに「君、まだ使っているんだ〜」と懐かしがる人もいます。もともとグラフィカルなものが嫌いなこともあり、まだFreeBSDで頑張れると思っています。最近の若い人は皆がWindowsに行ってしまうのですが、理由がよくわからないですね。
小久保英一郎さん
この連載の読者にはプログラマが多いのですが、同志として何かアドバイスをいただけますか?
本職ではないのでプロの方に言えるのかどうか……。そうですね、僕はインストラクターとして潜る前日は6時間眠るようにしています。人の命を預かるので、海の中できちんとした行動が取れるようにするためです。この延長線で、プログラミングで疲れたら一度眠って、再スタートするようにしています。ただ、プログラムに熱中していたり、デバッグで煮詰まっていたら、ハイな状態になってなかなか眠れないですよね。
 そこで運動をするんです。僕なら水泳や自転車で体を動かしますが、頭も体も疲れさせると熟睡できるので、すっきりした気持ちで仕事ができます。また、「地球や月が生まれるための計算」などとプログラミングの目的が決まっているので、行き詰ったら月を見たり、地球を感じたりして、生の姿に接します。これが大きい。月を見て不思議だと思ったり、地球を素晴らしいと感じるのは僕の原点ですから、接すると「よし、デバッグを頑張るぞ」なんて思えます(笑)。
小久保さんにとってのプログラミングとは何でしょうか。
プログラミングとは「研究のための一手法」です。ですが、これだと味気ないですね。う〜ん、そうだな、大げさに言えばですよ、「コンピュータの中に宇宙を創り出すための方法」かな。
それ、いただきます。
小久保英一郎さん 小久保英一郎さん(40歳)
1968年生まれ。東京大学大学院総合文化研究科博士課程を修了後、日本学術振興会の特別研究員になる。その後、国立天文台理論研究部の助手を経て現在は准教授。専門は惑星系形成論。理論天文学とシミュレーション天文学を使って惑星系形成の素過程を明らかにし、多様な惑星系の起源を描き出すことを目指す。天文シミュレーションプロジェクト、4次元デジタル宇宙プロジェクト、太陽系外惑星探査プロジェクトなどに参加。スキューバダイビングではインストラクターや海底作業が行える潜水士の資格をもつ。
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高橋マサシ(総研スタッフ)からのメッセージ 高橋マサシ(総研スタッフ)からのメッセージ
私は年に一〜二度、海外でダイビングをします。今まで何十本か潜ってきましたが、日本では一度もなく、まあ、外国だとフルレンタルを含めて安いものですから。小久保さんの3点セットはすごい。ご本人にも信頼が置ける。私などまだまだアマチュアですが、バディを組んで潜りたいと思いました。私の海の師匠として、弟子入りしたいなあ。

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