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欧米では装着義務化へ。クルマの次世代安全装置が上陸する! ボッシュ採用!車体自動制御のESCで日本市場を開拓
ESC(横滑り防止装置)をご存じだろうか。クルマの危険走行を察知すると自動的にブレーキやエンジンを制御して、安全走行に戻すシステムのことだ。欧米では装着率が高く、法規制による義務付けも始まるが、日本での普及率はまだまだ低い。その日本市場にボッシュが戦略を仕掛ける。
(取材・文/総研スタッフ 高橋マサシ 撮影/関本陽介)作成日:08.07.23
Part1 欧米で標準化されるESC(横滑り防止装置)の日本戦略
 ESCは日本車にも徐々に装着が始まっているが、関係者以外の一般的な知名度は低く、本格的な普及段階にはまだない。しかし、安全性の高さから欧米での装着率は急速に高まっており、この潮流が日本にくるのも時間の問題だ。日本の完成車メーカーとESC開発を進めているボッシュは、エンジニアの積極採用をスタートさせた。
北米では法規制による装着義務が始まるESC
 ESC(Electronic Stability Control:横滑り防止装置)とは、クルマの横滑りなどを防止する安全装置のことだ。次のようにして、車体の自動制御を行う。
 センサーなどを用いてハンドル操作からの進行方向と実際の進行方向とを常時比較し、横滑りなど危険走行を察知すると、コンピュータ制御により各車輪に適切なブレーキ圧を掛けたり、エンジントルクを下げたりして、自動的に安全な走行を回復させる。雪道や凍結路面、カーブでのアンダーステアやオーバーステア、突発的な急ハンドルなどで威力を発揮する新しいシステムだ。
「欧米では装着率が40%以上、国によっては70%と高く、新車への装着を義務付ける法規制も発表されています。ESCの装着で事故を大幅に減らせるので、世界的に標準化が進んでいますが、日本での装着率は約10%とこれからです。われわれは今、日本の完成車メーカーさんと共同でESCの開発を行うと同時に、普及活動にも努めています」

 ESCは完成した製品をクルマに取り付ければすむというわけではない。電子制御ユニットであるESCが心臓部とすれば、4つの車輪には車輪速度センサー、車体中央部には横加速度センサーが内蔵されたヨーレイトセンサー、エンジン背部には舵角センサーが取り付けられ、燃料噴射装置や点火モジュールなどとも連携し、大きなシステムとして構成されている。そのため、装着時には車種単位の微調整が長期間続けられ(Part2参照)、開発段階から完成車メーカーと協業していくのだ。
 また、日本で認知度が上がらないのは、メーカーごとにESCの呼び名がバラバラであるのも一因とされる。そのため、ボッシュは同業のサプライヤー2社と名前をESCとする普及活動を続け、イベントでの展示や試乗会なども積極的に行っている。
前田明裕氏
シャシーシステムコントロール事業部
アプリケーション技術一部 部長
前田明裕氏
エンジニアの技術が世界の事故防止に役立つ
 ボッシュのESC開発拠点は、神奈川県の横浜事務所と北海道網走郡の女満別にあるテクニカルセンターおよびテストコース。ESCに携わるエンジニアを毎年増員している。横浜事務所は2009年にその規模を約2倍に拡張する予定でもあり、ESC本格普及の前により多くのエンジニアが必要となりそうだ。
「ESCは15年ほど前から始まった若い技術であり、エンジニアとしての腕が振るえる格好の場です。弊社の優位性は独立系のメーカーであり、同じ品質の製品を世界中で生産できること。世界中の全完成車メーカーと取引があるという実績もあります」

ESCの本体
ESCの本体
 ボッシュが日本車への装着を積極的に進める理由は、日本の国内需要が未成熟というだけではない。海外市場にシフトする日本の完成車メーカーを通じて、輸出国にも自社のESCを広げるためだ。
「われわれは日本車へのESC装着から世界市場を見ています。エンジニアにとっては自分の開発した優秀な安全装置が世界中で使われ、危険走行や事故の防止に役立つということです。最高のモノづくりができると思いませんか?」

ESCが横滑り防止を行う仕組み
Part2 自分で運転しながらアプリの精度を高める車両実験エンジニア
 ESC開発にはさまざまな職種や分野のエンジニアが参加するが、ここでは自らテストコースを走ってデータを集め、ソフトウェアの修正も行う車両実験エンジニアを紹介する。仕事の具体的な内容と、技術的な視点からのESCの今後について語ってもらった。
北海道女満別のテストコースを走る谷口守彦さん
車両実験の仕事が大好きだからボッシュを選んだ
 大学理工学部の機械工学科を卒業後、大手完成車メーカー系列の車体会社に入社した谷口さん。14年間のうち12年間を実車実験業務に携わっていた。当初はブレーキ、その後はABSを担当し、プロトタイプの車両を自分たちで運転し、停止距離などの評価データを計測・解析。明らかになった問題点や性能向上へのヒントを、開発につなげていく仕事だ。
「自分たちで運転・評価をした結果をクルマづくりにつなげていくプロセスに、エンジニアとしての喜びを感じるようになりました。もともとクルマが好きなのですが、自分の味付けで性能が上がり、その車種が走っている姿を見るのは格別です」

 家庭の事情から退職して家業を2年ほど手伝うが、2007年1月にエンジニアに復帰、ボッシュに入社した。現在は北海道の女満別にあるテストコースを走る毎日だ。職種は以前と同じだが、自社ではなく顧客である完成車メーカーの車両を運転し、ESCとの適合実験を行っている。また、前社では2年間設計業務も行っていたが、今回はソフトエンジニアとして開発にも携わる。
「クルマにESCを載せて性能や機能一つひとつのデータを取り、それらに基づいてアプリケーションのチューニングを行っています。この十数年で車両開発の流れが変わって、完成車メーカーからサプライヤーへのアウトソーシングが盛んになりました。メーカーでは机上の検討が多くなり、実際に車両実験を行うのはサプライヤーなので、私はボッシュを選んだのです」

谷口守彦氏
シャシーシステムコントロール事業部
アプリケーション技術一部
車両性能実験Gr.
谷口守彦氏
クルマの運転を楽しめる人に来てほしい
 車両実験は車種単位で行われ、1人で担当する場合と多くて5人ほどのチームで担当する場合があるという。終了まで長くて1年半かかることもあるそうだが、これは季節ごとのデータが必要なのに加えて、路面の状態が悪い冬の北海道での実験が欠かせないから。入社して1年半の間に担当した車種は3台。同じ国内メーカーのものだが、クルマ好きには垂涎の高級スポーツカーばかりだ。
「私が単独で走る場合、お客様と一緒に行う場合、お客様のテストコースに出向いて作り込みをする場合もあります。最終的な評価者はお客様ですから、北海道だけでなくお客様のテストコースへの出張も多いです」

谷口さんと職場の仲間
谷口さんと職場の仲間
 この仕事で最低限必要となるのは運転技術。テストドライバー並みのテクニックは求められないが、ペーパードライバーでは無理。谷口さんは、車自体に興味をもち、楽しんで運転できる人に来てほしいと語る。
「求めていた環境が手に入りました。私は釣りが趣味なのですが、休日には本州にはいない魚を釣りに出かけるなど、プライベートも充実しています。今後は性能評価のスタンダードとなる数値など、社内で使える何らかの指標をまとめていきたいと思っています。お客様と仲間の役に立ちますから」
 クルマは2台所有していて、通勤用には四駆を使い、もう1台は49年型のフェアレディZだという。クルマ好きが伝わってくる。
経験した車種は50台以上! 横浜事業所の井下和幸さん
実験車両のベテランは「東京でもESCは必要」
 谷口さんの上司に当たる井下和幸さんは、自動車関係の短期大学を卒業後、ボッシュとナブコ社との合弁で生まれた日本ABSに入社した。同社は何度かのM&Aを経て現在のボッシュとなるのだが、井下さんの仕事は変わることなく車両実験のエンジニア。今はマネジメント職にあるが、これまで担当した車種は50台以上、国内ほとんどの完成車メーカーとの開発に携わったというベテランだ。
「入社してからはずっとABSでしたが、5年ほど前からESCの車両実験を始めました。ABSのときもそうでしたが、どうしても最初は違和感があるんですよ。これまでに経験したことのない制御をしてくれるわけですからね(笑)。でも、今までの自分の常識では考えられない車両の動きをして安定性を確保できますので、効果は絶大です。」

 現在は横浜事務所に勤務し、横浜と女満別に部下をもつが、女満別にも長期間勤めていた。北海道から横浜に来て感じたことは、ESCは都会でも必要だということ。
 日本でESC装着が遅れている理由のひとつが、南北に長い日本の気候ともいわれている。北国の雪道や凍結路面ではスリップの危険が高いが、気候の温暖な地域ではその心配がない。メーカーは一律に搭載して価格が上がるのを躊躇するというのだ。
「雨の日もありますし、水たまりに入ってタイヤを取られることもあります。東京でもどこでも、ESCは役に立ちますよ」

井下和幸氏
シャシーシステムコントロール事業部
アプリケーション技術一部
車両性能実験Gr. 課長
井下和幸氏
ESCの先にあるのはクルマ全体の統合制御
 井下さんも日本でESCを普及させたいと語る。ただ、そこにはエンジニアとしての視点も入る。ESCが装着されるのは価格の高い高級車クラスが多いのだが、車重が軽かったり車高が高かったりして安定性の悪い、軽自動車や商用車にこそ取り付けたいという。ここで課題となるのがコストダウンだ。
「部品コストと開発コストに分かれますが、開発期間を短くすれば開発コストは安くなるはずなので、エンジニアとしてできる工夫もあります。ABSも当初は高級車にしか搭載されませんでしたが、今では軽自動車にも付いている。ESCも早く同じようにしたいですね」

北海道の女満別にあるボッシュのテストコース
北海道の女満別にあるボッシュのテストコース
 世界的な普及期にあるESCは、今後もさらなる発展を遂げると井下さんは語る。そもそもESCとは、ABSとTSCの機能を統合してさらに発展させたシステムという言い方もでき、この進化の先には「クルマの統合制御」が見えてくる。
「これからはITSの通信機能を使って外部からの情報も集められるでしょうし、ステアリング、サスペンション、トランスミッションなどの制御や、レーダーと連携したナビゲーション機能なども考えられます。ESCは統合制御ための第一歩なんです」
Part3 日本の完成車メーカー向けESCエンジニアを積極採用
 ESCはまだ新しい技術分野なだけに、業務に携わるエンジニアは少ないはずだ。逆に言えば「青田買い」のチャンスがあるわけだが、その開発に求められる技術や職種とは何だろうか。あるいは、異業種からの転職は可能なのだろうか。
異業種も歓迎だが「メカで動くモノ」系が優位
前田明裕氏
 ESCの開発に携わるエンジニアは、アプリケーション系、ソフトウェア系、エレクトロニクス系、油圧計、センサー系などに大別されるという。Part2の車両実験エンジニアはアプリケーション系であり、ESCを装着する際の適合評価を行うので車両適合エンジニアとも呼ばれる。開発のための適合と量産のための適合に分かれ、谷口さんたちは後者になる。
 また、アプリケーション系には評価や開発だけでなく、プロジェクト全体をまとめるプロマネ的な役割のエンジニアもおり、ほかの職種も単純に「エレキ系」「メカ系」などには分けられないと、前出の前田さんは語る。

「逆にいえば多くのバックグラウンドをもつエンジニアが参加できるのですが、大切なのはESCというシステム全体を見られることと、クルマの構造を理解する自動車工学の知識でしょうか。その下地に各業務の開発経験があれば、異業種の人でも歓迎、積極的に採用します」
 メインとなるのはやはり完成車メーカーやサプライヤーなどの自動車業界だが、異業界では家電メーカーやIT系業界というよりも、重電、建設機械、工作機械などの「メカで動くモノ」出身者がより合致するようだ。
カギとなるヒューマンスキルは適応力と対応力
 技術力以外のスキルも必要となる。前出の井下さんが挙げるのが「適応力」、そして顧客との「対応力」だ。
「メーカーも車種も多様なのでどの職種でも扱う範囲が広く、しかもマニュアルはありませんから、それぞれの場に合わせられる適応力が求められます。また、お客様は『もう少し○○な感じで』のように感覚的な言葉で要求する場合もあります。それをパラメータに落とし込むのがエンジニアの仕事であり、開発中はお客様と長いお付き合いになりますから、適応力に加えて対応力もカギになりますね」

 ABSを最初に開発したのは、ボッシュとメルセデスベンツのエンジニアたちだったという。集まった彼らは、事故防止のために、クルマを自動で制御する安全装置はできないかと考えた。外からハンドルの操作はできないし……などと思案する中で、止めるためのブレーキを姿勢の制御に使えないかというアイデアが出て、ABS開発へとつながっていく。その延長線上にあるのが現在のESCだ。
 ESCには技術的なストリームとしての魅力も大きいが、人命を守る装置を開発するという意義は、それ以上にエンジニアの喜びとなるはずだ。
ESCのシステム透過図
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高橋マサシ(総研スタッフ)からのメッセージ 高橋マサシ(総研スタッフ)からのメッセージ
恥ずかしながらESCを知りませんでしたが、この記事づくりをきっかけに調べれば調べるほど、とても興味深い機能だと感じるようになりました。そして、井下さんが「軽自動車にこそ付けたい」と語ったときには、「あっ」と思いました。まさにそのとおり。車の事故は被害者も加害者も不幸にします。ESCが早く標準装備される日がくればと思います。

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