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飢餓感・屈辱感も燃料。失ってはいけないのは知的渇望感である 何故?問い続ける石井裕MIT教授のエンジニア哲学
MITメディアラボで、12年にわたり教授を務めてきた日本人がいる。直接手でデジタル情報に触って操作できる「タンジブル・ユーザーインターフェース」の研究で知られる石井裕氏だ。石井氏がエンジニア適職フェアで若きエンジニアたちに語ったメッセージとは。
(取材・文/広重隆樹 総研スタッフ/宮みゆき)作成日:08.02.13
 Tech総研は、2006年春、石井氏に単独インタビューを敢行、その記事を「我ら“クレイジー☆エンジニア”主義!」に掲載した。2008年1月26日のエンジニア適職フェアでは特別スピーカーとして石井氏を招き、エンジニア魂を根底から揺さぶるようなエネルギッシュな講演をしていただいた。1時間の講演を終えた石井氏の周りには、間近で質問をしようと、エンジニア、研究者、学生らの長蛇の列。その一つひとつに丁寧にこたえる氏の姿勢が印象的だった。
石井裕氏
【プロフィール】
1956年生まれ。80年、電電公社(現NTT)入社。86年〜87年、西ドイツのGMD研究所客員研究員。88年よりNTTヒューマンインターフェース研究所で、CSCWグループウェアの研究に従事。92年、工学博士。CSCW、CHIなどの国際会議の常連となる。93年から1年間、トロント大学客員教授。95年、マサチューセッツ工科大学準教授。メディアラボ日本人初のファカルティ・メンバーとなる。 2006年、国際学会のCHI(コンピュータ・ヒューマン・インターフェース)より、長年にわたる功績と研究の世界的な影響力が評価されCHIアカデミーを受賞。
39歳のリブート。不眠不休の研究が始まった
 当初の講演テーマは「エンジニアとして生き残るための仕事術」。ところが、冒頭から石井氏は「“術”というのは表層的でテクニカルすぎる。私はその根本にあるものを語りたい」と切り出す。絵を描くのが好きだった小さな子供時代の話から始め、石井氏の言葉でいえば「独創・協創・競創」の中で歩んだ半世紀が、英単語がふんだんに盛り込まれる高速の日本語で語られる。

 NTTヒューマンインターフェース研究所時代に取り組んだ「クリアボード」が、アラン・ケイの目に留まり、それがきっかけでMITメディアラボに招聘されるのが1995年のこと。そのとき所長のニコラス・ネグロポンテ教授に言われた言葉を氏はあらためて紹介する。

「MITでは同じ研究は絶対に続けるな。まったく新しいことを始めろ。人生は短い。新しいことへの挑戦は最高のぜいたくだ」

 39歳にしての「再起動=リブート」。それがMIT就職の条件だった。そこから石井氏の不眠不休の研究生活が始まった。MITには世界から優秀な頭脳が結集する。競争は厳しいが、さまざまな知がコラボレーションする様は、ダイナミックだ。 「考えたことをプロトタイプにして、徹底的に議論し、検証して、また作り直す。そういうスタジオのような文化があります。ここで重要なのは単に高速のコンピュータを創り出すことではない。デジタルな技術が人間にとってどういう意味をもつのか、技術と人間のバランスを重視するのです」
母にプレゼントしたかったミュージック・ボトル
 タンジブル・ビットのコンセプトを説明するとき、石井氏はいきなりそろばんを取りだして、チャッチャッと振ってみせた。 「そろばんが面白いのは10進数という情報をメカニカルに表現していること。入力・演算・出力の過程のすべてが目に見える。これを振れば楽器になるし、子供にとってはオモチャの電車、背中がかゆければこれでかける。そのときマニュアルはいらない。触るだけで使い方は自明。まさに tangible(可触)なインターフェイスをもつメディアです」

 デジタルの世界をピクセルのようなバーチャルなものではなく、実体がある、触れることができるインターフェイス(TUI=Tangible User Interface))によって変革したかったという氏にとって、「そろばん」は重要なメタファーになった。

 それからは、メディアラボの石井研究室から生まれたさまざまなTUI研究の、怒濤のようなプレゼンになった。例えば Urp(Urban Planning Workbench)、Sensetable、Audiopad、MusicBottle、Illuminating Clay、topodo、I/O Brush などだ。Sensetable とは、シミュレーションモデルを感覚的に表現・操作することが可能なプラットフォームの概念だが、それはNTTコムウェアとの共同研究を経て、IP ネットワークデザインのツールとして既に実用化されている。

 瓶のふたを開けると音楽やメッセージが聞こえてくるMusicBottleは、TUIの実装例として比較的よく知られたもの。そのプロジェクトの原点は、98年に亡くなった母にプレゼントしようとした「天気予報の小瓶」というアイデアだったという。

 朝起きて枕元にある青い小瓶のふたを開ける。小鳥のさえずりが聞こえれば天気は晴れ、雨の音が聞こえてくれば、雨天というアイデアだ。
「デジタルなんて縁のなかった私の母にとっても、テーブルの小瓶は慣れ親しんだモノであり感触でした。ガラス瓶をのふたをあけるという情緒的・審美的な体験の喜びは、単純なスイッチやマウスのクリックからはけっして得ることができない。インタラクティブ・アートとインターフェース・デザインとの境界線は、もはやここにはないのです」
ビジョンこそが私の研究を駆動させる
 泉のように湧き起こるアイデア、激しい議論によって練られ洗練度を高めるインターフェイス、誰かのまねではなく独創こそが生き延びる場所──メディアラボの雰囲気が存分に伝わるプレゼンテーションだ。会場からは称賛や羨望のため息さえ聞こえる。

 会場の関心は、何が石井氏の研究を駆動させているのか、その駆動の秘密に向かう。
「もちろん技術は重要です。お客様のニーズもビジネスでは大切でしょう。しかし、それが私たちの駆動の原点ではない。私たちを駆り立てるのは、新しいビジョン。私たちの仕事は、“タンジブル・ビット”という新しいコンセプトを中心とした、ビジョン駆動型のデザインなのです。目的はビジョンそのものであり、技術やアプリケーションもそれを伝える手段にすぎない」と、石井氏は言い切る。

 ビジョン駆動型のデザイン──「市場ニーズ」「顧客満足度」「開発効率」「開発スピード」といった言葉をたえず耳タコのように聞かされている日本の多くのエンジニアにとって、これは挑戦的ともいえるフレーズである。
「たとえそのアプリケーションが廃れたとしても、あるいはその実装技術が古くなってしまったとしても、ビジョン自体が本質的に強いものである限り、時代を超えて生き延び、次の新しいデザインを生み出すエンジンになるはずです」──そういう、すがすがしいまでの確信が石井氏にはあるのだ。

 では、けっして古びることのないビジョンを生み出すには何が必要なのか。
「研究の駆動力になるのは、なにより独創です。すでにある問いについて答えを出すことはあまり意味がない。大事なのは、誰も問うたことのない問いを発することだ」と石井氏。「未来を予測する最善の方法は、それを発明することだ」と言ったアラン・ケイの言葉を彷彿とさせるような名言だ。
なぜあなたはそうするのか──研究を突き動かす本質的な問い
 石井さんのメディアラボの12年は、厳しい競争の歴史だった。「テニュア(終身在職権)」と呼ばれる教授を選別するシステムがあり、在籍6、7年目までにはその要件を満たしたことを客観的に証明できなければ、職を辞しなければならない。そのテニュアを氏は着任5年目の2001年に獲得した。たとえ終身身分を確保したとしても、たえず研究成果を発表し、スポンサー企業を巻き込んで、その技術を企業や社会に移転しなければ業績とは認められない。

「私は、MITではプロフェッサーであると同時に、アーティストであり、デザイナーであり、サイエンティストであり、そしてビジネスマン、セールスマンです。ファンド・レイジング(資金調達)も自分でやります」
 そういう“競創的”環境の中で、氏は誰も手が届かないような「出過ぎた杭」になるべく努力を重ねてきた。

 その根底にあったのは、ハイレベルな知的飢餓感だ。「ハングリーでなければ何が食べられるか、何がチャンスかもわからない」。飢餓感とともに屈辱感も彼の燃料のひとつ。「最初は私だって馬の骨。高名な先生に会いたいと思っても、誰も会ってくれなかった。その屈辱を支えにしてきた」。その中で決して失わなかったのは、誇りと情念だ。

「How ではなく、Why 。その“なぜ”を何度も繰り返すと、結局哲学のレベルになる。哲学をもっていないと人は生きていけない。その哲学は、エンジニアにも研究者にも、それこそ、そのあたりのおばさんにも子供にも理解できる普遍的なものでなければならない」「哲学を究めるとは、死の準備をすることにほかならない」と言ったのは、古代ローマの哲学者・キケロだった。石井氏の仕事哲学も結局はここに行き着く。

「私はここでしゃべっているけれども、2050年は地上にはいない。2100年にはみなさんもいない。しかし、肉体は死んでも、名前は忘れられても、あなた方が生み出したコンセプトは2200年になっても残るかもしれない。メメント・モリ。死を想いながら成し遂げる仕事。そのような仕事をしてほしい」

 最先端のデジタル情報技術の研究者から、「メメント・モリ」という、西洋宗教哲学における重要なフレーズを聞くとは思わなかった。研究に込めたその思いの奥深さに、会場は一瞬たじろぐように静まったのだった。
コラム
 石井氏は、講演終了後も場所を変えて1時間近く来場者の質問に答え続けた。IT企業のエンジニア、研究者、学生、中にはこの日のためにわざわざ関西からやってきた高校1年生も。なぜ、石井氏は彼ら一人ひとりと握手を交わし、名刺を交換し、珍問・奇問にも丁寧に答えたのか。
Q
先生は一日何時間ぐらい寝ているんですか?
A
ほとんど寝てないな。椅子にもたれて寝て、起きてという繰り返し。
Q
私は今高校生なんですが、今何をやれば先生のようになれますか?
A
僕の原点は若山牧水と宮澤賢治。キミも文学書を読みあさるのがいいと思うよ。
Q
MITのプロフェッサーって給料はどのぐらいですか?
A
キミね、もっと本質的な質問をしなさい。給料? ま、驚くほど安いことはたしかだね。
Q
将来、私もアメリカに留学したいんですが……。
A
Do you speak English? なに、TOEFL300点? それじゃダメだよ。英語は道具だけれど、それができなけりゃ、研究者のコミュニティに入れない。自分が表現したいことも伝えられないじゃないか。
Q
先生はどうやって英語を勉強したんですか?
A
学生時代は話せなかった。NTT時代に海外で研究発表するときに十分伝えられなくて悔しかった。それからはラジオではFEN、書物は英語の原書で、コピー作業の間も英会話のテープを離さず、という生活を徹底してやった。
Q
私はメディアラボでインタラクティブ・アートを勉強したいと思うんですが、やはりコンピュータのプログラムもできないとダメですか?
A
メディアラボでは、アーティストであると同時にエンジニアでないとだめ。
Q
先生の研究のどこに企業は関心をもつのでしょうか?
A
企業は私の研究室が生み出す製品自体に興味があるわけじゃない。それよりも、私たちのパッション(情熱)やクリエイティビティに共感して投資をしてくれる。そう考えるとこの世界はまだまだ捨てたものじゃないよ。
Q
先生はなぜ、こんなにたくさんの質問を受けつけるのですか?
A
それはキミたちが僕より確実に長生きするからさ。長生きする人たちに、僕の言葉を伝えておきたいからだよ。
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宮みゆき(総研スタッフ)からのメッセージ 宮みゆき(総研スタッフ)からのメッセージ
「エンジニアはビジネスマンであり、クリエーターであり、デザイナーであり、アーティストであるべき」。以前の取材で石井教授が語ったその言葉通り、石井教授のプレゼンはテクノロジーとアートの融合に満ちていました。講演後も100人以上の来場者一人ひとりに、熱く情熱的でかつ厳しい口調で楽しそうに語っていた石井教授。どちらもこのレポートだけでは再現しきれなかったのが残念。年に何回かは来日されるそうなので、ぜひ機会があれば講演を聞いてみてほしいなと思います。

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