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明日に向かってプログラめ!!PARTU vol.3/10 リチャード・ストールマン@GNUは、笛を吹く!
伝説的なハッカー、フリーソフトウェア活動「GNUプロジェクト」の中心人物、そして少々変わり者(?)とのうわさも高いリチャード・ストールマン(RMS)氏。講演で来日した彼がTech総研の取材を受けてくれました。ひと言で言うと、すごくピュアなエンジニアだった。
(取材・文/総研スタッフ 高橋マサシ 撮影/関本陽介)作成日:07.11.16
プログラミングとは、Hackingである
Richard Matthew Stallmanさん
Hack-1
Hack-1。スペイン語では似た発音の「箸」と「楊枝」。楊枝で料理をつまむ
RMSが撮影したHack-2
Hack-2。百合の写真が人の顔のように見えている
ヒーローでなくても自由のための活動はできる
初めまして。Tech総研の高橋マサシです。よろしくお願いします。
こちらこそ。リチャードでいいよ。
私が初めて「GNU GPL(General Public License)」を知ったとき、著作権で著作の自由な使用を守るという考え方がとても斬新で、ショックを受けました。
まず第一点。われわれが使う「自由な」という言葉は、英語の「Free」ではなく日本語の「自由な」のほうにより意味が近いんだ。だから、ぜひ日本語では「自由」を使ってもらいたいね。
 2番目に、現在の著作権法ではすべてのプログラムは著作権で守られていて、勝手な使用や変更が制限されている。だから、法的に「自由であること」を定義しなければいけない。これがフリーソフトウェアライセンスであり、その一例がGNU GPLというわけだ。
 このGNU GPLで特徴的なのが「コピーレフト」という概念。プログラムをコピーして、修正・拡張し、それを再配布する場合、元のプログラムと同じライセンスを適用する考え方だ。ここで、そのときには必ずソースコードを提供しなければいけないし、元のソースコードを書いた人を尊重し、もともとあった自由を制限してはいけない。
Richard Matthew Stallmanさん
 
なるほど。自由であることの権利を守るというわけですね。
そうだ。何らかの犯罪行為があれば罰せられるのは当然だ。ただ、そうでなければ、「絶対に渡すことのできない権利」があると私は思う。それがまさにGNU GPLが守るものであり、すべてのソフトウェアユーザーのための自由の権利なんだ。だから、私は自由のために常に戦っている。
 ただ、自由のために命を捧げられるかと言えば、イエスとは言いがたい。命を捧げる人々はヒーローと呼ばれるが、私はヒーローではない。なぜなら、フリーソフトウェア運動のための犠牲なんて、ほんのわずかなものだからね。だからこんな私にもできるし、誰もができることなんだ。
ただ、あなたは1983年に「GNU宣言」をして以来、24年間も活動を続けています。
1983年、私はコンピュータの自由がほしいと思ったんだよ。今より大変な時代だったからOSをつくるくらいしかできなかったけど、皆に声を掛けて始めたら「GNU/Linux」が完成した。今ではPCを買って、GNU/Linuxをインストールすれば、誰でもコンピュータの自由が得られる。多少の不便はあってもね。この成果は大きいと思うよ。
改訂されたGPLv3では「第1の自由」を確認
先ごろGNU GPLv3(バージョン3)の正式版が発表されました。その中で、暗号鍵などでソフトウェアの使用を制限するDRM(デジタル著作権管理)が……
おいおい、DRMはDigital Rights Managementではなく、Digital Restrictions Management(デジタル制限管理)の略だよ。これは2つのレベルでユーザーの自由を束縛すると思っているんだ。まず、ユーザーのPC上での作業を支配してしまうこと。また、フォーマットを秘密とし、その作品にアクセスするためにフリーソフトウェアを使う機会を奪ってしまうこと。さらには、この制限を実装するために、自由なソフトウェアを制限し、不自由なものとしてしまうということだ。
  例えば、ハリウッドの映画制作には膨大な費用がかかりますから、回収する必要もあるのでしょう。
Richard Matthew Stallmanさん それが違うんだ。この制限は、よい作品のためには決してプラスになっていない。制作費の半分以上は広告費だと聞いたし、上映後はテレビなどでも売れるし、仮に個人の非営利の利用に関して自由にコピーさせても、何らかのお金は入ると思うよ。何より、お金を掛けても面白いコンテンツがないじゃないか。もしハリウッドの映画を見ようと思ったら、事前に内容を吟味して、駄作でないとわかってから行くようにしたほうがいいよ。
 音楽業界の大企業も似たようなものだね。私は音楽が大好きなんだけど、大企業のビジネスでは一部のスーパースターだけが優遇されていて、彼らにお金が集まっているのが現状だ。新しいスターたちが同様なビジネスで収益は得られないし、スーパースターといえども、コンサートやCMで収入は得ても、契約の縛りでCDの売り上げなどから多くを得ることは難しいんだ。この制限で儲けているのは、大企業の一部だけだよ。実際のところ、私が聴くのはスーパースターの曲じゃない。
どんな曲を聴くんですか?
知らないと思うけど、ちょっと待ってくれよ(と、バックパックから大きなCDケースを取り出す)。これはハンガリーのフォークバンドで、伝統的なスタイルで演奏しているんだ。これはバリ島のサンバスンダというグループ、これはポリネシアの合唱団、これは50年代〜60年代のエチオピアの曲、これは日本の民謡、これはインドのクラシック、これはビルマの……
ビルマ? ミャンマーですか?
いいや違うよ。アウン・サン・スーチーが呼んでいる「ビルマ」だよ。われわれは自由のために戦う人を誰でも応援するからね。さておき、こうした制限をユーザーに押しつける側が、ソフトウェアの自由をも奪おうとすること自体に対処して、われわれはGNU GPLv3で「第1の自由」を改めて確認したんだ。GNUプロジェクトの「4つの自由」は知っているかい?
ええ。簡単に言うと、自由0はプログラムを実行する自由、自由1はプログラムを研究・修正する自由、自由2はコピーを再頒布する自由、自由3はプログラムを改良して発表する自由、ですね。
そうだ。GPLv3では、すべてのユーザーにとって「自由1」が現実でなければならないとうたっている。可能であればという前提だが、ユーザーには変更に必要な情報は何でも与えなければならない。またGPLv3では、GPLのソフトウェアを使ってDRMの機能を実装すること自体は禁止していない。DRMを実装したいと思っている人は実装することができる。しかし、その制限の機能をユーザーが取り除く自由は残さなければならない。間に立った第三者が、もともとあった自由を奪い去ることをできないようにしているのだ。
私はオープンソースは支持しない
Linuxのリーナス・トーバルズ氏はDRMに否定的ではなく、GPLv3が決定する過程では意見が割れたと聞いています。
昔からそうだが、彼はさほど自由に熱心ではないんだ。それで言えば、「Linux」という言葉がひとり歩きしているが、正確にはわれわれのGNUソフトウェアと彼のLinuxカーネルを組み合わせた、「GNU/Linux」というべきだ。また、われわれが彼に助けられたという印象をもたれがちだが、実際にはわれわれのほうが活動の時期も早いし作業量も多い。
 これを不公平と言うのはエゴの問題だろう。ならば些細なことだが、単なるクレジット以上に大切なこともある。それは、トーバルズがすべてのシステムを開発したと思われてしまうと、彼の人生のビジョンまで問われてくることだ。彼のビジョンの中で自由は重きが置かれていないし、彼も自由のために戦っているわけではない。われわれが誘ったこともあるのだが、彼は「私がほしいのは信頼性の高いソフトウェアで、自由は二の次だ」と答えた。彼の主張は尊重しても、われわれとは考え方が違う。
あなたは「フリーソフトウェア」という言葉を使いますが、トーバルズ氏は「オープンソース」ですね。2つの差は何でしょうか?
哲学だよ。
フリーソフトウェアは個人が、オープンソースは企業が推進しているように思えます。
それは違う。部分的には正しいのだろうが、われわれは自由な社会を目指して活動(ムーブメント)しており、個人だけが対象ではない。一方、オープンソースは信頼性の高いソフトを作るのが目的で、ムーブメントではないと思う。
 経済界がオープンソースをサポートしているのは、皆の自由を尊重しているからではなく、彼らを消費者として見ているからだろう。どんな社会に住んでほしいかではなく、どんな製品を買ってほしいかが重要なのだ。
 だから私はオープンソースを支持していない。私が考えているのは、自由なソフトをどれだけ多くの人に知ってもらえるかということだ。そのためにはあなたの助けも必要になる。
Richard Matthew Stallmanさん
私には何ができますか?
まずは記事を書いてくれよ(笑)。それから「自由」を個人でも強く主張してほしい。また、あなたのPCから自由じゃないソフトウェアを削除しないか。OSは何を使っているのかな?
…………。
OSのプログラムまで書く必要はないんだ。ただ、自由なソフトを使うためには、多くはなくてもある程度の不便さは受け入れなくてはいけない。それを自分でサポートする気はあるかい?
私はあまり、不便なことは好きではないです(笑)。ところで、先ほどから「自由」という言葉が出てきますが、あなたにとって自由とは何ですか?
少し特定してもらわないと、意味が大きすぎて答えられないよ。ただ、「なぜ自由が重要だと思うのか」と聞かれたらそれは、「なぜ愛が重要だと思うのか」と同じ質問だよ。私は誰からも力で押さえつけられたくはないし、誰かに私自身の人生をコントロールされたくもない。
自分のリコーダーでブルガリア民謡を演奏!
ところで、Emacsのような開発を今後も続けていく予定ですか? また、あなたにとってプログラミングとは何でしょうか?
最初の質問の答えは「イエス」だよ。ただ、フリーソフトウェア活動が忙しくてとにかく時間がないんだ。2番目の質問はよくわからないな。難しい質問ばかりする(笑)。言うならプログラミングではなく「ハッキング」じゃないかい?
プログラミングとハッキングの違いは何ですか?
プログラミングはプログラムを書くこと(笑)、ハッキングは遊び心のある知性を楽しむとでも言うのかな。コンピュータを使わなくてもいいけど、使うといろいろと楽しめるのさ。見てみるかい(とノートPCを広げて、モニターに写真を表示させる)。
 私のホームページにもあるものだけど、これはスペインに行ったときの写真でね。スペイン語で楊枝のことを「パリオス」というのだけど、箸も同じ「パリオス」なんだ。どうせ同じ名前なら楊枝で食べてやれと思ってさ(上の写真Hack-1)。
 こっちもスペインで、百合の花を使った「彫刻」なんだ。その花の内部の写真なんだが、顔に見えないかい?(上の写真Hack-2) これはスペイン風のジョークでね。百合はスペイン語で「リリオ」、この彫刻の名前を「デ・リリオ」と付けたんだ。「デ・リリオ」とは錯乱するみたいな意味でね、私の20年前のハッキングだよ。
Richard Matthew Stallmanさん
コンピュータに止まった蝶々に向かってあなたがリコーダーを吹いている写真がホームページにありますね。
あれもハッキングだよ。コンピュータから笛で蝶を招き出した、というわけさ。吹いて見せようか(と、ズボンのポケットから白いリコーダーを取り出す)。ピーピーピピッピッピッピー……(と1分半の演奏を披露!)。ブルガリアの民謡だよ。
パチパチパチパチ……ありがとうございました。最後に、日本のプログラマにメッセージをください。
私見ですが、彼らの多くはあまりクリエーティブな仕事ができていないと思いますし、長時間労働が一般的です。元気付けてやってください。
大変なのはヘンなOSを使っているからじゃないかい(笑)。私が言えるのは、自由のために戦うチャンスは誰にでもあるので、それを見つけてほしいということだ。また、エンジニアリングの価値が、社会的な価値から奪われることのないようにしてほしいね。
 われわれは皆、高性能で便利なプログラムをつくりたいし、いい仕事もしたいと思っている。しかし、社会のすべての人にとって最も大切なことは、自由と正義をサポートすることではないだろうか。
Richard Matthew Stallmanさん Richard Matthew Stallmanさん(54歳)
1953年米国ニューヨーク市マンハッタン生まれ。ハーバード大学で物理学を専攻した後、マサチューセッツ工科大学(MIT)人工知能研究所に入所。UNIX環境でのテキストエディタ「Emacs」を開発する。1984年にMITを退所してフリーソフトウェア活動「GNUプロジェクト」を開始し、母体となるフリーソフトウェア財団を設立する。著作権でソフトウェアの自由を保護する「コピーレフト」の概念と、その実現のための「GNU GPL」を提唱。2007年6月にGNU GPLv3が発表された。Linuxカーネルと組み合わせた「GNU/Linux」はフリーなOSとして世界中で使われている。2001年にリーナス・トーバルズ氏、坂村健氏とともに武田賞を受賞。
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高橋マサシ(総研スタッフ)からのメッセージ 高橋マサシ(総研スタッフ)からのメッセージ
今回の取材が実現したのは、Linuxカーネルの開発者でもあるg新部裕さんのおかげ。講演に招待したのもg新部さんですし、取材も彼が勤める産業創業研究所で行われました。次回はそのg新部さんが登場します。しかし、ストールマンさん、子供みたいにピュアでハートが熱い。取材の帰り道では「自分が自由であること」の意味を考え続けました。

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