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漆器→速乾性漆、組紐技術→超高圧水素タンクに応用、意外なリサイクル技術 先端技術は“折り紙”から生まれた? 温故知新のススメ
ハイテクとはおよそ無縁なものに思える伝統工芸の技法を使い、それまでなし得なかったモノづくりを実現するケースが最近増えている。今回は、温故知新の故事を地で行くような、伝統技術がもたらす最先端のイノベーションにロックオン。
(取材・文/井元康一郎 総研スタッフ/関洋子) 作成日:07.10.09
文化の秋、伝統技術を見直す旅に出かけよう
 今年9月、日本の美が凝縮された京都で新しい景観規制がスタートした。不動産の価値のみを追求した乱脈開発のおかげで、日本の景観は今や全国的にボロボロだが、そんな中、あえて経済的メリットを犠牲にしても伝統的な美の景観を守る意思を示した京都の英断は称賛に値する。
 日本には景観ばかりでなく、伝統的なモノが数多く存在する。その代表例といえるのは彫金、漆器、織物など、日本のモノづくりの原点ともいえる伝統工芸・技術だ。これらの工芸品といえば、芸術的と評されるような美しさ、手作業ならではの精緻さ、またよい機能を持たせるための驚くべき工夫など、素晴らしい価値をもっている。が、ライフスタイルの変化や高い価格などの理由で需要は減少しており、中には消滅の危機にひんしているものもある。
 勢いを失っているように見える伝統工芸だが、実はモノづくりという観点では、その価値は色あせていない。いや、そればかりか、伝統工芸を古来より積み重ねられたモノづくりのノウハウの集大成として見直し、その技法や技術を積極的に取り入れる試みも増えている。
 伝統工芸や技術からヒントをえた最先端技術は、数多く存在するという。それらのケースをつぶさに見れば、21世紀型の「美しいモノづくり」が見えてくるのではあるまいか――そんな思いに駆られ、Techスナイパーは伝統工芸を応用したテクノロジーを考案したエンジニアに話を聞く旅に出かけた。
Techスナイパー・井元康一郎

Techスナイパー・井元康一郎
鹿児島県出身、年齢不詳。経済誌や自動車誌などで、自動車、宇宙、航空……などを得意とする技術&マニア系ジャーナリスト。技術をこよなく愛すがゆえに、Techスナイパーに。心優しき音楽家という別の顔も持つ
伝統技術を生かしたモノづくり
 伝統工芸と近代工業は相いれないモノのように思われることが多いが、実際にはさにあらず。伝統工芸の技法を使ってまったく新しいモノづくりを編み出したり、反対に新材料を使うなどの工夫で伝統工芸を現代によみがえらせたりと、両者が強い結びつきを見せる例は少なくない。開発現場では伝統工芸をどのように生かしているのだろうか。
Case1 折り紙の技法「ミウラ折り」をアルミ缶に採用・・・東洋製罐
■折り紙の技法が缶の材料使用量を劇的に減らした
  日本の伝統工芸において重要な地位を占めている材料のひとつに、紙がある。世界的には、紙は材料としては脆弱で、主に物事の記録メディアとして用いられてきた。が、日本においては記録のみならず、ふすまや障子などの内装材、千代紙などを折って作る紙細工、さらには紙を繊維化して耐久性に優れた布を作る紙布など、紙を使った工業製品が数多く生み出されてきた。
 そうした日本の紙技術のうち、折り紙の技法を使って新しい製品を生み出したのが、製罐業界トップメーカーの東洋製罐だ。通常のツルッとした缶と異なり、表面には三角形のくぼみがつけられている。 「スチール製の陰圧缶(中が真空に近い缶)の場合、きちんと強度を出すためには缶胴部の板厚はおおむね0.2mmの厚みが必要なのですが、この三角形の模様をつけたことで、強度を保ちながら厚さを0.15mmまで削減することができました
 新型缶の開発をリードした大塚一男氏は語る。缶に刻まれた三角形のくぼみは、宇宙航空工学の専門家であった三浦公亮氏が1970年に考案したミウラ折りと呼ばれるパターン。日本古来の折り紙にヒントを得たものだった。

■高水圧の海底居住区の文献から着想
 ミウラ折りは、平面に特別な三角形の折り目をつけることで、平面に比べて強度を格段に向上させられるという技術。初めてそのミウラ折りに接したとき、大塚氏はその特性がジュースや酒類の缶の技術革新にピッタリではないかと考えた。
「ミウラ折りの文献を初めて見たのは、20年ほど前のことでした。三浦先生がハワイ大学と共同で、大きな水圧に耐える海底居住区の研究をしていましたが、そんなに強度が出て薄肉化できるのであれば、私たちの製品である缶にも応用できるのではないかと思ったわけです」
 缶を製造するための技術開発競争は厳しい。東洋製罐では1ラインあたり、毎分1700個以上の缶を製造する。表面に複雑な加工を施しながら、このペースを落とさないようにしなければ、コストが上昇してしまい、実用化は難しくなる。
「缶の断面を多角形にすることでミウラ折りを缶に刻むのですが、ハイスピードを維持しながら加工できる金型設計、機械設計がシステムのポイントでした」
 1990年にラボで試作加工機を開発しシステム検証を行った。そこで量産可能という結論が得られたため、缶コーヒー向けに初めてミウラ折りを取り入れた缶を出荷した。コスト、素材使用量の3割カットを実現したその缶は、いいことずくめに思われたが、実際に市販してみると、残念ながら売れ行きが芳しくなく、間もなく終売となった。

■まずデザインでヒット。今は省資源でも注目
 そのミウラ折りの缶が脚光を浴びたのは、90年代後半になってからだった。ミウラ折りを、スチール缶ではなく、アルミ缶に使用してみた。主に炭酸飲料に使われるアルミ缶は、強度がもともと弱い。ミウラ折りを使っても、結局膨らんでしまい、凹凸がつかない。
「ダイヤカットが出ないのでは面白くないというのでお蔵入りになっていた試作飲料を、廃棄しようとフタを開けてみたんです。そうしたら、その瞬間、パーンと元のミウラ折りに戻ったんです。これは何かに使えるぞと思い、商品開発が再スタートしたんです」
 アルミ缶にミウラ折りを施すと、アルミ地肌の輝きがより印象的になる。そのデザイン性に目をつけたのが、濃縮せずに凍らせた果汁を使った缶チューハイを開発していた酒造メーカーだった。その商品は大ヒットとなったが、ミウラ折りのアルミ缶は、そのイメージ向上に大いに貢献したのである。
実際にミウラ折りを実演して説明
実際にミウラ折りを実演して説明

ミウラ折りを採用、省資源化を実現ダイヤカット缶
ミウラ折りを採用、省資源化を実現ダイヤカット缶
東洋製罐株式会社 生産本部 生産技術部 大塚一男氏
東洋製罐株式会社
生産本部 生産技術部長
大塚一男氏

東洋製罐入社後、開発部門に配属。主に生産技術の開発に携わり、ミウラ折りを利用した缶の製造技術を考案。その後、工場長、海外での生産拠点の立ち上げを経て、現職に
 鉄やアルミなど、金属材料の価格が高騰している今日、ミウラ折りの缶はデザイン性だけでなく、本来の狙いであったコストメリットの高さも評価されるようになった。この秋もミウラ折りスチール缶を使った飲料の新製品が発売された。何げなく手にしている缶についている凹凸は、まさしく和工芸である折り紙の技法に由来したものなのである。
ミウラ折りとは
図
宇宙構造物の権威で東京大学名誉教授の三浦公亮氏が1970年に考案した折り紙技法。「Miura Folding」の名で広く知られている。普通の四角折りと異なり、折り目がわずかに菱形になるように、アコーディオン状に折ることで、平面を簡単に開閉できるようにしたもの。もともと太陽電池やアンテナ、地図など平面物の折り畳み法として考案されたが、平面の強度を大きく上げる効果があることから、海底居住区の外殻や圧力隔壁など、大きな圧力のかかる平面にも積極利用できるのではないかと考えられている。

東京大学名誉教授・三浦公亮氏プロフィール
1930年東京生まれ。東京大学工学部卒業。東京大学宇宙航空研究所を経て、文部省宇宙科学研究所に入所、宇宙構造工学を研究。人工衛星・惑星の開発設計に携わり、新しい宇宙構造物の発明と宇宙での構築を行っている。
Case2 漆器の欠点を技術で解決・・・ユーアイヅ
■内装材、携帯電話…工業製品に漆塗りを提案
  日本の伝統工芸のうち、その美しさから、世界のデザイナーの注目を浴びているのが漆塗り技術だ。近年、世界各国で行われる国際デザイン展などに漆を使った装飾品がよく出品されるが、独特の色合いや質感を高く評価する向きは多い。
 が、そうした評価の高さとは裏腹に、日本の漆器産業はライフスタイルの変化や価格の高さがネックとなり、全体的には厳しい状況に置かれている。その状況を打開するため、漆器産業は漆塗り工芸以外の、新しい工業分野への進出を狙っている。が、それを成功させるには「キズが付きやすい」「納期が長い」「コストが高い」といった、漆器のもっている欠点を克服しなければならない。
 その課題に果敢にチャレンジしているのが、漆器産業の一大集積地、会津塗で名高い福島県会津若松市にあるベンチャー企業、ユーアイヅだ。
 ユーアイヅは2000年、地元の漆器メーカー8社の協同出資によって設立された。福島県会津若松市の郊外にある、漆器メーカーの集積地の一角に置かれた小さな社屋には、携帯電話の外装ケース、万年筆、カーボン製のつえ、住宅の内装に使う化粧板や戸棚の扉など、さまざまな漆塗り製品が所狭しと展示されている。また、棚、テーブルなどの調度品も、美しい漆塗りの一品モノだ。
「これ、全部新しい漆含UV塗料による塗装なんですよ。今のところは住宅の内装材がメインですが、多方面での活用法を模索するために、こうしていろいろな試作品を作ったんです。一部はもう市販していますが」
 ユーアイヅの代表取締役、市橋延隆氏は語る。

■漆が固まるプロセスは有機合成
「オリエンタルペキュリア」と名付けられた新しい漆含有塗料は、紫外線を照射すると固まる性質をもつUV(紫外線)塗料と漆を配合して作られた。漆のもつ光沢感や質感と、UV塗料のもつ速乾性を併せ持ち、硬度も高いという。
漆塗りは古くからある技術なんですが、実は有機化学現象を利用したものなんです。普通の塗料は水や溶剤に溶いたモノを塗り、それを乾かして使うのですが、漆そのものの成分は、ウルシオールという酵素とゴム質・水分がを混ぜ合わさったもので、漆塗りは、その成分が空気中の水分と化学変化することで固まって塗膜となります。この現象は非常に面白いもので、実際、有機化学の世界では漆の研究が結構盛んに行われているんです」
 オリエンタルペキュリアも、福島県ハイテクプラザと漆を研究している大学との産官学協同で生み出された。最初に試したのは、漆の分子を微細化して密度を高め、固まるスピードや硬度を上げるという手法だった。「重合漆」と名付けられた新材料は、漆の工業製品への適性を高める技術として注目されたが、「天然素材100%というメリットはありますが、固まる速度やレベリング、など工業製品向けとしての需要に応えなければならない必要性がでてきました」。
 さらに固化速度を速めるには、天然漆そのものの改良では対応できない。そこで、漆に何か別の物質を混ぜ、固化させる方法を考えることにした。

■アクリレート化合物との混合でブレークスルー
 さまざまな材料を試す中、有望な取り合わせとして浮上したのが、紫外線で硬化させるアクリレート化合物と漆を混ぜ合わせるという手法だった。漆に別の化学物質を混入させながら固化させるのは困難、という常識を打ち破ったのだ。
UV漆を採用した床の間部材。青い色が鮮やか
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将来的には自動車の外装用途にも展望!?(2001年うつくしま未来博で展示)
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株式会社 ユーアイヅ代表取締役 市橋延隆氏
株式会社 ユーアイヅ 代表取締役
市橋延隆氏

明治初期に創業した漆器の製造卸会社、市橋漆工藝の一族に生まれ、5代目社長に。漆塗りの技術革新に取り組み、産学協同プロジェクトに参画。UV漆含有塗料を軸に、漆製品の工業利用を模索
「オリエンタルペキュリアは、紫外光を数十秒照射するだけで完全に硬化します。生産性は、固化に1カ月かかる天然漆とは比較になりません。これで工業製品への利用の展望が大きく開けました」
 勢いを得たユーアイヅはさらに、自治体と共同で「微粒化彩色UV漆インキ」の開発にも参画協力している。これは乾燥時間を天然漆の25万分の1に短縮し、オフセット印刷やインクジェットプリンターで蒔絵をプリントできてしまうというものだ。一方、環境問題の面でも、漆と化学物質を混合させながら、有害物質の溶出をゼロにすることを目指していくという。
「伝統工芸である漆器がここで作られるようになったのは、およそ400年前。その間、漆は時代に応じてさまざまな技術革新がなされてきました。生き残るためには、常に変わり続けなければならないんですよ」
 伝統工芸である漆塗りは、高分子化学の面でいまだ非常に奥深い分野。今後、さらにそこから新しい塗膜技術が登場するかもしれない。
新しい技術のブレークスルーは伝統技術、伝統工芸にヒントがある!?
 近代工業に携わるエンジニアにとって、伝統工芸は前時代的なものという印象をもたれがちな技術だ。が、実際には伝統工芸は、極めて合理的で、自然に即した技術なのである。ケース1で紹介した東洋製罐の大塚一男氏は、「モノづくりで気をつけなければいけないのは、自然に逆らってはいけないということ。自然の理にかなっていないモノは、必ずどこかに無理がある。その点、伝統工芸はどれも本当に理にかなっている。まさに現場の物理、化学ですよ」と、伝統工芸の技術が今日においてもモノづくりの重要なヒントになると主張する。
 実際、伝統工芸の技法にヒントを得たハイテク製品は少なくない。2006年1月のレポート「実はテクノロジーの宝庫! 創業100年超企業の働き心地」で紹介した企業もその一例。そのほかにも、燃料電池電気自動車用のカーボンコンポジット製超高圧水素タンクを開発している村田機械は、組紐の技術を応用することで従来品に対して重量を2分の1に減らすことに成功した。有田焼の老舗、香蘭社は、伝統的な焼き物の技術を利用して液晶プロジェクターの反射ミラーでは世界唯一となる石英ミラーを実用化した。キッコーマンは醸造技術を利用して医薬品などのバイオテクノロジー関連商品を発売。西陣織の老舗、尾池工業は、西陣織に使う金銀糸を製造するために真空蒸着技術を開発し、その技術がタッチセンサーパネルなどに使用する透明導電性フィルムの製造に生かされている。
 モノづくりを大きく進化させるのは、エンジニアの創造力だ。エンジニアがいいアイデアを出すことができなければ、科学の発展はあり得ない。温故知新という言葉もあるように、古くからの伝統的モノづくりである伝統工芸は、その発想を得るためのネタの宝庫である。みなさんも折を見て、伝統技術探索の旅に出てみるのも悪くないのでは。
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関洋子(総研スタッフ)からのメッセージ 関洋子(総研スタッフ)からのメッセージ
この秋、新発売されたキリンビバレッジの缶コーヒー「キリン ファイア 挽きたて微糖」。その缶にくっきり浮かぶ「ダイヤモンドカット」は、まさにミウラ折り技術を採用した缶。意匠性に目が奪われがちですが、本当は、材料が薄くても強度を高めるための技術だったんですね。この秋、休日はぶらりと伝統技術や伝統工芸を見て回りたいとあらためて思いました。

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