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2007年5月現在に開かれている通常国会では、雇用ルール見直しの法案がいくつか上程されている。その一つが、残業代の割増率を引き上げる法案だ。大企業を対象に月80時間を超す残業には現行(25%以上)より高い50%の割増賃金を義務付けるというもの。現時点では可決の見通しは立っていないが、そもそもなぜこんな法案が審議されるようになったのか。 背景にあるのは、国として長時間労働を是正したいという狙いだ。この数年、日本の多くの企業は正社員の採用を抑えてきた。そのぶん派遣などの非正規雇用は増え、正社員一人当たりの仕事量は増える構造にあった。長時間労働はストレスによる過労死や過労自殺、さらに最近では、晩婚化・少子化の遠因とする声もある。そのため厚労省は長時間労働の是正に向けて、残業代の割増率を上げ、企業に無駄な残業をさせないように動き出した。 また、国の労働政策の流れが、全体的にこうした規制強化の流れに向かっているかというと、むしろその逆だ。今国会への上程は見送られたが、年収など一定水準を満たす会社員を労働時間規制から外す自己管理型労働制(日本版ホワイトカラー・エグゼンプション)や解雇の金銭解決制度の導入案などをみるだけでも、全体の流れはむしろ規制緩和、自由化の流れの中にある。 企業にとっても残業代の削減・圧縮は経営課題という意味で重要な論点だ。従業員に「無駄な残業」をさせようと思う経営者など一人もいない。しかし、現実に仕事が忙しいのに残業をさせないというわけにもいかない。とすると、時間当たりの労働生産性の向上が望ましい。そうでなくても、国内総生産を労働投入量(就業者数×労働時間)で割った日本の労働生産性は先進7カ国中の最下位で、米国より3割も低いといわれる。労働生産性を上げるためには、ある部分では残業を規制し、ある部分では残業という概念そのものをなくすなど、制度を多様化させながら、従業員自身の生産性向上に向けた取り組みを期待したいという思いが企業にはあるはずだ。 |
こうした現状を踏まえながら、Tech総研ではエンジニア500人を対象に、労働時間や残業制度、残業規制の実態を知るべく緊急アンケートを行った。IT産業を中心に以前からエンジニア職種の長時間労働は重要な問題になっていたが、最近はどうなのか。今エンジニアたちは、どのくらい残業していて、それはどのように報われているのか。 まずは調査対象者の月平均の残業時間をみるために「平均的な退社時間」について質問した。それによれば、退社時間帯が集中するのは「19時台」(27%)と「20時台」(24%)だ。通常の終業時間を17時〜18時とすれば、だいたい毎日1〜3時間の残業、月にならして20〜60時間の残業という状況がみえてくる。先に述べた残業代割増法案の対象が月に80時間を超える残業と規定していることからもわかるように、長時間労働が社会的に問題視される目安は月の残業80時間というところ。この点でいえば、アンケートが示す状況は必ずしも「過酷な残業」というにはあたらない。 しかし、現実には月40時間程度が労使交渉の争点になることが多く、それからすれば、「やや多い」という現状だ。それにしても、18時台に帰れる人が17%という数字は、欧米の一般的労働者の現状からみると、どのようにみえるのだろうか。 残業代がどの程度支払われているかという点からみるとどうだろう。月平均の残業代は5万4598円。年代別にいうと20代前半では3万2545円、20代後半では5万1398円。30代前半で5万7173円となり、年代を追うごとに増えている。今回の調査対象者の平均月額給与が32万588円なので、そのうち17%が残業代で占められているという計算になる。けっして小さくない割合だ。 月平均の残業代を職種別、例えば大きくソフトウェア職種とハードウェア職種に分けてみると、どうなるだろうか。ソフトウェア職種の平均が5万459円であるのに対して、ハードは6万1956円。この1万円以上の差は大きい。この差には、残業時間の多い少ないはもちろん、残業代の額および支給率の差も反映していると思われる。つまり、残業代が多いからといって、一概にハード技術者のほうがソフト技術者よりも残業時間が多いということにはならない。企業ごとの賃金制度の違いも考える必要がある。 ちなみにより細分化した職種別残業代の違いをみると、最も残業代が多いのが「サービスエンジニア」の8万833円。ついで7万円台に「半導体設計」が登場し、6万円台には「研究、特許、テクニカルマーケティングほか」「コンサルタント、アナリスト、プリセールス」「品質管理、製品評価、品質保証、生産管理」などが並ぶ。「ネットワーク設計・構築」「システム開発」「社内情報システム」などのソフト職種は軒並み5万円代以下であり、ここでもハード優位の状況がうかがわれる。 |
DATA1 職種別・年代別/月平均の残業代は? |
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残業についての考え方は企業によって異なる。今回のアンケートでは、「あなたの勤務先で残業(労働時間や残業代)に関して、会社の対応・考え方、制度の見直しなど、変化があったらその内容を教えてください」という質問を設けた。 500人の自由回答では、46%の人がなんらかの形で労働時間に関する制度の変化が最近あったことを認めている。変化の流れのなかで目立つのは、残業規制の強化だ。 |
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このように、「月度規定残業時間超過者に対して労務部への理由書の説明が厳しくなった」などのケースが報告されている。「無駄な残業を極力減らす」ことが、社員福祉や労働生産性向上という観点からも重要であるという認識が、あらためて企業に生まれているといえる。 また、これまでサービス残業(残業代の支払われない残業)を当たり前としていた職場でも、「月30時間以上はサービス残業だったが、月20時間以上は申請した上で青天井に変更になった」など、その見直しが進んでいるという報告もある。以前に比べれば、「サービス残業は悪である」という考え方が、労使双方で進んでいるのかもしれない。 |
残業規制の一方で、裁量労働制(労使であらかじめ決めた労働時間を実際に働いた時間とみなす)の導入が進むことで、通常の残業代という概念がなくなった職場もある。裁量労働制は、現在、約2100事業所、約5万2000人がその対象になっている。日本の雇用労働者の総数からすればはるかに少ないが、労働時間規制緩和の流れのなかで、広がる傾向をみせている。最近でも、大手企業を中心に導入例が増えてきた。ホワイトカラー・エグゼンプション導入に反対する連合など労組側も、裁量労働制そのものには反対していない。 ただ、現場のエンジニアたちには、裁量労働制の導入は何よりも「残業代のカット」として受け止められているようだ。 |
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といった声には不満のトーンがにじんでいる。時間当たりの労働生産性が高まり、無駄な残業をしなくても食べていけるだけの給与が支払われるのであれば、それは企業にとっても働く側にとってもよい状況といえる。しかし、現状は必ずしもまだそうなっていない。働き方の多様化と規制緩和の流れのなかで、今、見直しが進む残業制度。それになんとか必死で対応しようとしている、現場のエンジニアの苦悩が浮かび上がる。 |
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