福野泰介＠jig.jpは、PCとセンサーで楽器を作る

高専卒業後すぐに起業した福野さんは、携帯電話用フルブラウザ「jigブラウザ」で知られるjig.jp社の社長さん。小学校3年からプログラミングを始めたエンジニア社長は、楽器を弾けないのに新しい楽器を作り、おまけにクラブシーンでの活用を提案します。音色をお聞かせできないのが残念です。

（取材・文／総研スタッフ　高橋マサシ　撮影／平山諭）作成日:07.02.26


		PCのWebサイトを携帯電話で閲覧する、フルブラウザの「jigブラウザ」


映画やドラマなどの長時間動画を配信できる、主にプロバイダ用の「jigムービー」

	―		福野さんはたくさんの趣味をおもちのようですね。

	ふ		夏はアユ釣り、冬はスノーボード、週末はバドミントン、弊社の開発センターには卓球台があり、休み時間は社員と卓球をしています。体を動かすことが好きなんです。

	―		（エンジニアには珍しい……）ところで今日は何を持ってきていただけました？

	ふ		スポーツとは関係ないんですが、私が作った楽器です（と、ノートPCを起動させる）。画面にExcelのような縦横の罫線がありますよね。ここにマウスのポインタを当てると音がなります。上下が音量で左右が周波数です。動かすと……（ひゅひゅひゅひゅ～ひゅひゅひゅひゅ～：一応ドレミファソラシド）。

	―		（こ、これは何だ？）この音は何と表現すればいいんでしょう？

	ふ		PSG（Programmable Sound Generator）で、ファミコンの音源に近いものですね。電子楽器のテルミンにも似ていると思います。この楽器は家庭用ゲーム機のコントローラーでも操作できるんですよ、ちょっと待ってくださいね（と、ライターを取り出して火をつける）。ただ、私には演奏のテクニックはありませんよ（コントローラーをグルグル回して……ひゅーん、ひゅひゅ～ん、ひゅひゅーーひゅんんん～ひゅ～）

	―		結構いい感じになってきましたけど、どうしてこんなに複雑な音色になるんですか？　それとライターの理由は……。

	ふ		このコントローラーには3軸（前後・左右・上下）の加速度センサーが入っているので、傾きや動きによって微妙に音色が変わるんです。実装されている赤外線センサーが発光している点の座標をとらえて、Bluetoothでデバイスに送る仕組みですが、いい発光体がないのでライターで代用しています。炎のゆれがビブラートを生む効果もありますよ（笑）。

	―		（やっぱりエンジニアだ……）もともと何か楽器をなされるんですか？

	ふ		昔エレクトーンを少ししていましたが、ほとんどできません。楽譜もゆっくり読めばわかる程度です。ただ、楽器と音楽は昔から好きで、そんな私が思うに、音楽って楽器や楽器の音階に縛られているような気がします。人がやっていない新しい音楽表現をしたくなって、得意なプログラミングで始めたわけです。まだまだ制作途中のデジタル楽器ですけど、将来は「福野楽器シリーズ」をそろえて、演奏家に使ってもらったり、クラブシーンなんかで流れたらいいなあ。

	―		私も演奏させてもらっていいですか？

	―		福野さんは高専を出てすぐに起業したんですよね？

	ふ		最初は友人と3人で設立し、翌年にNTTドコモのiアプリが発表されたので、別の会社を立ち上げました。そこで、パケット料金を約半分にするアプリを開発したのです。当初はライセンス販売を夢見ていたんですけど、現実にはいろいろな手間が大変で開発に集中できない。そこで現在のjig.jpを設立し、パケットを削減してブラウジングを軽快にする「jigアプリ」を出しました。ところが、パケット定額制が始まってしまった（笑）。

	―		定額料金なので、ユーザーはパケット量を気にする必要がなくなったわけですね。

	ふ		はい。せっかくパケットが定額になったのなら、次は「パケット浪費アプリ」を作ろうと思いました。実は私もjigアプリをさほど使っていなかったのですが、理由を考えたら、PCのサイトが見られないからなんですね。そこで携帯用のフルブラウザのデモ版を数週間で作り、周囲に見せたら好評だったので、1～2カ月後の2004年10月にリリースしたのです。それがjigブラウザです。　jigアプリがブラウザだったので技術的にはなじんでいましたが、大変だったのはレンダリングエンジンの開発でした。また、機能的には速度と操作性にこだわりました。ただ、ヘビーなPCユーザーが携帯でWebサイトを見ることを想定していたので、ニーズはあっても限定的だと思っていたんです。それが予想に反して反響を呼び、現在のユーザー数は約5万人となっています。

	―		高機能化したとはいえ、携帯電話のメモリ容量や処理速度はPCより格段に劣ります。開発にはご苦労があると思います。

	ふ		独自のプログラム手法で組んでからJavaにコンパイルすることで、容量を3割程度減らしています。また、機能が増えるとどうしても容量が増えるので、コア部分と各プラグインを動かすプラットフォームとに分けて開発しています。ユーザーが欲しい機能ごとにダウンロードして組み合わせることができますし、弊社の開発体制に複数のラインを持てるメリットもあります。テストについては携帯電話の前にPCで行いますが、機種ごとに動作が微妙に違うなどの理由で、独自のエミュレーターを使っています。

	―		現在はjigムービーに注力していらっしゃいますね。

	ふ		携帯電話で長時間の動画を配信できるアプリです。一般的に携帯電話に配信される動画は小さな画面で、時間も数分間に限られています。こうした制限を外し、ユーザー側にはjigムービープレイヤーという動画再生アプリを用意して、動画の自由な配信と受信を実現させようと思ったんです。開発のきっかけは、ある社員が「パケット定額をどこまで使い倒せるか」を実験したことでした。まずはラジオ機能を作ってうまくいったので、次はテレビでやるかと（笑）。

	―		福井高専時代には、プロコン（全国高等専門学校プログラミングコンテスト）で準優勝したとか。

	ふ		CCDカメラで撮った回転体の体積を当てるプログラムです。地味でしょ（笑）。私がプログラムを始めたのは小学校3年からで、考え始めたのは5、6年生からです。すぐに「モノづくり」に夢中になりました。工作の不満点は、人により見た目に差が出ることだと思うんです。ソフトなら同じ次元だし、材料もいらないし、ミスってもOKで何度でもトライできる。ただ、福井県に住んでいたこともあってか、周囲にそんな人は1人しかいませんでしたけど（笑）。

	―		これまでのアプリはほとんど福野さんが開発され、現在は主に社員に任せているとのこと。彼らを見てどう感じますか？

	ふ		理想は職人の徒弟制度です。職人が弟子を取って教えて、その弟子がまた弟子を取る。プログラマの世界もそうあるべきと思っています。言わば私が棟梁ですが、部分的な技術では私より優れている社員もいます。ただ、総合力ではまだ負けていないと思いますよ。彼らはまだまだ甘い（笑）。

アユ釣りのきっかけはベテランの義父の影響とか。釣り場は主に九頭竜川で、その場で調理する

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	―		いつも聞いているのですが、福野さんの夢は何ですか？

	ふ		人としての限界を知ることです。情報社会の最大の変化が速度なら、人間はどこまで速くなれるのか、そこに限界はあるのか。私に関して言えば、やはりソフトウェアです。プログラミングとは、ノウハウを論理に落として自動化して、やりたいことを速く、楽にしていく作業だと思うんです。開発自体にしても、これまで3時間かかっていたことが、何らかの機能を使えば5分に短縮できるかもしれない。そうした限界をさらに遠くするためのツールづくりが、ソフトウェア開発だと思うんです。


		1978年生まれ。福井工業専門学校電子情報工学科卒業後、周囲からの「やったら？」という応援で2000年に起業。2001年に有限会社ユーエヌアイ研究所（当時）を設立し、パケット料金を約半分にする「半パケ」サービスを開始。2003年に株式会社jig.jpを設立し、同社の代表取締役兼CEOに就任する。 2003年にjigアプリ、2004年にjigブラウザ、2005年にjigムービーを発表。jigブラウザは世界初の携帯電話向けJavaフルブラウザ、jigムービーは携帯電話での映画試写会にも利用された。

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高橋マサシ(総研スタッフ)からのメッセージ

この取材で大変なのは撮影です。事前に趣味のグッズを用意してもらうのですが、今回は行ったら何もない！　冷や汗をかきながら尋ねたら、出てきたのは例の「楽器」でした。まだうまく音を制御できないと語っていましたが、例えばバイオリンのサンプリングを入れればそんな音色になるとか。どなたか演奏してくれる方はいませんか？