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エンジニアのための経済学最適インストール File.1 「平均的じゃない人」も経済社会で幸せになれますか?
理系人間だって経済学をわかりたい!ということで、昨年6回にわたって「エンジニアに最適化された経済学」を展開してきた人気シリーズが、装いも新たに第2シーズンを開始。毎回、“エンジニア代表”が経済学者に質問をぶつけます。
(構成・文/総研スタッフ 根村かやの)作成日:07.01.25
 第2シーズンの幕開けである今回は、好評を博した第1シーズンの平林純さんが“エンジニア代表”です。『大相撲の経済学』『お寺の経済学』『障害者の経済学』『これも経済学だ!』などの著書を精力的に書かれている中島隆信慶應義塾大学商学部教授に、「経済学の魅力」ということなどを聞いてみました。
中島隆信
中島隆信(写真)
慶應義塾大学商学部教授。慶應義塾大学経済学部卒、商学博士。『日本経済の生産性分析』『障害者の経済学』など、独創性の高い実証研究に取り組んでいる。

平林純
技術は身についていないが、とりあえず理系人生を歩んできたエンジニア。経済学に関する知識はほとんどない。
Part1 経済学は「企業経営の学問」とどう違うのですか?
 理系人間からすると、経済学と経営学の違いもよくわかりません。そこで商学部教授という肩書をもつ中島先生に聞いてみました。
Q.「『経済学』と『経営学』はどう違うのでしょうか?」 A.「『消費者が主役』なのが経済学で、『企業が主役』なのが経営学です」
「競争させたい」のが経済学、「独占したい」のが経営学
中島:
経営学は基本的には企業が主体ですよね。けれど、経済学の場合は消費者が主体です。経営学の目指すゴールは、“企業が特定の市場を独占すること”が究極だと思うんですね。
平林:
企業サイドから見れば、他社との販売競争・価格競争や、エンジニアにとってつらい開発競争もない、いい社会ですね(苦笑)。
中島:
けれど、経済学という立場から見れば、競争がある社会のほうがいいわけです。消費者の利益という観点から、企業の独占は望ましくないと考えるわけです。
平林:
消費者の幸せを目的と考えるか、企業の幸せを目的とするか、ということが大きな違いなんですね(図1)。
図1
経営学の主役は企業で、そのゴールは特定市場の独占だ。しかし、経済学は主役としての消費者が満足することが目的である。
「続けられる競争」と「続けられない競争」
平林:
“競争”は経済学では“良いもの”なんですね。
中島:
といっても、消費者が望むなら競争がなくてもいい分野というのもあると思うんですよ。例えば、私が好きな相撲の場合、ほかの格闘技と競争していくことを消費者が望んでいるわけではないと思うんですね。文化的なものには、こういうものが多いですよね。
平林:
プロレスで複数の団体が乱立して、団体同士の競争が一時的には消費者利益にかなっているように見えるけれど、実は業界の衰退を招いてしまうかもしれない……という感じですね。
中島:
だから、ひと言で“競争”と言っても、それが持続可能な競争なのか持続不可能な競争か、つまり、繁栄の方向に向かう競争なのか、それとも衰退の方向に向かう競争なのかという点については、区別して考えないといけないと思います。
Part1のまとめ 企業は消費者のために「本当はしたくない競争」をしている!?
 消費者が主役なのが経済学で、企業が主役なのが経営学ということでした。つまり、経済学のキーは、消費者がそれを望み、消費者のためになるのか、というところにあるようです。
Part2 経済学はどこまで合理的ですか?
 自然科学を研究する人は、自然現象の中に隠されている真理の理解に喜びを感じます。あるいは、ものを作るエンジニアであれば、何かを作り上げた瞬間が幸せな瞬間でしょう。ならば、経済学の場合は?ということを聞いてみました。
Q.「経済学を研究していて、いちばん楽しいのはどんな瞬間なんでしょうか?」 A.「悟りを開いたように、“わかった!と思える”瞬間ですね」
人の行動には必ず合理的な理由がある
中島:
私は、経済学の根本は“人間の行動には必ず合理的な理由がある”と考えることだ、と思うんです。
平林:
自然科学で、“自然現象は必ず物理法則に従って動いている”と考えるのとよく似ていますね。
中島:
えぇ、そうです。そんな考えのもとで、世の中の非常に非合理的だと思われることを考えてみたとき、悟りを開いたように“ああ、わかった! こういうふうに実は合理的だったんだ!”と思える瞬間があるんですよ。それは実にうれしい感じですね。そして、“ほかのみんなはわかっていないなぁ”なんて優越感を感じたりすると、さらに楽しいんですよ(笑)。
平林:
経済学者って何だかとても面白い人たちですねぇ(笑)。経済学イズムに入信すると、この世界が結構楽しめるかもしれないですね。
中島:
そうそう、幸せですよ。世の中のいろんなことが全部きれいに見えてきて、気持ちよくなるんですよ。
法・ルールで動かす仕組みは非合理的になりがちだ
中島:
人は必ず合理的に動くと考えると、変な例ですが、例えば暴力団の行動なんて、法に守られていない分、非常に合理的にできているはずです。それとは逆に、法やルールで動く仕組みの場合は、それで守られる人もいるけれども、守られない人もいたり、細かいところに目が行き届かなかったり、コストがやたらにかかったり、というように、どうしても非合理的でうまく動かなかったりしがちになりますね(図2)。
根村:
借金の取り立てなんかがそうですよね。お金を貸した相手が返そうとしない、というときに、合法的に回収しようとすると、裁判なんかで時間もお金もすごくかかってしまう、暴力団に頼んだほうが早くて安上がりだ、とか。
平林:
なるほど、暴力団が存在し続ける理由も合理的に納得できてしまいました。……あぁ、そうか、こういう納得が“世の中のあり方がわかった”と思える感じなんですね。
図2
「人は必ず合理的に動く」ものなのだから、人が自然に動く仕組みをうまく作ってやれば、合理的・効率的に物事は進むはず。
「品格」や「美しさ」に頼る国って、うまくいく?
中島:
道徳心・モラルで問題を起こさないようにするという考えは、社会の中に強くあると思います。でも経済学では、モラルによる問題解決は非常に脆弱だと考えるので、そこは非常に対立する部分ですね。
平林:
経済学から見れば、人は合理的に動くのだから、問題が起こらないような合理的な仕組みを作っておけばいい、というわけですね。
中島:
そうです。だから、今はやりの“品格”や“美しさ”で支えられている国というのは、経済学者は好まないでしょうね(笑)。もちろん、それでうまくいけばいいとも思いますが、うまくいかないだろうなと考えてもしまいますね(笑)。
コラム 経済学者から見た常識
中島:
最近、哲学者が書いた『「待つ」ということ』という本にすごく惹かれたんです。“待つ”ということから人間が受ける影響、例えば『走れメロス』での“待つ”ということから生じた、心の葛藤や成長といったものを深く考える。そういう学問も面白いと感じました。
平林:
そう言われてみれば、『ゴドーを待ちながら』ではないですが、“待つ”ということが題材の物語は多いですね。
中島:
“待つ”なんて実に非合理的でしょう? そんな非合理的な題材に人が感動するのは、“待つ”=コストだと、みんながいつも考えているからですよ。お金を待つなら利子がいる、という具合に、対価がなければ待ったりしないというのは世の中の常識ですからね。
平林:
“待つ”=コスト、という方程式を常識だと思っているのは、経済学者だけだと思いますよ(笑)。
Part2のまとめ 経済学は「合理性」という教義をもつ宗教かもしれない
「経済学は半分は科学で、半分は宗教だと思っています」と笑いながら経済学の魅力を語る中島先生の言葉を聞いて、思わず経済学教に入信したくなりました。中島先生をはじめ経済学者の先生方が、次々と本を書いているのは実は“布教活動”だったようです。
Part3 「平均的じゃない人」も経済社会で幸せになれますか?
「みんなの満足・幸せ」を実現しようとする経済学を研究される中島教授に、ズバリこんなことを尋ねてみました。
Q.「人の欲望が増大する中で、それでも人は満足したり、幸せになったりすることができるのでしょうか?」 A.「無限の欲望をもつ一方、資源には限りがある。その中で、最大に満足し、幸せになる仕組みを考えるために、経済学は存在しているんです」
人の状況次第で満足・欲望は変わっていく
中島:
人の“満足”というものを考えることが難しいいちばんの原因は、人の置かれている状況によって、満足の基準が変わることだ、とノーベル賞を受賞したアマルティア・センが言っています。
平林:
もしも、私がどこかの小さな島にでも住んでいたとしたら、必要最低限のものを手に入れられれば満足しそうな気がするんです。けれど、東京に住んでいて、必要最低限のものしか手に入れられなかったとしたら、私は貧乏でひもじいように感じると思うんです(図3)。
中島:
まさにそういうことです。ただ、そんな小さな島国の人でも、近代化・市場化に一歩足を踏み入れてしまうと、欲望が増大して、経済成長の階段を上っていかざるを得なくなっちゃうんですよね。そんなふうに、欲望がとどまることがないからこそ、経済学が必要なんです。資源に限りがある中で、つまり、欲望を無限大に拡大することはできない制約がある中で、最大に満足し幸せになるにはどうしたらいいだろうか、ということを経済学は考えるわけです。
図3
満足には絶対的な基準があるわけではない。その人の置かれている状況によって、貧しいと不満に思ったり、別に貧しくないと思ったりする。
制約のない社会ならば、経済学は必要ない
平林:
人の欲望が無限大だというのと同じ意味で、人の能力も無限大だと思うんです。現に、技術進歩はとどまることもないわけです。幸か不幸か、人があらゆる制限を打ち破る能力をもつがゆえに、欲望も無制限に増大化してしまう気もするのですが……。
中島:
長期的には、新技術が出てきて、当初考えられていた制約が打ち破られていくことはあると思います。それでも、短期的にはやっぱり制約のもとで生活しているわけですから、その中でどう配分するかっていう問題は必ず出てくるわけです。
 それに、制約問題じゃなくなると、最大値が出ない問題になってしまうので、問題を解くために経済学ではどこかしらに必ず制約をつけるんですよ(笑)。
平林:
制約条件がない無制限の社会だったら、経済学も経済学者も必要なくなってしまうんですね(笑)。
少数者・弱者の満足を実現する仕組み
平林:
市場経済の社会は、100人中80人の人たちが満足するような“平均的な満足”は与えてくれそうだ、と思えます。しかし、社会の“平均人”は満足しても、平均的じゃない人はどうなんだろう?ごく少数の人にとってだけ重要で大切なものを経済市場が与えることはできるんだろうか?という疑問も浮かぶんですね。
中島:
経済学的なアプローチをしていったときに、そこがたぶんいちばん批判を浴びやすく弱いところだと思います。だから、どうしても生きていくうえでないと困るものに関しては、税金や所得の再配分で提供するというふうに処理していますよね。
平林:
夢なのかもしれませんが、単なる所得の再配分とか福祉のような形でない、経済学の答えというものはないのでしょうか?
中島:
“困っている人を助けたい”“人が喜ぶ顔が見たい”といった、誰もがもつ人間の本質的な部分をうまく合理的に活用・利用する工夫をすれば、経済学で解決する可能性があると私は思っています。全部は無理だと思いますが、一部分はできるのではないかと。そういう人間の自然で合理的な行動を利用するほうが、行政や法による仕組みより“強い”だろう、と思っています。
Part3のまとめ 平均的な人も、そうじゃない人も、「制限されている」
 制約条件がない無制限の社会だったら、経済学も経済学者も必要ないでしょうね、と笑いながら話す中島先生が印象的でした。制限されることはつらいものだと感じがちですが、考えようによっては、その制限も豊かに味わうこともできるのかもしれない、とふと思いました。
File.1で学んだこと
経済学は「欲望には限りがない」「道徳心は脆弱だ」と考えている
 経済学が私たち消費者の幸せを実現しようとする学問であること、限りない欲望とさまざまな制限を私たちがもつ中で幸せになる方法を考えようとするのが経済学であることがわかりました。そして、世界のあり方を合理的に納得できる経済学の魅力がわかってきました。
次回予告 次回の掲載は2月22日、講師は大竹文雄・大阪大学社会経済研究所教授です。
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根村かやの(総研スタッフ)からのメッセージ 根村かやの(総研スタッフ)からのメッセージ
「少数者・弱者の満足を実現する仕組み」については、やや時間切れでしたが、「市場で成り立たないものは公共部門が担う」という現在の“常識”には疑問があり、「民間」の仕組みでよりよく解決できるものもあるのではないか、というお話でした。
 なお、暴力団は「合理的な」存在として納得できる、という話をしていますが、「合法的な」存在として容認しているわけではありませんので、そこのところはお間違えなく……。

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