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懐かしの“アレ”がエンジニアの原点だ! Vol.22 自ら発信、見知らぬ人と話せる  「アマチュア無線」の魅力
携帯電話がないころ、唯一、電話以外で人と話せる道具として「アマチュア無線」があった。資格・設備が必要という難易度の高い趣味であったが、通信を楽しんだエンジニアも実は多いはずだ。今回はそのハムを振り返りたい。
(取材・文/金沢桃子 総研スタッフ/山田モーキン) 作成日:07.01.10
座談会テーマ:アマチュア無線はエンジニアにどのような影響を与えたか?
今回の座談会では、アマチュア無線に人生を捧げたエンジニアお2人に来ていただき、アマチュア無線への思いを語っていただいた。
アマチュア無線とは?
事業や金銭目的ではなく、趣味として主に個人が行う無線のこと。自宅からだけでなく、移動をして交信することができ、通信技術を学んだり、知らない人と話したりすることで楽しむ趣味である。電波は有限であり、国家資格を取った人だけがアマチュア無線をすることができる。科学技術への関心度が高まった1970年代にブームになり、1980年代には日本は世界最大のアマチュア無線人口を有するまでになった。秋葉原の電気店に「●●無線」という名前があるのもその名残である。現在は増加する周波数の利用に押されがちという問題が起き始めている。
アマチュア無線に熱中したエンジニア2人のプロフィール
浜田さん(仮名・36歳) 石川さん(仮名・42歳)
浜田さん(仮名・36歳)
車メーカー生産技術
石川さん(仮名・42歳)
ソフトウェア
まずはアマチュア無線との出合いについて教えてください。
浜田:
モールス
モールス
小5のときに事故でスポーツができなくなったときに、父が何かほかに興味がもてるものをということで『初歩のラジオ(※1)』1981年5月号を買ってきたんです。最初はラジオを作るつもりで見ていたのですが、自分から発信できるハム(※2)に惹かれました。そのころはネットもないし、自分から発信するのなんて、友達の家に電話するくらいで、テレビもラジオも受身のものでしたから。でも、最初は設備にお金がかかるとか、試験を受けられるところに行くまで電車で3時間かかるとかで、興味をもってから1年近くは何もしてなかったんです。でも、小6のときに地元のお店が講習会(※3)を開いて、それを受けたら免許がもらえるということで行きました。受けたのは電話級アマチュア無線技士(※4)だったのですが、当時の受講した中でも、下から2番目くらいの若さでしたね。
石川:
IC-756PRO
IC-756PRO
そもそもは誕生日に買ってもらったラジオでBCL(※5)をしていたんです。ずっと短波放送(※6)を楽しんでいたのですが、高校になってから免許を取りました。高校では物理部にいて、最初は星が見たくて天文班のほうにいたのですが、アマチュア無線班の先輩に引っ張られて、アマチュア無線を始めることになりました。無線従事者免許(※7)無線局免許(※8)をそろえて、アンテナ・無線機・ケーブルといった設備を用意して、それでアマチュア無線局が開局となるのですが、申請書類を書くのが面倒でしたね。講習会も1日とかではなく、1カ月近くかかりましたから。
使っていた設備はどんなものでしたか?
浜田:
田舎だし、小学生でお金がなかったので、近所のやっている人に中古を安く売ってもらいました。アンテナは自作しましたよ。でも半年くらいで、雪下ろしをしていた父が屋根から落ちたときにアンテナをつかんで壊しちゃいましたけど(笑)。
石川:
TS-570V
TS-570V
無線機は買ってもらって、家で八木アンテナ(※9)を上げてやっていました。使っていたのはトリオ(※10)TS−520(※11)の後継機でTS−830(※12)でした。当時で12万円くらいだったかな。
浜田:
FT-897
FT-897
当時は一番安い短波の無線機が新品で13万円くらいでしたから。無線といえば八重洲無線(※13)かトリオだったんですが、自分は中学のときに八重洲のFT101(※14)シリーズを3万円で買いました。
アマチュア無線をどう楽しみましたか?
石川:
コンテスト(※15)を中心にやりました。そのころはたくさん開催されていたんで、自宅で毎週末やっていましたよ。コンテストはだいたい24時間で、局数をとにかく稼ぐのが必要だったので、2、3秒でコールサインとレポートだけ交換してバタバタとまた次の相手を探してって感じでした。就職後5年くらいまではやっていましたよ。1位になったこともあります。
浜田:
高校までコンテストとかはしてなかったですね。むしろ無線の機械自体に興味があって、がちゃがちゃいじっていました。パーソナル無線(※16)とかCB無線(※17)とかあったんですが、それとは違い、アマチュア無線は好きに改造ができたので、アンテナを高くしたり、電波の出力を上げたりしちゃっていました。ベーリング海の漁船とか南オーストラリアとかまで届きましたよ。雑誌(※18)で情報を仕入れて、自分でアレンジしていました。
石川:
自分もコンテストをやめた後は、改造をしていましたね。出力を少し大きくして、もう飛ばせや飛ばせって気分でやってました(笑)。
アマチュア無線の魅力は何でしょうか?
石川:
まずコンテストでしたが、海外に電波を飛ばして、交信して、外国語を覚えるきっかけになったり、ユニセフのハムクラブに入ってボランティア活動を始めたり、いろんなきっかけになったものです。おじいちゃんとか子供とか、世代の違う友達ができました。外国の方とも友達になれましたし。コンテストだと、週末だけで400局とか交信しましたが、それ以外だとどこから話しているの、とか知らない人と世間話ができたり、普通の生活にはない出会いがあるところがよかったですね。
浜田:
何よりも自分から発信できるのがよかったです。知らない人と話せて、その知らない人にこちらから自己紹介ができる。ネットの掲示板に書き込む喜びに近いです。当時は発信できるものがほかになかったので、つながる喜びがあったし、そして、機械をいじるという技術的な楽しみがありました。
アマチュア無線を始めてからどこに行きましたか?
浜田:
とにかく高いところってことで、とりあえず山へ。近くに氷ノ山って山があって、先生が2t車を借りてきて、発電機を載せてその山に行きましたよ。
石川:
高尾山に行きましたね。部活のみんなで機材を手分けして運びました。あとはクラブ局の活動で、バングラデシュとかベトナムとかにも行きましたよ。帰ってからも無線でクラブ友達としゃべったりしてましたね。
浜田:
野外活動をしましたよね。バーベキューしたり、テント張ったりとかして(笑)。自分の地元のクラブに参加していました。無線は設備以外のランニングコストがなくて、電話料金みたいにお金を気にせずにしゃべれたからよかったですよね。
周りでアマチュア無線をしている人はいましたか?
浜田:
中学のころは少なかったけれど、高校では増えましたね。600人くらいいる学校で10人くらいやっていました。自分は無線部の部長をしていたのですが、うちは普通高校だったので。実業高校だともっと多かったですよ。
石川:
高校の部活の仲間内でしかわかりませんが、無線班は5、6人くらいでしたね。天文は15、16人いたのですが。あまり多くはなかったです。
今も現役でアマチュア無線をやっていますか?
石川:
はい、現役です。設備の置き場所がなくて困っているのですが……肩にかけられて、家から持って出られるFT−817を買って、使っています。免許は第一級無線通信士と第一級無線技術士を取って、通信事業の会社に就職しました。同じ免許を取っている人が就職先には多かったですね。
浜田:
お金が続かなかったので、電信級(※19)まで取りました。その後は10年ほどブランクを経て、2年前に復帰しました。そのときはヤフオクでTS520を買いましたね。再開組も多いので、割と商品はよく回っています。話すだけなら安くていいんですが、高いほど付加装置がよかったり、混信しなかったり、快適に使えるんです。技術的な興味があるので、いろいろついているのが欲しくなっちゃうんですよね(笑)。
アマチュア無線が今のお仕事にどのように影響していますか?
浜田:
直接ではないけれど、アマチュア無線は使うために、すごいプロセスが必要で、それを学ばされました。試験を受けて、免許を取って、計画を立てて、申請して……というのは今の仕事のプロセスを考えるのに非常に役に立っています。アマチュア無線の影響で、大学までは電子系だったのですが、通信の求人が少なくなっていたので、残念ながら仕事にはなりませんでした。でも、構想から企画という作業や技術的なプロセスを考えるということの基盤になっていますね。何かをひとつ成し遂げるにはプロセスが必要だと。
石川:
資格をどんどん取っていって、電気通信事業の会社に入りました。船相手の短波の通信士をしていましたよ。今は短波が必要なくなってしまい、ソフトウェアにいきましたが、ソフトでもプロセスが必要で、そのあたりはアマチュア無線の申請に似ているところはあるかもしれませんね。
あなたにとってアマチュア無線とは?
石川:
人生そのものです。ハムがあったから自分がいる。今も昔と同じように楽しませてもらっています。コンテストもまたやり始めていますしね。
浜田:
復帰後は古い技術への愛着というか、懐古趣味へと走っていますが、エンジニアとしての一歩目でした。素人エンジニアの入り口を作ってくれたものだと思います。

初歩のラジオ(※1)
1948年から1992年にかけて、誠文堂新光社が発行していた雑誌。ラジオ製作、電子工作、アマチュア無線などの記事が載っていた。ライバルに電波新聞社から出ていた『ラジオ製作』がある。

ハム(※2)
アマチュア無線家のことだが、アマチュア無線自体をハムと呼ぶ人もいる。大根役者という意味、amateurの最初の二文字に発音しやすいようにhをつけたからなど諸説がある。なお、マンション・アパートといった共同住宅にアンテナを設置してアマチュア無線をする人のことを「アパマンハム」と呼ぶ。

講習会(※3)
アマチュア無線の免許を取るためには、国家試験を受けて合格するか、講習会を受けて最後の試験に合格するかの、2通りのパターンがある。この講習会は最盛期には各地方でいくつも行われ、24時間ほどの講習会を1カ月かけて受け、電話級の資格を取ったアマチュア無線家も多く存在した。
今では時間が短縮(10時間)されて取りやすくなっている。

電話級アマチュア無線技士(※4)
第四級アマチュア無線技士のこと。モールスの技能試験がなく、短波帯の運用ができる。海外ではかつて無線従事者にはモールスの技能が求められていたが、空中線電力が小さいことを理由に、日本では電話級を認めた。普通に無線で話すだけならば電話級だけで十分であり、これが日本でのアマチュア無線家の拡大に貢献した。

BCL(※5)
Broadcasting Listening、放送を聴いて楽しむ趣味のこと。あるいはそれをするリスナー。1970年代に小・中学生の間で、海外の短波放送を聴取するという一大ブームが起きた。それに合わせて、各家電メーカーから短波受信ラジオが多数発売され、日本短波放送のラジオ番組の人気もあり、誕生日やクリスマスプレゼントにラジオを買ってもらう子供たちが多くいた。

短波放送(※6)
電磁波のうち、3MHz〜30MHzといった短波帯の周波数電波を使った放送のこと。電離層での反射により遠方まで上空波が到達するため、世界中の放送が受信可能。ラジオ日本やNHKワールドといった国際放送から、国内の全国ラジオ放送まで幅広く使われている。

無線従事者免許(※7)
電波法に定める無設備の操作・監督を行う者の免許。総務大臣が交付する。受験資格に制限はないが、プロの資格では業務経歴などが条件となる場合もある。アマチュアだけでなく、総合・海上・陸上・航空といったプロの資格がある。

無線局免許(※8)
無線局に対して運用許可の証として与えられる書面。アマチュア無線の場合、免許の番号・識別番号・氏名・住所・局の種別目的・運用許容時間・免許の年月日・有効期限・通信事項・通信の相手方・移動範囲・無線設備の設置/常置場所・電波の形式、周波数および空中線電力・備考が記載されている。

八木アンテナ(※9)
正式には八木・宇田アンテナ。東北大学教授・八木秀次がアンテナの原理を発見、研究室にいた講師・宇田新太郎が実用化の研究をし、このアンテナが完成した。アマチュア無線のみならず、業務無線にも用いられ、テレビ放送、FM放送の受信にも使われる。かつてはどの家の屋根にもこのアンテナがあった。現在でも、これほど汎用性と精度が高いアンテナは開発されていない。
トリオ(※10)
トリオ商事株式会社。現在の株式会社ケンウッド。家庭用オーディオ機器やカーナビなどが有名だが、かつてはラジオ受信機なども製造、そして現在も無線通信機器のメーカーである。MP3プレイヤーにも参入をしている。

TS-520(※11)
トリオのオールバンドSSBトランシーバー。TS-520Dの発売年が1973年で、アマチュア無線ブームのころに目にした人も多い。年々モデルチェンジが行われ、愛され続けた。人気の品だったため、今も取引されることがあり、「名機」と呼ぶ人も多い。

TS-830(※12)
トリオのHFSSB/CWトランシーバー。1980年ころの発売。100WのTS-830Sが当時18万円だった。前年に発売されたTS-820も人気で、それに付加価値をつけて、安くしたものだが、デザインは820のほうが好きという人もいる。

八重洲(※13)
八重洲無線株式会社。現在の株式会社バーテックススタンダード。現在は、目黒区に本社を持つが、かつてはその名のとおり中央区八重洲に本社があった。日本の無線通信機器メーカーで、業務用無線、船舶、航空、アマチュア無線機器などを製造している。

FT101(※14)
ワンノーワンと呼ぶ人もいる八重洲無線が1970年から発売したシリーズ。FT101B、FT101E、FT101Zと10年近くヒットが続いた。数万台といわれる記録的な生産台数を誇った。トランジスタが使われており、外観も回路構成も斬新で、日本のみならず、アメリカでも普及した。

コンテスト(※15)
参加者が規定時間内により多くのアマチュア無線家と交信するのを競うもの。通常、国内で行われるコンテストは24時間で、交信局数×交信地域数を得点とするものが多い。世界的な規模のものから、小さなものまで大小たくさんのコンテストがある。

パーソナル無線(※16)
マルチチャネルアクセス無線技術を使用した簡易無線の一つで、無資格で使用可能な無線局だが、無線局の開局申請・無線局免許状交付は必要。900MHz付近の周波数を利用するもので、空中線電力は5Wと当時の電話級の10Wと比べてもそん色がなく、無資格で使えるもので最も電力が大きかった。

CB無線(※17)
市民ラジオの無線局・市民バンドとも呼ばれるもので、大型トラックの運転手を中心に1970年代にブームとなった。27MHz前後の周波数を使用し、空中戦電力は0.5W以下で、無線従事者免許は不要だが、開局申請・免許状の交付を受け、運用し、愛好者同士の交信を楽しむ人もいた。パーソナル無線はFMだが、こちらはAMである。

雑誌(※18)
アマチュア無線に関する記事は、ラジオ雑誌はもちろん、電子工作の雑誌などにも載っており、ブームの時代には多くの雑誌がアマチュア無線について取り上げていた。その中でもCQ出版株式会社の出している『CQ ham radio』は愛読するアマチュア無線家が多い。

電信級(※19)
第三級アマチュア無線技士のこと。かつては第三級以上はモールス信号解読技能試験があったが、2005年10月から廃止され、筆記設問に変わった。入門級である第四級がノーコード・ライセンスと言われていたのは、モールスの試験がなかったためであるが、モールス符号が廃止され、その重要度が低下したことから、海外でも日本と同様にノーコード・ライセンスが導入される動きが広がっている。
コラム アマチュア無線の歴史と未来を支える「社団法人日本アマチュア無線連盟」
今回は日本におけるアマチュア無線の健全な発達、並びに会員相互の友好増進、内外の無線科学・文化の発展に寄与することを目的とするアマチュア無線団体・社団法人日本アマチュア無線連盟(JARL)さんにおじゃまし、アマチュア無線の歴史と今後についてお伺いした。
・アマチュア無線のブームのころについて教えてください

自分が講習会の講師や採点をしていたころ(80年代)が、ぐーっと会員が増えましたね。毎年、4万、5万人が講習を受講していました。年齢層は千差万別で、小学生から60代までいましたよ。携帯電話のない時代だったので、需要があったんですね。春・夏休みコースは特に小・中学生が多かったです。週末コースでも1日6時間×4週で24時間の講習がありましたし、当時は択一式がなく、すべて記述式だったので大変だったと思います。しばらく後になると試験も択一式になるのですが。国家資格ですから自慢になるということで、子供に受けさせる親もいましたね。

ステレオも無線機も一機、10万円以上する時代でしたが、無線機を選ぶ人も多かったものです。高度成長で収入が良くなり、昭和50年になると無線機も安くなって、昭和55年には手に載るタイプの無線機も出てきて、諸費用込みで3万円あれば開局できるようになったんで、より広がりました。

その後、平成7年には136万局までいき、混信問題が起きたり、電波障害が起きたり、そういう苦情が1日5〜10件とかあって、大変でした。それでもそのころは会員数が増えていくという前向きな状況での大変さだったんで、よかったんですけどね。


・アマチュア無線が注目されたきっかけはなんでしょうか?

衛星を上げたことだと思います。1986年8月にわが国初のアマチュア衛星「ふじ」(JAS-1)を打ち上げたのですが、その製作と打ち上げで脚光を浴びました。

それまでは会員からの技術的な相談を受けたりとか、そんな仕事が多かったんですよ。測定器を集めて、会員さんの手作りの送信機を調べてあげたり、高校生が自作のものがうまく動かないから見てくださいって持ってきたのを動くようにしたり。しかし、そういう学生もすごいもので、高専の子だと、2、3年になるころには自分たちを上回るような知識をつけてきたりするんですよ。

衛星はそもそもダミーウェイトの代わりに何か載せようということで、アマチュア衛星の話になって、こちらに独自の衛星を上げないかってことになったんです。構造体はメーカーでしたが、中継器とかはアマチュア無線家が作ったんですよ。

成功したときは感無量でしたね。もっと多くの人に感激を味わってほしいと思いました。ふじ1号は打ち上げて3年後に終了となり、2号は細々という感じで、3号は現役で頑張っております。


・今、JARLの技術研究所ではどんなお仕事をしているのでしょう?

総務省関係の仕事が多いですね。周波数の有効利用の問題とか。アマチュア無線のデジタル化技術の検討を行って、現在も進めているんですよ。レピータをデジタルでできるようにしたり、単体でもデジタル交信ができるD−STARとか、FMとそん色のない音で、しかもアナログで帯域が20KHzになるところをデジタルなら5KHz以下に抑えられると、周波数の有効活用ができるんですよ。

今、電波が重要な位置づけになっていましてね。周波数に限りがあるわけですから、新たに何か通信システムを作るとなると、既存の局と共存せざるを得ないことになります。RF−IDとかUWBとかPLCとか、5、6年前からアマチュア無線など、既存の無線局との周波数の共有が求められています。このような周波数共用問題があちこち起きていまして、無線LANやBluetoothもそうですし……そういう干渉検討が最近の仕事になっています。


・アマチュア無線の今後はどうなりますでしょうか?

 今、日本が電子立国となった基盤を作った一つがアマチュア無線だと思っていますし、今後もこの世界を守っていきたいと思っています。そのためにも、アマチュア無線が使いやすい環境を維持することは大事な仕事です。アマチュア無線連盟があるから、周波数を管理し、将来のアマチュア無線のためになることができるということですね。短波帯を広げたいと思っていますし。

 JARLとしては、無線の面白さを今の子供たちにも広めたいと思っています。講習会もまた増やしていますし、参加者も上向きになっています。青少年がどうしたらアマチュア無線の世界に戻るのかが今後の課題ですね。


・読者にメッセージをお願いします

技術者を育てるにはお金がかかります。
そして今は、デジタルに精通した人はたくさんいますが、アナログがわかる人は少なくなっています。お子さんがいらっしゃったらどうぞアマチュア無線を教えてください。そして、地域の中高生といった子たちにも啓発活動をしてほしいと思います。そういった草の根の活動が、これからのアマチュア無線を支えると思います。
森章和さん
森章和さん
日本アマチュア無線連盟・技術研究所所長

1980年に連盟に入り、養成課で講習会などを行い、その後、業務課でアマチュア無線の運用指導運用やコンテストの管理などを経て現職。
衛星
デジタル
IC-910
TS950SDX
アマチュア無線1
アマチュア無線2
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山田モーキン(総研スタッフ)からのメッセージ 山田モーキン(総研スタッフ)からのメッセージ
小学生時代(今から20年以上前)、私の周りにもハムの免許を持っていた友人が何人かいて、無線機を見せてもらった記憶があります。「なんかすげえ!」って幼心に驚嘆し、その機材を使いこなす友人が大人に見えましたがその姿に、今のエンジニアに共通するものを感じました。

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