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“ヒーローエンジニア”を探せ!vol.6 PS3のシステム開発に携わったSCEIソフトウェア技術者の開発舞台裏
Tech総研編集部が日本全国で活躍しているエンジニアをご紹介するこのシリーズ!今回登場するのは、11月11日にいよいよ発売、世界が待ち望んだ「プレイステーション 3(PS3)™」の開発に携わったソフトウェアエンジニアだ。PSP®「プレイステーション・ポータブル」(PSP)の開発経験を生かしたその開発舞台裏とは。
(取材・文/上阪徹 総研スタッフ/宮みゆき 撮影/栗原克己)作成日:06.11.22
株式会社ソニー・コンピュータエンタテインメント ネットワークシステム開発部 畑田敬志さん
1994年に「プレイステーション」、2000年にはPS2、2004年にはPSPを発売。全世界120カ国以上で累計生産出荷台数は、全プラットフォーム合計2億台以上という圧倒的な支持を得る家庭用エンタテインメント・システムのビジネスを作り上げた。
PSPの開発経験を、PS3で生かし、開発に貢献

起動プログラムから各種アプリケーション、システム画面制作からゲームとインターネットとの連動画面などなど、次世代コンピュータエンタテインメント・システムPS3の機能は、さまざまなソフトウェアが可能にしている。携わったソフトウェアエンジニアの数は、数百人規模。発売の約1年前に開発途中から加わった畑田さんは、開発のベースとなるXMB™(クロスメディアバー)メニューシステムの構築や、モジュール開発を統合するビルダーと呼ばれる業務のサポートを担当、PS3のシステムソフトウェア開発のラストスパートに貢献することになった。ここでは、PS3の前に携わっていたPSPの開発経験が存分に生きたという。
1974年生まれ。東京工業大学大学院総合理工学研究科物理情報工学科修了。99年、SCEI入社。「プレイステーション 2」(PS2)、PSPなどの商品開発にソフトウェア技術者として携わり、2005年からPS3の開発に従事した。
コンピュータのマシンパワーを使い切れるのは「プレイステーション」(PS)プラットフォーム
 PS3開発は、まさにラストスパートともいうべき時期からのジョインでした。ハードウェアの根底のところから始まったプロジェクトですし、準備は早くから進められていました。とにかく圧倒的なシステム開発の規模に、最初はやっぱり驚きましたね。でも、正直に言いますが、何もかも円滑にスムーズに いっていたのかといえば、そんなことはなかったと思います。私はその前にPSPの開発を担当していました。短期間でうまく開発を進めることができたこともあって、PS3の開発でも、その経験を少しでも生かすことができれば、と考えていました。

 昔からゲームやCGが好きで、大学院での研究テーマは、コンピュータ上での服飾や布地のシミュレーション。物理シミュレーションやCGに関わりたかった私にとっては、やりたいことができる職業の選択肢はあまり広くはありませんでした。そもそもゲーム機そしてゲームソフトは、コンピュータリソースをマックスで使い切るような設計をしていかないとできません。高度な技術が要求される最先端の分野だと考えていました。大規模なハードの設計まで考えていくと、やはりバックボーンや人材が将来の鍵を握る。SCEIを選んだのは、自然な流れでした。

 入社後は、PS2の独自のハードウェア設計の観点から、ゲームライセンシーさんによるゲーム開発をより行いやすくするグラフィックスライブラリの開発を担当。その後はPS2の欧州バージョンの商品開発。さらに、PS2のハードディスク対応、ネットワーク対応に携わりました。

 入社したのが、ちょうどPS2の発売前年。ハードウェア、特に浮動小数点演算能力の素養は素晴らしいものがあって、発売前から、表現力豊かなグラフィックができるな、楽しみだなと、かなり高揚した気持ちで毎日、仕事をしていたのを覚えています。また、後にハードディスクやネットワークにも関わることになるわけですが、いろんなものが後付 けできる準備がすでにハードウェアにしてあった。長いライフタイムを見据えて相当な拡張性が確保してあったんです。改めて、ハード設計チームをはじめとしたSCEIのすごさを実感しました。

 でも何より驚いたのは、タイトなスケジュールの中、かなり少ない人数でシステム開発が行われていたことで(笑)。「えっ、これだけ?」です。その後、人は増えるんですけど、開発レベルはどんどん高くなっているので、一人で背負ってる仕事量はあまり変わっていないような気が(笑)。結局今でも、「えっ、これだけ?」(笑)。
わずか1年。効率とスピードが求められたPSPのソフト開発
 2003年から関わったのが、翌年発売を控えたPSPでした。すでにハードウェアのスペックなどは発表された後でしたが、本体に載せるソフトウェアをどうしていくか、本格的な開発が始まったのは、1年前から。私はそのソフトウェア部隊に入りました。難易度が高い うえに、発売までの期間は1年しかない。さて、どこまでできるのか、という空気が広がっていました。

 PSPのソフトウェア開発上の最大の課題は、単にゲームができればいい、というゲーム機ではなかったこと。映画も見られる、音楽も聴ける、無線LANも使えて、ネットにもつなげると先進的な発想がすでに行われていました。ただ、ソフトウェア部隊にすれば、何より時間がない。スタッフは約60人。始まる前から、効率とスピードには覚悟が必要でした。

 このときに担当したのは、大きく2つ。ひとつは、XMB。ソニーの製品で横断的に採用しているユーザインタフェースシステムですが、そのシステムをPSP上に作ること。そしてもうひとつが、60人規模でそれぞれのメンバーが進めているシステム設計を、整合性を考えながらひとつにまとめあげていくビルダーという仕事でした。もちろん、みんな最終的にはひとつのシステムになる認識で開発をしています。しかし、例えば自動車もそうだと思いますが、ただ組み立てればいいわけではない。順番もあるし、ルールもある。スケジュールの管理も重要になる。どの部分がどの段階で必要になるのか、開発者は理解しておくことが大事。また、開発段階で不具合が起きれば担当者に修正を依頼したり、広大なプログラムソースを調べて自ら調整していくことも必要でした。
開発スタッフの士気の高さが成功の要因
 PSPもハードの設計はすばらしいものでした。試作機ができてきて、初めて手元の液晶モニタを見たときは、やはり感激でしたね。想像以上に大きなスクリーンで、試作のサンプルムービーを流してみると高精細のきれいな絵が出て。ライバルは携帯電話や音楽プレーヤーも想定していましたが、これはまったく別次元の商品だと思いました。ハードに負けないソフトに仕上げなければ、と改めて感じましたね。

 PSPのソフト開発で印象的だったのは、開発スタッフの士気の高さです。これこそPSPの開発を短期で成功に導いた最大の要因だったと思います。世の中に存在しない新しいジャンルを提供できるというのは、やはり魅力でした。そしてPSPのソフト開発の場合、商品が出たらおしまい、というわけではなかったんですよね。PSPは新しいチャレンジをしていたから。ネット接続などでシステムソフトウェアのアップデートができるんです。その意味では、発売はまだまだ始まりに すぎなかった。実際、後にインターネットブラウザ機能、ネット経由でテレビも見られるようになっています。2004年の発売後も、精力的にバージョンアップに取り組み、大きな山場を過ぎたところで、開発を離れました。
現場の立場で、いいムードを作っていかないと
 PSP開発での同僚らとPS3の開発に移ったときは、最初は自分たちに何ができるか、非常に悩んでいました。正直ラストスパートを前に開発は多少混乱していました。壮大な夢を、持て余していたのかもしれません。ですがPSPに携わって経験的に感じたのは、夢をそのまま追いかけること。そして、まずは今、確実にお客様に楽しんでもらい、満足してもらえる商品をつくることは、ベクトルが一緒とは限らないということ。もちろん夢は大切だし、情熱も生む。夢なしには絶対にPSPやPS3のようなプラットフォームは作れません。そんな大きな夢を見失うことなく、自分たちの現在の能力を見極めて確実に積み上げること。そういうことを成し遂げるのに必要なシステムがどんなものか。それが、システムソフトウェアのアップデート戦略でした。限られた短い時間では、最初からすべての夢は果たせない。夢と現実の はざまでの綱渡りを可能にする、究極の答えでした。

 もちろん優秀な先輩たちがたくさん関わっていました。ただ、ラストスパートで自分たちが中に入ることの意味を改めて考えた。短期間でまとめきるためには、どんな流れが必要で、どんな意識が必要なのか。それには、PSPでの開発戦略を持ち込むことだろうと。たしかにPS3はビッグプロジェクトでしたが、PSPも先進的な取り組みを進めたプロジェクトでした。まずはPSPと同じレベルのものが動かせなければ話にならない。そこでPS3には、PSPのアプリケーションシステム開発をスムーズに導いたシステムを、移植することになりました。そこで足場を固め、徐々にPS3独自の拡張をしていく。まずはこのシステムを、私を含む2人で、2〜3週間ほどでPS3に載せ換えました。これがうまくいき、いわばプロトタイプが開発の中心部としてできた。多くの開発者は、このプロトタイプを方向性として意識しながら、最終工程へと進むことになりました。
言いたいことがどんどん言える雰囲気を作りたかった
 私は同時にビルダーのサポートも行っていきました。最終的なシステムとして組み合わせることになるモジュールの数は、PSPの比ではない規模。だからこそ、細かなところの整合性の問題が大きく響く。常に誰かが整合性を監視している必要がある。そこで自分から取り組みを進めました。

 そしてもう一つ強く意識したのが、雰囲気づくりでした。現場の立場で、いいムードを作っていこうと。トップダウンでこうしろ、というのは、開発現場の現実とかみ合わないこともある。現場発で、意識のギャップを埋めながら盛り上げていかないと。直接のコミュニケーション、会議、打ち合わせ、メール……。時には、生意気なことや厳しいことを言わせてもらったこともありました。ですがとにかく、丁寧な気持ちと情熱だけはわすれずに、思いを込めて発言するように心がけていました。いいものを作りたいという思いがあったから。そして、言いたいことがどんどん言える雰囲気を作りたかった。そうして実際、現場の士気は少しずつ変わっていきましたね。

 例えばゲームとネットとの連動。それは、PS3が当たり前のものにするでしょう。また、High Definition(HD)対応ですから、ゲームもHDです。開発の検証過程で、ライセンシさんのゲームをプレイさせてもらいましたが、久々にドキドキする感動を味わいました。最終的にすごいものが出来上がったと思っています。ただ、PS3は大きな夢のすべてを最初からオープンにしたわけではありません。まだまだもっと大きな夢がこれから語られていくことになります。まだ明かすことはできませんが、いずれ新しい機能がどんどんオープンになっていきます。楽しみにしておいてほしいですね。
ヒーローの野望 アップデート戦略でソフトはますます重要になる
 もともとグラフィックスに強い興味があっての入社だったわけですが、PS3には、ひとつ大きな特色があります。例えば今回、ゲームとインターネットが融合、ゲームの中からネットブラウザに飛ぶことができるんです。このネットブラウザの絵を描くのは、システムソフトウェア側なんですね。これまで、テレビ画面に絵を描くのはゲームの制作側に限られていた。このゲームに絵を差し込むシステムサービスの設計には深く携わることができましたが、この設計により、ゲームの中に我々のサービスがどんどん飛び込んでいけるようになりました。
 こうした新しいサービスは、これからのゲームにおける、ネットなどの双方向コミュニケーションの可能性を飛躍的に高めることができます。そしてシステムソフトウェアアップデート戦略の導入により、ハードウェアと並び、ソフトウェアの持つ意味はますます大きくなりました。夢や可能性を、次のシステムの発売まで延ばさなくて良くなったのですから。とても面白い時代が到来したということ。今後が楽しみです。
仲間の目 畑田さんのどんなところがヒーローっぽいですか?
PSP、PS3と一緒に仕事をしましたが、みんなの士気を高めようとする意識が印象的でしたね。送られてくる全員に宛てたメールも、ちょっと僕だったら書けないような熱いものだったりして(笑)。でも、それがすごくいいんです。仕事は人だ、とはよく言われることです。でも、チームの中で、人にいい仕事をしてもらうための、いいムードを作れるような役割を果たせる人はそう多くはありません。その意味では、プロジェクトへの貢献度合いは、とても大きかったと思います。(下村さん)
下村さん
酒井さん
話しやすい、相談しやすい方です。たくさんの人が関わるプロジェクトでしたが、「これはちょっとわからない。ならば彼に聞いてみよう」と畑田さんの名前が出ることが多かった。問い合わせメールもすごい量だったのでは。そんな中でも誰かが相談に訪れれば、何時間でも納得いくまで話をされていて。なぜか、畑田さんの席にはいろんな人が集まってくるんですよね。おいしいラーメン店が出た雑誌などが、机の脇に充実しているからかも(笑)。いろんな意味で、人を呼ぶ人です。(酒井さん)  
ヒーローを支えるフィールド 目指すビジョンが明快であるということ
 SCEIへの期待はまさに世界規模である。しかし、そこで働くエンジニアには、妙な気負いはまったく感じられず、自然体でフランク。取材は、発売日の前日だったが、あくせくピリピリした雰囲気もなかった。実際、社内は「開発フロアをフラッと役員が歩いている」(酒井さん)、「人数は多いけれど、組織はシンプル。指揮命令系統がはっきりしているのでわかりやすい」(下村さん)という。畑田さんの会社への印象も「自由。それに尽きる。むしろ自由過ぎで問題があるくらい(笑)」。夢のある商品であるだけに、夢がもてる開発環境を何より重視しているということか。
 だが、そもそもSCEIという会社、存在自体がエンジニアにとっては夢が持てるのかもしれない。畑田さんはこう言っていた。「そもそもこれほど大規模なソフト開発ができるのは、ここ以外にないと思うんです。例えばパソコンのOSなどにとらわれることなく、独自にそれが築ける。思い切った新しいものに挑める」。
 しかも、SCEIには大きな特色がある。1000人以上の規模を持つ会社ながら、目指している方向はたったひとつなのだ。それは、PSのサービスを世界に広げていくということ。SCEIのような「社内で目指すベクトルがひとつ」というケースは稀かもしれないが、少なくとも目指すビジョンがはっきりしていることは、エンジニアの働く風土に大きなプラス効果を生むのではないだろうか。
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[] 宮みゆき(総研スタッフ)からのメッセージ []
宮みゆき(総研スタッフ)からのメッセージ
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PS3の発売日前日の取材で、PS3がどうしてもほしくなり、翌日10時に都内量販店にいってみたのですが、すでに完売していました。ところが、その翌日に別の量販店で見事ゲットすることができました。といっても、私のではなく、11月の読者プレゼントです。皆さん、奮ってご応募ください。もちろん次は、私個人の分も購入予定です。12月には買えるといいなぁ。。。
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