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我ら“クレイジーエンジニア”主義 vol.14 「ポストペット」から「メーヴェ」まで!? 驚異のアーティスト・八谷和彦の開発秘話
常識破り、型破りの発想をもった“クレイジー”な技術人を紹介する第14回は、大ヒットメールソフト「ポストペット」の開発者として知られ、最近では、一人乗りジェットグライダーを作る「オープンスカイ」プロジェクトが大きな話題となっている八谷和彦氏。ポストペット開発秘話から次々と成功を収める彼の仕事観までを聞いた。
(取材・文/上阪徹 総研スタッフ/宮みゆき 撮影/栗原克己)作成日:06.09.13
クレイジー☆エンジニア
メディア・アーティスト
八谷和彦氏
 メールソフト「ポストペット」については、今さら説明は不要だろう。1997年、So-netとのコラボレーションで生まれたこのプロジェクトは、後に大ヒット。キャラクターのモモは、今やメールソフトの世界を超えた人気者になった。開発者の八谷氏は、実はソフトウェア開発を生業にしてきた人物ではない。メディア・アーティストと名乗り、活動する美術作家だ。
 7年間勤務したCIコンサルティング会社在籍中に、 カメラとトランスミッターを使って“お互いが見聞きしているものを交換する”装置「視聴覚交換マシン」を発表。例えば男女なら、男性は女性の目線を通して自分の姿を見、女性は男性の目線を通して自分の姿を見る仕組み。アーティストとしてのデビュー作ともいえるこのマシンは、内外に大きな衝撃を与え、以後、次々に作品を発表。ポストペットへとつながっていく。そんな彼のルーツは、技術と美術、両方を学んだ九州芸術工科大時代にある。
5年後、何をやっているかは白紙。それが人生
 大学を選んだのは、僕が3人兄弟の長男なんで、国立大学を選んだ、とかいろいろありますが、当時、理系で芸術系の大学って、なかったんですよね。今はアーティストを名乗っていますが、もともと理科工作系は子どもの頃から大好きでした。工作キットの組み立てとか、ずいぶんやりました。はんだづけなんて、今も好きだし。

 僕は基本的に、太い道と細い道があったら、細い道を選ぶんです。中学と高校では器械体操をやっていましたが、それは、やる人が少なかったからってのもある。実際、インターハイにも出ました。野球をやって甲子園に出るのは大変です。勉強も同じで、普通にまともに勉強して理系でトップの大学に入るより、人があまり行きそうにないような学校や変な学科を狙う性質で(笑)。たくさんの人とまともに競争するのは好きじゃないんです。

 大学生時代にやっていたのは演劇(笑)。バック転とかバック宙とかができたので、スタントマン的に無理やり入れられちゃったんですが、やってみると面白くて。演劇の経験は今も仕事のベースになっています。お客さんからお金をいただくなら、その分ちゃんとしたものを作らないといけないという基本精神とか、決まった公演日に向かって集団でひとつのものを作り上げるチームワークとか。また、演劇部の先輩・後輩に面白い人たちが多くて、今もアニメの世界などで活躍している先輩とかもいます。

 当時、将来どうしようということはまったく考えていませんでした。子どもの頃も別に夢はなかった。正直、今もないですけど(笑)。5年後、何やっているか、まったく白紙としか言えない。でも、人生って、そういうものだと思うんです。
一コンサルティング会社で、会社には寿命があると知った
 大学を卒業して入社したのは、CIコンサルティング会社。小さな会社でした。バブルの頃ですから、同級生の多くは金融業界をはじめ、大会社に就職しましたが、ここでも当然、細い道を選択(笑)。でも、ある種の合理性はあったんです、僕の中では。そもそも未来は予測不可能ですし、何が起こるかはわからない。結果的に、小さな会社だったからこそ会社全体の構造も見えたし、事業の特質上、入社数年で企業のトップに会えることも貴重な経験でした。

 と、仕事の勉強にはなりましたが、ここに一生いる気はありませんでした。実はこの会社に勤めて何よりわかったのは、会社の寿命ってせいぜい30年だということ。ちゃんとした企業でも、本当に一握りの会社を除けば寿命がある。会社って、全体を冷静に見ると本当に多産多死なんです。だから一生いるという発想そのものがおかしい、ということがわかって。会社の耐用年数よりも人生のほうが長いんですから。実際、僕が勤めていた会社は実はもうないんですよね。

 でも、その頃転職を考えていたわけでもなく、何か面白いことをやろうと思っていて。それで始めたのが、海賊テレビ(笑)。当時ミニコミ誌がブームで、そのテレビ版を作ろうと。今ならネットで流すことができますが、当時はない。だから、ビデオ編集した映像をトランスミッターで飛ばすことを考えました。当時テレビは自分にはつまらなかったし、会ってみたい人に取材という名目で会えるかもしれないという目的もあって。実際、当時まだそれほど有名じゃなかった松尾スズキさんとか、村上隆さんに取材しています。面白いことをやろうとしていると、案外取材に応じてくれたりするんですよね(笑)。電波の届く距離は200mほど。視聴者は自分とファンの人たち。でも、放送時間が近づくと、テレビを持った人がぞろぞろ指定場所の近くに集まってきて(笑)。本当に面白かったですね。

 その後、美術関係の人たちと仲良くなって、展覧会とかに参加しているうちに、会社員との二足のわらじは難しくなって、会社を辞めました。当時貯金が少しありましたから、なんとかやっていけるだろうと。まあ、収入的に厳しくなったらまた会社員に戻ればいいや、くらいな気持ちで。失業保険ももらってましたね。絶対将来こうじゃなきゃいけない、みたいなことは考えてなかったです。
夢を見たことが、「ポストペット」開発のきっかけ
 ポストペットを開発した頃って、いいメールソフトがほとんどなくて。設定が大変で、初心者には難しいだろうと思っていました。しかも、設定した後、ご褒美もない(笑)。「ポストペット」開発のきっかけは、実は夢を見たことなんです。知り合いの女の子からのメールをテディベアが運んできて、うちのテディベアが受け取ったりしているうちに恋に落ちちゃってどうしよう、みたいな(笑)。それで面白そうだと思ってニフティサーブの掲示板に書いたら面白がってくれる人がいて。デザイナーに声をかけ、プログラマを紹介してもらっていろいろ雑談をしていくうちに、どんどん面白くなっていった。

 最初は小さく始めるつもりで、実際コストがかからないようにしていくのも僕の役目でした。新規事業でホームランを狙う会社も多いですけど、僕はアーティストのやり方でやりたかった。自分がクライアントであること、誠意をもってこだわって作ることの2つです。たくさん宣伝費かけて売り出しても、そういう宣伝が効く期間は、本当に短いですから。

 ポストペットの成功は、ユーザーの意見を入れた部分ももちろんありますが、絶対に譲れなかったところは譲らなかったことだと僕は思っているんです。例えば自分のペットがお使いに行くと、なでられることもあるけれど、殴られることもある。殴られると、せっかくかわいがって育てて上がった幸福度が下がってしまう。そもそも殴って返される仕様なんてひどいじゃないかと。でも、そういうペットだから、信頼できる人にしか送らないわけです。ペットはラブレターを運ぶ、という設定なんです。普通の手紙なら普通のメールでやりとりすればいい。そういう基本的なルールを壊したら、全体としてのバランスが崩れてしまう。その責任を負うのは開発者の僕。だから、そこは死守したんです。
視聴覚交換マシン
視聴覚交換マシン
 
「視聴覚交換マシン」のアイデアは、「集団で漁業をするイルカを見て、ほかのイルカのビジョンをみんながもっているのでは?」という仮説を自分で立てたことがヒントになりました。だが、2人のお互いの視点を入れ替えるという試みは、自身でも驚くべき経験だった。「そんなに大したことはないと予想してましたが、実際にカメラを付けて自分の姿が目の前を横切っていくのを見ると、想像以上にびっくりします。動けないですよ」。
八谷作品にはコミュニケーションをモチーフにしたものが多い。「それは、たくさんの人が興味をもつことだから。人間の脳のかなりの部分はコミュニケーションに使われていますしね。僕はコミュニケーションを技術の力で改善するより、逆に不自由にするようなアプローチをよく使います。そうすることでも結果的に、コミュニケーションが変質する可能性がある」。イベントの体験コーナーでは、今も大人気の作品だ。




ワールドシステム
 
コンサルティング会社在職中に、作った作品がジャパンアートスカラシップを受賞、1000万円の賞金を手にすることになった。「といっても、1000万円現金でもらえるわけではなくて、それを作品の製作費にして展示しなさい、という賞で(笑)。予算1000万円の作品となると、数カ月を要します。さすがに会社員をしながらは難しいと退職を決断しました」。このときに生まれたのが、「ワールドシステム」という作品。自分で飛んで探して接続する飛行テレビ電話を模型として製作した。「生活していけるかどうかもわからずに退職しましたが、頭にあったのは、とにかく新しい作品を作らないといけないということだけ。そうしないと社会的にまずいだろうと(笑)。実際のところ、1000万円からは自分のギャラは出せないんで、でき上がるまで収入もなくて。その期間がいちばんつらかったですね(笑)」
ポストペットの原案デザイン?
ポストペットの原案デザイン?
 
「作りたいのは世の中に今欠けているものです。言ってみればスキマ産業であり(笑)。ポストペットにしても、当時、いいメーラーってほとんどなかった。プログラマがプログラマ用に作った感じでしたから」。ただ、優秀なプログラマなしにポストペットは生まれなかったと八谷氏。「今もそうですが、優秀なエンジニアと一緒にやれば、理想のものが作れるんです。ポストペットのときも、幸喜俊さんという優れたプログラマと組んだからできた。優秀なエンジニアと組めれば、本当に世の中になかったものができるという確信があります。エンジニアのような仕事をすることもある僕が、エンジニアと決して名乗らないのは、本物のエンジニアに敬意があるから。だから僕の仕事は実はデザインだったりプランニングなんです。」





 ポストペットの開発で大成功した八谷氏だが、彼がそこに安住することはなかった。次にアートプロジェクトとして取り組んだのは、「エアボード」。映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー」にインスパイアされ、地面から1センチほど浮いて走るホバークラフトのような乗り物である。「工学的にはある種のギャグとして取り組んだ」ということだが、最終版は観客を乗せても走行している。このときに浮上用動力として使ったのが、ジェットエンジン。そして次に挑んだのが、一人乗りのジェットエンジンがついた小型飛行機を作るアートプロジェクト「オープンスカイ」だった。2003年から開発を開始、全幅9.6mの美しい機体をもった飛行機は現在無動力でのテストフライト中。2006年4月には、ゴムで機体を前方に引っ張るゴム索発航でテストパイロット・八谷氏を乗せた初飛行を実施。5月には2度目のテストフライトで最高高度6mを記録している。この9月23日、24日には、静岡県の朝霧高原で公開テストフライトが予定されている。
 
市場がないから作らない、は変じゃないか
 一人乗り飛行機は、ずっと前から作ってみたかったんです。なぜ一人乗りの素敵な飛行装置がないのか、と。ないものを作るというのは、仕事として最も面白いと思うんです。どうしてアーティストなのに飛行機制作なのか、というのはポストペットを作ったから、もう誰も聞かないし。それで調子にのって(笑)。ただ、今日本は民間用航空機を一機も作っていないんですよね。主な理由は国内市場がないからなんですが。でも、市場がないから作らない、作れない、とならなくてもいいんじゃないかとも思って。作ってみたら、ひょっとしたら市場があるかもしれないし。そしてアーティストなら、「経済的な目的抜きでモノを作ること」ができる。

 本当はマーケットリサーチとかやらないほうが、面白いものはたくさんできると思うんです。技術的にはできるけど、販売するには障害がありすぎて作れない。そういうものは世の中にたくさんある。アーティストなら、たとえ失敗しても、失敗する姿が面白ければアートになる。だからアーティストの立場を使おうと。

 そして、どうせだったら本当に自分がほしいと思う機体を作ってみようと。まあ、モデルがなにかは、見ればわかるかもしれませんが。ただ、これを量産する気は今はありません。一見不可能に見えることも(試作レベルでは)やればできるんだ、ということを実証することが目的です。

 Webでの反響とか見ていると、わりとみんな面白がってくれているみたいに思います。乗ってみたい。そんなの欲しかった、と。中には、大学の研究室がいつか作らないかと思っていました、みたいな声もあった。でも……ちょっとこれは挑発的な意見なんですが、僕は日本の大学の研究室で、これを作れる研究室はない、と思っています。コンピュータで流体力学的な解析やシミュレーションはできる。それで外観はできるかもしれない。でも、構造計算をし、適切な材質を選び、軽量さと強度を維持しながら重心位置を決め、全体を設計することができるかどうか。そしてそれを実物で作れるかどうか。シミュレーションから一歩抜き出して、本物を作るのは本当に難しい。

 で、僕はどうしたのかというと、日本一の航空技術者を探しました。インターネットで(笑)。それがオリンポスの四戸哲さん。最初にお話をしたときはびっくりされたと思います。でも、それまでに2分の1サイズの模型を作ってジェットエンジンを付けて飛ばしたりして僕なりにダメなところを把握していたり、彼がいないと実機が作れないことなど含めて、率直にお願いしたら、やろうと言ってくださって。ま、そんな感じでもう3年経つのですが。おそらく年明けには、ジェットエンジンを付けた機体を飛ばすことができると思います。
絶対やろうと思えば、死なない限りはいつかできる
 自分でクレイジーさを感じることですか? えっと基本的には自分のことは冷静な人間だと思っているので。強いて言えば執着心かもしれないですね。オープンスカイだって、作ろうと思い始めたのは十数年前ですし。執念深いんですよね(笑)。ライオン型というよりもハイエナ型。100kmずっと尾行して、相手が根負けして倒れるまで地道に狩りをする。絶対やろうと思っていれば、本人が死なない限りはいつかできると僕は思っているんです。本当に実現しようと思っていて、それなりに行動していたら、いつかタイミングが必ず来るんです。

 逆にいえば、そのために準備をしておくことは重要ですよね。実はオープンスカイの次はロケットだと思っていて、勉強を始めたところで。で、航空機での無重力体験に行ってきたり(笑)。

 オープンスカイのプロジェクトは、すでに3000万円以上かかっています。なんとか4000万円にはかからないようにするつもりです。でも、ペットワークスの研究開発費でまかなっていて、他社とかに出資してもらったりはしていません。人のお金を使えば、そこには制限が出てきてしまうんです。締め切りができて、ムリに間に合わせるためのリスクや、投資を回収するための義務が発生する。これは、いいものを作るという目的とは違うところにあるものだから、避けられるなら避けたい。いいもの、面白いものを作るための究極の手法は、なるべく自前のお金でやることだと僕は思っています。

 でも考えてみればマンション1戸分なんですよ。普通航空機を開発するとなれば、数百億円です。ところがそれが数千万円でできる。もちろん、超小型の、だからだけど。しかし、世界にひとつしかない飛行機、みんなが乗りたいと思っているものができる。基本的に、僕は何かが本当に面白いものだったら人は集まってきてくれるし、協力してくれる人も出てくる、と思っています。だから、もし、誰かが超小型のロケットを作るとなったら、それが本当に面白そうなものなら、僕はノーギャラでももちろんお手伝いするつもりですけど。
作った意味があった。そういうものを作りたい
 ポストペットがヒットして、成果を出したと言われましたが、その成果というのはつまり数字ですよね。もちろん、売り上げがあがって、多くの人の仕事がそこに発生したりすることは尊いことだとは思いますが、でもそれよりも仕事をする上で何より大事にしているのは、自分が何に感動したか、何に笑ったか、何に泣いたか、そしてそのようなことを自分の仕事でも実現できるか、とかです。アーティストもエンジニアも、物事の根本のところを作れる立場の人で、作って良かったと思えるものを作ることが、この仕事の醍醐味ではないかと僕は思うから。

 友人から聞いた話なんですけど。あるお子さんが、だんだん体が動かなくなる難病にかかってしまった。やがてしゃべることもできなくなり、パソコンを改造して、身体の動く部分だけで文字を入力するようにし、しゃべれなくても、お子さんとお母さんがメールで会話できるようにしていたそうなんです。そのときに子どもが使いたいと言ったメールソフトが、ポストペットだった。モモが自分のメールを運んでくれて、お母さんのペットもメールを運んできてくれる。お子さんはそれが楽しくてうれしくてしょうがなかったのだと。お子さんは後に亡くなりましたが、手術室に入る直前まで、パソコンを通じて親子の会話は続いたそうなんです。

 この話を聞いたとき、僕は本当にポストペットを作って本当に良かったと思いました。そのお子さんの短い人生の中で、すごく意味のあることを、自分のソフトウェアがやれたから。親子の絆をつなぐのに、ほんのわずかですけど、ポストペットが役に立てた。誰かの生活にとって、とても意味がある、というのが、仕事で一番大事だと僕は思うんです。だから、そういう気持ちで僕はこれからも作りたい。

 売れそうだからってすでにあるものをみんな一斉に作ったら、結局価格競争や無意味な機能の競争になるだけです。でも、本当はほかにいろいろやれることがあるはずなんです。特にエンジニアだったら。僕はエンジニアがそういう仕事ができていないとすれば、それは本当は優秀なプランナーが少ないからだと思うんですけどね。

 ただ、日本は実力主義ではないけど、実績主義だとは感じています。ちゃんと仕事をしていれば、それを見てくれている人がいたりするから、そういう人との巡り合わせで、なにか仕事の環境は変わったり、すごく素敵な仕事が成立するようにも思うんですね。これは自分の体験から、そう思っているんですが。
サンクステイル
サンクステイル
 
 八谷氏の作品の特徴のひとつは、コンセプトを説明するとき、ひと言で言えること。視覚を交換する装置、クマがメールを運ぶソフト……。「難しいことを言っても人は理解してくれない。だから、ひと言で言えるように作る、というのが自分の中のルールです」。作品は基本的に大きく乗り物系統とコミュニケーション系統の2つに分かれている。前者で商品化までされたのが写真の「サンクステイル」。ドライバーが後続の車にお礼ができるツールだ。「車には警告はパッシング、クラクション、ハザードと3つもついているのに、ありがとうを伝えるツールが一個もない。でも、みんな伝えたいじゃないですか」。「僕の好きなビジネスのスタイルは、小さく始めて大きく育てること。最初から大きく始めると、採算のためにムチャをしないといけなくなる。それより地道に口コミとかでちょっとずつユーザーを増やしたほうが結果的に長く続く。そういうビジネスのほうが正しいんじゃないかと思っています」。


オープンスカイ
 
 人を乗せた初飛行もすでに成功。2度目のテストフライトでは、最高高度6m、滞空時間7.3秒、飛行距離98mを記録している。自らテストパイロットを務めた八谷氏は感想を雑誌にこう語っている。「操縦は予想よりは簡単だった。人が制御できる範囲にきれいに収まっているという感触がある。まるで、自転車に初めて乗ったときの気持ちみたい」。木とFRP複合材のハイブリッドの機体は重量66Kg。美しい機体はアートだけでなく、むしろ機能から裏打ちされたものだ。空を飛ぶもののデザインには、遊びの余地はまったく入らないと設計の四戸氏。四戸哲氏の設計による優雅なフォルムは、機体の安定を得るために、3次元的曲面を含むデザインとなり、複雑な構造設計を必要とした。そのため、機体の設計・製作には当初予定の4倍もの時間がかかったという。
オープンスカイ オープンスカイ オープンスカイ
コロボックル
コロボックル
 
 最近の作品が「コロボックルのテーブル」。液晶の仕組みを利用して、特定の人にしか見られない表示装置を作った。脳や心にも強い関心があると八谷氏。「人間が意識だと思っているものは、実はPCのモニタのようなものなんじゃないかと思うんです。本当の計算の大部分は本体……無意識や半意識で行われていて、人格や記憶に整合性をもたせるために『意識という仮定』があるんじゃないかと。その無意識を形成するときに体はかなり必要なんです、多分。体がないと心は生まれないと思っています。だから、ロボット技術はコンピュータにいつか心をもたせるために必要な技術だと思う。体や痛覚を持たないコンピュータが人間の心を理解できるとは思えないから」。一方で、人は意識していない心を大事にできないと危険になるのでは、ともいう。「心=意識ではない。意識の下にいる存在をケアしてあげないと、と思っていて。だから最近、妖怪や妖精や小びととか、人間が『仮定したもの』に興味があるんです。それは無意識に形を与えたモノなのではないか、と。人間は社会的な理屈で自分に嘘をついて動くこともできるけれど、いつまでも嘘をつくと、心がダメージを受ける。逆に無意識の自分を喜ばせてあげる、ということを考えることができないかな、というふうにいまは思っています。そして、たぶんそれが芸術が存在する理由だとも思うんです」。
profile
八谷和彦(はちや・かずひこ)
メディア・アーティスト

1966年、佐賀県生まれ。九州芸術工科大学(現九州大学芸術工学部)画像設計学科卒業後、東京でCIコンサルティング会社に入社。在職中に個人TV放送ユニット「SMTV」を始める。その後、93年に「視聴覚交換マシン」を発表。94年、大人のためのブランコ「オーヴァーザレインボウ」、退職後の95年に「ワールドシステム」、96年には「見ることは信じること」を発表。同年、愛玩メールソフト「ポストペット」開発開始。原案、ディレクションを担当。99年にジェットエンジン付きスケートボード「エアボード」、2003年「オープンスカイ」発表。アーティスト作品として、常になにかしらの機能をもった装置を作っている。ポストペット関連のソフトウェア開発とディレクションを行う会社「ペットワークス」の代表でもある。
http://www.petworks.co.jp/~hachiya/
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  宮みゆき(総研スタッフ)からのメッセージ  
宮みゆき(総研スタッフ)からのメッセージ
「太い道よりも細い道を選ぶ」。八谷さんの挑戦はすべてそこが原点でした。作りたいものを作るには、大きな組織の中では時間がかかるし、できることが限られる。そして、その作ったものがみんなの望んでいたものであれば、それは大きく広がっていく。数字の実績よりも、自分がいかに満足できたか、みんなに喜んでもらえたかのほうが大事だという八谷さんのお話を深く頷きながら聞きました。オープンスカイの最終形がどこまで進化するのか楽しみです!

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