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懐かしの“アレ”がエンジニアの原点だ!Vol.17 自分で音を作る喜び「MIDI」の魅力
ゲーム音楽やアニメの主題歌、あるいはオリジナルの曲などをパソコンで作り、聞いて楽しんだり、友達とデータを交換したりしたエンジニアも多いはずだ。今回はMIDIとエンジニアのかかわりを追ってみたい。
(取材・文/金沢桃子 総研スタッフ/山田モーキン)作成日:06.08.02
座談会テーマ:MIDIはエンジニアにどのような影響を与えたか?
 今回の座談会では、古くからパソコンでの音楽製作を楽しんでいたエンジニアのお2人に来ていただき、その制作の日々とこだわりを語っていただいた。
MIDIとは?
日本の社団法人音楽電子事業協会とアメリカのMMA (MIDI Manufacturers Association) が制定した、シンセサイザー・コンピュータ・シーケンサーなど電子楽器の演奏データを機器間で相互にデジタル転送するための規格。一般的には「MIDI」あるいは「MIDI機器」という場合、MIDIを搭載した楽器や音源、DTM(デスクトップミュージック)などの関連機材のことを指すことが多い。
MIDIに入れ込んだエンジニア2人のプロフィール
佐田さん 黒川さん
佐田さん(仮名・44歳)
制御機器設計エンジニア
黒川さん(仮名・32歳)
コンシューマゲーム制作
まずはMIDIとの出合いについて教えてください。
佐田:
大学のころ、MIDIって言葉自体があったかどうか定かでない時代に登場したパソコンに飛びつきました。当時はまだブザーのようなものだったのですが、PCから音楽が鳴らせるのに興味をもって、NECのPC-6001(※1)の前のものから始めて、PC-6001で本格的に始めて、PC-8001(※2)と続きました。YMO(※3)が来て爆発した感じですね。これだなと思いました。

小1のときにオルガン教室に通っている間にエレクトーンを弾いてこれは違うって印象が残っていたんです。その後、高学年になってブラスバンドに所属して、キーボードを担当して、指揮者になって、そういった流れの中にパソコンが登場してきたんですね。
黒川:
Roland CM-300
Roland CM-300
最初はPC-6001でプログラムを組んで演奏させていました。『マイコンBASICマガジン』(※4)に音楽プログラムのページがあって、それを打ち込んで鳴らして遊んでいましたね。中学になってからはMSX(※5)を使うようになりました。ゲーム音楽を鳴らして、同じ趣味の友達とデータを交換していました。

中2、3のころはFM音源のFM77AV(※6)が学校にあって、PSGより音がいいFM音源を使えるようになりました。高1のころにMSX2+(※7)が出てからはそちらに移行しましたね。さらに91年くらいになって、ゲーム好きな人はみんな知っているX-68000(※8)が出てからは、それを使い始めました。MIDIの機器をつなげてゲームをすると普通よりいい音が出ると知って、やりたくなったんです。自分の家になかったので、友達の家で聞きました。それからCM-300(※9)を友達に3万円くらいで譲ってもらって、MIDI環境ができましたね。
どのようなもので曲を作りましたか?
佐田:
もともとあったPCに最初は機器をつなげてやっていたのですが、後にはPCだけになりました。使っていたのはYAMAHAのキーボードとミキサー(※10)。それからフォークギターもYAMAHAでした。
黒川:
ソフトバンクの『Oh!X」(※11)という雑誌に付属していた「Z-Music」というミュージックシーケンサーソフトを使っていました。PCのプログラムで打つ人には向いているものです。ゲームミュージックのCDのおまけに付いていた楽譜を見ながらそれに打ち込んで流していました。あとはさっき言ったマイコンBASICの音楽ページですね。当時はグラディウスや悪魔城ドラキュラなどの楽譜を売っていたので、それを購入してチャレンジしていました。
佐田: 昔は先ほど言ったPC用キーボードで入力していましたが、今は音源をダウンロードして作ってますね。一から曲は作れないけれど、テレビとかアニメの曲を聴くと、自分風の音楽が思いつくんです。中学のときにヤマトがはやっていて、すごく影響を受けた。そういう宇宙的な音楽、オケ的な音楽、戦争的な音楽がベースになって、アレンジするとヤマト風になりました。
ほかに買った機器や使ったことのある機器、欲しかった機器などはありますか?
 
黒川:
Roland CP-40「はなうたくん」
Roland CP-40「はなうたくん」
ローランドの「はなうたくん」(※12)。自分がマイクに向かって歌ったのを楽譜にしてくれるソフトです。ただこのソフト、メロディーはいいのですが、ベースを歌うのが嫌で(笑)。ゲーム音楽がローランド対応のものばかり(※13)だったので、MIDI機器はローランドのものになりましたね。
佐田:
YAMAHAのほうはアナログ的なよさ(※14)がありますよね。ピアノとかギターとかアナログ的な楽器が好きなので、自分はその流れでYAMAHAです。MSXが出たとき目が輝きましたが、そのころ、寝る暇もないくらい仕事が忙しかったので手が出せませんでした。
音楽を作るうえでの楽しみや苦労は何でしょう?
黒川: 苦労して作り上げた喜びですね。ほかのプログラムの場合、間違っていれば動かないのですが、音楽の場合、一応鳴ってしまうので、何が間違っているのかわからず、1パートずつ鳴らして間違いを探すから大変です。友達に指摘されて気づいたときもあります。慣れるとわかるようになってきて、MIDIを始めて多少コードがわかるようにもなりましたし、リズム感もつきましたね。
佐田: 自分のイメージした音やリズムを入れてみるのですが、一つひとつのパートのできがよくても、重ね合わせたときに思っていたものじゃないものになってしまうことがある。何か足りないと感じてしまうんです。YMOとかを目指すと何かが足りない気がして。それがドラムなのかシンセなのか、迫力を出そうと試行錯誤しました。
MIDIを始めてからどのように発展しましたか?
佐田:
Roland D-50
Roland D-50
PCだけで音楽が作れるようになったので、WindowsをMeからXPに変えたときに、FM音源を取り込めるようにしました。環境としてはそれでいいのですが、あとは自分に合ったソフトが欲しいと思っています。マイクに向かって自分が声を出したら、それを録音できて、マウスで簡単にいろいろ変えられるのが欲しいです。ピアノ調やベース調にアレンジできたりとか。そうすればイメージどおりの音楽ができる気がするんです。
黒川:
知識が身につきましたね。友達が作ったのを参考にしたり、パソ通のMIDIの紹介とかを見て聞いたり。最初は楽譜どおり打っていましたが、そのうち自分でエフェクトをかけたりするようになりました。MIDIはPSGやFM音源より音がよかったので、ただ鳴らすだけだと貧弱に聞こえたんですよ。エコーを入れたり、音を加えたりしてカスタマイズをして楽しんでいました。
MIDIがエンジニアのお仕事にどのように影響をしていますか?
佐田:
いろんな装置を作る中で、10年ほど前にカラオケの装置を作ったことがあるのですが、その仕事をやりたいと手を挙げたのは、音楽が好きだったから。HDDカラオケのようなものを開発したのですが、音楽をデジタルデータにして、HDDに圧縮していれて、それを解凍するという手順で流すのですが、解凍をすると遅くなっちゃうとか、絵だけ流れて曲が鳴らないとかあって。そういうプログラムのチェックをしていたのですが、波形を解析したりいろいろできるのは、MIDIをやっていたからだと思います。
黒川:
MIDIに触っていたのは音楽だからではなく、プログラムだったからで、デジタル的なものとして作っていたので、今のプログラムの仕事と共通しているところがあります。あとは具体的な話として、ゲーム音楽を作る人に「ピッチを上げて」とか意思を伝えやすいですね。自分で鳴らすときもフェードイン・フェードアウトのスイッチ設定をするときとかに役に立っています。
あなたにとってMIDIとは?
黒川:
15〜24歳までずっとはまっていた学生時代最大の楽しみでした。アナログ的なものとデジタル的なものをつなぐ要素となったものですね。
佐田:
昔は何かとマシンが高くてプアでした。今はいいPCがあって何でもできます。それはCPUの発展があったからで、そういうことに興味をもち、ハードや半導体、ソフト開発者になったきっかけはMIDIが原点だと思います。
 
PC-6001(※1)
1981年にNECが発売したPC-6000シリーズのひとつ。本体・キーボードが一体となったデザインで、パピコンの愛称で親しまれた。8色カラー表示、三重和音が可能なPSG音源、ボイスシンセサイザーなどの接続が可能など画期的なホビーパソコンだった。MSXに強い影響を与えたといわれている。

PC-8001(※2)
1979年にNECが発売したPC-8000シリーズのひとつ。本格的な完成品としての国産パソコンの代表的な機種で、NEC初の完成品型であり、NECを代表するシリーズで、PC-8000シリーズ関連のソフトウェアや周辺機器が数多く販売された。国内で「パーソナルコンピュータ」という言葉が使われたのは本機が最初である。

YMO(※3)
イエロー・マジック・オーケストラ。1978年結成。キーボードの坂本龍一、ベースの細野晴臣、ドラム・ボーカルの高橋幸宏で1983年に散開した。一般的に「テクノ」のジャンルに分類されるが、シンセサイザーを使い、自動演奏を使うという彼らの新しい音楽はDTMをする人たちに大きな影響を与えた。

『マイコンBASICマガジン』(※4)
1982年〜2003年の間、電波新聞社が発売していたコンピュータ雑誌。ソースコードを印刷したプログラムリストが載っており、読者はこれを見て自分でプログラムを打ち込み、ゲームなどを作った。また、1986年ころ以降、ゲーム音楽のプログラムや楽譜をゲームメーカーの許可を得て掲載するようになり、ゲーム音楽やプログラマ志望者に大きな影響を与えた。
Roland sc-55
Roland SC-55
MSX(※5)
1983年にマイクロソフトとアスキーが共同で提唱した家庭用コンピュータの共通規格の名前。当時の8ビットホビーパソコンの中でも際立った存在で、子供のコンピュータ学習につながるPCとしてホームコンピュータを目指して設計された。

FM77AV(※6)
1985年に富士通が発売したFM-7/FM-77シリーズの上位機種。「天然色パソコン」というキャッチコピーが付いており、日本のパソコン初の4096色同時表示を実現した。FM音源3音、PSG音源3音、8オクターブがサウンドに装備。

MSX2+(※7)
1988年発表。MSX2規格のビデオ機能を中心に強化した規格。漢字ROM標準搭載。FDD、FM音源を標準化。ソニー、三洋電機、松下電器産業の3社が参入。後継にMSXturboRがある。

X-68000(※8)
1987年にシャープが発売した16ビットパソコン。高いグラフィックとサウンド機能をもっており、業務用ゲームの移植が数多く行われた。国産機としては初めてMPEG動画再生を実現。ステレオFM音源とADPCMを1チャンネル搭載。

CM-300(※9)
ローランドのMIDI機器。1990年代後半に活躍した機器で、この音源を使ってゲーム音楽を作ったプログラマ志望者も多い。

YAMAHAのキーボードとミキサー(※10)
1959年にエレクトーンを開発して以降、ヤマハは楽器の電子化の先頭を走った。ミキサーの開発にも30年のキャリアがある。キーボードはそれ自体音が鳴るものと、KXシリーズのように外部音源と接続して音を出すものがある。MIDI初期にはまずキーボードから入る人も多かった。
デジタルシンセサイザー「ヤマハ DX7」
デジタルシンセサイザー「ヤマハ DX7」
『Oh!X』(※11)
1987年から1995年までソフトバンクが発売していた月刊誌。上記のX-68000やX1が人気だったため、雑誌名も『Oh!X』となった。座談会中に出てきたソフトは雑誌に付属していたものと思われる。

「はなうたくん」(※12)
1990年に有限会社ミュージカル・プランが開発、ローランドが発売したピッチ・トゥ・MIDIコンバータ。鼻歌をマイクに向かって歌うとMIDI信号に変換される。ただ精度が高く、少しの息も音に反映されてしまうなど使うのが意外に難しかった。

ゲーム音楽がローランド対応のものばかり(※13)
本来MIDIは「メーカーが違うものでも共通して使えるように」考えられたはずの規格なのだが、実際にはローランドのGS、ヤマハのXGと独自規格があり、コンピュータ音楽はローランドの規格でやっていた。

YAMAHAのほうはアナログ的なよさ(※14)
ヤマハはピアノや弦楽器・管楽器などアコースティックな楽器も作っているため、アナログ的な音楽側からMIDIに入ってくる人はヤマハ派が多い。MIDIの世界は大きく、ローランド派とヤマハ派に分かれるといえる。
BOSS BR-1200CD
BOSS BR-1200CD
白熱!「MIDI」座談会を終えて
「アナログ的要素」と「デジタル的要素」をつなぎ合わせて、新しい音楽の可能性を広げたMIDI。
楽器だけでなく、PCプログラムから音楽の世界に入り込んだエンジニアにとって、MIDIもまた、ひとつの原点と呼べる。
コラム:MIDIの世界標準を作ったAMEI(社団法人音楽電子事業協会)のMIDI戦略
今回はMIDI規格を制定したAMEIにおじゃまして、MIDI制定の歴史と今後の展開についてお伺いした。

・MIDI規格を立ち上げたきっかけをお聞かせください

20年ほど前、キーボードや電子オルガンなどの電子楽器が出始め、AMEIの前身団体、MIDI規格協議会(JMSC)が新しいインターフェースとしてアメリカに提案をし、1983年にMIDI規格が成立しました。
先に挙げた楽器やシンセサイザーが出てから、各種の異なるモデル間での共通の信号が必要になったのです。そしてその後、規格統一したいという動きが出てきて作られたんです。

MIDI規格1.0は20年前から同じものですが、現在でも十分に使えます。
キーボードを基本モデルにしてコード化したものですが、ギターのフレットや連続してピッチが変わるなどのことも、ピッチベンドで処理をしています。
インターフェースがひとつで、後はモジュールで対応できる。MIDIが出てきたことで、場所の制約もなくなったし、一気に利便性が高まりました。
MIDI規格は日本から世界に出ていったもので、世界共通の基準となっています。

・「MIDI検定試験」について

平成10年からMIDI検定3級を、翌11年からMIDI検定2級の試験を実施しています。
初めてMIDI機器などを使う人はMIDI規格をわかっていないかもしれない。そういったこともあり、MIDI検定を始めました。

ネットワークコンテンツの配信やカラオケ、着メロなどの発展により、データ製作の現場でMIDIに精通した人が求められるようになり、MIDI検定の2級は実技があるので、就職時のメリットにもなることから、受験者は20代が圧倒的に多いのが実情です。
サウンド系の仕事は現在、若干減っていますが、クオリティ重視の傾向から、専門職的になっているので今後、MIDI検定の重要性は一層増すと思います。

そして現在では、MIDIは「製作する人」と「使う人」の2つのグループに分かれています。
音楽に関していうと、J-POPの7、8割はMIDIをどこかで使用して作られています。これからも続いていくと思いますね。

・今後、MIDIはどのように展開するのでしょうか?

MIDIを一般の人にもわかりやすいように普及させていこうと考えています。
また最初に規格を制定してから23年が経過しましたので、これからの時代に向けて市場を広げていきたいな、と。

例えばMIDIは音楽だけでなく、舞台照明などにも使われています。
簡単な配線だけで照明の操作ができますし、すべてのコントロールを記憶し、いつでもまったく同じ舞台照明を再現できるのです。
万博で楽器を弾くロボットがあったと思いますが、MIDIを使えば、あのような機能が可能なのです。

「サンプラー」の登場により、映画の世界にも進出できるようになりましたし、音楽とデジタル化した画像の融合も、今よりずっと簡単にできるようにしたいですね。
それと5〜10年のうちに、MIDIを音楽だけでなく、すべてのデジタル世界につなげたいと思っています。
ちょっと変わったところでは、17、8世紀の音楽を当時の楽器の音で再現したいという動きがあります。デジタルデータに置き換えて、昔の曲を再現しようという試みです。

・読者へのメッセージを

MIDI=DTMだけではありません。どういうところにMIDIが使われているのか知ってほしいと思います。また、仕事の面では、「楽譜が読めるエンジニアというのは貴重な存在なんだ」ということを伝えたいですね。
MIDIはより豊かなマルチメディアの世界へ人々を連れて行けるものだと思います。MIDI規格で文化の世界が広がる。
まだまだ使えるMIDI1.0をより正しく理解して、積極的に新しい応用分野に向けて使ってほしいと思います。

平野勝彦さん
平野勝彦さん
AMEI専務理事であり、事務局長。ヤマハDX7の開発などにも参加。AMEIは3人の専任スタッフと会員たちで構成されている
飛河和生さん
飛河和生さん
クリムゾンテクノロジー株式会社代表取締役。MIDI規格委員会委員長
上・AMEIにおける委員会・部会活動
下・主要MIDI規格抜粋一覧
上・AMEIにおける委員会・部会活動
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山田モーキン(総研スタッフ)からのメッセージ  
山田モーキン(総研スタッフ)からのメッセージ
音楽に全く“縁のない”私にとって、MIDIもまた難解なテーマでしたが、これもまた、いつもと同じように、参加者の「熱いトーク」によって、少しだけMIDIの魅力に触れることができた気がします。今後も皆さんのご関心のあるさまざまなテーマを取り上げていきたいと思いますので、ご意見・ご提案、お待ちしています。

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