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平林純@hirax.net発!エンジニアのための経済学最適インストール  File.2-1 インサイダー取引ってなぜ悪いんですか?
日々新聞やテレビに登場する経済ニュースを、もっと理解したい! 例えば会社の買収劇だって、それを可能にしている理屈やルールを知って納得したいと、論理的なエンジニアは考える。
平林純@hirax.netと一緒にインストールする「エンジニアに最適化した経済学」の連載第2回。
(文/平林純 総研スタッフ/根村かやの)作成日:06.07.12
 今回は、『大学への数学』『高校への数学』『中学への算数』などでの連載でも有名な小島寛之・帝京大学経済学部助教授に、村上ファンドやライブドアの事件報道中で見聞きした「インサイダー株取引」「企業の価値」「会社は一体だれのものか?」といったお話を聞いてみました。
小島寛之
小島寛之
帝京大学経済学部助教授。著書には『エコロジストのための経済学』『サイバー経済学』などの経済書のほか『使える!確率的思考』など数学エッセイストとしての著作も。
 
平林純
平林純
人気サイト「hirax.net」を運営し、同サイト内でエンジニア的課外活動を精力的に展開している。Tech総研ブログでも「平林純@『hirax.net』の科学と技術と男と女」を掲載中のモノづくり系エンジニア。
Part1 「インサイダー取引」はなぜ悪い!?
村上ファンドのインサイダー取引に関する報道を見て、頭に浮かんだ最初の疑問はもちろん……。
Q.「インサイダー取引はなぜ“悪い”んでしょうか?」(平林) A.「インサイダー取引が横行すると株式市場が成立しなくなるからです」(小島)
「個人的嫉妬」じゃなく「社会的損失」の視点で考える
 
小島:
あたかもインサイダー取引が“倫理的”に悪いかのように、世の中では言われてますが、株式市場っていうマーケットで倫理を持ち出すのは、経済学的に言えばヘンな話なんです。どうしてかというと、“カンニングをしてる”インサイダー株取引者があり得ることを見越したうえで、「じゃあ、損をする可能性が高いそんな市場に参加して株を売り買いするのはやめよう」と、合理的に行動すればいいだけですから。
 ところが、そうなると株式市場というマーケットが成立しなくなってしまいます。つまり、必要なものを取引する場がなくなってしまって、社会として大きな損失になってしまうわけです(図1)。
 
図1
インサイダー情報を使って取引をする人がいた場合、「損をする可能性が高い」と判断して、その市場からは人が去っていってしまう
平林:
ちなみに、なぜ“悪い”かって質問していますけれど、経済学で“悪い”というのはどういうことですか。
 
小島:
“社会的損失を生む”っていうことでしょう。
 
平林:
なるほど、経済学は「損得」が基準なんですね(笑)。だから、社会的損失を生むインサイダー取引は“悪い”。そう考えると納得できます。
 
まとめ インサイダー取引は「善悪」問題ではなく「損得」問題だった
 インサイダー取引というと「ズルい行動だから、倫理的に悪い」という先入観がありました。社会全体としての「得と損」で良い・悪いを考えてみれば、インサイダー取引が“悪い”というのも納得できるような気がします。
 ところで、第1回目の松原隆一郎教授も「合理的に考えて行動・交換するのが経済学上の人間ですから」と言っていました。今回も「経済学的には合理的に行動すればいい」という言葉が登場してきたのが印象的でした。
Part2 「企業価値」「企業買収・切り売り」の経済学
買収劇が報じられるたびに、「企業価値」「適正な株価」「企業を切り売りすると企業価値が下がる」なんていう言葉を見聞きします。
Q.「“切り売りすると企業価値が下がる”ってどういうことでしょうか?」(平林) A.「企業には共有された情報や蓄積された経験といったプラスアルファの“価値”があります。その価値は、企業が分散すると消えてしまうことがあるのです」(小島)
企業がもつ「プラスアルファの価値」は「つながり」だ
 
小島:
ジェームズ・トービンという金融経済学者が主張した“トービンのq”っていう理論があるんですよ。トービンのqというのは、すごく単純な分数で、分母が「その会社と丸まる同じものを、もうひとつ作るのにいくらかかるかという再取得費用」で、分子が「株を全部買い占めるためにいくらかかるかという株価総額」というものです。
 この分数qの値は、1より大きいのが原則なんです。つまり株を全部買い占めてその会社を手に入れるほうが、単にハコモノを作るよりも、ずっとお金がかかるということです。
 
平林:
なぜ、会社を買うのに必要な株価総額、つまり会社全体の価値は、建物・設備の金額を足し合わせたものよりも高いのでしょうか?
 
小島:
それは、建物とか設備とか機械とかを全部そろえて、さらに、同じような能力の人間を雇ったとしても、同じ会社にならないからと考えられています。働く人たちの間で共有された情報や蓄積された経験、あるいは、築いた信頼関係といった「企業の中にあるプラスアルファの価値」が株価に反映されているわけです。
 
「PC売値/パーツ代総額」が1または2を下回るとお買い得だ!?
 
平林:
村上ファンドの会社買収を解説した記事の中で、「株価総額」を「その会社を解散・精算したときの金額」で割ったような数値を目安にして、買収のターゲットを選ぶなんていう話を読んだ覚えがあるのですが……?
 
小島:
それがトービンのqですよね。「その会社を解散・精算したときの金額」というのは会社を売る側から見た言い方で、同じことを買う側から見て言い換えたのが「再取得費用」ということになりますから。
 qがもし1より小さかったら、株を買い占めてから、会社をバラバラにしてハコモノ・機械とかを全部売り払ってしまえば、それだけで儲かっちゃうでしょう。だから、qが1を割ったりすると買収のターゲットになっても不思議ではないわけです(図2)。
 
図2
トービンの“q”が1より小さい場合、株を買い占めてから、会社をパーツとしてバラ売りすれば、儲かってしまう
平林:
あぁ、なるほどパーツ代金が100万円のPCが10万円で売られているようなものですね。なるほど、「PC売値/パーツ代総額」が1を下回ることなんて、あり得ないですものね。……そうすると、qが1より小さい会社は珍しいんでしょうか?
 
小島:
ええ、理論的にいうなら、珍しいことでしょう。実証研究では、企業全体のqが1を下回る時期がけっこうあったんですが。
 
平林:
「企業全体のq」というのは……?
小島:
全企業の株価総額と再取得費用から出した、要するに「アメリカ全体のq」です。当然、その時期にはqが1より小さい企業がかなり存在していたはずで、それらが買収のリスクにさらされていた、ということはありうるでしょう。
 
平林:
もしも、そういう会社が買収されてしまうと、どんなことが起きるんでしょう?
小島:
経営者が収益を隠して、配当を低くしたりすると、株価が会社の実態が反映されない安さになってしまう。トービンのqの値が小さい状態になるわけですが、こういう会社が買収されると、先ほど言ったように「切り売りするだけで儲かる」ので、せいぜい収益のいい部門だけ残して、あとはバラバラに切り売りされてしまったりする。
 そうすると、「企業の中にあったプラスアルファの価値」は消えてしまうわけです。それで生じる社会的損失は、見た目よりずっと大きいと思うんですよね。僕は、そっちのほうが買収それ自体よりずっと大問題だと思うんです。実際80年代のアメリカでそれがすごく行われて、いろんな議論がされたんですよね。
 
バブル崩壊後の経済停滞は技術力停滞が原因だ!?
小島:
1990年から、バブルが崩壊して、10年間、日本の経済成長が止まったわけですよね。その「失われた10年」の原因は生産能力や技術力が停滞したせいだという仮説があるんですが、技術の仕事をしていて、どう思われます?
 
平林:
技術力の低下はまずないですよね。
 
小島:
いや、“技術力”が低下したんじゃなくて、指数的に伸びている“技術の成長率”が、3%だったのが1%くらいに落ちたのが「失われた10年」を生んだという仮説なんですね。
 
平林:
「半導体の集積密度が18〜24カ月で倍増する」という「ムーアの法則」は、ギリギリなんとか達成され続けているんですよね。ですから、伸び続けているとは思うんですが、うーん、指数としての伸びが低下したか?と言われると、微妙なあたりですねぇ……。
まとめ 株価には情報・経験・信頼も反映される
 企業の価値は、建物・設備といった単にパーツ代金の総額だけでなく、働く人たちの間で共有された情報・蓄積された経験・築いた信頼関係も大きい、そういったことも経済学は考えている、というのがとてもうれしく新鮮な驚きでした。
Part3 会社は一体だれのものか?
「この会社は、株価が企業価値のわりに安いために買収されそうだ」といった話題が、最近の新聞の社会・経済面にはよく登場しています。
Q. 「経済学者という“メガネ”を通して、ライブドアや村上ファンドなどを巡る報道を眺めたとき、どのように思われましたか?」(平林) A. 「単なる一従業員である経営者が、会社の持ち主面をして株式市場に“物言い”をつけるのは何かヘンじゃない?ということです」(小島)
日本の経営者の言動と、株式資本主義の「常識」
 
小島:
確かに堀江さんや村上さんはやりすぎたと思います。けれど、買収されそうになった企業の経営者のほうを見てみると、彼らが株式市場を「お金を吸い上げる場」としか考えずに、株主に対する配当を安くしていたから、不当に安い株価になってしまい、買収されそうになったわけです。
 株式資本主義の中では、経営者というのは“一従業員”“一労働者”にすぎないんです(図3)。でも報道を見ていると、まるで自分が会社の所有者であるかのように横柄に振る舞ったり、そのうえ、株式市場に「株価が安いからといって買収するな」みたいな“物言い”をつけたりすることが許されている。それはやはり日本の社会が全然成熟してないというか、日本で株式市場が機能してない証拠だと思うんですね。
 
図3
経営者は「会社の経営をする一従業員」のはずだが、まるで「会社の持ち主」のように見えるのが日本の実情
平林:
ライブドアや村上ファンドに関するニュース報道で、「会社はだれのものか?」なんていう言葉をよく見かけましたね。
 
小島:
村上さんや堀江さんの言っていることは、建前的にはおかしくないと思いますよ。彼らが何の目的で言っているかは別として、「会社は株主のものなんだから、株主の利益が最優先だろう」っていう彼らの言い分は、論理的には、すごくよくわかります。
 買収されそうになった経営者たちが会社を守ったやり方は、経済学的に見ればあまりよくなかったと思います。本来、株価とか配当とか、市場の仕組みを通じてやるべきことなので。でも結果としてみれば、企業が買収され切り売りされた場合の社会の損失を防いだという見方もできるかもしれませんね。
 
まとめ 「経営者」は単なる一従業員にすぎない!?
 株式資本主義の中では、経営者は“一従業員”“一労働者”にすぎない、というのはちょっと驚きでした。
 また、小島助教授が、「こういう見方もできる。その一方でこういう見方もできる」といった多面的な説明・感想を口にされることが多かったのが印象的でした。
File.2-1で学んだこと(平林純)
見えるものと見えないものとの間に「経済学」がある
 目には映りにくい「働く人の間のつながりといった社会的な価値あるもの」も、高い株価というカタチできちんとその価値が目に見えるモノにされているんだ、と実感してきました。私は、お金の話をするのも聞くのも苦手なのですが、そんなお金アレルギーが少し和らいできます。この調子で経済の勉強を続けていくと、いつの間にか“お金大好き”カネゴンになってしまわないか心配になってくるくらいです。
 次回も小島先生に、経済学の視点から「理系エンジニアの人生設計」や「理系がハマる経済学の魅力」といったことについて伺ってみることにします。
次回予告 File.2-2の掲載は8月9日、講師は引き続き小島寛之・帝京大学経済学部助教授です。
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  根村かやの(総研スタッフ)からのメッセージ  
根村かやの(総研スタッフ)からのメッセージ
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経済停滞の原因に関するコラムは、「第一線の技術者の人に会ったら聞いてみたかったんですよ」という小島助教授からの“逆質問”。「ムーアの法則は実現され続けているし……」と答える平林さんに「いろんな仮説がある中でこれは面白いと思ったんだけど、違うのかなあ」としばし考え込む小島助教授。エキサイティングなやりとりでした。
次回は「なぜ経済学者は人によってまちまちなことを言うのか」の理由(の一端)も明らかに?
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