火事場系エンジニアの武勇伝に点滅する危険な赤信号

「徹夜」「残業」「休日出社」などの言葉が日ごろ飛び交うエンジニアの仕事環境。火がついた案件を猛烈な勢いで対応したときに、大きな達成感とともに、終わったあと燃え尽きた感覚を味わったことはないだろうか？今回は200人アンケートをもとに、エンジニアにまつわる「火事場の馬鹿力」エピソードと、燃え尽きないための対処法をご紹介する。

（取材・文／藤井康宏　総研スタッフ／タニー只野　イラスト／小松恵）作成日：06.06.07

　「火事場の馬鹿力」はどのような場合に発揮されるのだろうか。エンジニア200人アンケートの結果、「納期に追いつめられた」、「他人のために頑張った」、「嫌味な上司や先輩などに負けじと頑張った」、「自分以外にだれもやる人間がおらず、孤軍奮闘した」の4つのケースに大きく分類できることがわかった。つまり、「納期」「貢献したい気持ち」「意地」「孤独」が火種となってエンジニアは火事場に突入するようだ。
　また火事場を乗り越えた後、「仕事に集中できない」「やる気がでない」など、いわゆる「燃え尽き」の状態を経験したことがあるか聞いたところ、全体の69％がYESという結果が出た。エンジニアの厳しい仕事環境を物語る結果といえるだろう。

　そして、その「燃え尽き」状態がどのくらいの期間続いたかを集計したのが右のグラフ。1日程度が約15％、1週間程度が22％と大半を占めるが、1ヵ月程度が16％、2～3ヵ月程度が13％、半年程度が6％、1年以上は7％と「燃え尽き」状態が中長期にわたって続いたケースも少なくない。過酷な業務の後、数日間、心身の疲弊感に見舞われるのは仕方のないことだが、それが数週間以上続く場合は注意が必要だ。「燃え尽き（バーンアウト）症候群」が長期化すると「うつ病」にいたる危険性もある。こうした状況に陥らないよう、以下、おのおのの火事場ごとの対処法を参考にしてほしい。

　開発競争の渦中にいるエンジニアは、いつも納期のプレッシャーと背中合わせ。ここではそんな納期と戦うエンジニアの姿から、納期ストレスとの付き合い方を考える。

　少しずつの遅れが重なり、納期までの日程がぎりぎりに。PC上の評価は終わったものの、実機評価は何が起こるか予想できない。毎日、朝8時に出社し、午前2時までバグチェックを続けた。とにかく体力の限界で、周りがまったく見えない。食事と睡眠と入浴以外は、仕事だけの日々。でも、あの集中力、とても充実していたのも事実だ。（回路・システム設計　28歳　女性）

　携帯電話のプログラムを日本で開発し、現地でテストを行うことになっていた。いざ現地テストを始めると、まったく動かない。バグ修正だけで1ヵ月以上費やしてしまい、残り3週間のところで、3日徹夜で3日帰るというスケジュールに切り替え、何とかテストを終わらせた。帰国後、体調を壊して2週間入院してしまった。ただ自分としては、やれば何でもできると自信のついた作業ではあった。（システム開発　34歳　男性）

　企業の開発競争は激しく、エンジニアはつねに納期のプレッシャーにさらされています。まじめで完璧主義のエンジニアほど、納期を死守すべく過酷な作業に埋没しがちですが、いくら頑張ってみても、自分ひとりの努力には限界があります。ひとりで納期ストレスを抱え込まずに、うまく他人を巻き込み、チームで分業しながら仕事を進めるように心がけてください。

（株）ライフバランスマネジメント
代表取締役社長　渡辺　卓

　立正大学の松原教授によって開発されたLAC法というカウンセリング技法があります。小さなカードやふせんに、仕事の案件だけでなく、家族の行事や恋人との約束、趣味や勉強など、「やりたいこと」「やるべきこと」を書き出し、それを表組みシートの上に張って、優先順位を考えてみるという手法です。カードに書き出すことで、漠然と思っていたことが視覚化され、頭の中が整理されます。
　また、企業で働くエンジニアにとって納期の厳しさはやむを得ないところがあるとは思いますが、あまりに納期のプレッシャーが強く、それが常態となっているような場合、職場自体に問題がある可能性もあります。そのような職場では、燃え尽きだけでなく、うつ病や過労死の危険性も高いので、上司や人事などによく相談し、それでも改善されないなら、転職を考えるのも自己防衛のためには必要なことだと思います。

　好意を抱く上司や先輩、同僚や部下のために、自分を犠牲にして頑張ってしまうエンジニアたち。ここでは、そんな他人思いのエンジニアの姿から、自己犠牲ストレスとのつき合い方を考える。

　前任者がダウンしてバグだらけのコードが残った。ほかの会社が作成したコードのバグ原因がどうしてもわからない。「納期が迫っている」と嘆く上司のために、約1ヵ月間、休みなしで毎日14時間労働を続けた。納品後、「何でも好きなものを食ってくれ！」と上司が中華料理屋へ連れて行ってくれたので、大好きなラーメンを食べた。肉体的にはつらかったが不思議と精神的には苦ではなかった。（システム開発　32歳　男性）

　お世話になっていた会社の総務部の人が当社にエンジニアとして採用されてきた。ところがエンジニアとしては経験も力も不足していて失敗続出。フォローや手助けを通り越して二人分の業務を1ヵ月ほど行うことになった。「命まではとられまい」と開き直ってから、信じられないほど効率的に仕事をすることができたが、納期の翌々日に電車内で倒れた。しかし、納期との戦いとは違い、どこか快い感触があったことを覚えている。（システム開発　36歳　男性）

　自分よりも他人を優先しすぎてしまうとか、他人から頼まれると断れないといったタイプは、「本当はやりたくないのに断れない」という葛藤が心に蓄積していき、それが燃え尽きやうつ病の引き金になることもあるので注意が必要です。

　他人のために頑張ってしまう人は、自分に対する他人の期待を過剰に見積もり、その期待にこたえられないことを思い悩む傾向があります。期待にこたえられない自分を責め、「こうしなければならない」と思い込みすぎると、そこにばかり注意が向いて悪循環に陥ってしまいます。あるがままの現状を受け止め、開き直ってしまうことも必要です。

（株）ライフバランスマネジメント
代表取締役社長　渡辺　卓

　気にくわない上司や口の悪い先輩、同僚などへの敵対心を燃やして頑張ってしまうエンジニアたち。ここでは、そんな負けん気の強いエンジニアの姿から、敵対心がもたらすストレスとのつき合い方を考える。

　週末、日ごろから口の悪い先輩が「これ月曜の朝までに結果出して。まあ君にはできないと思うけど」と言った。確かに相当な無理難題だったが、土曜も日曜も朝6時に出社し、夜11時まで休憩もほとんど取らず実験に明け暮れた。その結果、日曜の昼には結果を出すことができた。じつは土曜の夜に上司がやってきて「おう、頑張ってるな」と声をかけてくれたのだが、そのことにとても励まされた。（光学技術　30歳　男性）

　あまり人を信頼しない上司がいて、彼に嫌味を言われるのがいやで、通常は2ヵ月かかる開発試作を1ヵ月で終わらせた。毎週ほとんど休日出勤だったが、計画していた旅行に行けるようにと頑張った。周囲の反応は、助けてくれる人が多く、人とのつながりを実感することができた。（機械・機構設計　38歳　女性）

　負けず嫌いで頑張るのは必ずしも悪いことではありません。そうした意地があったからこそ、難しい技術開発を成し遂げられたというエンジニアも多いと思います。
　しかしストレスやうつに強いのは、「自分は自分、他人は他人」と考えることのできるタイプです。自分と他人を比較したり、他人を強く意識しすぎるタイプは、勝ち負けに一喜一憂するのでストレスを感じやすく、うつにもなりやすい傾向が出ています。

（株）ライフバランスマネジメント
代表取締役社長　渡辺　卓

　ほかのストレスにも有効だが、「ストレス日記」をつけるという方法があります。上司に怒鳴られて頭にきたとか、悲しい思いをしたという体験を5行程度の短い文章につづっておき、そこに「怒り90%」「無力感80%」というふうに評点を付けておきます。それを1週間後、1ヵ月後に見直して評点を付け直してみる。これを続けていくと、同じようなストレス状況が起きたとき、「自分は何とか乗り切ってきたのだ」ということが感覚的にわかってきて、ストレスをため込みにくくなります。書くのが面倒くさい人は、メンタフダイアリーなど、無料で専用の自己カウンセリングができる日記サイトがありますし、ブログやSNSなどを使うのも便利でしょう。

　上司や先輩、同僚のサポートを受けられず、孤軍奮闘を続けるエンジニアたち。ここでは、そんな孤独なエンジニアの姿から、孤立のストレスへの対処法を考える。

　開発プロジェクトで、マネジャーと2人のリーダーが全然仕事ができず、リリースが遅れてしまった。仕方なく、その下だった自分が先頭に立ってプロジェクトを終わらせた。途中、マネジャーは失踪し、リーダーは逃げ、自分は連日の徹夜作業で胃潰瘍になった。本気でやばかった。（システム開発　32歳　男性）

燃え尽き期間　１週間ほど　何から手をつければよいかわからなくなって、パニック状態に陥ることがあった。

　プロジェクトに必要な人員の半分しか投入しない会社だった。そのためプロジェクトリーダーに負担がかかり、次々と退社。気がつけば、私が社内で一番のキャリアになっていた。総指揮官として赴いた現場は悲惨な状況で、1ヵ月間、睡眠時間0～3時間で働き続けた。しかも会社からは満足な資金も投入されず、私が貯金をはたいてスタッフの宿泊代やシステム運用の雑費を立て替えた。その後、会社は倒産。立て替えたお金も、一部しか返ってこなかった。（システム開発　37歳　男性）

燃え尽き期間　半年ほど　うつとパニック障害を発症し、長期の療養を行った。この業界から足を洗うことも考えたが、某研究所から共同研究を持ちかけられ、納期に追われない開発を行うようになって、症状は出なくなった。

　だれも助けてくれる人がおらず、自分が頑張るしかない状況に置かれている場合、グチをぶつける社外の友人関係をつくるなど、ストレスを発散できるセーフティネットを築いておくことが重要です。また、本当に人が不足していて、社員が次々と辞めてしまうような職場の場合は、労務管理上の問題になります。
　この点をはっきりと頭に置いて、自分だけで抱え込まず、人事や労働組合にと改善の相談を持ちかけることもひとつの方法です。燃え尽きやうつにいたるまで頑張ることは、広い視野に立てば、会社のためにならないのですから。

（株）ライフバランスマネジメント
代表取締役社長　渡辺　卓

　ストレスの軽減に、おしゃべりや笑いはとても有効です。また、メンタルヘルスの世界では、「ホンネでグチを言える社外の友人を2人もっていると、燃え尽きやうつが少ない」とも言われています。社内の先輩や同僚だとホンネを吐露しにくい部分もあるでしょう。ひとりで頑張るしかない状況から少しでも楽になるためには、そうした社外の友人、恋人や家族とのコミュニケーションの助けを借りることも大事なことですね。

　企業で働く30歳前後のエンジニアは、非常にストレスの高い状況下にあります。企業の開発競争は年々激しくなっていて、納期が非常に厳しくなっている。また、仕事量が多いわりに人員は少なく、昔は4～5人でやっていた仕事を1～2人でこなさなければいけない。また、派遣型のエンジニアの場合、職場の連帯感が希薄になっていて、孤立して頑張らなければいけない状況に置かれることも多いようです。

　それから、エンジニアに多い、まじめで完璧主義といった性格特性もストレスに拍車をかけています。近年では、上司と部下のコミュニケーションが希薄化しているため、過酷な業務に追われているにもかかわらず、ちゃんとした評価を得られないために、無力感や脱力感に見舞われてしまう。いわゆる「燃え尽き」の状態に陥ってしまいがちなのです。

　むろん企業の側も、そうした状況を放置しているわけではありません。労働組合と協力してメンタルヘルスに力を入れる企業も少なくありません。また、今年の4月1日からは労働安全衛生に関する法律が変わり、1ヵ月で100時間以上残業した場合、産業医の診断が義務づけられました。
　ただ、急成長してきたIT業界の一部など、人員拡大に人事の力が追いついていない企業もあります。労働環境のひどいところほど人事は無関心という傾向も。こうした場合、転職の可能性を含めて、自己防衛の策を打っていく必要があるでしょう。

　特に、燃え尽きの状態が、数週間以上続くような場合は注意が必要です。過酷な業務の後、数日間、脱力しているのは正常の範囲。しかも充実感があったのなら問題はありません。しかし、燃え尽きが数週間以上続いて、会社に行けなくなるとか、睡眠や食欲に異常をきたすなど、仕事や生活に支障をきたすようなら、うつ病の危険性もあるので、心療内科による治療が必要です。気軽に相談してみましょう。

　普段からストレスをためない工夫も必要です。まず、専門のストレステストを定期的に受けて、自分の状況をチェックしてみましょう。また、森林浴や釣りに行くなど、アナログの世界に浸る機会をつくる方法も有効です。

　ほかにも対処法としてしっかり睡眠をとり、娯楽や笑い、おしゃべりの機会を多くとり、ヨガや瞑想などでリラックスする。カラオケやゴスペルコーラスで歌うとか、音楽にあわせて腹式呼吸を行う音楽呼吸法などもお勧めですね。
　また、燃え尽きの症状では、燃え尽きた後、食事や睡眠が不規則になってしまうことが多いので、バランスの良い食事と、早寝早起きを心がけてください。早寝は難しくても早起きは頑張ればできる。朝早く起きて日光を浴びると、うつなどを抑制するセロトニンという脳内神経伝達物質が活性化されます。燃え尽き状態が続くようなら、まずは早起きから始めて、生活のリズムを取り戻してみてください。

（株）ライフバランスマネジメント
代表取締役社長　渡辺　卓
わたなべ・たかし●1956年生まれ。早稲田大学政経学部卒業後、コーネル大学で人事組織論を学び、ノースウェスタン大学でMBAを取得。その後、ペプシコ社、AOL、シスコ・システムズなどを経て、ネットエイジに副社長として入社。2003年にライフバランスマネジメント設立。早稲田大学理工学部講師、認定産業カウンセラー。日本うつ病学会会員。メンタルヘルスの悪化に悩む企業向けに、ＭＴＯＰなど予防・診断ツールの開発、各種研修・講演、コンサルティングなどを行っている。
著書に『会社のストレスに負けない本』（大和書房）。

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タニー只野(総研スタッフ)からのメッセージ

怒とうの忙しさのあと、なんとなくボーっとして仕事が手につかなくなることありませんか？で、「あのときの業務スピードはすごかったな……」とか、「残業時間過去最高記録！」とか無意味な余韻に浸ってみたり。アンケートではやっぱりというか、想像以上というか、とにかくハードな武勇伝がたくさん出てきました。このレポートを読んでくださった方、本当に体を大切にしてくださいね。