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やるべき仕事をやるからこそ、時間を生み出し夢をかなえた:プロ棋士になっても現役SE!瀬川晶司流ライフ×ワーク
 昨年11月6日、プロ棋士への編入試験第5局に勝利して、システムエンジニアの瀬川晶司氏がプロ四段となった。この快挙をメディアはこぞって取り上げたが、彼のSEとしての仕事と棋士としての夢の両立、2つの相互関係について言及したものは非常に少なかった。彼は現在でもエンジニアであり、そしてプロ棋士なのだ。
(取材・文/総研スタッフ 高橋マサシ) 作成日:06.02.01
瀬川晶司のライフ プロへの挫折を経てアマ、再挑戦でプロ棋士に
 現行制度でプロ棋士になるには、日本将棋連盟の「奨励会」に在籍し、基本的に26歳までに四段にならねばならない。四段からが「プロ」だ。それができなければ退会となり、棋士への夢は閉ざされる。奨励会を退会しながら再挑戦でプロになった棋士は、瀬川晶司氏が初めてである。
奨励会退会の挫折を乗り越えてアマ棋士に
棋士 瀬川晶司氏
社団法人日本将棋連盟
棋士
瀬川晶司氏


プロ棋士となった瀬川四段。将棋を始めたきっかけは小学校5年生のときにクラスではやったから。得意の戦法は「横歩取り」。プロまでの経緯をつづった『棋士 瀬川晶司』(日本将棋連盟)が発売された。

 中学3年生で中学生選抜将棋選手権に優勝した瀬川氏は、安恵照剛七段門下で奨励会に入会。高校卒業後は将棋一筋の生活をスタートさせ、22歳のときには三段となっていた。
  プロ(四段)になるには年2回ある三段リーグで、1位か2位にならねばならない。つまり年に4人しか突破できない狭き門で、26歳がリミットだ。瀬川氏は破れた。
「26歳にもなって何もない人生だと思いました。これまで対局した棋譜や資料をすべて捨て、もう将棋はやらないと決めました」
 その後「一般人」になろうと受験勉強を始め、翌年に神奈川大学第二法学部に合格した。皮肉なことに、ここから瀬川氏のアマ棋士人生がスタートする。

「大学1年になって落ち着くと、挫折感は消えていました。将棋に罪はないわけですし、純粋に指したくなってきたんです。誘われてアマチュア将棋を始めると、これが楽しくて仕方ない。奨励会に入る前の、プレッシャーのない将棋の面白さを思い出しました」

対局不足にはインターネット将棋を活用
 その後の瀬川氏の快進撃は現在まで続く。大学在学中の1999年にはアマ名人戦で優勝、2000年の銀河戦ではプロ相手に7連勝、社会人となった2002年にはアマ王将位戦で優勝した。
  「プロキラー」と呼ばれ始めた彼の活躍は注目を集めた。そんな中、ある将棋雑誌で「プロになりたい」と語ったところ、将棋界では賛否両論の意見が続出、一般紙(誌)が取り上げるほど話題となった。そして昨年2月、プロ編入を求める嘆願書を日本将棋連盟に提出し、実地試験が決定するのである。

 編入試験は7月18日から始まる6局となった。瀬川氏は11月6日の第5局で野秀行五段に勝利し、3勝2敗で念願のプロ棋士となった。
 しかし、会社に勤めながら勝ち続けるのは、実は尋常なことではない。瀬川氏自身も「アマ棋士はサラリーマンになると弱くなる」と語る。

「仕事で忙しくなるのはもちろんですが、実戦の機会が減るほうが痛いですね。特に私は実戦派ですので、帰宅後はもっぱらインターネット将棋で練習していました。ハンドルネームだけでも、続けるうちに相手の強弱は見えてくるもの。残業でどんなに遅くなっても、最低1局は指していました。
 土・日はアマの大会に出て、通勤電車では本の詰め将棋と、毎日が将棋。でも、将棋漬けのアマ棋士って、珍しくないんですよ」

瀬川晶司のワーク SEとしての業務と応援してくれた仲間たち
 「サラリーマンの夢が実現」などと報じられる瀬川氏のプロ合格。ただ、彼がどんな仕事をし、どのように将棋と両立させてきたのかは意外に知られていない。大学卒業後はNEC系列のSIerに入社し、現在ではシステム開発のヘルプデスクとして、リーダー的な仕事を続けている。
SEを目指して就職。仕事を優先するのは当然のこと
 就職するにあたって瀬川氏が希望したのは、コンピュータ業界のシステムエンジニアだった。法学部だが受講していた情報処理の授業で興味がわき、SEを目指したのだという。入社したのはワイイーシーソリューションズ。企業や自治体のシステム構築・運用、ASPやアウトソーシングなどのサービスを行っている。

「最初の配属は経営企画部でしたが、社内情報システムの運用やメンテナンス、あるいは社員にシステムの使い方をレクチャーするなどが主な業務でした。その後部署名は変わるのですがほぼ同じ内容の業務を続け、一昨年から現在のシステム開発事業部で働いています。主に社内SE的な仕事です」


 肩書にあるBPOとは「ビジネス・プロセス・アウトソーシング」の略。社内でヘルプデスクを担当していた経験から、現在では自治体に導入した情報システムのヘルプデスクを、メンバー4〜5人を束ねるリーダーとして担っている。
「残業で帰宅が夜の10時、11時になったり、アマ大会と休日出勤が重なって仕事を優先させたこともありました。ただ、仕事ですから当然のこと。会社員ですし、エンジニアですから」
上司や同僚がサポートしてくれた「転職」活動
 瀬川氏はプロ編入に向けた行動を起こすとき、当初は会社には内緒で進めようと思ったそうだ。しかしマスコミが大きく取り上げたため、上司や同僚の知ることとなってしまった。

「だって、ある意味では『転職活動』じゃないですか(笑)。大っぴらにできないと思ったんです。でも、編入試験が決まったら皆が『がんばれ!』と言ってくれました。上司は私に振る仕事を別に回したり、メンバーなら私の担当を受け持ってくれるなどです。
 編入試験が行われる日はすべてが休日ではありませんし、対局直前は欠勤せざるを得ない日もあります。社内の理解とサポートが、大きな原動力になりました」


 このようにしてエンジニアと将棋との両立を続け、最終的には仲間の応援もあって、瀬川氏はプロ棋士となった。では、今後もSEと棋士との二足のわらじを続けるのだろうか。
「まだわかりません。編入試験を受けることが決まり、会社と相談して、合否にかかわらず今年の3月までは勤務することにしました。その後については、話し合いを進めている最中です」
SE 瀬川晶司氏
株式会社ワイイーシーソリューションズ
システム開発事業部 BPOセンター
瀬川晶司氏


大学卒業後はSEを目指す。勤務先では主に社内情報システムに携わり、現在はメンバー をまとめる役割で自らを「スーパーバイザー」と語る。初級システムアドミニスト レータの資格をもつ。
瀬川晶司氏がプロ棋士になるまで
瀬川晶司流ライフ×ワーク エンジニアの皆さん、好きなら夢はかないます
 将棋と技術、あるいは棋士とエンジニアとの共通点はあるのだろうか。また、エンジニアを続けながらもプロ棋士となった、その要因とは何だろうか。瀬川流ライフ×ワークの原点は、「好きなことをする」の一点だった。
先の手を読む将棋はまるでプログラミング
瀬川晶司氏
 将棋の世界は「先の読み合い」だ。自分が読んだ2手、3手先を相手が読んでいれば勝負に負けてしまう。
  「先の手を読むには頭の中に将棋盤を置いて駒を動かし、何とおりもの中からいちばんよい棋譜を考えます。ただ、すべての手を考えていたのではきりがありませんから、例えば100のうち95は捨て、有力な5を読みます。それが4〜5手先の場合もあれば、100〜200手先の場合もあり、局面によりさまざまです。これはプログラミングに似ていると思いませんか?」
 エンジニアと棋士との共通点への問いに、しばらく考えた瀬川氏はこのように答えたのだ。

「初心者はとにかく書き始めてしまい、時間を無駄にして、でき上がったプログラムも質がよくない。しかし、経験を積んだ優秀なプログラマなら、先々まで手を読んで、効率的で美しいソースコードに仕上げます。奨励会にもプログラマとして活躍されている方が多くいますから、何か思考的な類似があるのかもしれませんね」

  また、将棋には定石があるが、文字どおりだれもが知っている情報なので、棋士にはそれを踏まえた独創性が求められると瀬川氏は語る。基礎情報の取得と創造力の発揮という点でも、棋士とエンジニアは似ているのかもしれない。
本当に好きなことならば、時間はおのずと生まれてくる

瀬川四段のプロデビュー戦
瀬川四段のプロデビュー戦
12月12日に竜王戦6組で行われた。相手はNEC将棋部でチームメートだった清水上徹アマ(右)。一緒に団体戦を戦ったこともある仲間だが、105手で瀬川氏が下した。
 一度はあきらめたプロ棋士という夢。それを実現させた第一の勝因とは何か。瀬川氏は好きなことを続け、そのための時間を捻出したからだという。
「将棋には無限の変化があります。今までに何十億、何百億という対局があったわけですが、ひとつとして同じ棋譜はないと言われています。だから難しいわけですが、だからこそ飽きないですし、いつ指しても新鮮なんです」

 好きなことが苦にならないとは、まさにこのこと。瀬川氏の場合は将棋だったが、技術でも趣味でも、誰にでも好きな何かはあるはず。しかし、多忙な毎日に流されてしまうエンジニアも少なくない。

「私は、時間はあるものではなく、つくるものだと思っています。朝早く起きて将棋盤に向かい、通勤電車では本を読み、夜はネット将棋と、わずかな時間を見つけて将棋に使ってきました。ただ、自分にノルマを課していたのではなく、いつの間にか習慣になっていたのです。それは、将棋が楽しいからです」

 瀬川流ライフ×ワークは「好きな将棋」を中心に動いている。やるべき仕事は続けながら、強制されたわけでもなく、そのための時間を生み出してきた。自分が本当に喜ぶ時間をもつためなら、だれでも瀬川晶司になれるはずだ。
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  高橋マサシ(総研スタッフ)からメッセージ  
高橋マサシ(総研スタッフ)からのメッセージ
瀬川さんは物腰がやわらかく柔和な方で、とてもピュアな印象を受けました。35歳の男性に失礼かもしれませんが、「好青年」と呼ぶのがぴったりです。しかし、私が何げなく「テレビで見るだけですが、棋士の方って変わり者が多そうですね」(失礼!)と発した言葉に、「変わっていないと人に勝てませんから」と不敵な表情になって答えました。一瞬でしたが、とてもいい顔をしていました。これからもエンジニアを続けてください!

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