プロ論。

なぜ、あの人はいい仕事ができるのか。 第一線で活躍する人物の「こだわりの仕事術」を紹介します。

人の役に立ちたい。そう思って自分を犠牲にするほど、僕はいい人じゃない

是枝裕和さん(映画監督)
これえだ・ひろかず●1962年、東京都生まれ。早稲田大学文学部卒業後、番組制作会社「テレビマンユニオン」に所属。ドキュメンタリー番組のディレクターとして活躍し、95年『幻の光』で映画監督デビュー。2004年に公開された『誰も知らない』は、カンヌ国際映画祭最優秀男優賞、第78回キネマ旬報ベスト・テン日本映画ベストワンに輝くなど、国内外で高い評価を受けた。監督作品はほかに『ワンダフルライフ』『花よりもなほ』『歩いても歩いても』など。
2009年9月23日

『ワンダフルライフ』『誰も知らない』など、
映像を通じて、人間の深淵を
描いてきた是枝監督。
その最新作は『空気人形』。
恋人の代用品として作られた人形が、
「心」を持ってしまう話だ。

自分の中の変化を受け入れることを、「成長」という

人は心を持たないほうがラクなんですよ。心を持つということは辛いことですから。職場でもどこでも、心を閉ざして表面だけで笑ってるほうが絶対にラク。でも、そうやって心を閉ざして生きているとつまらないんですよね。それは、自分の中に何にも入ってこないってことだから。

空虚感ってあるでしょ。「空っぽ」っていうと、なんだかよくないイメージを持ってしまうけど、一概に悪いことじゃない。空っぽだからこそ、何かが入ってくる可能性があるともいえるわけで。でも、空っぽな部分に自分ひとりの力で何かを入れようとしても、満足感は得られない。なぜなら、自分では同じものしか入れられないからなんです。

映画の中で「空気人形」は心を持つんだけど、彼女は最初、自分の中に空気しか入っていないことにコンプレックスを感じています。それが好きな人に息を吹き込んでもらって、その人の息で自分の中が満たされたとき、初めて豊かな気持ちになっていく。ポンプを使って自分で空気を入れていたときには、ちっとも満たされなかったのに、好きな人から膨らましてもらって満足感を得るんです。

人って、誰かと接することで作られていく生き物なんだと思います。今、僕がこうして何らかの話ができるのも、これまでいろんな人と接して、さまざまなことを教えてもらったから。僕だけじゃない。みんなそうでしょ。小さいころから、たくさんの人と接することでいろんなことを覚えてきましたよね。

人と人との関わりってすごく大事なことなんですよ。人と関わりを持つと、次の瞬間、風景が変わって見えるのね。そんなふうに「自分の中の変化を受け入れる」こと。そういうのを「成長」っていうんだと思う。

人がほかの動物と違うのは、一人では生きられないってこと。ほかの動物はポンと一人で放り出されても生きていけるけど、人はそのへんの能力が壊れちゃってる。そういう社会的な動物だから、誰かの役に立てたら嬉しいし、立てなかったら寂しく感じるんでしょうね。

映画の中で「空気人形」は、自分が恋人の代用品であることに気づいて深く傷つくんだけど、結局、それでもいいから誰かの役に立ちたいと思うようになる。代用品なんて、嫌に決まっているのに。それくらい人の役に立てないってことは、不安やむなしさを覚えるものなんですよね。

でも、それで本当に満足できるのかと言うと、違う気がする。少なくとも僕の場合は、そんなにいい人じゃなかった。この世界に入ったころ、全く人の役に立たなかったけど、そのために自分を犠牲にするなんて、考えもしませんでしたから。


映画を撮り始める前は、番組制作会社で
ドキュメンタリーの名手として活躍していた。
しかし、入社当初は仕事が辛くて
何度も出社拒否をしていたとか

今、ここで否定されているのは、僕じゃない

実は僕にも、心を閉ざしていた時期があるんです。この世界に入って3年間は、完全に心を閉ざして仕事をしていました。

そもそも番組制作会社に入ったのは、映画を撮りたかったから。でも、いきなり映画業界に入るのは難しいし、テレビも好きだったので番組制作会社を選んだんです。でも、すぐに失望しました。雑用ばかりさせられたから。僕は最初からクリエイティブな仕事につけると思っていたんです。作品を撮ったことなんてなかったのに、自分なら撮れると思っていた。根拠のない自信に満ちあふれていたんです(笑)。

だから、先輩ディレクターから「タバコ買ってこい」って言われると、そんなことして何の意味があるんだと思ってね。しかも、それを隠すことができなくて、顔や態度に出てしまっていた。本当に生意気で嫌な奴でした。

そんな調子だから、職場では全く何の役にも立たなくて。「お前の代わりなんていくらでもいるんだ」とディレクターから言われても、ヘラヘラ笑ってました。「今、ここで否定されているのは、僕じゃない。本当の僕は、ここにはいない」と思うことで、何とかやり過ごしていたんです。

青森までロケに行って、「お前がいると邪魔だ、帰れ」と言われたこともありますよ。どうしていいかわからなくて、思わず付き合っていた彼女に電話しました。「オレ、帰ってもいいかな」って(笑)。覚えてるだけでも、3回は出社拒否したかな。3カ月ほど引きこもって会社に行かなかったこともありましたね。

逃げるように訪れた長野の小学校で、大歓迎されて

そんな僕が心を開くようになったのは、やはり仕事がきっかけでした。長野にある小学校に行ってビデオカメラを回し始めたんです。番組にする予定なんかありません。全くの自主制作。その小学校は教科書を使わない授業をする変わった学校で、なんとなく興味を持ったので取材を始めたんです。

会社で人格を否定されて逃げるように長野に向かった僕を、子どもたちは大歓迎してくれた。「今日はどの班が、是枝さんと給食を食べるか」なんて、僕を奪い合ってくれたりね。職場とは真逆の反応ですよ。もう嬉しくて、ずっとここにいたいと思った。でも、そこにいさせてもらうためには、学校の先生や子どもたちの親とも、きちんとコミュニケーションを取らなくてはならない。それで、取材交渉の仕方や撮影方法などを一生懸命考えるようになった。そのうちに、これだけみんながよくしてくれたんだから、絶対いい作品にしたいとも思うようにもなっていった。

結局、その作品は放映されることになったんですけど、それだけでは返しきれない大きなものを僕に与えてくれました。社会性のなかった僕を社会に押し出してくれたし、自分はドキュメンタリーを撮るのが好きなんだと気づくこともできた。僕はそこで、自分の道を見つける足掛かりをもらったんです。

自分の仕事だと思えたものは、徹底的に頑張ってきた

このやり方がいいとは思ってませんよ。会社としては、こんな勝手なことされたら困るでしょうし、決してお勧めしません。僕のようなむちゃなマネをしなくとも、雑用も仕事だときちんと向き合って、ちゃんとプロになった人も大勢います。僕は極端に社会性がなかったから、こんなズルい方法しか取れなかったんです。

ただ、自分で自分を褒められることがあるとするならば、僕は「これは自分の仕事だ」と思ったら、徹底的に頑張ってきたんですね。情報番組のアシスタントディレクターとしては、全く役に立たない使えないヤツだったけど、自分がこだわったものに対しては心底愛を注ぐことができた。

僕にとってドキュメンタリー番組や映画は、仕事というより趣味。だから朝まで仕事していても全然苦にならない。息抜きなんてなくても平気なんです。逆に言うと、仕事だからと割り切って興味のないことはできません。体が受け付けませんから。本当にじんましんが出てしまうんですよ。

「自分のもの」と思える仕事か。僕にはこのことが、人の役に立つことより大事だった。社会性のなさに自分でもあきれますが、ひとつ言えるのは、そういう仕事の選び方をするようになってからは、辛いと思ったことは一度もないということ。「自分のもの」のためだったら、どんな厳しいことでも乗り越えられるってことなんですよ。

information
是枝裕和監督作品
『空気人形』

さえない独身男性が、恋人の代用品として購入した「空気人形」。男性が毎日話しかけるうちに、人形は「心」を持ってしまう。持ってはいけない心を持った人形は、男性が仕事に出ている間、外に出かけ、さまざまな人と接し心を通わせていく。やがてレンタルビデオ店で知り合った男性と恋に落ちるが……。さまざまな人生を撮ってきた是枝監督が「生きる意味」「人とのふれあいの大切さ」をテーマに9年の歳月を経て完成させた話題作。生きていてもつまらない、何のために仕事をするのかわからない、孤独でたまらないと感じている人、必見の映画だ。

監督・脚本・編集/是枝裕和 原作/業田良家『ゴーダ哲学堂 空気人形』 出演/ペ・ドゥナ、ARATA 、板尾創路、オダギリジョー、高橋昌也、余貴美子、岩松了、星野真理、寺島進、富司純子 配給/アスミック・エース
2009年9月26日より全国順次公開

©2009 業田良家/小学館/『空気人形』製作委員会 写真/瀧本幹也

EDIT/WRITING
高嶋千帆子
DESIGN
マグスター
PHOTO
栗原克己

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