人生って、どうなるかわからないものですよね。僕は普通に就職しようと思ってたんです。でも、就職活動の時期にたまたまオイルショックが起きて、売り手市場が一変、ひどい就職難になってしまった。

成績優秀な人はちゃんと就職してましたけどね。僕は真面目な学生じゃなかったから、就職先がなかったんです。それで、これからどうしようかと思っていたときに、中村雅俊さん主演のドラマ『俺たちの祭り』を観た。若者たちがアルバイトをしながら劇団に入り、青春を謳歌するという話なんですが、あまりに楽しそうなんで、若いうちはそういうことをするのもいいかもしれないなと思いましてね。

さっそく書店に行き、劇団員の募集が載っている雑誌をパラパラと見ていたら、「大江戸新喜劇」という劇団に目が留まった。観に行くと三宅裕司さんが主演でした。シェイクスピアだと難しそうだけど、喜劇ならなんとなくできそうでしょ。それでオーディションを受けにいったら、なんと合格。そりゃそうです。2人しか受けてなくて、2人共受かったんですから（笑）。

でも、親に役者になりたいなんて言っても納得してもらえない。東京に残る口実として楽器店に就職して、しばらく楽器の営業と劇団員という二足のわらじを履いていました。結局、両立するのは難しくて、会社のほうはすぐに辞めてしまいましたけど。役者のほうが断然面白かったですしね。

「大江戸新喜劇」に入団して1年半ほど経った時、三宅さんが「自分で劇団を作るから一緒にやらないか」って声をかけてくれたんです。それが「劇団スーパー・エキセントリック・シアター」（ＳＥＴ）でした。

僕を含め、「大江戸新喜劇」に所属していた劇団員の半分が三宅さんについて行ったんですよ。三宅さんには、昔からみんなを引きよせる求心力みたいなものがありましたから。

例えば、まだＳＥＴを立ち上げて間もないころ、劇団以外で役者の仕事をさせてもらったことがあるんです。企業の研修ビデオだったんですが、セリフもあった。気合を入れて臨んだのに監督さんから何度もダメだしされて。結局「キミ、もういいや」って、その場で自分のマネージャーに替えられちゃいました。ショックでね。ひどく落ち込みました。次の日、劇団のけいこ場に行って、仕事を回してくれた三宅さんに謝ったんです。「うまくできなくてすみませんでした」って。そしたら三宅さん、「今、失敗しておいてよかったんだ」っていうんですよ。20代でなかなかそんなこといえませんよね。そんな風に、いつも僕たちの気持ちを楽にしてくれていた。不安も相当あったんじゃないかと思いますけどね。そんなことは、おくびにも出さなかった。

そういえば、三宅さんが「オレ、売れるよな？　こんだけ金かけたんだもんな」って、誰に言うでもなくつぶやいてたことがありましたね。いろんなものを観て聴いて、自分自身にずっと投資していたんでしょうねえ。もともと素質はあったんでしょうけど、自分でも相当の努力してきたんだなと思いましたよ。

支持されてきた理由ですか。振り返ってみると、ＳＥＴはずっとお客さんのことを第一に考えていましたね。劇団って、自分たちが楽しければいいやって感じがあるでしょう。でも、三宅さんには最初からそれがなかった。まずはお客さんありきで、台本を見ては「この部分、お客さんが飽きないかな」って、いつもそればっかり言ってましたね。お客さんが飽きないように何十秒に一度は必ずギャグを入れるとか、いろいろと工夫をしていた。芝居だけでなく、歌、アクション、タップダンス、ジャズ演奏など、いろんな要素を盛り込むようになったのもそのためです。この姿勢は30年間ずっと変わらないですね。

結局、お客さんのことを考えるっていうのは、自分たちのやる気や楽しみにつながるんですよ。だから、みんな三宅さんの考えに賛同してきたんだと思う。僕自身もそうですよ。お客さんが笑ってくれるから、舞台に立つ気力が生まれるんです。それがないと、恐ろしくて出られませんよ。

とはいっても最初のころは、お客さんが数人しかこなくって、「出演者のほうが多いじゃねえか！」なんてこともありましたけどね（笑）。そのころはみんな貧乏でね。僕なんか3畳一間で9000円の部屋に住んでいました。その後引越した部屋は、傾いた4畳半。まあ、楽しかったから、そういう生活も苦にはならなかったですけど。

ただ一度、ものすごく将来が不安になって、大学の先輩に相談したこともありましたね。そしたら、「大丈夫。売れるかどうかはわからないけど、お前は一生懸命、前を向いて歩いている。だから、食べてはいける」って言ってくれて。それで気が楽になったのを覚えています。

僕は、舞台ではボケ役なんですけど、これも三宅さんが引き出してくれたものです。ある舞台で、台本に空白部分があったんです。稽古の時「この部分、どうすればいいんですか」って、三宅さんに何度も尋ねたんですけど教えてくれない。「オレはこういう役で、お前はこういう役。ストーリーは決まってるんだから、普通にやれば何とかなるだろう」って。それで本番のとき、空白部分をアドリブでやったらドッカンドッカンうけちゃって。それからは、アドリブでいろんなボケをするようになりました。三宅さんには、人を見抜く力があるんですよ。ほんと感心しますよ。30歳やそこらで、その人のいいところがわかっちゃうんだから。僕はそんな三宅さんについてきただけ。まあ、そういうすごい人を見つけてついていくっていうのも生き残るコツかもしれません（笑）。

これまで「この仕事向いてないな」と思ったことは何度もあります。僕は極度のあがり症なんです。舞台はまだいいんですよ。1カ月くらいみっちり稽古すれば、「あれだけやったんだから、大丈夫」って思えるから。でも、バラエティ番組ではそういうわけにはいかない。ずっと緊張しっぱなしです。あがったまま出て行って、わけがわからなくなっちゃって、もうしゃべらない。そんなことも多いです（笑）。

だから、新しい仕事をするときは、いつも怖い。失敗したらどうしようって思います。でも、逃げ出すわけにはいかないでしょう。仕事ですからね。「失敗するのが怖いから、この仕事やりません」なんて言ってたら、もう依頼がこなくなっちゃいますから。

なんだかイヤイヤ仕事しているみたいですが、基本的には嬉しいんですよ。でも僕はものすごく後ろ向きな性格なんです。始まる直前まで、「もうダメだ、できない」と言っている。でも仕事って面白いもので、始まりはどうあれ、手掛けた仕事が次につながると「いい仕事をしたな」って思えるんですよ。「小倉さん、この前はどうも。またお仕事、お願いします」っていう言葉がもらえると最高ですよ。「やってよかったな」ってつくづく思います。その繰り返しで、少しずつ少しずつ前に進んでいければいいんじゃないかと思っているんですよ。