プロ論。

なぜ、あの人はいい仕事ができるのか。 第一線で活躍する人物の「こだわりの仕事術」を紹介します。

夢を追うのは、素晴らしい。でも、追っかけるだけじゃ、食えないんですよ

柳家喬太郎さん(落語家)
やなぎや・きょうたろう●1963年、東京都生まれ。日本大学高等学校卒業後、日本大学商学部に進学。在学中は落語研究会に所属する。卒業後は書店勤務を経て、柳家さん喬師匠のもとに弟子入り。落語家の道に進む。29歳で二つ目に昇進、その7年後には、12人抜きで真打に昇進する。『国民ヤミ年金』『すみれ荘201号』『寿司屋水滸伝』『巣鴨の中心で、愛をさけぶ』『ハワイの雪』など、個性的な新作落語でも有名。平成17年〜19年、国立演芸場花形演芸大賞(3年連続)、平成17年度文化庁芸術選奨文部科学大臣新人賞(大衆芸能部門)
2009年8月5日

大学では落語三昧。
学生落語選手権で
優勝するほどの腕前だった。
しかし、落語で食べていく気はなく、
卒業後は書店員になった。

落語で食べていこうとは思わなかった。こわかったから

大学には、落語をしに行ったようなものです。中学のころから落語が好きでしてね。とにかく、よく聴いていました。きっかけは何でしょうねえ。たまたま同級生に落語好きの友人がいたから、彼の影響があったのかもしれませんね。

私はひとつのことに興味を持つと、のめり込むタイプ。高校の時には、「大学で落研に入るんだ」って決めていたんです。だから学部は何でもよくて、一番入りやすかった商学部に進学しました。商売なんて全然興味なかったんですけど。

それで大学に入学してすぐ、落語研究会の門を叩いたんですが、先輩からずいぶん驚かれましてね。当時、落研なんていったら、自分から入るものじゃないんです。だまして入らせるサークルなんですよ。「半分、女子部員です」なんて、ウソの垂れ幕をしゃあしゃあと出していましたから。実際入ってみたら、女子部員は32人中4人。全く、ひどいもんですよ。

でも居心地はよかったんですよ。みんな、ほどほどにやる気がなくて(笑)。ほとんどがだまされて入って、そこから落語が好きになった人ばっかりでしょ。変に入り込んでなくていいんですよ。OBになってから、先輩に言われたことがあるんです。「実は、お前は辞めさせようと思ったんだ」って。理由は「サークル中で飛び抜けて落語に詳しいから」だって(笑)。そんな調子だったから、雰囲気もよくてね。楽しくやれたんですよ。

老人ホームの慰問なんかにも行きました。なかには成人式の式典で落語をやってほしいなんていう依頼もありましてね。喜び勇んで出かけて行って、一席披露して、自分の成人式に出なかった、なんてこともありました。後悔しましたけどね。成人式くらい出ときゃよかったなって(笑)。そのくらい落語が好きで好きでしょうがなかったんですねえ。

だけど、落語で食べていこうとは思わなかった。こわかったんです。好きだっただけに、畏怖の念があった。それに僕は、普通の人生が送りたかったんです。安定した仕事を持って、結婚して、子どもを作って、ってね。舌先だけを頼りに家族を養っていくなんて、そんな人生、恐ろしくてとても選べなかったんですよ。

実は4回生の時に、一度だけプロになりたいと思ったことがあります。学生落語選手権で優勝しましてね。演目は、落語に対する自分の思いを込めた新作でした。それが評価されたわけですから、自分の4年間は間違ってなかったんだと本当に嬉しくてね。そのときは、プロになりたいと、ちらっと思いました。でも、やっぱりね、こわかったんですよ。

それで卒業後は、書店に就職しました。本が好きだったし、ちょうど叔父が古本業を営んでいたこともあって、将来は書店を開くのもいいかなと思ってね。そんな夢を描きながら、1年半、書店員をやっていました。

その間、高座に上がったのは2回だけです。なるべく落語から離れようとしていましたから。書店を開業する夢もあったし、せっかく書店員になったのだから、その仕事に集中したいとも思っていた。中途半端に取り組んだって、得るものは何もないですからね。友達で「オレは才能ないから、サラリーマンになった」と言った奴がいたけど、それは仕事に失礼でしょう。そういうのは嫌だったんですよ。

まあ、全く成果は出せませんでしたけどね。僕が担当すると前年比を割ってしまって。でも、書店員の仕事は好きでしたよ。いつかは店を持ちたいという書店員としての夢も持っていましたしね。

それでも、会社を辞めたのは、やっぱり落語が忘れられなかったんですねえ。死ぬ時に後悔したくなかったんです。書店員だったことは、当時も今も、誇りに思っています。でも、もっともっと落語が好きだったんです。


会社を辞めた喬太郎さんは、
柳家さん喬師匠のもとに入門する。
25歳の時だった。

せっかく生まれてきたんだから、やりたいことは全部やりたい

師匠に弟子入りしてすぐのことです。師匠が「嫌いなものはあるかい?」って私に聞くんですよ。それで「納豆がダメです」って言ったら、翌日「よし、昼メシに買いに行こう」って。納豆嫌いに納豆食わすなんて、死ねって言ってるようなもんですから。意地悪してるのかと思いましたよ。

そしたら師匠が言うんです。「お前ね、これから噺家としてやっていくなら、お客様や先輩方とのお付き合いもある。そんなときに、あれ食えない、これ食えないじゃ、話にならないよ」って。好きなことをさせてもらっているなら、辛抱しなきゃならないこともある。師匠は、それを一番初めに教えてくれました。

それからは、食うためにはどんな仕事でも厭わずやるようになりました。おかげさまで、今でこそ、知る人ぞ知るマニアックな落語家として、ファンになってくださる方もいる。たまにはテレビにも出させてもらえるし、雑誌でも連載を持たせてもらってる。でもね、ここにくるまでは、いろんなことをやりましたよ。キャバレーの仕事もやったし、エロアニメの声優をやったりもした。仕事がないのにカミさんと子どもを抱えて、パチンコ店に通ってた時期もありました。ほとんど負けてましたけど。妥協したこともたくさんあったし、落語家を辞めてしまおうかと思うこともあった。だけどね、どんなに辛いことでも、好きなことのためなら我慢できるんです。これは、どんな仕事にも通じることだと思いますよ。

夢を追うのは、素晴らしいことです。でも、追えばいいってわけじゃない。夢を追っかけてるだけじゃ、飯は食えないんです。地に足をつけた部分が必要なんですよ。誰かが「一つの目で空を見て、一つの目で地面を見る」って言ってたけど、夢を見る一方で、生活のことも考える。この両輪がなくちゃ、ダメなんです。

もう一つ、好きなことを仕事にするときに、覚悟しなくちゃならないことがある。それは、趣味がなくなっちゃうってこと。今でもたまに、「なんでこんな商売についちゃったんだろう、この世界に入らなかったら、ただの落語ファンでいられたのに」って、思いますよ。趣味を仕事にするってことは、そういう辛さもあるんですねえ。

今回、『斎藤幸子』という作品で、初めて演劇の舞台に立たせてもらいます。私は演劇を見るのが昔から大好きだったから、話をもらったときは本当に嬉しかった。でも一方で、芝居はこれっ切りにしたいという気持ちもある。だって、趣味がまた一つなくなっちゃうんだもん。

それでも挑戦したいと思うのは、やっぱり死ぬ時に後悔したくない、せっかく生まれてきたんだから、やりたいことは全部やりたい、と思うからなんでしょうね。

年とってくるとね、新しいことをやるのがめんどくさくなるんです。緊張もするしね。でも一方で、「45歳になっちゃったよ」っていう思いもある。私が25歳で弟子入りした時、さん喬師匠は41歳だったんです。それ考えると、「オレ、もう45歳だよ、何やってんだろう」と思いますよ。「まだまだ全然できてないぞ」って。もっとたくさんのネタを覚えて、それを何度も練り直していかなきゃならないのに、もう時間ないよって。

今度出る舞台の『斎藤幸子』の主人公は、毒カエルにかまれて死ぬ思いをしたら、高校に行く意味がわからなくなっちゃって、学校を辞めてしまうんです。でも私だったら、明日死ぬとわかったら、真っ先に「高座に上がらなきゃ」って思います。そういう仕事につけたことは、すごく有難いことですよね。でも、そのためには努力を続けていかなきゃならない大変さもある。80歳過ぎてもネタを仕込んでいた、なんて方もいますからね、この世界。ああ、芸に終わりはないんだなあって、つくづく思いますよ。

information
パルコ・プロデュース『斎藤幸子』

2001年に劇団「ラッパ屋」で上演され、大好評を博した『斎藤幸子』。柳家喬太郎さんが初めて演劇に挑戦することでも話題の舞台だ。「私以外は皆さんベテランの役者さん。私は、演劇については何にもわかりませんので、立場は前座です。でも、縮こまっていては、何のために喬太郎を使ったんだか、って言われちゃいますから。じわじわっと自分の味を出していきたいです。加齢臭のようにね(笑)」と喬太郎さん。東京の下町を舞台に、個性的な面々が迷いながらも、自分に正直に真っ直ぐ生きていく様を描く。いろんな幸せの形を知ることで、自分にとっての生きる意味を教えてくれる素敵な作品だ。仕事や人生に迷ったとき、疲れたときにぜひ。

作:鈴木聡 演出:河原雅彦
出演:斉藤由貴、粟根まこと、千葉雅子、明星真由美、中山祐一朗、 松村武、弘中麻紀、小林健一、鬼頭真也、伊藤正之、柳家喬太郎、きたろう
会場:ル テアトル銀座
公演日程:8月14日(金)〜8月30日(日)

問い合わせ パルコ劇場 ☎03−3477−5858
http://www.parco-play.com

EDIT/WRITING
高嶋千帆子
DESIGN
マグスター
PHOTO
サギサワケン

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