プロ論。

なぜ、あの人はいい仕事ができるのか。 第一線で活躍する人物の「こだわりの仕事術」を紹介します。

にらみをきかした受刑者たちが、肩を震わし笑い出す。この瞬間がたまらないのよ

桂才賀さん(落語家)
かつら・さいが●1950年、東京都生まれ。高校卒業後、9代目桂文治師匠に入門を申し込むも「3年間自衛隊に行ってきたら弟子にする」と言われ、海上自衛隊に入隊。3年間の任期満了後、文治師匠門下となる。77年、2つ目昇進。78年、前座名・文太から古今亭朝次に改名。80年〜88年『笑点』の大喜利メンバー。85年、7代目桂才賀を襲名。83年、沖縄少年院への慰問を皮切りに、25年間全国各地の少年院、刑務所、拘置所への慰問を続ける。少年院篤志面接委員。88年、国立劇場金賞受賞。
2009年3月11日

刑務所の慰問を続けて25年。
全国各地を飛び回り、
訪問した数1000回以上。
もちろんノーギャラ、手弁当。
その情熱は、どこから来るのか。

笑いは救いであり、悔いるきっかけにもなる

「生きることを許されたものです」。こんな言葉で始まる感想文が送られてきたことがありましてね。文面から察するに、一審で死刑、二審で無期懲役になった受刑者なのかもしれないねえ。その感想文には、「自分のようなものが笑うことができるなんて、本当にありがたかった」と書いてあった。

当然ながら刑務所の生活は厳しい。朝から晩まで細かく時間管理されている上に、飴玉ひとつ、自由には食べられない。もちろん、罪を償わなくてはならないから、厳しいのは当然です。

だけどね、今の刑務所ってのは、どこも定員オーバーで、本来は6人用の雑居房に8人収容しています、なんてのがざら。なかには10人で入ってます、なんてのもある。布団の端を踏んだの踏まないの、些細なことでケンカが起きたりして、受刑者たちのストレスは相当なものなんですよ。そんな状態で自分の犯した過ちをじっくり反省するなんてことは、なかなか難しいんじゃないかと思うんですよね。だから、ほんのひとときでも笑うことができたというのは、彼らにとって救いであるとともに、自分の犯した過ちを心底悔いるきっかけになるんじゃないかと考えているんですよ。

笑ったり、泣いたりした方が、説法は心に残る

そもそも落語ってのは、説法がもとになってるんです。説法をそのまま語るのはお坊さん。だけど、普通に話をしただけでは、いくら有難くてもみんな飽きちゃって寝てしまう。そこで考え出されたのが、落語なんです。説法を心に留めてもらえるように、笑いという衣をつけよう、それが落語の始まりというわけです。

刑務所での慰問では、落語だけでなくコントもやります。『岸壁の母』をもじった『面会の母』というコントでね。はるばる遠くから母親が面会に来ているのに、自分はつまんないことでケンカして懲罰を食らい、会うことができない。刑務官に連れられて懲罰房に行く途中に、面会室にポツンと座っている母親の姿を見る、というストーリー。母親のありがたさに、それまで腹を抱えて笑っていた受刑者も、最後は肩を震わせて泣き出すんです。

人というのは不思議なもので、一方的に有難い話を聞くより、笑ったり泣いたり、感情を揺すぶられながら聞くほうが、より強く心に響く。心の奥底にずっと残るんですねえ。

いろんな縁が積み重なって、今がある

こんなアタシが少年院や刑務所の慰問を始めたのは、25年前。かみさんの実家である沖縄に遊びに行ったのがきっかけでした。

かみさんは地元の友人たちと遊びに行ってしまって、アタシだけすることがない。そこで、老人ホームの慰問をすることにしたんですな。

実は、噺家にとって慰問は珍しいことじゃないんです。特にあちこちからお呼びがかからない前座(注:落語家は、見習い、前座、二つ目、真打と昇進していく)の時は、場数を踏むために老人ホームで経験を積ませてもらうことがよくあるんですよ。

アタシはすでに二つ目になっていましたけど、とにかくヒマなんで沖縄県庁に電話して、老人ホームの慰問をさせてほしいと話をしました。アタシは当時、『笑点』の大喜利メンバーだったので、ちょっとは顔が知られていたんです。向こうさんも喜んでくれましてね。次の日から5日間、老人ホームの慰問に行くことになったんです。

で、驚いたのが、最後の日。老人ホームの隣にある少年院にも慰問に行ってくれないかと言うんですよ。さすがに落語家が少年院の慰問をするなんて聞いたことがない。そんな簡単に許可が下りるものかねえ、と思っていたら、沖縄県庁の高齢者福祉課の課長さんと少年院担当の次長さんが大学のクラスメイトだったんですな。だから話がまとまるのが早かった。

縁というのは、不思議なものでね。このとき訪れた沖縄少年院の院長さんとは、その後慰問した北海少年院、久里浜少年院と、3度も偶然に会ってね。その人がアタシに少年院の篤志面接委員(注:収容中の少年の相談や助言、指導を行う民間のボランティア、以下篤面)になるように勧めてくれたんです。篤面じゃないと慰問できないわけではないけれど、篤面になってからは、少年院への慰問がぐっと身近なものになりましたね。

こんな風に、いろんな縁が重なって、結局25年間、刑務所の慰問を続けています。よく「天職」なんて言い方をするけど、何かに導かれるようにして、道が開かれるということがあるんですな。まあ、刑務所の慰問は、ギャラも交通費もでないから、アタシにとっちゃ「道楽」だけどね(笑)。


「桂才賀芸激団」といえば、
塀の中では大人気の慰問団。
だが、そんな師匠も、
最初は全くウケなくて、
悔しい思いをしたのだという。

閉じた心を開かせるには、「専門用語」がいちばん

道を歩いているとさ、たまに「○○刑務所ではお世話になりました」なんて声をかけられることもあるねえ(笑)。初回は塀の中でも、2回目はちゃんとお金を払って高座を見に来てくれたりしてさ。そんなときは涙が出るほど嬉しいねえ。

そんなアタシでも、初めて慰問に行った少年院では全然ウケなかった。今思うとね、笑ったら怒られて出院が遅れるんじゃないかと、そんなふうに少年たちは考えていたんじゃないかと思います。心を許してなかったんですねえ。

高座に来てくださるお客さんと一番違うのはそこですよ。お客さんははなから「笑わしてほしい」と思って来てくださるでしょ。塀の中では、「総集行事」だから、しょうがなく集まっている連中ばっかりでね。「こんなとこに呼びやがって」とにらみをきかせてアタシらを待ってるんですよ。

そんな閉じた心を開かす必殺技が「専門用語」です。どこの世界にも専門用語があるように、塀の中にしか通じない専門用語ってのがあるんですよ。のっけからそれを使って、心をつかむんですな。それがわかってからは、専門用語を調べるためにありとあらゆる刑務所関係の本を読み漁りましたよ。

それは今でもやってます。法改正で用語はどんどん変わります。新たに取り入れていかないと、「アイツ何にも知らねえんじゃねえか」って、思われちゃいますからね。

入門したいなら、自衛隊に3年間行ってこい

少年たちには、アタシが落語家になったきっかけみたいなもんを話すこともあります。

アタシは高校1年のときに、たまたま銀座ヤマハホールで名人の落語を見ましてね。衝撃を受けました。それで、噺家になることを決意したというわけです。

それで高校卒業と同時に、桂文治師匠に弟子入りを申し出るんですが、師匠は「自衛隊に3年間行ってきたら入れてやる」って言うんです。今思えば断る口実だったんでしょうね。でも、真に受けたアタシは、本当に海上自衛隊に入隊しましてね。あと何日、あと何日とカレンダーにバツ印をつけながら、ひたすら3年間、頑張った。それで、3年経って師匠のもとを訪ねたら「アンタ誰だい?」って言われてね(笑)。何とか思い出してもらって、入門できたんです。

若い人にこんな話をすると、ずいぶん回り道したみたいに聞こえるかもしれないねえ。でも、経験したことは何でも役に立つものなんですよ。厳しかった自衛隊での経験も、後の落語家人生に本当に役に立ったからねえ。

アタシは、困難なことが起きても楽しめちゃうタチなんですよ。それも自衛隊の3年間で学んだことでしてね。

海上自衛隊だったから、活動の舞台は海でしょ。大しけの日は、もうだめかと何度も思った。だけど、困難を乗り越えた後に見る夕日の美しいこと。さんざん波をかぶった後に見上げる虹の素晴らしいこと。こんな感動はなかったね。

つまり、マイナスが大きければ大きいほど、プラスのありがたさが身にしみるってことですね。どなたがおっしゃったか知りませんが、「幸せは努力の向こうで笑ってる」という言葉がある。努力や苦労をしないと、本当の意味での感動はできないんですねえ。そう考えたら、苦労もいいもんだ、って思えるでしょ。

今は不況でリストラだ、なんだって大変な思いをしてる人も多いだろうけど、こんな時代だから、働く喜びがわかるとも言える。そう考えたら、いい時代かもしれませんよ。

場数を踏まないと、キャリアにはならない

われわれの「専門用語」で「化ける」って言うんですがね。なんだか陰気だった野郎がある日突然、いい仕事をする。きっかけは人それぞれでしょうがね、「ああかな、こうかな」と試行錯誤を続けたある日、たまたま力を抜いたら、「スパーン!」とヒットを飛ばす、なんてことがある。「ああ、これだったのか!」と気づくわけです。うまくいかなくともやり続けてると、そんなことが訪れるんですね。

それもやはり場数を踏まないとダメ。よくいやあキャリアです。噺家になって30年になるっていうのに、キャリアのないやつもいますよ。1年に1度しか寄席に呼ばれません、っていうんじゃ、キャリアにはなりませんから。そんなときには老人ホームを回らせてもらったりね、自分で道を開いていくしかありません。

どんな仕事でも長く続けてるとね、この仕事って、こんな面白いものなんだ、こんなに人様から感謝されるものなんだと、つくづく思い知る瞬間が訪れる。だけどそういうのは、普段から「この仕事、楽しいぞ」って、前のめりになってやってないと味わえないんです。

伸びる人とそうじゃない人の差は、まずは「どれだけ演目を好きになれるか」でしょうね。後はやっぱり「修業」ですね。役者さんなんかは、芸を磨くとき「稽古」っておっしゃいますよね。われわれは「修業」。何が違うかっていうと、生きていることすべてが芸につながっているかどうかなんですよ。

酒を飲むのもそう、ギャンブルをするのもそう。それこそ、熱燗飲むのか、冷酒なのか、うどん食うのか、そばなのか、そんな日常の選択も全部ひっくるめて芸なんです。どんなものを選んで、どんな生き方をするのか。生き様そのものを芸にすること。そういうのを「修業」っていうんです。

まあ、これは皆さんでも同じでしょうね。仕事っていうのはね、どんな仕事であっても、知らず知らずのうちに、生き様がにじみ出てくるものなんだと。アタシは、そう思いますよ。

information
『刑務所通いはやめられねぇ』
桂才賀

多いときにはひと月に9カ所回るという少年院、刑務所、拘置所への慰問活動。これまでの訪問数は1000回以上になるというから、ただ事ではない。不思議な縁で結ばれた慰問のきっかけや、25年間かけて習得した「受刑者の心をつかむ必殺の話芸」を惜しむことなく大公開。落語界きっての刑務所通の才賀師匠しか知らない「とっておきの刑務所裏話」も満載の本書、経験のある人もない人も読んでおいてソンはない一冊だ。亜紀書房刊。

EDIT/WRITING
高嶋千帆子
DESIGN
マグスター
PHOTO
栗原克己

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