本業は役者。
しかし、ラジオのパーソナリティ、
歌手、ナレーションと幅広く才能を発揮する。
さて、その秘訣とは。
3畳一間のアパートに住み、工事現場で肉体労働
友達がいなかったんですよ。ひょんなことで、東京から名古屋の高校に転校することになったんだけど、どうにもなじめなくてね。この先どうなるんだろうと不安だった。そんなとき、NHK名古屋が制作するテレビドラマ『高校生時代』(後の『中学生日記』)のオーディションがあると聞いて、受けてみようかと思い立ったんです。昔から映画スターになりたかったから。
映画ではないものの、憧れていた映像というものに出演できて、曲がりなりにもお金までいただけた。完全にはまりましてね。東京に戻って、演技の基礎を身につけるために劇団に入ることにしたんです。現代演劇研究所という正統派の劇団です。そこの研究生になりました。
お金がなかったもんですから、3畳一間のアパートに住みましてね。トイレは共同、風呂はなし、窓を開ければ隣の家の壁。日当たりが全くないから、朝だか夜だかわからない。そんなところに住んで、未来を夢見て頑張っていたわけです。
そしたら、1年で劇団をクビになりましてね。折が合わなかったんですねえ。まあ、そういう人の行き着く先は、一つです。自分たちで劇団を作りました。
公演を企画するのも、お金を集めるのも、宣伝をするのも自分たち。何から何まで好きにやっていい、いわば「黄金の時間」を持つことができたわけです。
一方で待っているのは工事現場の肉体労働。演劇をしていると時間が拘束されますから、日雇いのアルバイトしかできないんですね。廃材をネコ車(運搬用の一輪車)で延々運ぶ仕事。それで痔を患いましてね。大変な思いをいたしました。とはいえ、夢に近づくためですから、自分を奮い立たせまして「このまま頑張って続けていれば、いつか芽が出るだろう」なんて、今から思えば、バカな考え方をしておりました。若いから気がつかなかったんですねえ。
結局ね、自分たちのやりたい芝居を好きなようにやっているだけじゃ、単なる「遊び」なんですよ。お客さんのことを全然考えていない。メッセージ性がまるでない。これでは、単なるマスターベーション。仕事にはなりません。自分だけ気持ち良くっても、プロにはなれないということですね。
そんなとき、渡辺貞夫さんのラジオのパーソナリティのオーディションを受けましてね。ジャズなんて全然知りませんでしたが、声がよかったので受かったんですよ。そしたらコマーシャルのナレーションの仕事も舞い込んできた。きつい肉体労働をやらなくてもお金が入ってくる。もう、来るもの拒まず。夢なんかそっちのけで何でもやりました。お金は人を狂わしますね。声優の仕事をやり出したのもこのころです。
でも本当は、俳優になりたいわけでしょう。声優で演技はできても、顔が出なければ意味がないわけです。そのうち、夢と現実とのギャップに苦しむようになっていった。お金がいくらあっても辛くなってきたんですよ。
そんな悩んだ時期に、
生まれたのが、
伝説のラジオ番組
『スネークマンショー』だった
気持ちをこめて作った手作りの番組が当たった
意にそぐわない仕事ばっかりやっていたでしょう。いいかげん自分が本当に面白いと思うものをやってみたくなったんです。お金には多少余裕ができていましたからね。それで、ラジオの仕事を通して知り合った小林克也さん、音楽プロデューサーの桑原茂一さんとともに、「スネークマンショー」の活動をスタートさせました。
プロの構成作家もいない、われわれ3人だけで作った番組でね。自分たちが面白いと感じたもの、伝えたいと思ったメッセージを、手作りのおにぎりを作るように丁寧に丁寧に気持ちをこめてね。「形は悪いですけど、どうですか」と、リスナーにそっと差し出したら、人気が出たんですねえ。
好きなものだけをやっていたと言っても、劇団の時のマスターベーションとは、全く違うんですよ。どこかに客観性があった。それがあるかないかで別物になるんです。
新人俳優の演技が人の心を打たないのと同じですね。彼らは自分が気持ちいいだけでやっているでしょう。全体の中の自分の役割を全く理解しないでやっている。それはプロではないんです。
収録の前日に台本を読むでしょ。そのときに「この役はこう演じよう」と自分なりに錬っていくわけです。だけど現場で監督から「そうじゃなくて、もっとこういうふうに演じてほしい」と言われることも結構あるんですよ。そういう場合は我を張ったりしない。監督の要望にこたえます。作品は監督のものですからね。
そんなの全然苦じゃないですよ。むしろ楽しい。「そうくるか。じゃあ、これでどうだ」と、監督の要望を取り入れつつ、向こうが想像しなかったようなものを出す。そうすれば「自分」っていうものは、必ず香ってくるんですよ。これを忘れちゃいけない。
私はね、いろんな役をやりたいし、いろんな監督と仕事をしたいし、いろんな現場に行きたいんです。初めてのことにぶつかって、臨機応変に対応していくのが楽しいんです。「思う通りにいかない」なんて状況、嬉しくってしょうがないね。もちろん、こんなふうに思えるようになったのは、ここ数年ですけどね。最初からそう思ってたらバカですよ(笑)。
思い通りにいかないことを楽しめるようになりたいなら、やっぱりたくさん失敗をしないとね。いっぱいいっぱい恥をかかないと。それは仕事だけじゃないですよ。日常生活でもそう。今の若い人は、知らない人に道を聞いたりしないでしょ。コミュニケーションは恥の第一歩。どんどんやらないとねえ。
最初はかっこ悪いなあ、なんて思うけど、失敗を繰り返すと、そのうち「自分なんて、こんなもんか」と思えるようになる。そうなったら毎日楽しいよ。余裕が出てくるからね。
自ら動かないと、100%素晴らしいものは手に入らない
やっぱり本物が好きなんです。いいものをいい器で食べたい。それが自分の生きている証し。これができていると、非常にバランスがいい。
だから、たとえ一杯のみそ汁でも、だしをきちんととって作る。他人に強制するようなことじゃないから、みんなもやったほうがいい、なんて言わないけど。だって、これ、私の幸せだから。
100%素晴らしいものを他人が与えてくれることなんてないよ。だから自ら動かないとね。自分でつかまないと素晴らしいものは手に入らない。そう考えると、自分に対する努力とか、労力とか、どれだけかけても苦にならないでしょ。ほかの人から見るとアホな努力かもしれないですけどね。でも、それでいいんですよ。
桑原茂一、小林克也、伊武雅刀の3人からなるコメディ・ユニット「スネークマンショー」。76年にラジオ番組を舞台に活動スタート。その後、YMOとのコラボレーションアルバムを発売し注目を集める。81年には単独アルバム『スネークマンショー』を発売し、大ヒット。10代のカリスマ的存在となる。このDVDは84年に制作された「スネークマンショー」唯一の映像作品。代表作「急いで口で吸え」の実写版など、シュールなネタ満載で「スネークマンショー」の世界が堪能できる。監督:桑原茂一、脚本:宮沢章夫、出演:伊武雅刀、阿藤快、いとうせいこう、大竹まこと、きたろう、竹中直人、中村有志ほか
- EDIT/WRITING
- 高嶋千帆子
- DESIGN
- マグスター
- PHOTO
- 栗原克己
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