なぜ若手社員は「指示待ち」を“選ぶ”のか?――リクルートワークス研究所主幹研究員×リクナビNEXT編集長対談<後編>

f:id:k_kushida:20170726114459p:plain近年の若いビジネスパーソンが陥りがちな「指示待ち」を“選ぶ”姿勢について語る、豊田義博・リクルートワークス研究所主幹研究員と、藤井薫・リクナビNEXT編集長の対談。挑戦をためらう心理の背後にあるものを語った前編に続き、今回の後編は、そうした心理を抱える人たちが、これから訪れる「100年人生」に適応していくためのヒントをご紹介します。

「個性」を崩すのは、怖いですか?

―今後も平均寿命はますます延伸し、いま会社で若手に属する世代は100歳まで生きるのが当たり前になるとも言われています。人生の時間が増えるほど、周囲で大きな変化が起きる確率は高くなりますね。

豊田 世の中も変わるでしょうが、キャリアを重ねる中で「何者かになろう」と思うのであれば、何者でもなかった自分自身がまず変わる必要がありますよね。ところが、2004年以降に新卒入社した世代は、自分の個性というものを、ある意味で「あらかじめ決められている固定的なもの」としてとらえている。「私はこういうキャラだから」と決めつけてしまう意識が強い気がします。

「ありのままで」ということでしょうか。でもこの言葉にしても「そのままでいい」とは決して言っていませんよね。

藤井 会社との安定した雇用関係や、腹を割って話せる同僚など、信じたり頼ったりできる強いつながりがあった昔と違って、今はとても不安定な時代。周囲が安定しないぶん、自分のほうを安定というか固定させようとするのだと思います。

自分が認識している特徴を崩さず、それをオンリーワンの個性として褒められたいという意識を若い人から感じます。自身を変化にさらさず安定させるという意味では「言われたことしかしない」という指示待ちや、専門を限定するスペシャリスト志向とも通じる心理といえるでしょう。

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豊田 義博(とよだ・よしひろ)<写真左>
リクルートワークス研究所主幹研究員。1983年にリクルート入社後、就職ジャーナル、リクルートブック、Works編集長などを経て、現在は20代の就業実態・キャリア観・仕事観、新卒採用・就活、大学時代の経験・学習などの調査研究に携わる。『若手社員が育たない。』『就活エリートの迷走』(以上ちくま新書)、『「上司」不要論。』(東洋経済新報社)など著書多数。

藤井 薫(ふじい・かおる)<写真右>
「リクナビNEXT」編集長。1988年にリクルート入社後、人材事業の企画とメディアプロデュースに従事し、TECH B-ing編集長、Tech総研編集長、アントレ編集長などを歴任する。2007年からリクルート経営コンピタンス研究所に携わり、14年からリクルートワークス研究所Works兼務。16年4月より現職。

今の自分を変えずに、そのまま100年乗り切るのは難しそうです。

藤井 そもそも「これが自分だ」と意識している自分(自我)は、無意識を含めたその人の全体(自己)からみると、ごく一部にすぎません。しかも、世の中で評価される個性や才能は、周囲とのやりとり(インタラクション)の中で少しずつ発露・開花していくもの。全てが固定的に決まっているわけではありません。人間の体内でインタラクションがうまくいかなくなった細胞は、組織全体とは調和しない方向に増殖暴走します。同様に、他者との交流なしに自分でこうだと決めつけた「狭い自分」は、やはり社会全体の中では機能しない。

豊田 「自分がどうありたいか」という問題と「それが社会に受け入れられるか」という問題はセットで考えなくてはならないのですが、いまの日本は前者に熱心なわりに、後者の機会があまりない。自分のやりたいことを学校で盛んに考えさせる一方、そうした希望を外からの目で評価する仕組みが足りていません。本来は社会的な問題ですが、若いビジネスパーソンには、埋もれている個性まで引き出してくれるような「良き先輩」を身近に、たくさん持ってほしいと思うのです。

8,568通り、あなたはどのタイプ?

幼児のような好奇心を取り戻す

―著書の中で豊田さんは、これまで以上に長い期間、変化の激しい環境で働き続けていくであろう若い世代は「適職」や「天職」を探してはならないと説かれていますね。

豊田 ええ。「今ある職業の中から自分に合ったものを選び出し、その道の専門知識を磨いていく」というキャリア観は、もはや時代遅れです。

今後、歳を重ねても健康に活動できるようになれば、従来よりも長い期間にわたって、何らかの形で働き続けるようになるはず。その間には技術の進化にともなって仕事が消えたり、新たに生まれたりすることも増えていくでしょう。あらかじめ決めてしまうスタイルが時代に合わないというのは、そのためです。

もともと、山頂を目指すように計画的なキャリアを実現している人は多くありません。そのほかの可能性を捨ててしまうというリスクがある上、何といっても面白くないからです。それよりも視野を広げて、偶発的なチャンスを生かしながらキャリアを拓いていくことが重要です。

藤井 多くの起業家に接した経験から思うのは、チャンスは案外身近にあるということ。より身近な日常や無意識の中に立ち上がる「好奇心」に、「狭い自我」を脱するヒントがある気がします。

好奇心が生まれるポイントは人それぞれ。損得感情と違い、なぜ気になるのかさえうまく説明できないものだと思います。10年以上前のことですが、「オタキング」こと岡田斗司夫さんに伺った話です。トリノ五輪の金メダリスト・荒川静香さんのフィギュアスケートを見ている間、なぜかずっと「ユニークな場所」に注目していた人がいると。多くの人は、彼女が「イナバウアー」の技を披露するときの特徴である、大きく反らせた背中に注目している中、あえて「くるぶし」に注目している人がいたのだそうです。つまり、「自分だけの好奇心は?」と自問してもわからないけど、自分の視線を客観視すれば、「自分だけの好奇心」「人とは違う好奇心」は明確にわかると。

思わぬ場面で現れる、自分だけの持ち味を誰かに見つめてもらえれば、そこから新たな可能性が開けてくる。やはり主観と客観の往還が大事なのではないでしょうか。

―まず自分が好きなことに気づくことが、結果的に自分の道を作るということでしょうか?

藤井 そうですね。ただし、急いで道を決める必要はありません。

生後数時間で歩けるようになる馬などと比べ、立ち歩きまで1年ほどかかる人間は、もともと幼い時代が明らかに長い。しかも成熟した個体にも幼いころの性質が残る「ネオテニー(幼形成熟)」という生命戦略上の特徴があります。

例えば「30歳を過ぎても、何屋になるか定まらない」という人は、現状あまり賞賛されない雰囲気がありますが、ネオテニーの観点からは、あえて早熟をしないで後天発展に懸けているともいえます。早期に「何者になる」と限局しないという意味では、生命的に理にかなっている。キャリアにおいても幼形成熟。大人になっても、子供のような無邪気さや遊びが、理にかなっているのだと思います。

豊田 いま、先進的な企業の人事担当が学生や新入社員に尋ねていることも、要するに「君の好きなことは何か」。「やりたいこと」でも、「周囲より優れていること」でもなく、持っている視点のユニークさに気づかせようとする動きは共通しています。子どもは毎日遊ぶことに一生懸命ですが、ネオテニーが有利なこれからの時代、大人の仕事もどんどん遊びと区別がつかなくなっていくのでしょう。

ただ、多くの職場はいまだに旧来の価値観を前提に動いています。そこで力を出し切れず、仕事というものを否定的に捉え、代わりに休日の趣味に打ち込んで過ごす(前回参照)のはもったいない気がしますが、休日だけでも成長につながる充実した時間を持てているなら、生活全体、あるいは生涯トータルでみたときには意義があると信じたい。それに共通の趣味など、会社以外の場でコミュニティーを作るのは、若い世代のほうが圧倒的に上手だと思います。

8,568通り、あなたはどのタイプ?

波風は立つものと覚悟。自身を映す多くの“鏡”を持とう

f:id:k_kushida:20170726122509j:plain―働くことへの悩みは尽きませんが、身分制度のもとで目の前の仕事に向き合うほかなかった江戸時代をうらやむ若手社員が豊田さんの著書に登場します。半分冗談・半分本気の発言とのことですが…

豊田 自分の職業選択が正しかったのか不安だからでしょうね。ただ、“指示待ち”の姿勢では、江戸時代に通用しなかったと思いますよ。「百姓」と言えば単なる農民と考えるのは間違いで、その実態はものづくりや漁業、商売などさまざまな生業を掛け持ちする自営業者でした。現在のように分業が進んでいたわけではないので、一人ひとりが主体的に、全体像を見ながら仕事をしていたはずで、むしろそういった部分に学ぶのが有益だと思います。

藤井 血縁・地縁・仕事縁・趣味縁、志縁…。江戸時代のように多生の縁の中で、百通りの自分を発露できる「百姓の生き方」。その豊かな生き方を今にどう、よみがえらせるのか考える時期が来ているのかもしれません。

―ここまで、指示待ちを選んで成長の機会を逃してしまう背景と、それを防ぐために必要な発想の転換についてお話しいただきました。最後に、若いビジネスパーソンが具体的に取り組むべきことは何かを教えてください。

藤井 仕事をしていれば波風は立つものだという覚悟をすることです。

毎年実施している調査からは、ビジネスパーソンの「働く喜び」に影響を与える共通項が見えています。

働く喜び調査報告書

それは「3つのC」で表すことができます。具体的には、

・自分の持ち味や自分の軸となる価値観の自覚(Clear)

・それらが生かされる仕事・職場を選択していること(Choice)

・上司・同僚との密なコミュニケーション・期待がある職場環境(Communication)

です。いずれも周囲とのやりとりの中で、多少なりとも波風を立てることが避けられません。それを分かった上で、今よりもう一歩前に出てほしいと願っています。

豊田 将来的なキャリアの展望が見えず不安なときは、自分がどういう人間なのかが分かっていないときです。繰り返しになりますが、自分を見つけていく作業は1人ではできません。姿を映す鏡になってくれる人をなるべく多く見つけて、対話してみましょう。

あとは、どんなに部分的で、無味乾燥に思える仕事にも必ず顧客がいます。そういった人々から直接意見を聞くことができれば、仕事の手応えはずいぶん変わってくるはずです。単なる作業としてこなすだけでは成長できません。業務が細分化している職場環境のデメリットを、自ら克服していってほしいと思います。

前編はこちら

【参考図書】

『なぜ若手社員は「指示待ち」を選ぶのか? 職場での成長を放棄する若者たち』

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著者:豊田義博

出版社:株式会社PHP研究所

WRITING/PHOTO:相馬大輔

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