サイクロン掃除機に羽根なし扇風機…あの斬新な製品たちは、いかにして生み出されたのか?―― 「元気な外資系企業」シリーズ〜第4回ダイソン

大きな変革の時代。企業でも、さまざまな取り組みが進む。では、海外に本社を持つ外資系企業では、どんな取り組みが推し進められているのか、探ってみる外資系特集企画。第4回は、ダイソンの「製品開発」だ。

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空気を操る高度な技術を応用して新しい製品が

 サイクロン掃除機の登場は、日本の家電の世界にまさに旋風を巻き起こした。その後も羽根のない扇風機、空調家電、ロボット掃除機、そして大きな話題になったヘアドライヤーなど、次々に斬新で画期的な製品を世の中に送り出してきたダイソン。

 家電売り場では、圧倒的な存在感を誇る人気ブランドだが、どうしてこんなに独自の製品を次々に生み出せるのか。ダイソンとは、どのような会社なのか。ダイソン株式会社コミュニケーションディレクター(日本&アジア)の神山典子氏はこう語る。

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▲ダイソン株式会社 コミュニケーションディレクター(日本&アジア)神山典子氏 

「大きな特徴は、エンジニアが起こした会社だということです。エンジニアリングをキーワードに問題を解決するというコンセプトのもと、新しい技術によって、よりよい生活を提供することを目指しています」

 ダイソンの設立は1993年。イギリスのマルムズベリーに本拠を持つ。創業者であり、今も製品開発の指揮を執っているのが、ジェームス・ダイソン氏だ。王立美術大学で工業デザインとエンジニアリングを学んだ。在学中に友人とともに立ち上げた事業が成功するが、7年で自ら会社を離れる。当時使っていた紙パック式の掃除機の性能が低下することに不満を持ち、新しい掃除機の開発をすることに挑むのだ。5年の期間と5000台以上の試作品を経て開発に成功したのが、世界初のサイクロン掃除機だった。サイクロン(遠心分離式)という新しい技術を作り出したのである。

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「どんな会社も製品開発のためのさまざまな努力を続けておられると思いますが、ダイソンの考え方は、製品を開発するのではなく、新しい技術を開発する、ということなんです。マーケティングサイドからの発想に寄った製品開発ではなく、まずは新しい技術を作った上で、必要な製品を作り上げ、世の中の課題を解決していく、という流れになります」

 象徴的なのが、羽根のない扇風機である。羽根があると危険、掃除が面倒、といったニーズから、次は扇風機を作ろう、と考えたのではないのだ。

「サイクロン掃除機も、その後に手がけた手を乾かすためのハンドドライヤーもそうなんですが、ダイソンは空気を操る高度な技術を培っているんですね。掃除機は空気を吸う技術、ハンドドライヤーは空気を出す技術。流体力学を理解し、空気の原理を使っている。こうした考え方で何かできないか、というところから生まれてきたのが、羽根のない扇風機だったんです。この技術が結果的に、危険がない、掃除が不要、といった消費者のベネフィットにつながりました」

 空気を操る高度な技術を扇風機に活用したということだ。そしてこの先に、空調家電の開発があった。

「先に技術があって、それを何に使えるかを考えていく。昨年、発売になった、ヘアドライヤーも同じ空気を操る技術を使っています」

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 掃除機や扇風機、空調家電を作ってきたダイソンが、なぜヘアドライヤーだったのか。不思議に思った人も少なくないだろう。だが、空気を操る技術を使った、と聞けば合点がいく。

「ヘアドライヤーに使われているのは、吸い込んだ空気よりも、何倍も増幅させた空気を排出していくという高度な技術なんです。空気を効率良く吸い込み、心地良い風をたくさん送り出す、という発想をすれば、使う人にとって意義のある製品ができると考えました」

 実際、ダイソンのヘアドライヤーに驚く人は少なくない。風量が多いため、乾きが早い。だから、髪の毛のダメージも少ない。しかも、表面だけが乾くのではなく、奥まで届いて頭皮も乾かせる。空気を扱い、出す技術をフルに駆使した、これまでにないヘアドライヤーだったのである。

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世界の従業員の3分の1がエンジニア

 そしてドライヤーもそうだが、驚くほどの小型化を可能にしているのが、オリジナル開発のモーターである。

「ダイソンはモーター開発も重要視しています。ヘアドライヤーでいえば、コントロールチップがついていて、温度調節ができるんですね。だから、温度が上がりきらない。ただヒートして風を送るのではなく、乾くのに必要な温度だけれど、ダメージを与えない仕組みを作り上げています。ヒートコントロールと呼んでいます」

 自社でのモーター開発は、20年以上になる。そしてこの技術の蓄積が、今や掃除機マーケットを席巻しているコードレス掃除機に結実した。

「白物家電用のモーターは市販されていますが、既存のものでは、ダイソンが思うような結果は出せなかったんです。これでは次のステージに進めない。そこで自社モーターの開発に着手しました。コンパクトで耐久性があって、パワーがある。この3つを兼ね備えたモーターの開発がなければ、コードにつながなくても変わらない吸引力を保てて、しかも長く使えるコードレス掃除機の開発は難しかったと思います」

 技術を生み出してから、製品に落とし込んでいく。となれば重要なのは、技術を生み出していくエンジニアだ。ダイソンはすでに世界75カ国に展開し、従業員は8000人を超えているが、なんとその3分の1がエンジニアなのだという。

「イギリス、シンガポール、マレーシアに研究開発センターがあります。ここで行われているのが、新しい技術の開発です。ダイソンが強く意識しているのは、先手先手で技術を開発していくことです。新しい技術を開発していかないと、会社に未来はない、という明確なビジョンがあります

 次に何をするべきか、早い段階から考えて、研究開発をしていく。その研究開発費用は、売上高の17〜18%にもなるという。

 そして開発に携わっているのは、世界中から集まってきた若いエンジニアたちだ。

「新しい技術を積極果敢に作っていくのは、若い頭脳だと考えています。経験以上に、斬新なアイディアやリスクを恐れないチャレンジ精神を会社は求めています」

 権限も大胆に委ねられる。大卒で入社して5年もすれば、プロジェクトを一つ任されることも珍しいことではないという。

「研究開発のリーダーを委ねられるだけではなく、製造ラインまで含めたところでプロジェクトを推し進めていくこともあります。社内のさまざまな専門家を束ね、いいチームを作って、最後の製造プロセスまで、一人のリーダーがまたがって見ていく。これを私たちは社内で、デザインエンジニアと呼んでいます」

 社内では、今も数多くのプロジェクトが進められている。もちろん、新しい技術開発は極秘中の極秘事項。その舵取りをしているのが、創業者のジェームス・ダイソン氏だ。ダイソンは、上場していないプライベートカンパニー。だからこそ、オーナーは思い切ったことができる。画期的で大胆な製品が出せる。そして、エンジニアもリスクが取れる。挑戦できる。成長できる、というわけである。

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斬新なデザインと大胆な価格付けはなぜ行われたか

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 ダイソンといえば、もうひとつ、日本のマーケットを驚かせたのは、これまでになかった家電製品としてのデザインの斬新さだった。ここでも、独自の考え方があった。

「一つは、機能からデザインを考えている、ということです。ダイソンの製品開発の基本は、プロジェクトリーダーがすべてを貫くこと。分業ではないんですね。だから、デザインにもすべて意味があります。例えば、サイクロン掃除機は遠心力を使った技術のため、コーン状の形をいくつも重ねてサイクロンパートは設計されています。そしてそれをそのまま見せるデザインになっている。技術をむき出しにしてみせるというのも、ひとつの美、という考え方もあります」

 だから、デザインのすべてに理由があるという。機能に根ざした理に適った形になっているのだ。デザイナーが勝手に作りだしたものではないし、今年の流行りがこれだから、というものもない。

 一方で日本の家電製品には、流線型のものが多い。それだけに、どうしてこんなゴツゴツしたデザインのものを、という疑問の声をかつてよく取材では聞かれたのだそうだ。

これこれはこういうもの、という常識のようなものを気にしない。これが、二つ目のデザインに対する考え方なんです。ダイソンは、いわゆるコモンセンスを気にしません。それよりも私たちにとって何が大事なのか、自分たちのコモンセンスを信じている。これがアイデンティティになっています」

 背景にあるのは、自分たちの仕事に対する誇りかもしれない。かつての白物家電は目立たなくあるべきもの、という考え方があったのではないか。だから流線型しかり、色しかり、目立たないものが求められた。しかし、そうではない考え方の人も必ずいる。そこに届くものを、と考えたのだ。だが、デザインで目立とうとしていたわけではまったくない。むしろ、デザイン家電と呼ばれることは、あまりうれしいことではなかったという。

「ダイソンが目指しているのは、嗜好品ではなく、あくまで普及品だからです。日用品として使ってもらうことを考えていたんです。だから売り場でも、競合のすぐ横に置いてもらうことを最初から考えました。試してもらい、触ってもらい、実感してもらって買ってほしい。そう考えていたからです」

 そして、取材でぜひ聞いてみたかったのが、価格について、だ。今やすっかり掃除機のマーケット自体が変わってしまったが、ダイソンが出始めの頃は、他の掃除機の4倍、5倍もの価格となった。ダイソン製品は、総じて今でも決して安くはない。

「まずは研究開発にとにかくお金がかかっているということです。モーターから自社開発をしていますし、人件費も開発整備も必要です。長く使っていただくというのが基本のスタンスですから、そのために必要な技術をしっかり開発する必要があります」

 何より開発にお金がかかっているということだ。

「もう一つはアフターセールスの充実です。コールセンターは、72時間以内の対応を目指しています。製品に愛着を持って、長く使ってもらえる体制を作っています。その意味では、生活空間をより豊かにするものを評価くださる人が、本当に増えてきた、という印象を持っています」

日本の消費者の技術を見る目を信じていた

 日本への進出は1998年。それにしても、競合製品の4倍、5倍の価格で乗り込んでくるのは、相当な勇気が必要だったのではないか。

「ジェームス・ダイソンは80年代に日本との関わりを持っていました。日本はソニーやホンダを生んだ国であり、技術をしっかり見極める目を持った国だという印象を強く持っていました。自分の技術を認めてくれる消費者が、間違いなくいるはずだ、と信じていたんです」

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▲James Dyson

 一方で、もちろん日本の消費者の研究もしていた。マーケットニーズから製品を発想することはしないが、消費者が困っていることには極めて敏感なのが、ダイソンなのだ。

「サイクロン掃除機がホースを巻き付けたデザインになったのは、日本のためだったんです。当時、海外では大きな掃除機が主流でした。コンパクトでパワーがあって場所を取らずに収納しやすい、というのは日本の住環境を知っていたダイソンにとって、なくてはならない考え方だったんです」

 今やダイソンにとって日本は、グローバル市場の中で最も重要視しているマーケットのひとつである。だから今もイギリス人エンジニアは、実際に日本に暮らして日本を研究するという。

現地のリサーチ会社に依頼する、なんてことはしないですね。自らの目でしっかり確認することは、ダイソンで最も大切な考え方のひとつです

 そして、日本の消費者の技術を見る目への信頼は、今も揺らいでいない。昨年のヘアドライヤーしかり、ダイソンの新製品が世界で最初に発表され、売り出されるのは、日本のマーケットなのだ。

「2015年のロボット掃除機もそうでした。日本の消費者、日本のマーケットの感度の高さ、技術への関心の高さは、やっぱり特別なんです。私たち日本法人としては、毎回、試行錯誤の連続で大変なんですが(笑)」

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 今も積極果敢な技術開発、製品開発が進んでいる。

「次に何が来るかはまだ申し上げられませんが、カテゴリーも増えていくでしょう。身の回りで普段使っているものが、少し変化することで生活が画期的に変わる、というものもあるかもしれません」

 ひとつの注目は、3年ほど前から取り組みが拡大したソフトウェアとハードウェアの融合だ。すでに空気清浄機ファンやロボット掃除機がスマートフォンで操作できるようになっている。

「ソフトウェアを使って機能がアップデートできるようになる製品が、今後はますます増えていくと思います。その意味でも、私たちダイソンの位置づけは、家電メーカーからテクノロジーカンパニーへと変わっていくと考えています」

 ちょうど取材した前の週に、ダイソンは照明器具を発表した。なんと、BtoBの取り組み。オフィス向けに天井から吊すライトである。実際に見せてもらったが、蛍光灯とは違った、やさしく美しい光が会議室を包んでいた。

 今度はオフィスの「働き方改革」にも、ダイソンの名前が出てくるかもしれない。さて、この先、何が起きるか。ますます目が離せない会社だ。

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▲Cafe (c)WilkinsonEyre and Dyson Ltd. taken by Peter Landers

WRITING:上阪徹 PHOTO:中恵美子

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