野口悠紀雄氏と三菱総合研究所に緊急取材

加速するメーカー海外移転!技術の現場はどう変わる?

東日本大震災後、日本のメーカーは生産拠点を次々に海外移転させている。すでにグローバル化は始まっていたが、電力不足などを理由に歯止めがかからない状況だ。では、メーカー勤務のエンジニアは今後どうなるのか? 野口悠紀雄氏と三菱総合研究所に緊急取材した。

2011年7月27日

メーカー

製造業の海外移転は加速するが、エンジニアの力は必要
――野口悠紀雄氏

生産拠点だけでなく、研究開発拠点の海外移転も

一橋大学名誉教授
早稲田大学ファイナンス総合研究所 顧問
野口悠紀雄氏

「電力供給の不安定さだけでなく、火力発電へのシフトで電気料金が上がる予測も、メーカーの海外移転を加速させているでしょう。自動車と電機業界が最も進んでいますが、今後は製造業全般で本格化すると思います」
野口悠紀雄氏は税制についても言及。海外移転のメリットに法人税率の低さも挙げられるが、それは間違いだと指摘する。日本は「全世界課税」の原則に基づいて、海外での所得にも課税するが、現地国で納税した分を控除する「外国税額控除」が行われる。つまり、移転した国の法人税率によらず、収める税額は同じになるはずだ。しかし、この原則が2009年の税制改正で大きく変わったという。

「この税制のために現地法人の所得が配当されずに内部留保されているとの議論があり、海外現地法人からの配当を非課税に変えたのです。すると、海外子会社で生産した利益を配当として日本に戻せば、現地国の納税だけですむことになる。法人税率の低い国ほど納税額が減るので、税率の差が海外移転に影響するようになりました」

生産拠点だけでなく、今後は研究開発拠点の海外移転も始まると野口氏は見ている。日本で研究開発した成果を元に海外で生産すれば、本来なら海外現地法人から日本法人にロイヤリティが発生する。子会社なので実際には支払われないケースが多いのだが、海外での利益を不当に増やしていると見られる場合が、前記の税制改革の結果強まった。
「税務当局が『移転価格税制』でロイヤリティを厳しく取り立てる。こんな可能性が十分にあるので、研究開発部門の海外移転も始まるかもしれません。今後は生産現場だけでなく、研究開発職のエンジニアにも影響が大いに出てくるでしょう」

エンジニアは外国の現地法人に行こう

日本の製造業の海外移転は1993年ごろから急速に進んだが、2000年ごろから落ち着いてくる。それは為替レートが円安になって、国内競争力が強まったからだと野口氏はいう。この傾向は2007年ごろまで続くものの、経済危機で「円安の化けの皮が剥がれて」円高になり、急速に海外、特にアジアに対する投資が増えた。

「こうした事情や税制、電力不足などから、経済的に合理的だから海外移転が進んでいるわけです。製造業は電力多用産業なので、海外移転で電力消費が大幅に減れば電力不足の解決策にもなる。海外の電力を使って生産したものを輸入すればよいのです。ただ問題は、国内の雇用が減少することです」
日本の主産業である製造業が海外移転を促進させているのは、逆に言えば、日本でグローバル化の最も進んだ業界であるとも言える。つまり、エンジニア自身が「海外移転」できる分野でもあり、野口氏も「外国の現地法人に行くことをお勧めする」とエンジニアに語る。ただし、かなり厳しい競争が待っているという。

「まず、『日本は技術大国』という幻想を捨てること。欧米や韓国の技術力が高いことは前から認識されているが、中国の技術開発力を決して侮ってはいけないし、基礎研究の面ではすでに日本より上になりつつある。これは学術論文の動向でも顕著です。特にこうした国では若者層が優秀で、日本のそれとは対照的に、技術も英語も一所懸命に勉強しています。日本のエンジニアも勉強して技術力を高め、英語を学ぶしかない。これしかありません」

基礎学力を活かしてサービス産業への転身も

メーカーが海外移転を加速させるとするなら、日本に「残る産業」は何だろうか。ひとつは言葉の壁に守られている産業で、大学や出版などのマスコミがその典型だという。そして、今後成長させるべきはサービス産業であり、これが製造業の雇用喪失を吸収してゆくべき業界であると語る。

「特に製造業よりも生産性の高いサービス産業で、具体的には金融やコンサルティングなどの対企業サービスです。人間の能力による部分が大きいことが特徴で、エンジニアやエンジニアの力も求められています。例えば金融業界。ファイナンスの半分は数学ですから、十分に能力を活かせると思います」
製造業のエンジニアの強みを「基礎学力があること」と語る。例えば、野口氏は早稲田大学大学院のファイナンス研究科で教えていたが、ファイナンス理論を一番教えやすいのは理工学部出身者だそうだ。なぜなら、数学の基礎的な学力が備わっているから。数学がわかれば、ファイナンス理論で必要な確率論を学ぶことはさして難しくないという。

「先にも言いましたが勉強は大変ですし、私は日本人が勉強し続けてこなかったことが、今の事態を招いてしまった一番の要因だと感じています。しかし、エンジニアの方ならこうしたことに努力を惜しまないのではないでしょうか。ちなみに私も工学部の出身です」

真のグローバル化の中で「アジアの代表選手」に
――三菱総合研究所

サプライチェーンの再構築が国産化率に影響

株式会社三菱総合研究所
経営コンサルティング本部 参与
チーフコンサルタント
奥田章順氏

「電力不足は全国におよび、メーカーは工場を効率的に使えない事態になっています。生産拠点の海外シフトは避けられず、この傾向が今後強まることはあっても、弱くなることはないと思います」
株式会社三菱総合研究所の奥田章順氏は、そもそも国内での生産は「付加価値」が低かったと語る。1990年代半ば以降、モノづくりの国内市場での付加価値額は1%台で伸びていないが、世界的には4%台で、北米やアジアを中心に上昇が見られる。日本企業も海外市場では同様なのだが、国内では低いという。

「今回の震災で製造業のサプライチェーンが壊れましたが、ここから2つの特徴が読み取れます。ひとつは、付加価値が低かったとはいえ、国内のサプライチェーンが働かなくなると海外生産にも大きく影響するという重要性の再認識。もうひとつは、予想以上に早い立ち上がりとその要因です」
当初は「年内に復旧」と言われていた生産ラインが、すでに戻っている企業も多い。このスピードの理由のひとつを奥田氏は、「部品や材料の海外調達の増加」と語る。そしてこの新しいサプライチェーンはすでに動いているので、完全に元に戻すのは難しいと読む。

「発注側の企業には『複線化』によるリスク回避があるのかもしれませんが、海外企業との契約もあるでしょうから、どうしても国産化率は下がる。すると従来請け負っていた企業の仕事が減少し、そこで働くエンジニアに影響する可能性も出てきます」

バリューチェーン改革で新たな成長の可能性も

ただ、工場を海外に移せばそれでよいのか。奥田氏は、モノづくりそのものを変える必要があるという。製造業=「QCD」(Quality:品質、Cost:コスト、Delivery:納期)だけではなく、付加価値を高めるということだ。例えば、低価格の汎用品を海外企業と競うことになれば、人件費の安い国との消耗戦にならざるを得ない。では、求められているのは何か。
「よく言われるiPhoneのビジネスモデル。モノだけでなく、いわばコンセプトを作って市場を独占するような形ですね。これができれば、自社でのモノづくりは必要なくなり、QCDをアウトソースすることも考えられます。もうひとつは販売やサポートなど、モノづくりの前後に発生するサービスの強化です」

日本のメーカーの新規参入市場は北米や欧州より、中国やインドなどの新興国がメインだろう。こうした国々は外資と技術を輸入して中長期的に国の富まそうとするので、完全な自由市場とは言い難い。そこで販売力やアフターサービス、あるいはファイナンスや現地の人材育成といったバリューチェーンを築くことが、企業の強みになると語る。
加えて、「オールジャパン」に固執せず世界中のサプライヤーから部材を調達する、同業他社との連携を強めるなども大切という。

「私は航空業界も担当していますが、各国の航空会社はスターアライアンス、スカイチーム、ワンワールドの3つに分かれてアライアンスを組んでおり、グローバル化が最も進んだ典型例。日産・ルノーがロシアの大手自動車メーカーと提携するように、製造業でもいずれこうなるのではないでしょうか」

「アジアの代表」としてチャンスをつかめ!

すると、日本のメーカーのエンジニアはどうなるのか。ひとつは海外移転による影響だが、先のような「コンセプト製品」とは既存の汎用品ではなく、従来にない新製品なので、国内での開発・生産となるはずだ。こうした中核拠点の閉鎖はないだろうと奥田氏は語る。

「生産拠点の海外移転を進めている業界は、高度成長期に伸びた自動車、半導体、化学などが主体。高齢化が進む中での医療や介護など、『次の産業』はやはり国内拠点から始まるはずです。もちろん、新産業を興すのは非常に難しいのですが」
国内に新規建設する生産ラインを海外に移すとすれば、確かにその分の雇用は増えなくなる。しかし一方で、海外工場で働くという選択肢がエンジニアに広がるだろう。外国人社員との交流や現地国の文化の導入などが始まることで、企業体質が変化するかもしれない。

「そこから真のグローバル化が始まるのだと思います。エンジニアにとっては『生き残り』ではなくむしろチャンス。今までの枠にとらわれない、新しい働き方ができると思います。そのためには日本にこだわりすぎず、『アジアの代表企業』くらいの発想がほしいですね。英語などの語学力を気にされる方もいますが、コミュニケーション力を合わせた総合力のほうが大切。これからがチャンスです」

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